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番外339 湖とクレイシュ

 デボニス大公領の南東部へ足を運んで転移可能になるよう準備を整えたり、国境付近に警戒網を形成したり。

 その他にも工房での魔道具作りや造船所で仕事等々、執務や訓練をこなしながら、日々は慌ただしく過ぎていった。


 そうしてベシュメルク潜入のための準備も整ったかな、という頃合いであった。執務室でみんなと執務をこなし、それも一段落した頃に――。


「――今、大丈夫?」


 と、執務室の扉の影からひょっこり顔だけを出したのは、水竜のラスノーテであった。人化の術を使っているので少女の姿である。ラスノーテは、人語を操る術にも段々と慣れてきた印象だ。

 最近ではシャルロッテやペトラ、ユラやリン王女達と、積極的に話しかけて仲良くなっている様子である。術の習熟に繋がるからと術を使って、翻訳の魔道具もあるお陰でしっかり内容も伝わるから雑談をするのが楽しいのだろう。それがまた、さらに術の習熟にも繋がっているようで。


 そんなラスノーテと共に、扉の上のほうからひょっこりとティールが顔を出す。ラスノーテとティールが、揃いの仕草で執務室を覗き込んでいるわけだ。

 多分、一緒に遊んでいたのだろう。ラスノーテは淡水も海水も、どちらも大丈夫だし、水温が低くても問題ないということで……人化の術を解いている時はティールと一緒に水晶湖に遊びにいったり、フォレスタニアの湖で泳いだりもしているようだ。


「うん。執務の方はもう一段落してるよ」

「みんなで集まってお茶でもとお話していたところです」


 俺が言うと、シルン伯爵領から執務を終わらせて戻ってきたアシュレイも微笑む。


「そうなんだ。えっと……。ちょっとみんなで、一緒に来てもらっても良いかな?」


 と、何だかにこにことしているラスノーテである。悪戯っぽい微笑みというか、嬉しそうというか。ティールも一緒に来て、と声を上げる。

 んー。何か見せてびっくりさせたいものがある、というような印象である。小さな子供が時々やるようなそれであるが……2人が何を見せたいのか、中々気になるところだ。少なくとも悪いことではないだろうし。

 そういった雰囲気はみんなも察したようだ。


「何でしょうか。気になりますね」

「それじゃあ一緒に行ってみましょうか」


 グレイスがにこにこと話題を振るとマルレーンがこくこくと頷き、クラウディアも微笑んで立ち上がる。

 というわけで、みんなでラスノーテについていくこととなった。執務室を出て中庭へ降りて、そこでのんびりと寛いでいた他の動物組とも合流する。


「これは先生。どこかに行かれるのですか?」


 と、シャルロッテが小首を傾げて尋ねてくる。中庭で動物組のブラッシングをしていることの多いシャルロッテである。今はエレナと共に動物組のブラッシングをしたり、ホルンの背中の手触りを満喫していたようだ。

 シャルロッテは動物組と過ごせるのが嬉しいのか、封印術の修行の合間にこうして遊びに来ることが多い。というか半分日課のようなものだ。


 修行の方はどうかと言えば……こちらは流石の一言で、対象の魔法を封印するシーリングマジックであるとか、種族特性封印の術をマスターしつつあり、名実ともに封印の巫女としての実力をつけているという印象だ。


「うん。ラスノーテとティールが、一緒に来てほしいって」

「ん。シャルロッテとエレナも一緒にどう?」

「では……お邪魔でなければ、是非ご一緒させて下さい」

「同じく」


 シーラが尋ねると2人も微笑んで頷く。


「勿論」

「ありがとうございます」


 というわけで、シャルロッテとエレナも同行することとなった。

 ラスノーテとティールに先導してもらい、みんなで歩いていく。ラスノーテが向かった先は――水晶湖だった。ゲートを抜けて雪と氷の湖へと踏み込むと、そこには沢山のマギアペンギン達が遊びに来ていて。


 ラスノーテはマギアペンギン達の前までやってくると、にこにこしながら言った。


「テオドール達に挨拶したいんだって。ね、ティール」


 そう言うと、ティールもフリッパーをぱたぱた動かしながら嬉しそうに声を上げる。


「あ……。もしかして」


 と、イルムヒルトが何かに気付いたかのように表情を明るくする。

 何事かと見ていると、マギアペンギン達の足の間から、ひょっこりと小さな何かが顔を出す。黒と灰色の、もこもことした何か。ああ。そうか。イルムヒルトは温度感知で分かったのか。


