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番外332 王達の戦い

「やはり……この忍者達の動き、絡繰りとは思えぬほどでござるな……。しかし――!」


 絡繰り忍者から投擲される手裏剣を、右に左に揺らぐように避けながら自身も苦無を二本、三本と投げ返すイチエモン。但し、その苦無は忍者そのものを狙ったものではなく。灯篭や月明かりで、地面に映る影を狙ったものだ。

 本体ではなく、影を狙うような変則的な攻撃には対応できなかったのだろう。それが狙い違わず地面に突き刺さった瞬間――イチエモンが印を結べば、苦無の柄頭に刻まれていた印が反応を示して小さく輝き、忍者達の足が止まる。


「忍法、影縫い――」


 次の瞬間、エッグビーストとイグナード王が風のような速度で突っ込んでいた。忍者達も応戦はする。しかし足が止められていては右に左に地面を蹴って疾駆する獣は止められないし、イグナード王は言うに及ばず――。


「そこです」


 接敵した瞬間、エレナの持つ杖の先にマジックサークルが浮かぶ。呼応して弾丸のように加速。絡繰り忍者の頭部を凄まじい速度で齧り取るエッグビースト。

 残りの二体の忍者はイグナード王の踏み込みと同時に闘気が渦を巻いたかと思うと、竜巻にでも巻き上げられたかのようにバラバラになって吹き飛んでいた。


 凄まじい光景。だが、迷宮の魔物はそれで怯むわけではない。そういう性質を持っている。

 特に今踏み込んだような広場――つまり他の区画でいうところの大部屋では。


 ファリード王と剣を交えているのは甲冑の隙間から青白い炎を噴き上げ、鬼火を随伴させている亡霊武者とでも呼ぶべき出で立ちの妖怪だ。いや、迷宮にアンデッド由来の魔物はいないから、亡霊というよりは鬼火武者か。

 鬼火武者の刀とファリード王の曲刀が凄まじい勢いで交錯して剣戟の音を響かせる。鬼火武者の見た目はともかく、剣術自体はかなりの正統派に見える。対するファリード王は――実戦で磨き上げられたバハルザード王国の武芸。曲刀の湾曲を攻めにも守りにも、上手く利用している。その動きはまるで舞踏を踊るようだ。


 その独特の動きと、長年の戦いから来る駆け引きの上手さで、凄まじい膂力を誇る鬼火の武者に対し、攻めると見せかけて引き、引くと見せかけて踏み込み、間合いの内側に潜り込む事で安全圏を確保しながら斬撃を見舞っている。鬼火の武者はこの大部屋でも大物の部類なのだろうが、危なげなく手玉に取りながらも確実に削っている、という印象だ。

 特に、地上戦でありながら要所要所でマジックシールドを足場に使うことで動きに幅を出している。鬼火武者に合わせての地上戦ではあるが、それは後衛に向かわせないようにするためのもの、というのが分かる。


 曲刀は斬撃という性質に特化しており、直剣と比べた場合、闘気を集中させる箇所が違う。手元から先端へ。流れるように闘気が動けば――湾曲した形状と相まって、敵の攻撃を力ではなく技でそらし、流す事が可能となる。踏み込みの斬撃を受け流し、その身体が大きく揺らいだところへ踊るようにファリード王が切り込む。

 すれ違い様の斬撃を見舞えば、闘気の一撃は実体があるか怪しい存在にさえ大きな痛手を与えるようで。脇腹を押さえて鬼火武者は大きく飛び退っていた。


「――良い刀だ。エルハームが惚れ込むのも分かる」


 鬼火武者の手にしている刀を見て、ファリード王は笑う。次の瞬間だ。武者の身体から立ち昇っている青い炎が強く噴き上がる。随伴していた青い炎が刀に絡んで螺旋を描くようにまとわりつく。


