番外306 難破船の謎
コルリスが鼻をひくひくさせ、何らかの魔力を感じる、と伝えてくる。魔力。魔力か。片眼鏡で見ると小さな魔力反応が幾つか見て取れる。魔道具、の光か。
生命反応は……氷の上からでは見えないが。
「どうなさいますか?」
アシュレイが尋ねてくる。
「んー。探索の妨害になる氷は除けるとして……船の姿勢はまだそのままにしておいた方がいいのかな。内部の状況が分からないのに下手に船を真っ直ぐにすると、何か崩れて、まだ壊れていないものが壊れたりする可能性があるから」
「そうすると……少し周辺の調査をしてから手順を考えた方がいいのかしら?」
イルムヒルトが少し思案しながら言う。
そうだな。というわけで、ちょっとした事前調査と作戦会議である。
まず氷漬けになった船首より後ろがどうなっているのかを調べてみる。アシュレイと共に魔力ソナーを打って反響を見ていく。
「こっちは……氷漬けにはなっていますが、氷は内部まで侵入していなさそうですね」
船の向かいからアシュレイが顔を出して言う。
「こっちも多分そうだな。やっぱり……沈まずに海を流されてきて海岸線に漂着。氷漬けになって……こうやって船体が傾いたんだと思う。甲板側の氷を除去すれば、船の中に入れそうだな」
船が斜めになった状態での探索なので少々やりにくくはなるが、まあレビテーションもあるし問題はないだろう。
船体下部側は凍り付いているので甲板側の氷を退けても船が倒れる、ということはあるまい。念のため、船の支えになる部分の氷の強度を上げておくのが良いか。
「では、こちら側の氷から除去します」
「ああ。それじゃ、船の下側の氷は強度を上げて倒れないようにしておく」
アシュレイは甲板側に移動するとマジックサークルを広げる。甲板上部を埋め尽くしていた氷が、船首部分から水に変化して左右に分かれるように除去されていく。船首やマストが段々と姿を現していく。
その一方で、俺も船体下部の氷に構造強化の魔法を用いてしっかりと船自体を固定する。真っ白な氷を、周囲ごと透明度と強度の高い氷に作り替えてやると、船の外観も段々と見えてくる。
やがて、船の全体像と共に、甲板にある船内部への入り口も氷の下から露わになった。マストは折れて、帆もボロボロになっている。船体にも一部穴が空いていたり、破損している状況が見られるが……外からざっと見た感じでは浸水や転覆に至るような致命的なものはない、ように見えるな。
「ありがとう、アシュレイ」
「いえ、お安い御用です」
にっこりとアシュレイが微笑む。
「どこの船かしらね。国旗でも掲げてあれば良かったのだけれど……」
「ああして帆がボロボロになっているところを見ると、旗も残ってないでしょうね」
ステファニアが眉根を寄せると、クラウディアが目を閉じてかぶりを振る。
「船名が……削り取られているわ。……何なのかしらね、この船は」
ローズマリーが胡乱げなものを見るように眉をひそめた。
その言葉に視線を向ければ、通常船名が刻まれている部分が意図的に削られているのが目についた。
「何かの事情で、船籍を隠したかった?」
「有り得るわね。例えばグロウフォニカ王国の船なら、慣例で王国出身の著名な人物を船名にしたりするから」
シーラが首を傾げて尋ねると、ローズマリーが頷く。
グロウフォニカ王国はヴェルドガル王国の西隣にある海洋国家であり、ローズマリーの母親の出身国でもある。ローズマリーはグロウフォニカから距離を取っているが、母の出身国だけあって知識もきちんと持っているようだ。
「船の名前が分かれば、記録も残っているから来歴も分かるか」
「けれど……何となくですが軍船や海賊船、という雰囲気ではありませんね」
しげしげと船を見ていたグレイスが言う。
「そう、だな。作りはしっかりしているが戦闘や……冒険用には見えないな」
こうしてボロボロになっていなければ元々は壮麗な雰囲気だったのだろうと思える部分がある。
「だとしたら、尚更……船名を削る理由が分かりませんね。賊に鹵獲された、とか?」
フォルセトがそう言って首を傾げる。確かに、微妙にキナ臭くなってきたような気がしないでもないが。
