番外334 ライブラの召喚術講義
ドリスコル公爵に連絡を取って見ると「勿論構いません。時を経てワグナー公の願いが成就するとは素晴らしい事です」との返答が通信機に返って来た。
そんなわけで……ドリスコル公爵の快諾も得て、ライブラはマルレーンにとっての、召喚術の師になったのであった。
工房で仕事をしている最中にマルレーンに熱心に講義をしているわけである。
ライブラの性格は落ち着いていて、マルレーンとの師弟関係は結構合っているのではないかと思う。マルレーンの事情を知ったその上で、楽しそうに指導を行っている様子であった。ライブラとしてはやはり、ワグナー公の術を伝えられるのが嬉しいのだろう。
マルレーンは通常の魔法習得方法――詠唱を繰り返して、魔力操作の感覚を身に付け、そこからマジックサークルを取得する、というやり方を苦手としているが……そこは循環錬気を経由して感覚的なところを教えられるので、実際の術式を教える分については問題ない。
マルレーンにしても循環錬気経由の方法は手慣れたもので、すぐにマジックサークルを展開するところまで習得できて、ライブラが感心するぐらいであった。
マルレーンがマジックサークルを展開すると、離れた場所に召喚ゲートが作られて、そこからデュラハンが部分召喚される。
「そう。そうです。召喚する時に何をするのかという指示を術式に練り込み、即座に動いてもらう、というわけですね」
と、ライブラが指導をすると真剣な表情で術式を制御しているマルレーンがこくんと頷く。状況を判断し、マジックサークルに指示まで練り込むからこそ、通常の召喚に比べて省エネでありながらより高難易度となるわけだ。
真剣な当人に比して、ゲートから自身の頭部を出したデュラハンに対して、コルリスやティールが並んで手を振ると、デュラハンが首を軽く縦に振ったりして挨拶を返したりと、訓練風景は和やかなものだが。
「ふむ。吾輩としては送還ゲートを利用した疑似転移というのが気になるところですな」
と、ピエトロが言う。ライブラによると召喚獣側の承諾さえあれば、召喚した対象を帰す時に用いる、送還ゲートの開く位置を変えて、召喚獣を別の座標に送り込むという裏技が使えるらしい。つまりは連続して、というのは難しいが疑似的にヘルヴォルテに近いことができるようになるわけだ。
ピエトロはケットシー――猫妖精であり召喚獣ではあるのだが、自分の意思でタームウィルズやフォレスタニアに居ついている。だから元の場所に帰るというか、俺達のいるところが帰るところになっているので、その裏技を使うのには適任というわけだ。
だがまあ、それだけ多くの魔力を消費してしまう、というデメリットもある。高度な事をしようとすれば消耗が増えるというのは致し方ないところはあるから、後は消耗に見合った効果的な運用方法を考え、無理のないように使っていけばいいというわけだ。
「分身をいきなり敵の中に送り込んだりとか、みんなと連係して色々な戦法が組み立てられるような気がするな」
他には送還して前衛で怪我をした味方を確保し、再度召喚で後方に回収してくるなどという使い方も思いつくか。ワグナー公の実戦での活用方法も聞いて、色んな作戦を考えておくというのも面白い。
「新たな召喚獣というのも考えても良いのではないでしょうか。マルレーン様は相性のいい召喚獣を多く確保していますし、信頼関係も築いているので現在いる召喚獣達には暴走されるという危険性もないように思います。つまり、現状では手持ちの召喚獣を複数召喚した場合でも統制能力に余裕があるのではないかと見ています」
「それは確かに」
今までは満月の折の召喚儀式でマルレーンの召喚獣を得てきたが、ライブラによれば別の方法もある、とのことだ。
まず、実際に魔物と顔を合わせて交渉と契約を行う方法。これは召喚儀式のように結界で防御されるわけではないので相手が大物であればあるほど危険が伴う。また、迷宮に出没する魔物には使えない手である。
次に……召喚したい種族、対象に絞った触媒を用意して呼びかける方法、というのがあるらしい。触媒は複数組み合わせたりして、そこに意味を持たせるそうだ。例えば、餌となる種族の魔石を触媒とすることで、捕食者側となる魔物を召喚したりという具合だ。
触媒に寓意や意味を持たせ、召喚したい魔物の種族を絞り込んで呼びかける、というわけである。これにより、ある程度狙った種類の魔物を召喚し、交渉と契約をすることが可能となる。儀式なので召喚する側も手順を守っていれば安全が確保できる。
「触媒を手に入れる手段は迷宮からというのが良さそうね」
「ワグナー様もそうなさっておいででしたよ」
クラウディアの言葉にライブラが答える。なるほどな。召喚術師としては強力な魔物を確保しやすい環境でもあったわけだ。
「それでも、相性の良さそうな魔物を見繕って、その魔物を狙って召喚獣にした方がいいのかな」
「そうですね。無理をして相性の悪い種族と契約するのは危険も伴いますし、そのあたりは召喚儀式の時にある程度判断が付きますが、その点では無理をしない方が良いかと」
「魔力資質の相性が良ければ交渉もあっさり進むというわけですね」
と、アシュレイがラヴィーネにブラッシングをしながら微笑む。
今まで召喚した面々はかなり契約に乗り気だった、とも言えるわけだ。
「コルリスは、実際に顔を合わせて契約をした、という方よね。使い魔の契約ではあるけれど」
ステファニアがそう言いながらぺたんと座っているコルリスの頭を撫でると、鼻をひくひくとさせながらふんふんと頷いていた。
「そういうことになります。転界石を使った召喚儀式は、相性の良い相手を呼び込みやすいという点では便利ですね。運が必要ですが、意味合いを持たせた貴重な触媒を揃えずとも、デュラハンのような高位精霊を呼べるというのも素晴らしいのでは」
と、ライブラは満月の召喚儀式についても所感を述べる。
ともあれ、召喚獣にしたい魔物と、入手可能な触媒をリストアップして新しい召喚獣を増やすというのを検討してみよう。
「今なら迷宮からだけじゃなく……ヒタカノクニやホウ国から触媒を得れば、妖怪や霊獣も召喚可能になるのではないかしら?」
と、少し思案を巡らしていたローズマリーがそんな風に言った。
「ああ。それは良いですね。早速ヨウキ陛下やタダクニ様にお伝えして検討してみようかと」
護符を書いていたユラが同意すると、それを聞いていたゲンライも頷く。
「ふむ。そういうことならばホウ国も探せば何かあるかも知れぬのう。シュンカイに伝えておくか」
「そうなると、相性の良さそうな妖怪、霊獣の候補を考える必要がありそうですね」
東国からの召喚獣か。どうなるやらといったところではあるが。
そんなわけで、マルレーンの召喚術の指導だけでなく、対ベシュメルクに向け、工房や造船所の仕事、訓練等々も順調に進んでいる。
イグニスの騎馬に関してはもうそろそろ完成間近、というところだ。
ローズマリーも同乗して動けるようにということで、慣性を緩和する術式、搭乗者を防御する術式に関しては、かなり気合を入れて組み上げたので、色々と無茶な機動もできるようになっている。
エレナに関しても今ある手札を更に強力にするという意味で、大型の卵に魔石を組み込んで、ブライトウェルト工房製の卵型の呪法人形を作るという計画が進んでいたりする。
持ち運びに関しては不便になるが、シリウス号に積んでおいて出撃させる、という分には問題ないからな。
勿論、最初から対ベシュメルクを想定しているので対呪法型の呪法人形という、相手の手札を想定した戦力になりそうなところがある。魔道具作成と共にしっかりと進めていくとしよう。