番外304 ペンギン達の記憶
新区画を作り、転移門も起動した。フォレスタニア側へのゲートも正常に動いているが、今は神殿の通路は閉めておいて、俺達が帰還してからマギアペンギン達がフォレスタニアに遊びに来られるようにしておけば安心だ。
まあ……ゲオルグ達に通信機で話は通しているので、俺達が不在の間にフォレスタニアに遊びに来られても大丈夫だとは思うが。
というわけで今回はお試しの見学ということで少し遊んでもらって、それからみんなで南極側へと戻ったのであった。
遊びに来たマギアペンギン達は綺麗で楽しかった、と仲間達に熱弁する。今回見学に来てもらったのは意見が聞きたかったからではあるのだが、反応は上々と言えよう。
「もう少し整備して、数日の間には自由に行き来できるようにするつもりだから、今は待っていてくれるかな? それとももう少し遊んでくる?」
そう言うと、マギアペンギン達は素直に頷いて声を上げる。
抱卵している者も多いので、今は自由に動けない者も多い。だからもう少ししてからみんなで遊びに行きたいと、そんな主張をしていた。
なるほど。行動もみんなで、というわけだ。
と、そこでティールが俺達に深々とお辞儀をしてきた。そして声を上げてお礼を言ってくる。
仲間達とはぐれてしまって、心細かったところを助けてくれた事。沢山助けてもらった事。こうして仲間達のところまで連れて来てくれたこと……。一つ一つ丁寧にお礼を言われる。
みんなともいつでも会えるようになった。ちゃんと恩を返したい。帰る時は一緒にシリウス号に乗っていく、と。そんな風にティールは言うのであった。
……そうだな。初めてティールに会った時は驚いたものだが。あんな暖かい海で巨大なペンギンを見るなんて思ってみなかった。
「――ああ。これからもよろしくな、ティール」
そう答えると、ティールは嬉しそうに声を上げる。みんなもそんなティールを見て和やかな雰囲気だ。こくこくと頷くコルリスと改めて握手をしていたりして。
その後……シリウス号で夕食を食べたりイルムヒルトの演奏を聴きながらお茶を飲んでいると、マギアペンギンの仲間達と過ごしていたティールが、艦橋にやってきた。
「ん。何かあった?」
シーラが尋ねると、ティールがフリッパーを振りながら声を上げる。
「話を聞いて欲しい子達がいる? 気になることを言っていた?」
イルムヒルトが首を傾げて聞き返すと、ティールはこくりと頷く。
ティールの話によると……マギアペンギンの群れには幾つかのグループがあり、春になるとグループごとに分散して海に食べ物を探しに行く、ということらしい。
分散と言っても何かあればすぐに合流できる程度の範囲で、そこまで広範囲に散り散りにはならないらしいが、そうすることで食糧の確保をしやすくしたり広範囲の情報を集めたりしているのだろう。
ドーム別でグループ分けされているらしいが、ティールとは別のドームの子が何か気になる事を言っていた、という話である。
「なんでしょうね」
グレイスが首を傾げる。
「これは、直接話を聞いた方が良いかも知れないな」
気になる事、か。ティールにしてみても、伝聞の形で伝えるよりは直接聞いてもらいたいから呼びに来たのだろう。翻訳の魔道具を介してだからニュアンスが変化してしまう可能性もあるしな。
というわけで、ティールと共にマギアペンギン達の話を聞きに行ってみる。シリウス号から出て、ティールの案内でドームの一角に向かった。
そこで待っていた者達に早速話を聞いてみる。
「何か気になる事でもあったのかな?」
尋ねてみると、俺達を待っていたマギアペンギン達がフリッパーを振りながら声を上げた。
ティールが帰って来て色々な話をしている内に、シリウス号についての話が出て……そこで話をしている内に、何回か前の暖かい時期に見たものを思い出した、というような事を言った。
ティールが補足するように声をあげる。先程シリウス号について色々聞かれて、普通は空を飛ばない、海の上を泳ぐもの、と伝えたらしい。
だとするなら、前に海岸で見たものは、もしかすると船の残骸なんじゃないか、という話になったということだ。自分達の狩場の一角で、船の……残骸のようなものを見た、とマギアペンギン達が語る。
