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101 魔光水脈

 ――地下20階。

 分岐点から扉をくぐると、そこはもう別世界だ。

 少し上層の洞窟エリアにやや似ている。自然の岩肌や、垂れ下がったような鍾乳洞。


 魔光水脈。最大の特徴は、普通の通路よりも水没した部分の方が多い点だ。だから、水に潜らずに奥まで探索を続けるのは難しい。水脈は海と繋がっていると考えられており、真水と海水が入り混じっている。


「……綺麗」


 セルリアンブルーに煌めく水の中を覗き込んで、イルムヒルトが呟く。

 水中や天井など問わず、そこかしこの岩肌に、光り輝く水晶のような物が張り出していて、洞窟内部を神秘的な色合いで照らしている。水の透明度が非常に高く、光源も多い。宵闇の森とはまた違った趣の、幻想的な光景だった。


「冬なのに……そんなに冷たくはないんですね」


 水面に少しだけ触れて、アシュレイが感想を漏らした。


「熱水噴出孔があるからかな。或いは、迷宮だからかも知れないけど」

「熱水……何?」


 シーラが首を傾げる。


「熱湯が噴き出してる場所があるんだよ。見かけてもあまり近寄らないでね。火傷するから」


 と、泡と共に熱水を放出している噴出孔を指差して俺は言った。

 宵闇の森を離れて魔光水脈を攻略しようとなったのは……みんなの対応力強化と、封印の扉の探索を兼ねている。

 騎士団の探索も、この区画については中々進んでいないという理由もある。

 探索が捗らない理由は明白だろう。水中呼吸や水上歩行などの対策がないと探索できない場所が多すぎるからだ。そうなると当然、俺達の探索範囲は水没している部分が主となる。


「全員、水中呼吸の魔道具と赤転界石は持ってるね?」


 念のために確認を取る。みんなは頷くが、それらはもしもの場合の保険だ。

 魔光水脈で探索を行うからには、当然水中で戦闘をする事も想定しなくてはならない。よって水中呼吸や水上歩行以外の方法で探索を進めていく。


「バブルシールド」

 

 水、風の複合。第4階級魔法バブルシールド。大きな泡の中に入ったまま水中で活動するという形で探索を進めていこうと思う。

 これならば――戦闘中の攻防に際して水に動作を妨げられるという事態には陥らない。反面、敵は泡の中に頭を突っ込んでこないと攻撃ができない。泡に突入する時に水音がするから不意打ちも防ぎやすくなる、というわけだ。


「感覚的に制限を受けやすいから、2人とも慣れるまで無理をしないように」

「分かった」

「気を付けるわ」

「そういう事でしたら、慣れるまでは私が先頭になります」


 グレイスが先陣を切って水の中へ入っていく。

 シーラとイルムヒルトは、普段探知のための感覚が優れている分、それが制限されるとまた勝手が違ってくるからな。

 カドケウスはラヴィーネがアシュレイに付いたので、現在はマルレーンの護衛役である。俺は殿に付くとしよう。


 さて――水中探索だ。

 幻想的な美しさでありながら、どこか根源的な所で不安を煽る青の世界。その光景が物珍しいのはマルレーンだけではないようだ。みんな周囲を見渡しながら進んでいる。


「来ます」


 いくらも行かないうちに、魔物と遭遇した。先頭を歩いていたグレイスが注意を促す。

 銀色に輝く魚の群れ――ブレードフィッシュだ。

 ヒレが刃物のように鋭い魚の魔物である。群れで水面上にまで飛び上がってきて、すれ違いざまに切り裂いていくという手口を得意としている。

 前衛後衛に分かれて的を分散する。


 泡を突き破って突撃してくる魚群。触れる傍からグレイスの斧で粉砕し、シーラのダガーで切り裂いていく。その姿は危なげがない。こういった単純な手合いは彼女達の得意分野だろう。


