番外302 南極神殿
さて……。歓迎ムードも一先ず落ち着いて、ティールの仲間達も、日常の平静を取り戻した、という印象だ。
卵を温めている時期ということもあって、仲間達と寄り添うことで体温が下がらないようにしているようだ。
群れの仲の良さや社会性というのは、こういうところから来ているのだろう。
手土産ということで群れの規模に合わせて、浄化した上で凍らせた魚介類を持ってきている。ざっと計算して行き渡る事を確認。
解凍してから魚介類を配ると、喧嘩することも無く抱卵している相方の分まで持っていって仲良く分け与えていたりしていた。
抱卵も子育ても、夫婦のどちらも行うようで。寄り添って温めあうのもそうだが、過酷な環境がこういった性質、性格に関係しているのは間違いないだろう。
「冬を越すのに……この時期に食べ物が食べられるのは嬉しい、ですか」
「お土産を持ってきて良かったわね」
グレイスとステファニアがティールの仲間達の反応に嬉しそうな微笑みを向けあう。
「普通なら春まで海に行かずに食べ物を食べない?」
シーラが首を傾げて尋ねると、ティールが頷いた。
子育ては体内で生成した食事を雛に与えるとのことで。夫婦が入れ替わりで海まで行って餌を取り、留守の間に残された方は子育てに専念するのだとか。
「飢えに強い……ということなのかしら。魔物は意外に小食だけど、相当なものね」
ローズマリーがティール達の生活サイクルに驚いたような表情を浮かべていた。
あー。雛へ与えるのは、確かタンパク質と脂肪分を伴う栄養食という話だが……それは文字通り自分の体内に蓄えられている栄養分を削ってのものなので、餌を与えれば与えるほど段々と痩せ細っていくのだとか。
魔力さえ残っていれば子育ても旅もそう苦でもないとは言っているが、まあ……他の種族と比べると過酷な生活サイクルであるのは間違いないだろう。
魔物は保有する魔石の大きさにもよるが魔力が補給できれば活力に変えられる。身体の大きさの割には小食で済む。魔力溜まりの主などは独占して外に出てこないぐらいだからな。
その上、この場所だ。この営巣地自体に、こう……清浄な魔力が満ちている感じがある。
「水と氷の魔力場――。私達水の精霊にとってもそうですが、ティール達にとっては特に過ごしやすい場所だと思いますよ。先祖代々暮らしているなら、この場所自体がティール達に馴染んでいて、大きな力を与えてくれるのではないでしょうか?」
マールがそんな風に分析していた。ティールによれば、確かにこの土地以外ではいつもより早くお腹が空く、と同意するように声を上げ、こくこく頷いていた。
「転移門建造は……ここの精霊達はどう思うのかな?」
転移門建造については問題ないとティールの仲間達には言われているが……この場所の精霊達はどうなのかと口に出して片眼鏡で意識を向けてみると――ぼんやりと光る精霊達は俺達の周囲をくるくると踊るように舞っていて……雰囲気からすると、どうやら歓迎してくれているようだ。
「多分、ティエーラ様が歓迎してるからかな? この場所の力ももっと強くなるからって。この子達も、ここに住んでるみんなが好きみたいだね」
ルスキニアが精霊達に指先で触れながらそんな風に説明してくれた。
なるほど……。では、転移門設備の建造に移らせてもらおう。
今回の南極訪問にあたり、タームウィルズでアルフレッドと用意してきたのは……氷を設定した形に変化させ、且つ一定の形、強度を保つ、という代物だ。この土地で氷壁等を作れば極寒の気候であるから、年間を通して溶けることがない、というのは分かっている。
後は設定された形状を自動修復するという術式なので……魔石に魔力を与えるだけで施設の形状が保たれる、というわけだ。例えば何らかの圧力によって通路等々に断裂が生じても、力のかかる部分を圧力に沿うように力を逃しながら修復し続けるという具合である。
そんなわけで施設建造の準備はできている。後は――転移門の設備を作る場所を選定するということになるな。
というわけで営巣地の周囲を歩きながら氷の下の地形を探る作業を開始する。氷で設備を作るにしても地下部分まで活用するにしても、できるだけしっかりした地盤の場所を選びたい。
魔力を通して氷の下の状態を探っていく。それを情報源としてウィズに渡せば、分析結果をデータ化して視覚情報として送り返してくれる。氷の厚み、地下の状態等々だ。
そうやって営巣地の周囲からそれほど離れず、利便性も安全性も高そうな場所……ということで、岩盤のしっかりした場所を選ぶ。
「コルリス。このあたりはどうかな?」
と、コルリスにも意見を求めてみると……コルリスはしばらく氷原に手をついて地下部分を探っていたようだが、やがて身体を起こしてサムズアップしてくる。うむ。
では――ここに建物を作っていけばいいだろう。模型を作ってセラフィナに意見を求める。