「船っていうと……例えばこんな?」
と、土魔法で模型を作ってみると……いくつかのタイプの船の内、大型の帆船にマギアペンギン達が反応を示した。
これに似ている。この部分が斜めになって半分沈んでいた。帆の部分がぼろぼろだった等々……口々に声を上げて説明してくれる。ふむ。船首が海岸に乗り上げる形になっていた、と。
マギアペンギン達の証言に合わせるように、船の模型に破損状況等々を反映してみる。記憶を喚起できるかと思っての事だが、この部分には穴が空いていた、だとか、更にディテールが細かくなった。
「船の残骸……。気になるわね。少なくともこの船の形で反応するという事は、ヴェルドガル近隣の国々のものでしょう?」
そうだな。西国の文化圏の船だ。ヒタカやホウ国の船は、また違う。
「他に何か気付いたことは? 誰か乗っていたりとか」
ローズマリーが思案するような様子を見せて、クラウディアが質問をすると、マギアペンギン達は揃って首を横に振る。
気になって近付いてみたけれど、ぼろぼろになって岩場に打ち上げられ、斜めになって半分は沈んでいた、ということだった。
興味が湧いたので近付いてみたし、中まで覗いてみたけれど生き物の気配はなかった、とのことである。好奇心旺盛なことだが……その時何事も無くて良かった、というべきなのだろうか。漂着した船であるとか……幽霊船としてアンデッドの巣窟になっていてもおかしくないからな。
「となると……どこからか漂流してきた、とかでしょうか?」
アシュレイが首を傾げる。
「その可能性が高いかな。暫く前の出来事で、しかもぼろぼろになって漂着したとなると……生存者を見つけるのは難しそうだけど」
「流石に、この極寒の土地では、ね」
ステファニアが表情を曇らせ、マルレーンも神妙な面持ちで頷く。
乗組員の生存は……流石に望むべくもあるまい。生存者がいれば船の残骸を見た彼らだけに限らず、マギアペンギンの群れ全体のどこかで目撃されているだろうが、それがない。
マギアペンギン達は人間を見たことが無く、警戒心が無い上にフレンドリーだから……今の状況を見れば、その時の船の乗員との接触はなかったという結論を出さざるを得ない。
船の乗組員がマギアペンギン達に友好的であれ敵対的であれ、何らかの形で知られていたのなら、俺達に対しても今日のような反応とは違っていただろうから。
その時は未知の魔物だから隠れていた、と仮定しても……場所が場所だからな。幾年かを跨いで生き延びられたと考えるのは難しい。
「そうなると……遭難している内に飢えや乾きだとか、或いは病気や魔物の襲撃みたいな……何らかの要因で全滅して、船だけがここに流れ着いた、って考えるのが妥当なところかな」
「どうする、テオドール?」
シーラが尋ねてくる。
「明日……帰る前に探しに行ってみるか。残骸からでも何か分かるかも知れないし、どこの国の船かまで分かれば、遺品の類も持ち帰れるかも知れないからね。えーと……どのあたりか……までは説明するのは難しいか。毎年、群れがどの辺の海岸に向かうかを教えてくれるかな?」
星球儀を持ってきてもらい、現在地とグループが春先に向かう方向を照らし合わせて……大体のエリアを絞り込んでいく。
多分今の時期だと氷漬けになっているだろうし、数年前にその状態なら今頃は氷の下に沈んでしまっているという事も考えられる。見つけられるまで捜索、というわけにもいくまい。
色々な要因を考えると空からの捜索では見つけられない可能性もあるな……。どうしようもない場合は夏になって氷が溶けてから再捜索、という手立てもあるが……。
「船の木材はこの土地では珍しいですから、近隣までいけば小さな子達が記憶している可能性もありますね」
「うん。私達も探すの手伝うからね」
思案を巡らせているとマールとルスキニアも協力してくれると言ってくれた。
それなら……見つかる可能性も高まるかな。一先ず今晩は休んで、明るくなってから行動を開始しよう。この時期、南極の日照時間は短くて貴重だ。暗視の魔法もあるが、明るい方が良いのは言うまでもない。限られた時間を有効活用したいものである。