 俺は一度中衛に位置する場所まで出る。前衛の頭上を泳ぎ越して、後衛に向かおうとする敵を遮るように、氷の壁を生み出して敵団を分断する。

 ラヴィーネが迫ってくる魚群をまとめて氷で閉じ込め、そこをアシュレイがロングメイスで粉砕して回る。


 イルムヒルトは弓に矢を番えずにかき鳴らす。弦が鳴り響き音が水中を伝わって魚群が同士討ちを始めた。

 マルレーンは目を閉じて細剣を構える。無詠唱。防御はカドケウスと仲間達に任せ、魔法に意識を集中させる。術式の構築と同時に細剣を真っ直ぐに突き出す。


 第3階級雷魔法スタンボルト。剣の先端から雷撃が迸り、同士討ちをしていたブレードフィッシュを感電させていく。あっという間にアシュレイとラヴィーネの氷結の魔法が魚達を呑み込んだ。


 スタンボルトはそれほど殺傷力の高くない、護身用の魔法ではあるが……マルレーンでも扱える攻撃魔法だ。これも覚えていると何かと役に立つから彼女に教えたものではある。水魔法による氷結と同様、水中でも通じやすい魔法の一種だ。バブルシールドがあるために、きちんと魔法の制御ができていれば自分達は感電しないというのもポイントが高い。