「本気になった、か。よかろう。来い――!」


 ファリード王もまた。四肢から闘気を漲らせて曲刀を構える。変幻自在な動きを見せるが闘気そのものは一切揺らがない。闘気のあり方がファリード王の実直な人柄をそのままに表すような。そんな印象で――。


 そんな彼らの頭上ではレアンドル王とゼファードが網切りやら輪入道やらを相手に大立ち回りを演じていた。

 ここに来るまでの散発的な戦いでもゼファードは結界を逆利用した三角飛びといった、複雑な挙動で傘化け等を蹴散らしていたが――。それは別に、結界が無ければできない、というわけではない。イグナード王もファリード王もそうだが、空中戦装備を手に入れてからその習熟に時間を使ったのだろうというのが窺える動き。


 ゼファードは背中に乗るレアンドル王のちょっとした動きで、周囲の状況を察知しているのだろう。死角から突っ込んでくる網切りの攻撃を避けながら、レアンドル王が狩りやすい位置取りに持っていく。ゼファードがシールドを蹴って高空に舞い上がるのとレアンドル王が剣を振るうのがほぼ同時。斬撃を受けた網切りが地面に落ちて行く。


 輪入道がゼファードを追おうとした瞬間、その額に直上から降ってきたレアンドル王の剣が叩き込まれていた。ゼファードの背から降りてもう一体を斬り伏せたのだ。


 動きが乱れる網切り達に、今度はゼファードが斜めの角度から突っ込んできて前足の鈎爪で引き裂いていく。レアンドル王の手首に尾を絡め、すれ違ったと思った時には主従共に遥か彼方――。レアンドル王とゼファードと。生まれ育ってからの付き合いだというのだから息が合っていて当然なのかも知れないが、改めてみると相当な練度。二人で一つというほどの息の合いようは、尋常ではない。


 変則的な動きを伴う忍者やら、突撃力を伴う絡繰り武者やらはイチエモンとイグナード王、エッグビーストの片割れが押さえている。


 では、後衛となるエレナ。殿となるライブラはと言えば。

 大部屋の入り口に陣取っていた。囲まれないようにして敵の攻めてくる方向を制限しようという狙いがあるのだろう。

 絡繰り足軽とでも言うべき連中が、真っ向から槍を携えて突っ込んでくる。それを迎え撃つのはエレナの操るエッグナイトだ。


 突き込まれる槍に、エッグナイトが手にしている盾を構える。その瞬間エレナがマジックサークルを展開すると、不思議な事が起こった。

 盾に槍が突き込まれた瞬間、奇妙な紋様が浮かび上がって槍を突き込んだ側である足軽達の胴体に、槍で穿ったような穴が空いて吹っ飛んだのだ。小さな身体であるはずのエッグナイトには何の衝撃も痛痒もないようで、平然とエレナとライブラの前に陣取っている。


「――カースリフレクション」


 そんなエレナの声。エッグナイトの手にする盾から術を発動し、受け止めた攻撃を、敵対者にそのまま跳ね返した。見た目には何もなかったのに突然反射ダメージが生じるあたり、あれは呪法の類なのだろう。術を展開したところに攻撃を仕掛けると反射の呪いが発動する、というわけだ。原理を見ると実に呪法らしい呪法だが……。


「あれは、ベシュメルクの術者を相手にするなら注意が必要」


 少し離れたところで戦況を見守っていたのだがシーラがそんな風に言った。


「そうだね。後で詳しい事をエレナに聞いて、対策を考えておかないと」


 と、シーラの言葉に頷く。

 先程のエッグビーストの加速といい、エッグナイトの反射といい。

 エレナの場合は作り出した魔法生物を媒介に、そこから呪法を発動できるらしい。自律行動している魔法生物にエレナが状況に応じて術を発動することでスペック以上の力を発揮し、臨機応変に状況に対応する、というわけだ。


 ともかく、エレナの隣にはライブラもエッグビーストも控えているし、前面をエッグナイト二体が守っていてあんな反射呪法もあるのでは突破するのはかなり難しい、と言える。エッグナイトは槍をまだ使っていない。エレナにしてもまだ手札を持っているようである。