「わあ……」


 それを目にした瞬間、みんなから感動の声が上がった。ローズマリーも羽扇で口元を隠しているが、目が丸く見開かれている。

 そう。それはマギアペンギンの雛達だ。親の足の間から出てきて、俺達の周りに集まってくる。これはまた……頬が緩んでしまうような光景というか。そっと寄り添って来たり、頭を擦りつけてきたりと……随分と人懐っこい。


「ふっ、はああぁ……」


 シャルロッテには刺激が強すぎるのか、何やら奇妙な声を出して固まっているが。


「おお……! 孵化したんだ。いや、おめでとう」


 そう言うと大人のマギアペンギン達はフリッパーをパタパタさせて声を上げていた。ありがとう、と祝福の言葉に対するお礼を言ったり、無事に生まれたと喜びを露わにしていたり。


「この子達も、みんなに会いたかったんだって」


 と、ラスノーテが俺達の反応を見て、悪戯成功というように嬉しそうな顔を浮かべる。ティールも声を上げて、色々と教えてくれた。


 ティールが説明してくれたところによると……マギアペンギンの雛達も、前に南極に行った時には卵の中で俺達とのやりとりを聞いていたそうで。孵化したばかりなのに、みんな俺達の事や水晶湖の事を知っていて、遊びにいくのを楽しみにしていたらしい。


 これは翻訳の魔道具の効果、だろう。卵の中の雛達にも色々情報というか俺達の意思というかが伝わっていたようで。それで、挨拶に来てくれたというわけだ。

 孵化してから少し時間も経っているそうで、子供達も多少丈夫になってきた頃合いらしい。なるほどな。


 雛達の鳴き声に耳を傾けてみれば……ティールのことを助けてくれてありがとうとか、水晶湖が綺麗とか、色々だ。むう……。もこもこしていて雛はまた、成鳥達とは違った魅力があるな。


 とりあえず、湖のほとりに作ったログハウスのデッキあたりに場所を移して、腰を落ち着けるというのが良さそうだな。




 雛達の羽毛は実に暖かそうだが、成鳥と違って水に濡れたりというのにはそれほど強くないと聞いたことがある。マギアペンギン達は自前の術である程度何とかできるが、雛が身体を冷やしてしまうような状況は避けた方が良いだろう。


 ということで、雪の上で触れ合うよりはログハウスのデッキ部分の方が良いだろうということで、少しだけ場所を移した。

 敷布を引いて腰を落ち着けると、雛達が集まってきて……膝の上やらによじ登ってきたりして。

 成鳥達はと言えば「狩りにいってくるから、その間雛達を頼む」と、フリッパーでサムズアップのような仕草をしたりして水晶湖に飛び込んでいった。雛達もかっこいい、と大はしゃぎで声を上げ、成鳥達も張り切っている様子だ。


「ふふ、頑張って……!」


 と、ステファニアが声をかけると、水面から顔を出した成鳥達がフリッパーを振ってきたり。


「何となく……託児所みたいなことになっているわね。いや、悪い気はしないけれど」


 と、ローズマリーがそう言って、雛を撫でながら目を閉じる。

 元々ペンギン達というか鳥類は雛達だけで集団を作らせるといった習性がある種もいるが……マギアペンギン達もそうらしい。確か……クレイシュ、とか言うのだったか。


「これはまた、随分と可愛らしいですね」

「手触りが堪りませんね」


 膝の上に乗せた雛を撫でながらグレイスが微笑むとエレナもにこにことしながら言った。みんなも雛達を愛でながらほっこりしているようで。シャルロッテは夢心地といった感じだ。

 そういう俺も雛まみれという状態だったりするが。ティールを始め、コルリスやラヴィーネ、オボロやホルン達もデッキの上に座ったり寝そべったりして、頭の上に雛に乗っかられたりしている。あれはあれで……中々嬉しそうな様子だな。

 コルリスなどはログハウスに背中をべったりとつけて身体を投げ出し、腹の上に雛達を乗せていたりしている。


 いやはや。そろそろ潜入作戦に移るという頃合いであったが……うむ。思わぬところで和ませてもらったものだ。出発までの準備は概ね終わっているし、今日はマギアペンギン達とのんびり過ごさせてもらって、存分に鋭気を養わせてもらうとしよう。

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