番外337 新たなる召喚獣
オーレリア女王やデボニス大公、ブロデリック侯爵達との話し合いも終わり、そこで決まった方針に沿って諸々の準備を更に進めていく事となった。そんな中でまた通信機に連絡が入り、工房で色々と見せてもらうことになった。
「――というわけで、宮中の宝物庫や陰陽寮を回って召喚術の触媒になりそうなものを集めて参りました。ライブラ様に触媒に成り得るか検分してもらおうかと思いまして」
そう言って微笑むユラである。ゲンライもやって来ていて、あれこれと持ってきてくれたらしい。
「夜や月……それに雷といったものに縁のある品々ということじゃったな。仙郷まで足を運んで、そういった性質を持つ植物の根やら、妖魔の魔石やら尾や牙といった品々を持ってきたのじゃが」
そう言って机の上に触媒の候補となる品々が並ぶ。
「いや、随分と早かったですね。有り難いですが、大変だったのでは?」
「間に合わないようでは意味がないからの」
と、ゲンライが笑う。
確かに、召喚術の強化は戦力やその他諸々の増強に繋がる。召喚儀式で新たな召喚獣を召喚できるようになるのは早ければ早い方が良い。こうしてみんなが触媒探しを頑張ってくれたのも、ベシュメルク行きに間に合うように、ということだろう。
「どうでしょうか、ライブラさん?」
と、グレイスがライブラに尋ねる。ライブラは机に並べられた触媒の候補を一つ一つ手に取って見ていたが、グレイスの言葉を受けて、こくんと頷く。
「良いと思います。魔力がしっかりと篭った品々で……確保してから少し時間を置いたものが多いので、触媒としても適しているかなと」
「年月も必要なのですか?」
「ワグナー様の言葉によると、加工物も暫く年月を置くことで年季が入り、風合いと言いますか風格が自然物に近付いて神秘性が増す、という話ですよ。そうすることで儀式に馴染みやすくなる、とか」
アシュレイが首を傾げるとライブラは丁寧に答える。マルレーンは勉強になる、といった様子でふんふんと頷いていた。
意図せずとも年月で神秘性を蓄えられるというわけだ。付喪神も使い込まれた品がそうなりやすい傾向があるしな。
ある種の素材は月の光に当てたりなどして時間をかけて高品質な触媒にするという工程があったりもするが、それは神秘性の蓄積や、内に秘める魔力の増強を目的としたものであったりする。
「後は、これらの触媒の持つ性質を、呼び出して契約したい魔物に何かしらの意味を当てはめるようにして儀式を行っていく……というわけです。未知の相手を召喚する場合、術師の魔力資質も影響して意図していない相手が積極的に召喚に割り込んで応じてしまう、という可能性を無くすことはできないのですが……」
と、ライブラが言う。狙った相手を呼び出すための術式ではあるが……絶対確実に、というわけではないらしい。ワグナー公もそうした事があったそうだ。
だとしても儀式は継続して行えるし、触媒に込めた寓意や見立てに沿った性質を持つ魔物であることには変わりない。
術者の性質に合わせた触媒であるなら、それは予想外の出来事ではあっても相性の良い、契約しやすい魔物がやってくるという点では変わらない。
そういう意味では……今回の触媒は全てマルレーンの魔力資質に合わせたものなので、相性の悪い妖怪や霊獣がやってくるという可能性はかなり低めだ。諸々考えると、儀式そのものが無駄になるということはないだろう。
「マルレーン様ご自身や集めた触媒と相性の良さそうな妖怪や霊獣についても調べてきました」
「うむ。儀式を行う前に何を呼び出すか、色々と相談を進めていくという話をしていたからのう」
そう言ってユラとゲンライは資料を取り出し相好を崩す。
「ありがとうございます。儀式はやはり夜に行った方が良さそうですし、時間をかけて選んでいきましょうか」
というわけでみんなと妖怪や霊獣についての談義である。
妖怪や霊獣について伝わっている逸話。どんな性格でどういった能力を持っているのか。そういった内容についてユラ達に話を聞きながら、実際に召喚したらどんな連係ができるのか、といった具合の相談だ。
