番外331 多国籍迷宮探索隊
「――では、参りましょうか」
迷宮入口から夜桜横丁へと降りる。光が収まると、そこは月と石灯篭のおぼろげな明かりに照らされた別世界だった。
「すごいな、これは……」
「何ともはや……。見事でござるな……」
歓声が皆の口から洩れる。
夜桜横丁の入り口の広場には桜の巨木が生えている。ぼんやりとした光によって浮かび上がるような姿。白とも薄い紫ともつかない淡い色の花びらがはらはらと舞って……異界の雰囲気を漂わせていた。ヒタカノクニ出身のイチエモンが驚きの声を上げるのだから、この区画の幽玄ぶりは相当なもの、ということだろう。
冒険者は何組か夜桜横丁に降りているとのことだが、広場にはいない。
ここでしか遭遇しない人間型の絡繰りや妖怪達を相手にするのは、探索する側としてもそれなりの熟練と対応力を求められるからだ。
特に広々とした道を塀と結界で区切られているので、いざ接敵した時に真っ当な戦力のぶつかり合いになりやすいのが拙いらしい。そのせいで敵が多くやってくる奥側へは、中々進めない、という話だ。
区画が出来たばかりの頃は新素材やらを求めて一攫千金狙いの冒険者達がかなり挑んだようだが、それなりの冒険者グループでも絡繰り忍者に拘束されて区画から蹴り出されただとか、輪入道に跳ね飛ばされて気が付けば迷宮から叩き出されていたとか、そんな話が頻発した。
新素材や鹵獲品の相場等々も大凡が定まってきて、難易度が結構高いという事も知れ渡ると、最近では探索する冒険者グループも無闇に新区画に突っ込まずに落ち着きを見せている、とのことだ。
「というわけで……ここが夜桜横丁です」
と、みんなが桜をじっくり鑑賞し終えた頃合いを見て声をかける。
「何とも幽玄な……雰囲気のある場所だな」
「異界と見たことのない敵、か。良い緊張感だ」
レアンドル王とファリード王が静かに言う。
「僕達は少し遅れてついていきます。この戦力であればかなりの状態に対応できるのではないかと。ただ、塀の上には乗り越えられないように遮断結界が伸びているので、そこだけゼファードにとっては注意が必要でしょう」
そう言うと、ゼファードは目を細めて声を上げて答える。翻訳の魔道具によると、分かった。ありがとう、ということらしい。
「触れても問題のない結界なら、足場にすることも可能かな」
「行けると思います」
「ならば大丈夫そうだ」
と、レアンドル王が笑う。
というわけで……即席のパーティーであるのだが、相談し合って隊列や役割分担等々を決めていく。
「斥候役は拙者が引き受けるでござるよ」
「ふむ。世話になる。が、嗅覚等々の五感で言うなら儂もそこそこのものでな。背中は任せてもらおう」
「おお、かたじけない」
イチエモンの言葉には皆も否やがあろうはずもない。
夜桜横丁の入り口である広場付近には敵も出没しないので、実際の構造等々を見ながらしっかりとした隊列を組んでいく。
隊列としては……先程話した通り、斥候であるイチエモンに続いてそのフォローとしてイグナード王が着く。
「では、その次に俺か。一手で斥候の援護と後衛の守りに動ける位置だな」
続いてファリード王。ここまでは前衛と言えるだろう。
「では、殿は私でしょうか。刃物等は通さない身体ですし、マジックスレイブが使えるのでどこからでも敵への対応が可能です」
そう言ってライブラが殿に着く。防御力と融通の利く射程。召喚術による対応力、というわけだ。
「では、俺とゼファードも後列を上空から護衛しながら進むか。前後からの敵を早く発見できるだろうからな」
レアンドル王とゼファードは隊列中央に陣取り、上空をカバーするというわけだ。
高い視点から同時に前後の警戒が可能で機動力に優れる……というわけで遊撃役としては打ってつけだろう。
夜桜横丁に限って言うなら塀が高いので、低空飛行をしていれば遠くから敵に発見されるという心配もあるまい。
必然的にエレナは隊列の中心で守られる位置となる。
「ふむ。これで隊列は問題ないか」
「お待ちを。今、魔法生物を作ります」
エレナが懐から幾つかの卵のような形状の石を取り出し、マジックサークルを展開させる。……大きいマジックサークル。かなり高位の術式。第六、ぐらいだろうか?
