番外341 ベシュメルクへ向けて
そして――ベシュメルクへの出発当日がやってくる。
高位精霊への呪術での干渉対策とオリハルコンの解呪法を応用した封印術式。封印術式に関しては、オリハルコンの変質を封印術で施錠して防ぐようなもの、と考えて貰えば良い。予めかけておいたり、契約魔法で発動条件を設定して、施錠された場合は然るべき対象に開錠してもらわないといけないというわけだ。
エレナの保有していた知識、月の術式等々から開発した、それらの対抗術式やそれを組み込んだ魔道具による保険もあるが、そもそもベシュメルク王とそれに付き従う連中が、妨害術式だけで諦めるとは限らない。というより、それをどうにかする手段を考えようとするだろう。
将来に渡っての安全を確保するためにも、ベシュメルクの現状と魔界についてはしっかりと把握し、問題があるならば積極的な対処をするべき、というのが各国の出した結論だ。
そんなわけで、みんなと共に造船所へ向かうと、今回同行する面々や見送りの関係者もそこに集まっていた。
「おお、待っておったぞ」
と、メルヴィン王を始めとした各国の王、女王達が相好を崩す。
「これほどの顔ぶれによる見送りとは……恐縮です」
「潜入作戦に同行……というわけには行かぬのが、残念でならんな」
イグナード王が目を閉じてかぶりを振ると、ファリード王やレアンドル王、オーレリア女王といった面々が首肯する。自ら戦える面々だけに、というところか。
「どのぐらいの期間になるか分かりませんし、国元を長期にわたって留守にする、というわけにもいかないでしょうから」
「だが、必ず共に戦うと約束しよう。これを持っていって欲しい」
エルドレーネ女王が――宝珠を渡してくる。グランティオスの女王と水守り達が力を注いだ宝珠だ。ヴァルロスとの決戦の折に、ベリオンドーラの動きを封じた――。
「ベリオンドーラの動きを封じた時のように、古来よりの力の蓄積はないが……それでも我らの祈りの力が、どこかでそなたらの助けになる事を願っている。まあ……そのような事態など、最初からない方が望ましいが……。遠くにありても、そなたらの無事を祈る妾達の想いが、届くと信じておるよ」
そう言ってにかっと笑うエルドレーネ女王である。
「ありがとうございます。お借りいたします」
グランティオスの祈りの宝珠か。心強いのは間違いない。
「我らからはこれを」
と、ヨウキ帝とシュンカイ帝、ゲンライ達が陰陽術と仙術の護符を束にして持ってきてくれる。身代わりの護符が多めなのはやはり、呪法避けとしての対策だろう。
護符を書いた面々もヨウキ帝やユラ、タダクニ、シュンカイ帝、リン王女にゲンライ、レイメイと門弟達と……一流どころなので品質も一級品である。
「これは助かります。船に乗るみんなに、分けて持っていてもらおうかと」
「うむ」
と、ゲンライが相好を崩して頷いた。出立となるギリギリまで色々用意して、持ってきてくれたようだからな。有難く活用させてもらおう。
「そなたの力は知っているが、十分に気を付けるのだぞ」
「はい、エベルバート陛下」
エベルバート王の言葉に頷くと、エベルバート王は頷いて……それから七家の長老達と共にしっかり抱擁されたりしてしまった。ややくすぐったいような感じだ。
そうして各国の王達と一人一人挨拶をして……それからエリオット達とも挨拶をする。エリオットに関してはカミラも見送りに来ているようだ。
「お久しぶりです。お二方とも」
「エリオット兄様も、カミラ義姉様もお元気そうで安心しました」
「これはテオドール公。アシュレイも元気そうだね」
「ご無沙汰しております」
エリオットとカミラにアシュレイと共に挨拶をかわす。
エリオットとはティールに修行を付けてもらった時以来か。嬉しそうに挨拶してくるティールをカミラと一緒に撫でて顔を見合わせて相好を崩していたりして。相変わらずのおしどり夫婦という感じである。
「境界公や伯爵と再び共に戦える日が来るとは光栄ですな」
「全くです」