といっても、妖怪に関しては大体夜に出る性質を持っているし、精霊とも紙一重ということで……相性という時点では候補から外れるものが少ない、というのも特徴だ。
「――塗り壁、ね。聞いている感じだと、若干こちらの景色には溶け込めないような気がするのだけれど」
ローズマリーが顎に手をやって真剣な表情で言う。
「かも知れません。漆喰の塀などはあまりこちらでは見ませんから、潜入では目立ってしまいそうですね」
「力や耐久力には優れていそうだから、防御陣地と相性が良さそうではあるのだけれどね」
ステファニアがユラの言葉に苦笑する。
「ん、東国の妖怪は見た目とか、色々面白くて好き」
「ああ。それは確かに。こっちの魔物は何かの動物に近いものが多いから新鮮よね」
シーラが言うと、イルムヒルトも微笑みながら同意した。
そうしてみんなであれやこれやと和やかな雰囲気の中、相談をしながら候補を段々と絞っていくのであった。
さてさて。そんなわけで夕方頃にペレスフォード学舎へ向かい、触媒を配置して祭壇を作ったり魔法陣を描いたりして、召喚儀式の準備を進めることとなった。
マルレーン自身の魔力量と制御能力、相性のいい対象を選んで召喚する事等を踏まえると、ヒタカノクニとホウ国それぞれから一体ずつ……計二体の召喚獣を増やしても問題ないだろうということで、今回の召喚儀式は二回続けて行う予定である。
召喚対象も決まり、ペレスフォード学舎の広場を大きく使って二つの魔法陣を描く。かなり大きめな魔法陣を描くのは、意図しない召喚でやってきた対象が、想定より大きい場合を考えてのことである。
「魔法陣は問題ありません」
描かれた魔法陣を確認してからライブラが言う。そうして諸々の準備が終わった時にはもうすっかり日が落ちようとしていた。
「黄昏時は逢魔が時とも言いますし、妖怪達が活動しやすい時間帯でもあります。良い頃合いかも知れませんね」
アカネがそんな風に言うと、マルレーンがこくんと頷いた。
「マルレーンも準備万端のようね」
クラウディアが微笑むと、マルレーンもにっこりと笑みを返す。
「では、始めましょう」
「頑張ってね、マルレーン……!」
ライブラがそう言って、セラフィナが拳を空に突き出すようにして応援する。
みんなの見守る中、マルレーンはまずホウ国側の祭壇へと向かった。儀式細剣を抜き放ち、指先を小さく切って銀皿の水鏡に血を垂らす。そうして眼前で剣を構えてマジックサークルを広げる。このあたりの手順は満月の召喚儀式と大きくは違わない。魔法陣に色々と違いはあるけれど。
描かれた魔法陣に沿うように光が走り――段々と輝きを増していく。光の柱が立ち昇り――。そうしてそれが収まると――。そこには目的としていた霊獣が現れていた。
丸っこい身体のシルエット。短い手足。長めの鼻と丸い耳。体毛は短めだが、首の後ろや肩、長い尻尾の先などに要所要所にふわふわとしたウェーブのかかった毛が生えていて……かなり特徴的でユーモラスなシルエットをした霊獣だ。
だが、かなりの魔力を秘めているのが分かる。その上、瞳には確かな理知の色があった。真剣な表情のマルレーンを静かに見つめ返している。
「あれが、バク……ですか」
グレイスが目を瞬かせながら言う。そう。獏だ。
普通の動物のバクに似ているが、霊獣としての獏は違う。
悪夢を食べる霊獣と言われているが……それに付随する特殊能力を色々備えているようで。これについてはゲンライが色々と教えてくれた。
というのも過去に獏を使役していた仙人がいるらしく、その逸話が色々残っているそうで……それらの逸話が召喚の対象として選ぶ決め手となったわけだ。
性質が善良で穏やかだというのも、安心できる話である。
召喚に応じた獏は……マルレーンを暫く見つめていたようだが、やがて首をこくんと縦に動かすと、祭壇の前までやってきてぺたんと座り込んだ。契約に応じる、ということらしい。
