番外305 氷原の彼方に
そして南極での一夜が明けて――朝がやってくる。
「影がこんなに長いのは、理由を知ってもやっぱり物珍しく感じますね」
と、マギアペンギンに声をかけてから行動を開始しようと甲板に出たところで、グレイスが甲板上に長く伸びる自分の影を見て言った。
「そうだね。もう少しすると、一日中太陽が地平線から顔を出さない、なんて時期もやってくるはずだよ」
「極夜ね。シルヴァトリア王国やエインフェウス王国の北部でも冬にそうなる地域があるらしいわ」
ステファニアが補足をしてくれる。そんな話をしながらマギアペンギン達のコロニーに向かう。
ティールがコロニーから顔を出し、俺達の方にトボガンで滑ってくると立ち上がって嬉しそうに声を上げた。昨晩は仲間達と一緒に過ごしたからか、朝の挨拶から感じる印象も晴れやかな印象だ。
「ああ。おはよう、ティール」
と、挨拶を返すとこくこくと頷く。他のマギアペンギン達も次々顔を出して、見送りに来てくれた。
転移門の設置と起動は問題なくできたし、後は帰るだけの予定ではあったのだが……そこに来て昨晩の話だ。
ティールは船を探しに行くなら自分も一緒に、と意気込んでいる様子である。
「ほんとにいいの? 私達がフォレスタニアから迎えに来るまで、みんなと一緒にのんびりしていても大丈夫よ?」
イルムヒルトが尋ねると、ティールは鳴き声を上げて、力になれることもあると思うから、とそんな風に言った。イルムヒルトとしては……迷宮村のみんなに再会した経験上からティールの気持ちが分かるのだろう。決意がしっかりしたものであると分かると、優しげに微笑んで頷く。
転移門でいつでも仲間達に会えるようになったから、ティールとしては俺達への恩返しに意識が向いているのだろう。
「ん。またすぐ会いに来る。みんな元気で」
シーラが言うと、マギアペンギン達も声を上げて返答してきた。動物組や魔法生物組とも抱擁しあったりと、仲の良い様子だ。
飛竜や土竜、狼とペンギン、という取り合わせも中々奇妙だが、いずれも南極にはいない種族だからか、マギアペンギン達は実にフレンドリーな様子であった。
そうして見送ってくれる沢山のマギアペンギン達に、ティールと共に再会の約束をかわす。シリウス号に乗り込む俺達に、ペンギン達はフリッパーを大きく振ったり、鳴き声を上げて、一時の別れを惜しんでくれた。
「ふふ。楽しい子達だったわね。魔物達がみんな、迷宮村の子達やティール達みたいだったら良かったのだけれど」
遠ざかっていくマギアペンギン達に手を振りながら、クラウディアが微笑む。
「もしかすると、ハーベスタみたいに、環境次第で仲良くなれる種族も、もっと他にもいるかも知れませんね」
アシュレイが言うと、マルレーンがこくこく頷く。
「普通は敵対的な種族が助けてくれたとか、そういう実例は少ないながらも聞いたこともあるわね。どうしても凶暴な種というのはいるとしても……きっと夢物語ではない、と思うわ」
ローズマリーが羽扇で口元を隠しながら言う。
「ふふ……素敵な話ね」
クラウディアはそんなやりとりに、小さく微笑んで目を閉じて頷くのであった。
さて。マギアペンギン達の賑やかなコロニーや愛嬌のある仕草は、見ていて中々和む光景だったが……彼らとはフォレスタニアに帰るまで、暫しのお別れだ。
ここは気持ちを切り替え、難破船捜索に力を入れる事にしよう。
ペンギン達は日の出の時に作られる影が大体この角度、方向に向いたら移動を開始といった感じで……移動の時期や向かう方角も太陽や星座等の天体の動きから割り出している。
その情報と星球儀を元に、ウィズに天体の位置関係と影の向き等々から計算を手伝ってもらい、船を目撃したペンギン達がいつも向かっている方角と地域を、ある程度絞り込んで動いているわけだ。
ともあれ、日照時間は限られているので有効に使わなければならない。
難破船がありそうな一帯まで一気に飛行していき、そこからは速度を落とし、甲板から小さな精霊達の声を聞いてもらったりしながら進んでいく、という作戦だ。
水晶板モニターで広範囲を観察しつつ、精霊の声を聞けるマールとルスキニア、それに魔力を感知できるコルリス、地元民であるティールも甲板に出て周囲に異常がないか見ていく、という具合である。
頃合いを見て速度を落とし、予想される範囲を蛇行するように捜索範囲を広げながらゆっくりと飛行する。
マールとルスキニアは小さな精霊達に声を聞いているのか、空中に手を翳してうんうんと頷いたりしていた。
「それらしいものを見たことはある、と言っていますね。この土地では珍しいものだから、この子達も覚えているみたいです」
「正確にどのあたりかまでは……よく分からないみたい。小さな子達って、あんまり細かい事気にしないから」
と、マールとルスキニアが情報収集の進捗状況を教えてくれる。
……マギアペンギンの営巣地は地形がある程度特徴的だったからな。マギアペンギン達が海から戻るための拠点にしているから特徴があるのも分かる。
だから精霊達も営巣地というか、ペンギンの向かった方向はある程度分かったのだろうが……。この辺りは海岸線が近く、凍ったり溶けたり地形が変わりやすい。
難破船も氷結や雪解け、波等の変化に晒されたら同じ場所に留まっているとも限らない。少なくとも、この近辺にあった、ということだけは精霊達が証言してくれている。ならば後は、丹念に探していくしかない。
コルリスも頻繁に鼻をひくひくとさせているが、今のところ変わった魔力反応はないようだ。ティールは甲板からあちこち見回して、直に風景を見る事で船の残骸を探しているようである。
そうして暫く白一色の氷原と凍りついた海を探索していたが――。
その時だ。ティールが遠くをフリッパーで差すようにして声を上げた。
何か見つけたらしい。ティールの指差す方向を見てみるが、同じような風景ばかりで俺には視覚だけでは分かりにくい。
この土地で育った、ティールだからこそ判別できるというものはあるだろう。
「アルファ。ティールの誘導する方向に向かってくれるかな」
指示を出すと、アルファがこくんと頷く。ティールの見つけたものを近くで確認するためフリッパーの指し示す方向に船首を向けると、ティールも合わせるように船首側に移動する。
そうして進んでいくと、ティールが何を指し示しているかが分かってくる。白い世界に――三角形に飛び出した小さな氷の塊。それを差しているのだ。
ティールの声によると、普通の氷にしてはあまり見た事がないような不自然な形に見えた、らしい。飛び出している部分と、他の氷とくっついている部分等々から見て、何となく変、とは言っているが……。
つまり、氷の下に何かあるのではということだろう。
確かに、船が氷漬けになって船首が飛び出しているのなら……ああいう三角形にはなるだろうか?
この一面氷だらけの世界で、視覚だけで遠景の中から違和感を見出すというのは相当なものだが……このあたり、南極で生まれ育ち、氷原を移動する故の経験則があればこそだろう。文字通りのホームグラウンドだ。
シリウス号でティールの示した氷の前まで急行する。
そうして俺も甲板から降りて……氷に軽く触れて魔力ソナーを打ち込む。その反射してくる感覚。
「ああ……。確かに。氷の下に何かあるな。多分……いや、船に間違いないと思う。流石、故郷なだけある」
俺の言葉にティールが嬉しそうに声を上げ、ヴィンクルとコルリスがサムズアップすると、ティールもフリッパーを掲げて応じていた。うむ。では……早速難破船の調査と行くか。