「後ろから新手が来ます」


 ラヴィーネの唸り声とアシュレイの声に振り返る。

 やってくるのは大型犬ほどのサイズがある巨大烏賊だった。黒い身体に、赤く輝く瞳。マディスクイッドだ。

 ブレードフィッシュを片付けた後で良かった。大量のスミを吐いて水中の状況を解らなくしてからの攻撃を得意としているので、こいつがいると他の魔物も危険度を増す。


「あいつは俺が」


 と、殿の位置まで戻る。マディスクイッドがスミを吐き出すが、その空間ごと指定してアクアゴーレムを作り出して取り込んでしまう。


 黒く濁った身体のアクアゴーレムを烏賊に掴みかからせ、怯んだところに魔力循環を発動しながら突貫、接近と同時にウロボロスで一撃の下に叩き伏せた。

 烏賊からしてみると、自分の吐き出したスミが襲い掛かってきたように見えたに違いない。


「勉強になります。あんなゴーレムの使い方もあるんですね」


 と、アシュレイが感心したように言う。


「水をそのままゴーレムの素材にできるからね。勿論、透明なままで使えば視界を頼りにしている魔物には効果が大きい」


 アシュレイは真剣な表情で頷いた。

 補助として使う分には有効だろう。アクアゴーレムだから殺傷力は低いけど。


 今日の夕食は決まりだな。ブレードフィッシュはそのまま食用にできるし、マディスクイッドも食用になる。

 烏賊に関してはそれだけでなく、そのイカスミが良質なインクとして使えたりする。水底に沈んでいる転界石を回収しながら剥ぎ取りし、ゆっくりと探索を進めていこう。




 ――魔光水脈での探索を終えて、ギルドでの素材の処分等々を済ませると、時間的には丁度良い頃合いだったので王城に行ってメルヴィン王に会ってくる事にした。

 今日はアルバート王子も同行している。魔法通信機で打ち合わせ済だ。

 サロンに顔を出すと、既に2人とも顔を揃えていた。


「おお。戻ってきたのだな」

「はい。昨日の夕方頃に帰ってきました」

「して? アルバートを交えて話というのは?」


 メルヴィン王に聞かれたので、俺と魔法通信機についての話を打診してみた。実演込みという事で、アルバート王子とメッセージをやり取りしてみせる。

 途端、メルヴィン王の表情が真剣なものになった。


「離れた場所で文字のやり取りができる魔道具ですね。タームウィルズとガートナー伯爵領の間では問題なく使えます」

「これはまた……大変なものを持ち込んでくれるな。そちといると飽きんよ」


 メルヴィン王は困ったような顔をしながら、どこか楽しそうに笑う。


「将来的にはこれを持つ者全ての間でやり取りをできるようにしたいのです。現時点では一対で一組、専用のものになってしまいます」


 現時点での完成度。将来的な完成形。その問題点など、要点をまとめて話して聞かせる。

 メルヴィン王は真剣な顔で耳を傾けていたが、深く腰かけて背をもたれさせると、腕組みして唸る。


「素晴らしい魔道具ではある。これがあれば様々な物に変革がある事は想像に難くないが……それだけに、すぐさま許可を出すというわけにはいくまいよ。影響が大きすぎる」

「でしょうかね」


 まあ、これはある程度予想していた答えでもある。すぐさま世間一般に流布させたら社会の在り方が根幹から変わりかねないからな。


「少なくとも……所持しても良い者は選ぶところではあるな。使用者も管理者も、簡単には悪用できないよう仕組みを整えておくべきであろう」


 ふむ。仕組みの中に契約魔法が組み込まれているのだから、その契約魔法を高度なものにすればいけそうだ。

 制約を盛り込む事で、迷宮でしか使えないようにするだとか、通信の秘密を契約魔法によって守るだとか、サーバー側から端末を遮断できるようにするだとか……今後の課題だが、道筋は見えているな。


 安全な利用法としては――例えば騎士団の指揮官クラスだとか、王国の重鎮だとか。拠点ごとに一つだけを置き、通信相手を限定するだとか。

 メルヴィン王も利用価値が高いのは承知しているのだろう。しばらく顎に手をやって考え込んでいたが、顔を上げて言った。


「安全策も含め、技術として確立しておくのは重要な事であろうな。そうでなければ誰にも安心して使う事ができんだろう。そちらはそのまま、その魔道具の開発と試験運用を続けるが良い。完成の暁には功績に見合うだけの充分な対価を支払うと、余の名において約束しよう」

「ありがとうございます、父上」


 今までの研究が無駄にならないと知って、アルバート王子は深々と頭を下げた。問題点も契約魔法の見直しで何とかなりそうな部類だ。開発の道筋はついたと見るべきだろう。


「よい。その点で言うのなら、そちらがこれを開発をしていた事は僥倖であるからな」


 と、メルヴィン王は苦笑した。

 相談事は纏まった。茶と菓子でしばらく寛いでから、俺はもう一つの用件を切り出す。


「そういえば、街で幽霊騒動が起きているとの話を耳にしましたが」

「うむ。騎士団から報告が上がっておるな。深夜、白い人影が浮かんでいたとか壁の中に消えていっただとか。時間帯は主に夜ではあるが、見かける場所は町中全域に散らばっておるよ」


 メルヴィン王は頷く。現時点では被害は出ていないようだが……。場所が散らばっているのか。

 会えるかどうかは運だな。他に色々やる事もある。時間をそちらにばかり費やしているわけにもいかない。


「僕としては一応、魔人との関係を疑っているのですが。正体を突き止めた者や、正体に繋がる情報を提供した者に相応の褒賞金を出すという事で、冒険者ギルドに依頼を出してみるというのはどうでしょう? 深入りしないようそれ相応の危険がある事も書き添える必要がありますが」

「ふむ。兵士達にでなく、敢えて冒険者を動かす、か。面白い策ではあるな」


 メルヴィン王が興味深そうな表情で身を乗り出す。


「そう、か。冒険者ならただのアンデッドかどうか、判別がつくだろうね」


 アルバート王子の補足が入る。そう。冒険者であるならゴーストとの細かな差異に気が付く。後は目撃証言から特徴を絞り込んで、文献に当たったり、必要とあらば討伐最優先で動く。


「よかろう。そちらは手を回しておく」

「それでは僕は、魔光水脈で封印の扉の探索を続けていく事にします」


 俺の言葉に、2人は頷いた。

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[気になる点] 水中で高圧電流流すなんて自殺行為だろう。絶縁服を着ている描写もないから気になった。
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