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番外336 対ベシュメルクへ向けて

「古よりの因縁、か」


 デボニス大公がそう言って目を閉じる。


「月の記録や術式、地上でのその後の出来事、それに符号するエレナ姫の証言……。大昔の事ではあるが、細部はともかく大筋では正しいのだろう。その上で、これからの事を話し合い、共通認識を形成しておかなければなるまい。今日集まってもらったのはそういったわけだ」


 メルヴィン王が言うと、デボニス大公とブロデリック侯爵が揃って頷く。


「ベシュメルクに対しては、どのように動くのですかな?」

「表沙汰にできることでも無い。まずは事を荒立てないように潜入調査を行う」

「それについては、僕が直接、ということになるでしょう。ベシュメルクの魔法研究機関に忍び込む場合、斥候としての能力と共に魔法的な技能が重要になるかと思われますので」

「具体的な場所については?」


 デボニス大公が言うと、エレナが頷いた。


「私が案内できます。50年前の情報ではありますが……私が生まれる前からある由緒正しい建物ですし秘密主義なのでそこから持ち出せないもの、動かせないものも多いのです。恐らく王城内の構造や、研究施設に関しては大きくは変わっていないかなと」

「そのあたりが変わっていたとしても……案内も手がかりもなしに調査に向かうよりは遥かに心強いのは確かですが……危険は承知の上、ということですか」


 ブロデリック侯爵がやや心配そうな眼差しを俺達やエレナに向ける。


「背に腹は代えられません。私が同行してさえいれば、様々な状況においての選択肢も増えますし、刻印の巫女としての責務もありますから」

「僕としては……エレナさんを危険に晒したり、健在であることをベシュメルク側に知らせるような事の無いように立ち回りたいとは思っています。そのためにはやはり、シリウス号も活用することになります」


 隠密行動と潜入の経験蓄積もあるから、それらも活かしていきたい。


「その潜入調査でベシュメルク王がまだ野望を捨てていない……と判断できる材料が出てきた場合、最低限魔界の利用が不可能な状況に持っていく、ということになる。水面下での解決が可能であればそれが最善なのだろうが、な」


 ベシュメルク国内の現状がもう少しわからないと、そうした比較的穏便な解決方法が取れるのかどうかも分からない。潜入に関しては、そういった情報を集めるためのものである。


「そこでだ。事が大事になった場合を想定し、国境付近には備えも兼ねて後詰めを置かねばならんのだが……」

「備えを怠るというわけにもいきませんな」


 メルヴィン王がそう言うと、デボニス大公が静かに頷き、ブロデリック侯爵も決然とした表情を浮かべる。


「……そなた達には苦労をかけるな」

「事が事ですし、前回のイシュトルムの時のような大規模な危機が起こる可能性を考えれば否やはありますまい」


 目を閉じるメルヴィン王に対し、そんなふうにブロデリック侯爵が答える。

 そう。そうだな。苦労人で穏健派という印象がある侯爵だが、それは成すべきことをきちんと成そうとする責任感の強い人物であるからだ。


「私も侯爵の意見に賛同します。私も備えを進めるべく、南東部へ移動して指揮を執る事に致しましょう。しかし緊張が高まった場合、非戦闘員の避難に関しては飛行船や転移門を使う許可や受け入れ態勢を考えていただきたい」


 と、フィリップ卿が言う。


「承知した。それに関しては話を進めておこう」


 ブロデリック侯爵領の方はベシュメルクにとっては北方――中央から遠い辺境と山岳地帯でもあるため、些か戦略的価値が低いし、山岳に監視の目を置いておけば敵の動きを早く察知する事も可能だろう。

 緊張が高まった場合に衝突がある、と予想されるのは大公領の東部と南東部だ。しかし東部は――国境付近に魔力溜まりを挟んでいる箇所があるから些か進軍させにくい部分がある。


 そうなるとベシュメルク側が攻勢に転じた場合の本命は――。


「フィリップ卿の言うとおり南東部の海から仕掛けてくる可能性は高いですね」


 ステファニアが眉根を寄せる。

 ここは海に面している場所があるため、同じく国内南方に港を有するベシュメルクも軍船等を動かして仕掛けやすい。

 ベシュメルク側が、自分達が攻められる事を想定した場合も、やはり海からということになるだろう。


 そういう有事にはならないように手回ししていくべきだし、そういう方針を立てて動いてはいる。

 だとしても備えを怠るのは違う。危険性の低いブロデリック侯爵領についても油断していていいというものではあるまい。


 そのあたりの心構えの確認と具体的な対策について、話し合う必要があったからこうして集まってもらったわけだ。

 というわけで俺達やオーレリア女王達も交えて、机上に地図を広げ、あれこれと想定される状況とその対処法などを話し合っていく。


「仮に地上から攻めてくるならこことここを進軍させるかしらね」


 地図を見てローズマリーが分析すると、デボニス大公とフィリップ卿が少し感心するような表情を浮かべた。


「ベシュメルクとの有事は一応、我らも想定しておりましたが、的確ですな。そのあたりに観測用の魔法生物を置けば良いのではないですかな」

「ベシュメルク側が裏をかいた場合はこちらにも必要かも知れません。私が暮らしていた時には、この地方の魔力溜まりに対する後詰めとして兵を置いていたので、それを動かすなら、の話ですが」

「なるほど。では……」


 といった調子で通常の戦力分析に加え、ベシュメルクの内情に詳しいエレナが補足を入れて、どこにシーカーやハイダーの警戒網を敷くべきか等々の話を詰めていく。

 陸路、海路共に大凡の警戒網を構築する。作戦を開始する前に東部、南東部に足を運んでシーカー、ハイダー達を配置してくる、ということになるか。


「魔力送信塔に関してはどうかしら。攻撃対象にはならない?」


 イルムヒルトが尋ねると、マルレーンも心配そうな表情でこくこくと頷いた。


「魔力送信塔については、やはりこちらには記録としては残っていません。そもそも対立していた王国が月に向かったという記録さえ残さなかったようですので……」


 エレナが少し思案して言う。


「呪術の民が月に関して記録を残さなかった、というのは……オリハルコン等々も含めて意図的なものでしょうね」


 クラウディアがそう言って目を閉じる。月の民に対抗するために策を練った結果として魔力嵐が巻き起こったのだし、当時のベシュメルク王に対して反乱を起こした面々としては、再び同じ轍を踏むことを恐れて送信塔に関することも記録に残さなかったのだろう……というのは想像がつく。


「逆にあの送信塔は、当時に建造技術が確立されたものですからね。術式を詳しく見ていくと外部からの魔法的な干渉にはかなり強いようです」

「呪術の民との対立があったのならそのあたりも色々納得がいくところですね」

「ん。魔法への備えが出来ているのなら、後は念のために警備体制の増強が必要」


 俺の言葉にアシュレイとシーラがそう言うとみんなも首肯した。


「警備体制の増強ね。ベリオンドーラに対しても鍵に対しての管理を厳重にするとともに、武官を増やして配置しておきましょう」

「はっ。私達も気を引き締めて参ります」


 オーレリア女王が言うとエスティータ達が敬礼する。そうだな。ベリオンドーラが奪取された等となれば目も当てられない。

 ともあれ、そうして懸念材料を一つ一つ潰していけば後は攻めに専念できる。


 国内のこれらの備えは、ベシュメルクへの潜入作戦の結果が芳しくなかった場合の、次善の策でもあるのだ。作戦の後に取れる選択肢の幅が増えるというのは重要だろう。


 そうしてオーレリア女王や領主達を交えての諸々の話し合いは静かに進んでいくのであった。

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