番外340 作戦の前に
雛達は湖から上がってきた親鳥達から食事を与えられたりして、どの子も元気にすくすくと育っているという印象だ。これからどんどん大きくなっていく、らしい。
本来ならもう少しして冬の寒さが和らいだところで母鳥がまず海に向かい、魚やオキアミなどを取ってくるのだとか。母親も絶食期間を挟むので、自分の分の栄養と子供に分け与える分を蓄えて戻らなければならない。
母親が戻って来るまで、それまで父親の方が文字通りに身体を削りながら雛に食事を与えて命を繋ぎ、戻ってきたら入れ替わりに海へ。雛が独り立ちできる年齢になったらみんなで海へ行って……というサイクルなのだそうな。
やはりコウテイペンギンに近い生活サイクルのようだが、魔物なので環境魔力の合っている場所なら絶食も、海までの旅もそこまで辛くはない、と語るあたりが魔物である所以か。
そのためか、先祖代々の狩場は自分達で守らなければならない。そこでの狩りの仕方はしっかり覚えなければならないと、マギアペンギン達は親鳥も雛達も含めて気炎を上げていた。厳しい環境を自ら選び、戦いを避けて繁栄しているあたり、自分達の生き方に関してはかなりストイックな鳥達なのである。
水晶湖に関しては冬場に遊びに来たり、子供達のクレイシュにしたりしたいと言っていた。他には……怪我をしたり体調の優れない仲間を療養させたりといった使い方をさせてもらえば嬉しい、と声を揃えていたが。
それと……ティールが覚えた様々な事をみんなに教える修業場としての活用もしたいのだとか。南極よりは随分と安全で穏やかな環境であるはずだが、だからこそ種族の力を高めるための修業場にしたいというのは恐れ入る。勿論、それらについては歓迎だ。
そんなこんなで、みんなで飲み物を飲んだり軽く食事を取ったりしつつ、マギアペンギンの雛達に抱きつかれたりして、羽毛の感触やら何やら、たっぷりと堪能してしまった。
「いやあ……。楽しかった」
「本当ですねぇ。何というか……良い感触でした」
城の居室に戻ってきたところで俺が言うと、グレイス達が楽しそうに笑う。
「雛鳥みたいに、小さな子供はどれも可愛いですねぇ」
アシュレイが目を閉じて言うと、マルレーンもにこにこしながら頷いて、みんなもその言葉に同意する。
「子供かぁ……。私達の場合も子供が生まれたら、あんな風に仲の良い――ええと……」
と、笑顔のイルムヒルトが途中まで言いかけて、硬直して少し頬を赤らめる。みんなも想像を巡らしてしまったのか、赤くなったり咳払いをしたりしていた。
「ん。それはまあ、その内に直に、かしら」
「ん、んん……。まあ、そうね」
ややぎこちない会話をかわすステファニアとローズマリーである。
いやまあ……何というか。俺としては反応に困る会話の流れだ。こう、夫婦間の仲は良いわけだし、現状でもそうして夫婦としての時間も作っているわけだから。
「けど、大事なこと。家族が増えるのは嬉しいし、テオドールの場合は引き継ぐ事が沢山あるから跡継ぎ問題も大丈夫で、私としては安心してる」
と、シーラが言う。それは……確かに。貴族としてもしっかりと考えないといけない真面目な内容だ。
「そうだね。将来の事とかそろそろもっと話し合って考えておこうか。こうして結婚しても、みんなで仲良く過ごせているし」
今までは新婚ということで、やや結婚の形態が形態だけに俺もみんなもやや手探りだった。まずは新生活の構築が軌道に乗るようにしていくのが大事、とみんなと話をしていたけれど。それも今までのところを見ると問題は無い感じがする。
「そうね。私達に関して言うなら仲が悪くなるようなこともなくて、心配しすぎたんじゃないかって、拍子抜けしたぐらいだったものね」
「……寧ろ結婚前より結束が強くなった気もするわね」
