100 墓参り
――明くる日。遅めに起きてみんなで食事を摂った。
礼服に着替えて花束を持って。家の裏手へと出かける。
「ここは――」
母さんの墓は、家からそう遠い場所でもない。森の中の、少し開けた場所だ。
春になれば一面花が咲き誇る。母さんが好きだった場所を選んで、俺とグレイスで埋葬した。
まず雪かきから始めなければいけないかと思っていたが、墓の周囲は綺麗になっていた。
開けた場所の真ん中に墓石が立てられている。俺とグレイスが立てた墓標は木を組んだ程度のものだったけれど、後になって父さんが墓石を立派なものにしたのだ。
「テオ。来たか」
名を呼ばれ、振り返る。父さんが、伯爵領の騎士数名を護衛に連れて現れた。見知らぬ子供が2人いるが……兄妹だろうか? 父さんは騎士達をここで待て、と後ろに控えさせ、子供達と共に近付いてくる。
「ああ、父さん」
「竜籠がリサの家に着いたようだと報告は受けていたよ。冬場に竜籠で移動するのは大変だったのではないか?」
「魔法がありますので、寒さは問題になりませんよ」
「……そうだったな」
父さんが苦笑する。
「そちらの2人は?」
「ハロルドとシンシアという。孤児ではあるがな。どうしてもと志願してきたので墓守役をしてもらっているのだよ」
「墓守――」
母さんの墓所に目をやる。墓石もその周囲も綺麗なものだ。きっちり管理が行き届いているのが見て取れた。
「……ありがとうございます」
「勿体ないお言葉です」
と、2人も頭を下げてくる。この兄妹も……伯爵領の領民ではあるのだろうが。
あの時の当事者でない子供にまで、俺はどうこう言うつもりは無い。ましてや孤児だとか、志願しただとかいうのなら、その動機だって察しがつくし。
「ただいま、母さん」
そう言って俺は墓所に花束を捧げる。それから1人1人順々に黙祷を捧げていく。
グレイスもアシュレイも父さんも。それから、墓守の兄妹も。
それぞれに言いたい事や思っている事はあるのだろうけれど。静かに目を閉じて母さんの墓標と向かい合っていた。
マルレーンは両手を合わせて祈りに似た姿を見せている。シーラもイルムヒルトも静かに祈りを捧げる。母さんの墓まで、こうして来てくれたというのが嬉しい。
こうやっていると昔の記憶が色々と蘇ってくる。この場所にも……よく昼食を持って遊びに来たりしていたっけ。
しばらくそうやって静かに目を閉じていたが――
「――すぐタームウィルズに戻るのか?」
静謐な空気を破ったのは、父さんのそんな言葉だった。
「……はい」
俺は頷く。あの家に長居していたら、居た堪れなくなるか、離れたくなくなってしまうかのどちらかというのは分かっているし。
それに……今日みたいな日に、伯爵領の領民と顔を合わせたいとは思わないからな。俺は多分、彼らに対して許容できる範囲が少ない。
父さんが護衛に連れてきている騎士だって、歳若い俺の見知らぬ顔だ。墓守の人選と言い……この辺はかなり気を使っているような気がする。
当然その辺は父さんも分かっているのか、俺の言葉に何も言わずに頷いた。
後は……書斎の物を積み込み、竜籠に乗って帰路につくだけだ。資料に材料、魔石、器具類もあるから、少々帰り道は竜籠が手狭になってしまいそうだが。まあ、レビテーションで飛竜の負担を軽減すればどうにかなるだろう。
後は――帰り道にシルン男爵領に寄っていく予定だが。その場合男爵領でもう一泊ぐらいはしていく事になるだろうか。アシュレイ自身はケンネルや領民との仲も別に悪いわけではないのだし、積もる話もあるだろう。
「それじゃあ、行こうか」
皆が頷いて1人1人立ち去っていく。俺は、去り際に振り返った。
「母さん。書斎の物はお借りしていきます。また……来年になったら来ますから」
墓標に向かって頭を下げて。それから、みんなの後を追った。
「爺や!」
「アシュレイ様!」
帰る道すがら、シルン男爵領のアシュレイの屋敷にも竜籠を下ろして、ケンネルの所にも顔を出した。
竜籠から出たアシュレイは嬉しそうに微笑みを浮かべて、屋敷の中から中庭に出てきたケンネルの所に走っていく。
ケンネルは突然のアシュレイの来訪に目を丸くしている。
「ご無沙汰しております」
「おお。これはテオドール様」
ケンネルに声をかけると、深々とお辞儀をしてきた。
「ベリーネ殿から近況を聞きましたぞ。中央では大層なご活躍ぶりとか」
「まあ、色々ありましたので」
魔人とのあれこれが無ければ、こうはなっていなかったと思うし。
「ささ、お連れの方々もどうぞご一緒に。今日は泊まっていかれるのでしょう?」
「そのつもりですよ」
「それは何よりです」
ケンネルは笑みを浮かべて屋敷の中に入っていく。
「どうぞ、テオドール様、皆さん」
アシュレイも微笑んで皆を招き入れてくれた。