すると卵がみるみる人の膝ぐらいの高さにまで大きくなって、罅が入り――中心から亀裂が走ったかと思うと、卵の殻が上下に分かれた。中身は黒い何か。二つの目が光っていて、側面から手が生え、下部の殻から足が飛び出す。
割れた卵を兜や鎧に見立てたようで、手には槍やら盾やら……完全武装だ。兵士型が2体。犬のような四足歩行で卵の殻を牙に見立てたようなものが2体。計4体。
「ほう。これは、ベシュメルクの術式か」
「中々興味深いわね」
と、イグナード王とローズマリーが感心したような声を漏らす。
「呪法によって魔法生物を作り、依り代に宿らせた……呪法兵ですね。私は携帯しやすく、様々な寓意を込めやすいように卵型の石を作ってそこに術式を仕込む、という方法を使っているのですが……何故だかエッグナイトやエッグビースト等と別物扱いで呼ばれていました」
「何やら愛嬌のある姿だが……戦力としてはどれほどのものなのだ? 術式の規模は相当であったが」
イグナード王が尋ねると、エレナが頷いて答える。
「一度作れば術の効果は丸一日ぐらい持続します。ある程度複雑な命令も聞き分けますし、呪法で術者本人と連携できますので、私自身が足手まといにならなくなる程度には使えるかな、と」
「ほう。それはまた」
控え目なエレナが断言するぐらいには強い、ということだ。ファリード王はそれを理解したのかにやりと笑う。
ベシュメルクの魔法生物か。迷宮核に潜んでいたウイルスも結構な強さだったし、宿している魔力から見ても完成度はかなりのもの、と思っておくべきだろう。
エレナの術に関しては目撃情報としてベシュメルクに伝わる事のないように、別の冒険者が近くにいる時は幻術でしっかりフォローするということで打ち合わせもしてある。自由な術の行使も問題になるまい。
というわけで、エレナは兵士型を自身の左右に配置する。魔術師として側面に守りを置く、というわけだ。
「エッグビーストは……遊撃が出来るように前衛と後衛に一体ずつ配置という形で良いでしょうか? それなりに鼻も利く子達ですので」
「迎撃型と遊撃型で役割分担。獣型は低い位置から俊敏な動きで臨機応変に動く、か。中々考えられておるな」
「獣型については師匠の案なのです」
「それは……良い師についたな」
「ありがとうございます」
イグナード王の言葉に、エレナは嬉しそうに微笑む。
斥候、前衛、中衛、後衛にと……多国籍な面々ではあるが、こうして見るとかなりバランスが取れているのではないだろうか。治癒術に関してはアシュレイが俺達と一緒に控えているしな。問題はあるまい。
「では、進んでいくでござるよ。エレナ殿は変装している、幻術があると言っても、見られないに越したことはないでござるから……足跡を見て探索が行われていない方に進むのが良さそうでござるな」
「そうなると、必然的に奥に進んで、段々大規模な敵集団と遭遇しやすくなっていくと思いますよ。冒険者達は稼ぎに来ているので、攻略よりも散開している絡繰りや迷宮妖怪狙いで動いているようですので」
そう言うと、イグナード王が頷く。
「何度か戦闘を行い、手応えを見ながら進んでいく、というのが良かろうな」
「顔触れが顔触れ。無理をして怪我をしても、後で口を酸っぱくして苦言を言われてしまうだろうからな」
「いや、全く」
と、3人の王は笑っているが。ともかく、方針としては他の探索者との遭遇を避け、奥側へ進むということで決定したようだ。
では、みんなのお手並み拝見といくか。