と、エルマーやドノヴァン達も晴れやかな笑顔だ。
タームウィルズに住んでいる面々。それにヴェラ達ハーピーに、セイレーン達。御前やオリエ達妖怪も来ていたりする。各国で連係を進めているので、出立の見送りというだけで相当な顔触れが集まって、賑やかなことになったものだ。
「潜入に当たって、冒険者という肩書きもあまり役に立たないというのはのう。ベシュメルクの中央でなければ、儂も同行するという手もあったのじゃろうが」
と、アウリアは残念そうだ。
「大丈夫ですよ。後詰めは頼みます」
「うむ。儂らの力が必要になるまでは、街の平和は儂らが守っておくぞ」
そう言ってアウリアは自分の胸のあたりにぽんと、手を当てて胸を張る。
「迷宮の守りは任せてもらおう」
「うむ。ガーゴイルらも防衛戦力としては中々のものであるからな」
と、ラザロとイグナシウス。ヴェルドガルに残って防衛戦力として待機、という面々も残しておかなければならない。同行できないのが残念、という点には変わりないのか、アウリアの言葉に頷いている。
「気を付けてな、テオドール」
「はい、父さん。ダリルも。行ってくるよ」
「ああ。お前なら、大丈夫さ。いつもみたいに叩きのめして帰ってこいよ」
少し離れたところで、見送りに来てくれた父さん、ダリルとも挨拶をする。公的には上の立場の貴族ということになってしまうが、こうして離れたところでの挨拶なら問題ないだろう。
そうしてみんなと挨拶をし終わったところで、ティエーラや四大精霊王、テフラやフローリアといった高位精霊が造船所に顕現してくる。
皆の視線が集まる中、ティエーラはコルティエーラ、オーレリア女王と共に一歩前に出てきて、そうして静かに言った。
「テオドール。貴方の事だから大丈夫だとは思いますが、未知の部分が多い相手になります。十分に気を付けて」
「かつての月の民と渡り合った、という点は……軽視できませんからね」
ティエーラの言葉にオーレリア女王も目を閉じて頷く。
そうだな。各国と協力体制を取っているが、油断は禁物だ。月の民と同格と見て臨むべきだろう。
「ああ。行ってくるよ」
そう言って、同行する面々と共にシリウス号に乗り込む。
人員の点呼を終えて――そうして見送りの面々に手を振って、シリウス号がゆっくりと浮上を開始する。
今回は潜入任務ということでタームウィルズの住人達には出航の本当の目的は知らされていないはずだが……みんなして街角からも手を振ってくれた。孤児院のみんなや、盗賊ギルドのイザベラ達もいる。
「ああしてみんなに見送ってもらえると……嬉しくなりますね」
「ん。そうだな。気合も入る」
微笑むグレイスの言葉に笑みを返す。シリウス号はゆっくりとタームウィルズを離れ――まずは北西――シルヴァトリアに向かうような針路を取る。
真っ直ぐにベシュメルクに向かうようでは偽装にならないからな。シルヴァトリアで国を挙げて俺達を迎えて歓待する、なんて偽情報まで用意しているのだ。
こうして見送りの顔ぶれが相当な事になったのも……各国が連係のために集まっているというのもあるが、大掛かりになる理由がなければならない。
その点、俺がシルヴァトリア王家とは親戚筋というのも、偽情報を作る上では都合が良かった、というわけである。
後は……人目に着かない海上で姿を消して、それから反転。デボニス大公領の南東部へと直線移動する、という流れになる。
造船所や街の皆から手を振って見送られ……やがてそれらが見えなくなったところで、みんなで甲板から船の中へと移動する。
そうして暫く洋上を進みながら、高度を徐々に上げていく。かなり沖合に出たところで周囲に船影等々が無い事を確認し、光魔法と風魔法のフィールドを展開する。
「では、船を反転させデボニス大公領の南東部への針路を取ります。――アルファ」
俺の言葉に、アルファがにやりと笑って頷く。シリウス号の船体が反転すると、きっちり直線上へ目的地が来るように船首が向いて、段々と加速しながら進み始めるのであった。