番外333 継承される想い
鬼火武者が崩れ落ち、絡繰り忍者やら武者やらが粗方イチエモンとイグナード王らに叩き潰されると、後はもう均衡が崩れたとばかりに残りの妖怪達も討伐されていった。
牛鬼も巨体に闘気。小回りの利かなさをカバーする吐息といった危険な要素を色々持っていたのに、それらが封殺されてしまうとなればもうどうしようもない。一度傾いた均衡は戻らず――それから程無くして広場の敵は難なく掃討されたのであった。
「いや、鈍らぬように鍛錬はしていたが、やはり実戦に近いと違うものだな」
「全くだ。それに、平和の有難みも忘れずに済むというもの」
ゼファードからひらりと降りてきたレアンドル王がそう言うとファリード王が目を閉じて首肯する。
「私も……良い経験になりました。船の時は……戦わせてもらえませんでしたから」
エレナが真剣な表情で頷く。
「疲れてはいませんか?」
「体力面と魔力面ではまだ大丈夫、とは思います。集中力は……どうでしょうか。あまり自分を過信すべきではないのかも知れませんね」
ライブラが尋ねると、エレナは控えめな解答をする。
「ふむ。慎重なのは良い事だ」
「しかし、あの呪法は中々に鉄壁の守りだったな」
「あれは、予備知識がないとどうにもならない類でござるな。頼りになるでござるよ」
「あ、ありがとうございます」
王達やイチエモンから言われてエレナは恐縮したように頭を下げる。イグナード王も、そんなエレナの反応に満足げに頷くと言った。
「ふむ。後は剥ぎ取りか。迷宮探索における醍醐味の一つ、とイングウェイは言っておったがな。夜桜横丁についてはよく分からぬので、今後のためにもテオドールに助言をもらいたいところではあるのだが、どうかな?」
と、イグナード王がこちらに笑みを向けてくる。今後の事もイグナード王としては考えているようだが。まあ、そういう事ならばちょっと行って来よう。確かに夜桜横丁の敵は固有のものが多いし、迷宮が初めてという顔ぶれもいるからな。
「少し行ってくる。周囲の警戒を続けていてもらっていいかな?」
「了解。別の探索者がきたら幻影を張って知らせる、と」
シーラがそう言って、マルレーンがこくこくと頷いていた。うむ。
そんなわけで剥ぎ取りについて話をしておこうと思う。
「エレナさんやライブラもいるので基本的なところから話しますが……通常の剥ぎ取りで最も重要になるのは、魔物が強みにしている部位と考えておいて貰って問題ありません。これに加えて、複数の部位が役に立つ魔物もいる、ということで」
という話をしながら、妖怪や絡繰り等々から具体的にどの部位を確保するのが良いか、等の話をしていく。
初めて見るのは鬼火武者と牛鬼だな。
「この武者は太刀が業物で、鎧も結構なものなので丸ごと持って帰って良い気がしますね」
「ふむ。エルハームにとっては良い土産になるかも知れんな。鎧は両断してしまったが」
と、ファリード王。
牛鬼は――どうだろうか。毒を吐いていたからあまり食用に向いている気はしないというか、見た目的にも食べる気にならないというか……。
片眼鏡で見ると角のあたりに高い魔力反応。この部分を剥ぎ取るか、或いは丸ごと魔石抽出してしまうか。迷宮の妖怪は総じて魔石も結構良質な印象がある。仕留めたのはライブラなのでライブラに意見を聞いてみる。
「使い道がよく分かりませんので、魔石にして工房で加工するのが間違いないのではないでしょうか」
とのこと。では、牛鬼は丸ごと魔石抽出、ということで。
後は……こういう沢山敵のいる大部屋の常として、攻略すると近くに帰還や転送のための石碑があったりするものだ。
「ふむ。快勝ではあったが、連戦は危険であろうな。次が今回よりも大規模な戦闘にならないとは限らない」
「ここは一旦撤退し、また訓練に来るのが良さそうですね」
と、イグナード王が言うと、ライブラも同意する。