さて。アシュレイの屋敷に来るのはこれで2度目という事になるだろう。
談話室に通されて、みんなで茶を飲む事になった。
帰り際に積み込む荷物が多くなったから竜籠が狭くなってしまっている。やや窮屈な思いをさせてしまっているから、身体を伸ばしてゆっくりしたいところだ。
『そっちの様子はどう? こっちはシルン男爵領にもう一泊してから帰る予定』
茶を飲んで寛ぎながら、アルフレッドにメッセージを送ってみる。程無くして返信があった。
『騎士団が街中で聞き込みをしているんだけどね。魔人の目撃証言は無いようだけど、あの日、封印の扉が開いた日辺りからを境に、街中のあちらこちらで幽霊騒動が出ているみたいなんだ』
……幽霊と来た。
ルセリアージュの言っていた「残した物」との関係は……疑っておくべきなんだろう。
『実害は?』
『今のところ、特には出ていない。魔人の仕掛けというには温いとも思うんだけど……時期が時期だけに、気になるところだね』
『目撃情報の収集と並行して注視しておくべきだと思う。可能なら退治もしたいけれど』
『うん。ゴースト程度のアンデッドなら、遭遇してしまえば苦労はしないはずだからね』
……単なるゴーストなら、な。被害が出ていない辺りが判断の難しいところだ。
そちらは、戻ってから考えるとして。俺の方も課題ができてしまったからな。
母さんの遺した研究の、暗号の解読だ。
暗号化の形態は符牒や隠語で行われているようで。母さんの書斎の本の中に解読用に参照するコードブックめいたものがあるのではないかと思っている。
ま、こちらもゆっくりやるしかないか。アルフレッドとの通信は程々に切り上げる。
「男爵領の状況は、あれからどうなんです?」
と、ケンネルに尋ねてみる。秋口のベリーネの話では割合良好との事だったが。
「蟻共の方は越冬に入ったようで、状況は落ち着いておりますな。あれから何度か纏まった数の蟻と、冒険者と兵士の混合部隊で戦闘も起こりましたが。人的被害も少なく、数自体も減ってきて概ね収束に向かっておるようですぞ」
「なるほど……それは良かった」
専門家のベリーネがいるしな。その辺の読み違えはそう起こるものでもない、か。一応念の為というか、男爵領の状況も把握できるようにしておいた方が良いのだろうとは思うが。通信機は試作型ではあるが、精度は充分である事がはっきりした。
後で父さんの所とケンネルの所に試作型の方を送って、俺の方で運用してみるという事でメルヴィン王に打診してみるか。
試作型は1対1の通信しかできない分、通信の中身を第三者に盗み見られる心配がない。各地の領主などに使ってもらう分には現時点で十分過ぎる有用性は有してはいるのだ。
拠点拠点を結ぶ連絡手段としては画期的なものだと言えるだろう。試作型の秘密を厳守してもらうという意味でも父さんやケンネルの所に置くのは打ってつけではあるからな。
「私共の事はご心配なさいますな。アシュレイ様をよろしくお頼みしますぞ」
「――分かりました」
深々と頭を下げてくるケンネルに、俺は頷いた。
アシュレイの屋敷で歓待を受けて。
予定通り次の日には、俺達はシルン男爵領を後にした。
荷物を満載して手狭にはなってしまったが、竜籠での旅は順調だった。家の前に竜籠を降ろして、地面に降り立ったところで、俺は凝り固まった身体を存分に伸ばす。
「んー……っと。竜籠は初めてだったけれど、本当にあっという間なのね」
竜籠から降り立ったイルムヒルトが、身体を伸ばしながらそんな感想を述べた。
地形や道のコンディションに左右されないし直線的に移動できるからな。街道沿いに移動するわけでなければ、もっと早くはできるのだろうけれど。
「まあ、空路はね。帰りは少し狭くて大変だったと思うけど」
「ふふ。お母さんの形見なんでしょう? 大事なものですものね」
と、イルムヒルトが笑う。まあ……そうなんだけどね。
竜籠から母さんの遺した品物を家の中に運び込む。
荷物を運び入れるとリンドブルム達は一声上げて、王城へと戻っていった。んん。本当に手が掛からなくて良いな。
「この荷物はどこに運ぶ?」
「余っている部屋があったし、そこを書斎として使わせてもらうよ。大鍋や機材は……後で工房に持っていくとして」
本の山を抱えているシーラに答える。シーラは頷いて家の中に入っていった。布の包みを口に咥えるラヴィーネや、カドケウス、自分の運べる範囲で運ぼうと本を抱えるマルレーンが一列になって後に続く。
書棚などは追々揃えるとして。大鍋はすぐ移動できるよう軒先に置いておくのが良いだろう。錬金術用の設備や機材は、工房に置いた方が何かと便利そうではあるからな。
さて。あまり長い帰省でもなかったが、タームウィルズには無事戻ってこられたが……何だかやる事が増えている気がするな。1つ1つきっちりこなしていこう。