 そうして鉄壁の守りがあるからこそ、ライブラも術の制御に集中できるというわけだ。もう一匹の大物妖怪を、遠隔から召喚術で手玉に取り続けている。

 ライブラが銀の錫杖を地面に突き立てると、マジックスレイブが無数に作り出されて、広場の中央に向かって飛んでいく。


 ライブラが相手をしているのは――牛の頭に蜘蛛のような身体を持つ妖怪、牛鬼だ。巨体を誇り、口から毒の吐息を吐き出して暴れ回るそれを――四方八方からの部分召喚で手玉に取り続けている。

 ライブラの足元に閃くマジックサークルに呼応して、あちこちに小さな召喚ゲートが開く。そこからクラーケンらしき足が飛び出し牛鬼の手足に絡みつくのだ。


 苛立たしげな声を上げた牛鬼が毒の息を吐きかけようとしたり、噛み千切ろうとすると、それを嘲笑うかのようにあっという間にゲートの中に戻っていく。


 一体の魔物を四方八方から部分召喚して立体的な攻撃を仕掛ける――というのは、俺の時にはやっていなかったな。ワグナー公の使っていた術……というよりも戦法かも知れない。そうして動きを封じたところで、本命となる巨大な召喚ゲートが開いて、凄まじい巨木がそこから生えてくる。


 ――オールドエント。見上げるような巨大な樹木の魔物がゲートから上半身を覗かせ、拳と拳を合わせると凄まじい質量のハンマーナックルを牛鬼に叩きつける。身動きを取れない牛鬼は闘気を背中に集中させてそれを受ける。それでも牛鬼の身体が地面に叩きつけられて衝撃と亀裂が走った。一撃を加えるとオールドエントはそのまま帰っていく。


 ……あれも部分召喚。高度な制御能力は必要だが、大規模な召喚に見えて召喚のための魔力消費は抑えられているのだろう。

 業を煮やした牛鬼が闘気を手足に集中させて力尽くでクラーケンの拘束を振り切ろうとするも、正面にカトブレパスの顔が飛び出す。石化の魔眼に牛鬼が咆哮を上げて呪力に抗うと、今度は手足に集中させようとした闘気が霧散して拘束を振り切れない。


 上手いというか何というか。手持ちの召喚獣と部分召喚を組み合わせて完全に大物の動きを封じ、且つ確実に削っていくような戦い方だ。この分だと、牛鬼が受け切れなくなるのも時間の問題だろう。


 一方で――武者とファリード王はと言えば――凄まじい勢いで剣戟を響かせていた。燃え盛る鬼火の太刀を、曲刀で捌いて斬り裂く。鬼火武者はお構いなしと言うように咆哮を上げながら更に火勢を上げた。

 甲冑の隙間から噴き上がる炎が勢いを増し、炎が大きく広がるように伸びて、首が。手足が。四方に飛ぶ。ファリード王を包囲するように手足が――青白い炎の鞭となって凄まじい勢いで迫ってくる。


 だが――。揺るぎない闘気の残光を残し、ファリード王の一閃が死角から迫ってきた腕を切って落としていた。


「――悪手だ。包囲を受けるのも破るのも得意な方でな。多対一での戦いは慣れているのだ。すまんな」


 そう言って、ファリード王は牙を剥いて獰猛に笑う。それは――前宰相のカハール一派との戦い故か。デュオベリス教団を相手にしていたからか。

 慌てて鬼火の武者は一つ所に合体して元に戻るも、ファリード王は更に闘気を漲らせながら凄まじい速度で踏み込んでいく。

 太刀で迎え撃つ。しかし片腕を切り落とされて、バランスの崩れた武者では――。


 すれ違い様の一閃。横一文字の闘気の一撃で、鬼火の武者の胴が薙ぎ払われる。振り切った体勢のファリード王の背後で、鬼火武者の上半身が横にずれるようにして崩れ落ちた。

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