クラウディアの言葉にローズマリーが顎に手をやって思案するような仕草を見せる。
「差し当たっては……そうですね。みんなで一緒にお風呂、なんてどうでしょう。水晶湖でマギアペンギン達と大分遊びましたし」
「ああ……。前に生活に慣れてきたら一緒に過ごす人数も増やして、なんて話もしていたものね」
と、グレイスが良い案を思いついたというように言うと、ステファニアも小さく笑う。
えーと。それはつまりだ。俺も一緒にという流れなのだろうか。想像するだけで頭がくらくらするような内容なのだが。
「ん。それはいい」
そんな風に言うシーラに、背後からぽんと、両肩に手を置かれる。うむ……。というわけで……みんなで一緒に城の風呂場へと向かうのであった。
そうして――その日は、仕事を休んで一日みんなと過ごしたのであった。
こう、自堕落な方向に流されないように気を付けないといけない、とは思うが、最近は仕事も多かったし、こうした日ももっとあっても良いのではないかと思うところもある。ベシュメルクに向かう前に、色々と羽根を伸ばせた気もするしな。
さてさて。そのベシュメルク出立に向けてという部分に目を向ければ……シルヴァトリアからジルボルト侯爵の部下であるエルマーやドノヴァン達、諜報部隊員の同行も決まっている。これは潜入工作という作戦の性質を鑑みてのものである。討魔騎士団を指揮し、諜報部隊員の上司役であったエリオットも、同行を申し出ている。
その他にイチエモンは変装技術等、特殊な技能を持っているので同行することとなっているが……やはり西方諸国の面々でないと、潜入工作ではどうしても目立ってしまう。シリウス号で控えているとしても、行動に制約は少ない方がいい、というわけだ。
完全に謎であればそれを逆手に取るという手もあるけれど、東方諸国の面々はヴェルドガルに正式に招待している。ヴェルドガルが後方支援していると勘付かれてしまう可能性がある。
そういう意味ではグランティオス王国やハーピー達の集落からも、今回の潜入作戦という面では向いていないところがある。
だが、魔物達も東方諸国の面々も、それにあちらこちらの国王や領主等々……知り合いで腕に覚えのある面々はそのほとんどが後方に控えていて、いざとなったら駆けつけられるように体勢を整えてくれているそうで。こちらとしては心強くも有難い話だ。
隠蔽術を使えるフォルセトとシオン達、封印術を使えるシャルロッテ。色んな物が必要になった時にその場で臨機応変に作ることのできるアルフレッドを始めとした工房の面々は同行が決定している。
テスディロス、ウィンベルグ、そしてオルディアも、今までの歴史を見れば捨て置けないからと同行する予定だ。
いざとなれば偽装の幻術を解いて、騒動を魔人のせいにして俺が大暴れしてやればいい、なんてテスディロスは笑っていたが。
まあ、人間との共存を目指してくれているテスディロス達に悪役を押し付けてしまうような事は個人的に遠慮したいので、その案は却下だ。そう返答すると、テスディロス達は嬉しそうに笑っていた。
まあ……こうしてみると結構な大所帯ではあるが、同盟各国の送り込む部隊の規模としては目的の為に厳選された少数精鋭、ということになるのかな。
何はともあれ、翻訳型通信機も完成して、各勢力との連係も万全である。
そんなわけで、造船所で食糧や物資等々をシリウス号に積み込んで、いつものように出発の準備を整えていく。
「まずは……デボニス大公領か」
目録を見ながら呟く。まず大公領の南東部に向かい、そちらに詰めているフィリップ卿と顔を合わせてからベシュメルク国内へ入る、という手筈になっている。
船に隠蔽術と迷彩のフィールドを施しつつ、エレナの情報から比較的人口が少ないと思われる地域を通って目的地へ……というわけだ。いよいよ……ベシュメルクへの潜入か。気合を入れて臨むとしよう。