「こんな形でどうかな? 地下部分もこれぐらいのものを作るとして――」
模型を捏ねながらセラフィナと相談して、このへんを補強した方が良い等々の微調整をしながら大体の形を決める。
「んー。これなら多分大丈夫だと思う」
と、セラフィナ。こちらもお墨付きが出たので模型を元に、ウィズに設計図を渡す。
すると、光のフレームとでも呼ぶべき映像が視覚に映し出された。どこから手を付けていけば良いのか、順番に色分けされている親切設計だ。
氷の魔道具にも設計図を流し込み――まずは氷原の表面を氷のゴーレムとして起こし、剥き出しになった地面もまたゴーレムに変え、地下部分と基礎となる部分を作っていく。
ティールの仲間達もコロニーから顔を出して興味津々といった様子だ。
掘り起こした部分を固めて構造強化。土や石のゴーレムを土台の建材として変形、利用していく。
転移門が設置されることになる中央広間。魔道具を敷設する部屋。ティールの仲間達が休憩や避難できるような部屋。俺達がこちらに来た時に過ごせる場所。間取りに沿って、前もってミスリル銀糸を張り巡らせていく。
「次は、氷で建物を作っていく事になるかな」
「お手伝いします、テオドール様」
「今回は私も力になれそうですね」
アシュレイが前に出るとマールも頷く。
「ありがとう。それじゃ、水源を作って保持しておいてもらえると助かるよ。そこから引っ張って氷にして建築していくから」
「はい」
アシュレイがマジックサークルを展開。空に向かって手を翳す。マールは……アシュレイの補助として力を貸す形だ。
――アシュレイの翳した手の先に大きな水の球体が膨らんでいく。普通なら凍り付いていくのだろうが、液体のまま保持される。
そこから水魔法で建材として必要な分を貰っていくというわけだ。水魔法でアシュレイのところから引っ張ってきて、ウィズの見せてくれている光のフレームの内部を埋めるようにして凍らせて――構造強化を行っていく。
そうして――あっという間に氷で作られた建物が出現した。転移門と魔道具の設備回り。それから避難所という構成なのでそこまで大規模ではないが、外見に関しては神殿のような様式の建物である。
さてさて。外観は出来上がった。ティールの仲間達からの評判は中々良いようで、見た事のない形だけどかっこいい等々、そんな内容の声が聞こえてきて、中々の好印象な様子だ。
「そう言えば、ティール達は自分達の呼び名みたいなものはあるの? 個体じゃなくて種族全体の名前の事、なんだけど」
と、尋ねると……ティールは少し思案を巡らせて、首を横に振る。
ふむ……。明確な文字や言葉がないなら自分達の呼び名もない、か。種族名を付けてもいいかという質問には、群れ全体が好意的であった。
やはりここは……ペンギンの文言を入れたいところだな。別種の……普通のペンギンがいるのもここに来るまでに見てきているので、幾つか質問をしてから種族名を考えてみる。その結果――。
「――マギアペンギンっていうのはどうかな?」
そう尋ねて由来も説明すると、ティール達は顔を見合わせ、こくこくと嬉しそうに頷いていた。ペンギンの語源については諸説あるが、元は太っているという意味だそうだ。
だが、彼らにとってはそれは別段マイナスのイメージではなく、過酷な環境を生き抜くための物、子を育てるために必要なものなので寧ろ誇らしいイメージであるらしい。
俺としてもペンギンの名については愛着があるので、このあたり当人達に受け入れてもらえるなら採用したいところだったのだが。問題無さそうだな。
マギアについてはそのまま魔法の意味である。要するに魔法ペンギン、というわけだ。
入口部分に石版のプレートを用意し、フォレスタニア境界公の名において彼の種族マギアペンギンとその聖地を保護し、ここに転移門を建造する……というような文言を刻んでおく。
体裁は整えているが……要するに、保護やら何やらに言いたいことがあるなら俺が話を聞く、という内容だ。ティール達にではなく、この地を俺達の他に訪れる者がいた時のためのものである。
転移門を建造する予定の広間――。その隣に小部屋を用意している。そこに氷の形状を維持する魔道具を設置する。魔道具を起動させると――ミスリル銀糸を通して建物全体を保持するように力が広がっていった。
……よし。魔道具は正常に稼働しているな。続いて簡単な記号のやり取りで安否を確認したり非常事態を知らせる事のできる通信部屋を作る。
水作成の魔道具であるとか、乾燥の生活魔法等々の魔道具を諸々詰め込んだ部屋も作り……最後に転移門をフォレスタニアと繋いで契約魔法と共に起動させれば出来上がりである。
これについてはフォレスタニアに一度飛んで、対になる設備を作り、関係者とティールの仲間達だけが転移門を使えるように契約魔法も結ばねばならない。最後の仕上げまでしっかりとこなしてくるとしよう。