マルレーンは頷いて、マジックサークルを展開しながら髪の毛の先を切って水鏡に投げ入れた。獏が見えない何かを尻尾で受け取るような仕草を見せる。それでマルレーンとの縁ができたので契約は完了だ。
獏側としては、ピエトロと同じように元いた場所に帰るつもりがないらしい。マルレーンを見上げ、それから俺達にも交互に視線を送って何かを訴え、マルレーンは応じるように頷くと、マジックサークルを展開した。
そうして契約が終わったところでのっそりとした動作で魔法陣から出てくると、近くで儀式を見守っていた俺達や動物組に挨拶をしてくるのであった。
というか、俺の時に恭しく挨拶をしてきたのは……やはり麒麟や黄龍であるとか高位精霊の加護の影響だろうか。ぺこりと目を閉じて頭を下げると、丸いシルエットの鼻がぼよんぼよんと動くのが……中々愛嬌があるというか。
他の動物組ともしっかりと挨拶を交わして、コルリスやティールの握手に鼻で応じたりして割と馴染んでくれているようだ。
さてさて。儀式はまだもう一つ残っている。獏は落ち着いているようなので、マルレーンも続いてヒタカノクニから妖怪を召喚するべく、儀式に取り掛かる。
マルレーンは集中した様子で先程の手順をもう一度繰り返す。そうして魔法陣が輝きを増していき――最後に巨大な光の柱が立ち昇る。
魔法陣の中が薄暗くなった。夜闇の気配が増しているのだ。強い精霊の気配に呼応するように、周囲の精霊達が動きを活発化させる。
魔法陣の中心から――突き出るように飛び出してきたのは、巨大な骨だった。骨の、腕。地面に手をついて、それを支えに身体を持ち上げるようにして、巨大な頭蓋骨が魔法陣の中からせり出してくる。眼窩にはぼんやりとした緑色の光が灯っていた。
「これは……凄いですね」
エレナがそれを見上げて言う。
見上げるような巨大な髑髏――。アンデッドではない。こんな巨大な人骨があるとしたら巨人のそれであるのだろうが、これは違う。
夜の闇を凝縮したような気配は、デュラハンと同種の精霊か――それに近しい存在であると主張していた。ガシャドクロ、と言われる大型の妖怪だ。
邪悪な存在というよりは夜への畏れや死への恐怖。そういう根元的な恐怖を司る存在であるとヒタカの陰陽寮では見られているようだ。
つまり……高位精霊に近い存在で、相当大きな力を持っているのも間違いないようだ。
だが、実際に遭遇しても死者が出たという話はなく……それどころか別の危険な妖怪から人間を守ったという話もあるので、陰陽寮としても武家としても、討伐対象としてはいないそうである。
デュラハンに似ているとなれば、やはりマルレーンとの相性は良好なのだろう。
これまでは大型の召喚獣というのが手札におらず、先に召喚した獏が補助型であるため、突破力や制圧力であるとか見た目の威圧感等々を加味し、戦い方の幅が広がるという事が決め手になった。
あー……。みんなが骸骨にあんまり忌避感が無くなってしまったのは……母さんの影響があるかも知れないが……そのあたりは深く考えるのは止めておこう。
ガシャドクロは巨体を小さく屈め、祈りを捧げるように手を組んでいるマルレーンに、そっと手を差し伸べるような仕草を見せた。契約に応じるという事なのだろう。
「性質上の相性がいいというのもありますが……あれほどの存在から気に入られるというのは、召喚術師として素晴らしい適性です」
と、ライブラが感心したように頷く。マルレーンが先程と同様に髪を一房切って水鏡に投げ入れると、ガシャドクロは見えない何かを受け取るように差し伸べていた手を握る。大切な物を扱うように胸のところに手を持っていき、マルレーンに頷く。
そうして、魔法陣が再び輝きを見せるとガシャドクロは送還されていった。……獏のようにこちら側に残るとなったら大騒ぎになっていたかも知れないな。
ともあれ、これで2体の召喚獣を新たに得たわけだ。両者とも無事に契約出来て何よりである。
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