番外327 召喚術師の遺産
「身体や制御術式に不調は?」
ハート型の核にミスリル銀線を繋いで、ライブラの身体の中心部に収めてから尋ねる。ライブラは静かに立ち上がって手を握ったり開いたり、関節の可動域を確かめたりしてから……魔力を増大させたり、掌の先にマジックシールドを展開したりといった魔法関係のテストもしていたようだが……やがて納得したように静かに頷いた。
「身体機能、装甲、制御術式。いずれも正常通りの機能を確認。魔法行使能力の全般に関しては、かつてよりも性能が向上していることも確認しました」
「うん。それなら良かった」
「はい。問題ありません」
魔法行使能力の向上……。今のライブラは、何というか自然発生的に目覚めた自我を補強するように拡張したせいか、魔法生物でありながら精霊に近い波長の魔力を発している。実力の程は未知数だが……相当な強化になってしまった気がするな。
ライブラはそうして、ドリスコル公爵に向き直ると臣下の礼を取る。
「ふむ。正直私は何もしてやれなかったから、主という顔をするのもおこがましいのだが……そうだな。ワグナー公に連なり、その遺志を知るドリスコル公爵家の当主として、お前を送り出すとしよう。今回の一件が解決するまで、テオドール公の指揮下に入り、平穏の世を作る為に尽力するように」
「拝命しました、我が主」
ライブラはそう言って立ち上がる。
「もう一点……。これから先、どこかの時代で……我が家に連なる者がお前に私利私欲から何かの命令を下すような事があるかも知れん。しかし、その命令がワグナー公の遺志に反するものであるとお前が判断する場合……その命令を聞く必要はないと、ここで最初に伝えておこう」
ドリスコル公爵の言葉に、ライブラは一瞬動きを止める。そうして、静かに返答した。
「それは……私にとっては嬉しいお言葉です。グラズヘイムが滅んだ後もこうして御用命をいただけるだけでも望外なのですが……。承知しました。ワグナー様の御遺志に反しないと判断される場合に限り、力を尽くす事を約束します」
「うむ。また後日、家族も連れて会いに来よう。ライブラと話ができるとなれば喜ぶと思うからな」
「ありがとうございます。楽しみにしています」
オスカー、ヴァネッサの兄妹やレスリー達か。この感じなら、ライブラとも良好な関係を築けそうだな。
というわけで、工房に集まっているみんなも、ライブラに改めて自己紹介をしていく。
「グレイスと申します。よろしくお願いしますね」
「はい。工房で修繕を受けていた時よりお姿を拝見しておりました。こうして言葉をかわすことができて嬉しく思います」
と、グレイスと握手をかわすライブラである。
「よろしくお願いします、マルレーン様」
にこにこと微笑むマルレーンとも握手をかわす。元々付喪神として目覚めかけた状態で工房に置いて修復作業をしていたからか、よく顔を出している関係者に対しては紹介を受けずとも名前を知っているようだな。ただ、言葉でコミュニケーションが取れるようになったことが嬉しいのか、自己紹介と挨拶は丁寧なものであった。
「よろしく頼むぞ、ライブラ殿」
「はい。こちらこそ、マクスウェル様」
マクスウェルやイグニス、ジェイク、ティアーズにバロール、ウィズ、カドケウスといった魔法生物組にも丁寧に挨拶をしていくライブラである。ウィズやバロールを頭や肩に乗せたりして、表情は女神像的な造形のままで動かないのだが、何となく嬉しそうな魔力波長が伝わってくるあたり、尚更精霊っぽい印象だ。
「んー。性能が向上したのなら、どこかの段階で色々試してみる必要があるかも知れないね」
と、アルフレッドが言う。
「そうだな。力が前より突然増大すると、その差を感覚的に掴んでおかないと上手く動けないから。今度迷宮に連れていくよ」
「はい。よろしくお願いします」
そう言って素直に頷くライブラである。イグナード王達も迷宮に潜ると言っているし、その際、サポートとして同行するのは有りか。王達の側近にも安心してもらえるだろう。
「後は……戦力の増強としてはイグニスの馬?」
シーラが首を傾げるとローズマリーが頷いて答える。
「開発はほとんど最終段階ね。完成したら後日試験を行う予定だわ」
「まあ……ホウ国の救援には間に合わなかったけれどね。対ベシュメルクでは問題無さそうだ」
アルフレッドが静かに頷く。
「私達は翻訳機能付きの通信機開発ですね。あれももう少しなので……!」
「護符も沢山作っておきますね」
「うん。私達も頑張ろう」
コマチがにっこり笑い、ユラとリン王女が2人で顔を見合わせて気炎を上げたりして。みんなも気合が入っている様子だ。
「私も……頑張ります!」
それを目にしたエレナも気合が入った様子である。エレナが全面的な協力をしてくれるお陰で……対抗術式も完成度を高められそうだからな。工房の仕事に関してはこのまま進めていけば良いだろう。
――ライブラの弁によると、ワグナー公から継承だけはしているものの、今まで力不足で扱えなかった召喚術というのが存在しているとのことだ。
というのも、当時、ワグナー公の後を継げる才覚を持った術者が育たなかったためか、術を失伝させないために秘術の秘匿と保全のためにライブラを利用した部分があるそうで。
地下図書館にはおいそれと残せなかった貴重な術式を記憶させ、引き継がせているというわけだ。
ワグナー公にとっては自身の補佐をさせる片腕たる司書であり、図書館の中枢そのものだったと言えるのかも知れない。
多数の術式を保有しているのは、俺もライブラの解析をした時に気付いていたが……。何はともあれ、性能の向上で、今まで活用できなかったリソースを使えるようになったというのは喜ばしい事だ。
というわけで、今日はライブラを転移港に連れていき、待ち合わせである。
先日ドリスコル公爵とも話をした通り、オスカー達とも引き合わせるという話になっているのだ。
「外の世界は――美しいですね。私の記憶にある光景は、ほとんどが図書館の中だったので、目に見えるもの全てが新鮮で……輝いて見えます」
と、転移港をヘルヴォルテと一緒に巡りながら植え込みの花を見て、そんな風に呟くライブラである。
見た目は鋼の女神像という感じではあるのだが、精霊に近い形で自我を目覚めさせたからか、ライブラは感受性が豊かな印象がある。
「こっちの、この花も綺麗だと思います」
「ああ。色が濃いところから、次第に白く薄くなっているところが素敵、ですね」
「はい」
と、理解してもらえたのが嬉しいのか、ヘルヴォルテが少し微笑んで頷く。
一緒に植物を色々と観察して品評しあっているところが、妙に微笑ましいというか。
ヘルヴォルテも、最近は感情を表に出すようにしているようだし、自我が目覚めたばかりで落ち着いた性格のライブラとは話題や気が合うのかも知れないな。
そんなヘルヴォルテやライブラの様子を、クラウディアもにこにことしながら見守っている。
近くの芝生ではラヴィーネが腹這いになって鼻の上に蝶々を留まらせたりして尻尾をぱたぱたと振っていたり、ティールやコルリスが寝転がって日向ぼっこをしていたりして、中々に長閑な光景だ。
「この感じなら、オスカー様達がやってきたら植物園に行くのもいいかも知れませんね」
そう言ってアシュレイが微笑む。
「ああ。それは良いかもね。いい息抜きになると思う」
工房の仕事も増えているからな。みんなにもそうだし、エレナにとっても息抜きになるのではないだろうか。
そうしているうちに約束の時間がやってきて、転移門からオスカーやヴァネッサ、レスリー達も姿を現したのであった。