……これ以上の事は外からは分からないか。こうしていても仕方がないし、内部の探索に移るとしよう。
グレイスの呪具の封印を解除し、そうして内部の探索に移る。
……外装が破損したことで南極の冷たい外気が入り込んでいるからか、内部にはひんやりとした空気が満ちていた。穴は既に雪と氷で塞がってしまっているけれど。
少なくとも直近で人が活動していた気配を感じさせるような空気ではない、な。
通路は割と広々としていて、ある程度の人数でも動けるだけのスペースを確保できる。レビテーションとシールドで移動する分にも問題なさそうだ。内装は……経年で劣化しているが、元々が立派な雰囲気であるのは見て取れる。
「照明の魔道具か。結構豪華で、大きな船だな」
「ん。魔法生物とか、罠が残ってる危険もある?」
「そうだな。魔力反応も外から幾つか見えたし、そのあたりは否定できない。船員がアンデッドになっているとか、魔物が潜んでいる可能性も含めて、警戒していこう」
シーラの言葉を首肯すると、みんなも頷いて警戒度を高める。
ウィズに指示を出すと、視界の端に光のフレームが出現する。俺達の今いる座標を光点で示し、周囲の通路から内部構造のフレームを形成、リアルタイムで周辺情報を表示してくれる、拡張現実によるオートマッピングというわけだ。
俯瞰視点にしたり意識の邪魔にならない程度に拡大縮小、非表示にしたりと自由自在で便利なものである。
「とりあえず船長室や貴賓室から、かな。航海日誌とか船の見取り図とか、何か手がかりが見つかるかも知れない」
船長室も貴賓室も、普通なら船の上層に位置する構造だ。この船も言うに及ばず。甲板から入ってすぐなので、迷わずそちらに向かった。
扉には鍵もかかっていないし、罠の類もなく、あっさりと船長室の中に入る事ができた。
船長室内部は――船が斜めになっているので、机やら棚やらが下側になっている壁面に色々な備品がぶちまけられているような状態だった。それらをレビテーションで浮かべて、その中に何かないか、選別しながらみんなで探していく。
探索に関係する品や遺族に持ち帰らなければならないような品物がないか。関係無さそうなものは部屋の隅に、軽く整理して積んでいくわけだが。
「あった。船の見取り図」
と、シーラが紙を手に取って言った。
「おお。流石」
「任せて」
俺の言葉にシーラが胸を張ったりして。マルレーンが笑顔で拍手をする。
そんなやり取りで少し和やかな雰囲気になったが、シーラがふと表情を真剣なものにすると、言った。
「でも、変。使い込まれた私物とかが全然無い。船が出来上がったばっかりで、船長不在で船が動いたとかも考えられるけど……もしかすると、船名を削ったのと同じように、私物から足がつかないように誰かが処理して回った可能性もある……かも。他の部屋でも同じような傾向なら、多分それで確定?」
「……表沙汰にしたくないことがあった、ということでしょうか?」
グレイスが表情を曇らせる。
「んー。分かっている事から推測すると……外部からの襲撃、内部での仲間割れ、それから病気や遭難、或いは船自体の放棄、っていう可能性もあるか。ともかく船は制御不能になってここに漂着。そのどこかで誰かが証拠を隠滅していった可能性が高くなってきたわけだ」
それを行ったのが乗組員か襲撃した賊かは分からないが、何らかの理由で船が見つかった時、足がつかないように身元の特定に繋がる証拠を隠滅して回った可能性がある。
選別して有り触れた備品を残したのは……重要なものを分かりにくくするため、とか? 丹念に証拠隠滅する時間があった、とも考えられる。
そうなると……航海日誌などは間違いなく残ってはいないだろう。ともかく……情報が足りない。
だが、船の見取り図は……別に重要視されなかった、というわけだ。
折角見つけたのだし、探索のために有効活用させてもらおう。
どうも単純な遭難というわけでもなさそうだし、船の内部をできるだけ片っ端から見ていくしかない。証拠隠滅にしても見落としがあるかも知れないしな。