エレナに関しては義務感があるのでモチベーションは高いし高度な術も保有しているが、実戦経験も豊富というわけではないので無理をさせるのは禁物だろう。
というわけで、剥ぎ取りをしっかり行ってから広場の先を少し探索し……すぐ近くに石碑を見つけて帰還することになったのであった。
というか、広場の先に下の階層に続く階段もあった。ここからは未知のエリアになるし、探索と訓練をするのなら今度は俺達も合同で、というのが良いだろう。
そんな調子で、今日の迷宮探索は無事に終了したのであった。
迷宮を出る前にエッグナイト、エッグビーストを元の状態に戻し……迷宮探索や不用な素材のギルドでの売却を行い、一通り冒険者と同じサイクルをこなした後で……みんなでフォレスタニアの居城に向かった。
城内の船着き場で、湖を眺めつつも身体を休め、そこで収穫したパイナップル等を楽しむ、という具合だ。今回は冷やしたパイナップルのジュースも用意してあったりする。
イルムヒルトが疲労回復効果のある呪曲を奏でたりして……のんびりとした雰囲気であった。
「ううむ。訓練を終えた後にこれは……中々の贅沢よな」
「甘い果実が染みるな……確かに」
と、王達はパイナップルと景観を満喫しているようだった。
エレナは迷宮から出て肩の力も抜けたのか、船着き場の縁に腰かけ、湖の水に爪先を浸しながら、パイナップルを食べていた。隣にコルリスやティール、ラヴィーネ達も座っていたりして、ほのぼのとした光景だ。
エレナ当人は太腿の上にオボロを乗せたりして、軽く撫でながらもやや放心気味である。
「大丈夫ですか?」
と、グレイスが声をかけるとエレナは苦笑する。
「ああ。御心配には及びません。けれど、ああいった事には不慣れでしたので……正直に言えば少し気が抜けた状態ですね。実戦での呪法の使い方を皆さんにお見せ出来たのは良かったと思っています」
「やっぱりそういう目的もあったのですね」
「はい。一緒に戦って、見てもらった方が理解もしてもらいやすいかなと」
少し晴れやかな表情でエレナが言う。そうだな。ベシュメルクの術者を相手にする時も予備知識は重要だし、エレナと共に戦って連係するという意味でも重要だろう。
「ライブラは? どうだった?」
「私はワグナー様の秘術で行使できるようになったものが増えたのが嬉しいですね」
ライブラは少し嬉しそうな声色で答える。
「それと……オーウェン様からは私にできる限りでテオドール様達のお手伝いをするようにと言われております。少し考えたのですがマルレーン様が召喚術をお使いになるのであれば、ワグナー様の術をお伝えすることもできるかなと。改めて、オーウェン様の許可も頂く必要があるかなと思いますが」
ライブラのそんな言葉に、マルレーンが目をぱちぱちと瞬かせる。
召喚術は俺も専門外だし術者も結構希少なのだ。基本まではともかく、高度な応用術式のレクチャーまではできない。助かるのは事実だが……。
マルレーンは、少し心配そうな表情で首を傾げる。ワグナー公の秘密にしていたものでは? と尋ねている様子だ。ライブラはそんなマルレーンの問いかけを理解したのか、頷いてから言葉を続ける。
「私も……自我を目覚めさせてから、自分の判断というものに迷うところではありますが。ワグナー様はご自身の血縁に限らず、正しい目的の為に術を行使できる方に知識を継いでもらいたいとお考えでした」
ライブラの言葉に、マルレーンはこくんと頷く。そうして、自分の胸の辺りに手を当てて、口を開いた。
「それなら……大事にするって約束、する。悪い事のためには、使わない」
「――はい。私は……ここに来てワグナー様の望みが色々と実現していることに、嬉しく思っていますよ」
そんなマルレーンの言葉に、ライブラもこくんと首を縦に振って、嬉しそうに答える。
そんなやり取りに、みんなも微笑ましそうな表情を2人に向けるのであった。