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番外301 氷の営巣地

 遠くに見えるその映像を拡大する。氷のドームは――結構な大きさだ。遠目では滑らかな半球状のドームに見えたが、拡大して見てみると、氷で形成されたハニカム構造の骨組みを有していて、その骨組みの間を埋めるように比較的薄めで透明度の高い氷が張り巡らされている。構造的にもかなり強固なように見えるな。


 ティールによると、いつからかは分からないが、親の親の……そのまた親の代からずっと群れが引き継いで、氷を操る能力で手入れをしているのだとか。

 ハニカム構造は、何かの模倣をしたというわけでもないだろうに。……本能的か、或いは経験に基づいてあれを形成したという事になるのか。

 それとも氷の結晶自体が六角状を基本としているから、行き着くべくして行き着いた、という事かも知れない。


「――後から来て内部に入る方法はあるのかしら?」


 ローズマリーが尋ねると、ティールがこくんと頷いて答える。

 風の当たらない方角に呼吸のための穴もあるし、ドームが向かい合う位置に出入り口があるとティールは教えてくれた。ある程度雛が育ったら、雛達同士で過ごさせたりもするので……もう少し明るい時期になってからではあるが、中央の広場にみんなで出てきたりするそうで。


 なるほど……。それなら困らないか。

 速度と高度を落としつつドームの近くまで行って、シリウス号を停泊させ――南極で活動するための魔道具を使用してから甲板から出る。

 マルレーンが祈りの仕草を行うと、みんなが月女神の祝福の光を纏う。浄化の水魔法と月女神の祝福を併用して……外から病原体を持ちこまない、という対策を取っているのだ。


 しかしまあ……ここまでくれば、はっきりと分かる。氷壁の向こうにティールと似た形の生命反応の輝きがいくつも見えた。甲板から降りたティールは腹這い――トボガンと言われる体勢になると、嬉しそうな声を上げながら氷原を滑っていく。


 ドームの間をすり抜け、中央の広場へと。このあたりは地形とドームが風を弱めるのか、それとも風も止んだのか、地吹雪も起こっていない。そうしてティールは声を上げた。


 ティールの声を聞きつけたのか、四方のドームの入り口からティールの仲間達が次々外を窺うようにひょこひょこと顔を出す。


 ティールと同行している俺達の姿を目にしたからか、やや戸惑っている印象であったが……ティールが「自分を助けてくれた友人達」というような声を響かせると、顔を出していた者達もドームの中に振り返って鳴き声を上げ――あちこちにざわめきが広がるように、嬉しそうな鳴き声が伝播していくのが分かった。


 次々と、中央の広場に……出てくる出てくる。海中で活動するから夜目も利くのだろう。迷いなくこちらの周りに集まってくる、沢山のティールの仲間達。

 腹這いで滑ってくる者もいれば身体を揺らしながら歩いてくる者もいる。


「これはまた……凄い光景ね」


 ステファニアが笑顔で言う。そうだな。周囲が巨大ペンギンだらけになるというのも……目の当たりにするまで想像できない光景ではあったが。だが、翻訳の魔道具のお陰でみんな嬉しそうなのが伝わってくるので、巨大ペンギンに囲まれていても威圧感は少ない。


 何というか、賑やかで嬉しそうな雰囲気だ。フリッパーをパタつかせ、短い尻尾をプルプルとさせている。

 あっという間に周囲がティールの仲間達だらけになって。ティールは嬉しそうな鳴き声をあげて迎えに出てきた者達と抱きあったりしていた。


 翻訳の魔道具によれば……良く帰って来たとか、魔物を引き連れていってくれたから自分の子供が助かったんだとか……ティールの帰りを喜ぶ声と、勇敢さを称える声とが入り混じっている。


 ああ。皆、しっかりとティールが群れの為にした事を覚えているわけだ。

 だから、帰って来た事が嬉しくて……こうして総出で歓迎してくれるような事になっているのだろう。


 ティールが俺達をフリッパーで示すようにして、色々と仲間達に説明する。迷っていたところを助けてくれた。ここまで連れてきてくれた。みんな優しいひとたち。そんな内容だ。


 するとティールの仲間達がこちらに近付いてきて、挨拶される。特に俺についてはティールが最初に海で会って助けてくれたということを熱弁しているからか、嬉しそうな鳴き声を上げて、頬を擦りつけるようにしてきた。

 彼らも自分達の巨体さを自覚しているからか、押されて揉みくちゃにされるような事はなかったが……こう首を伸ばして頬擦りされたり、胸のもこもこした羽毛やフリッパーで軽く触れられたりするのは何というか……こそばゆいような感覚がある。


「あー。うん。ティールが皆に再会できて、俺も安心したよ」


 翻訳の魔道具で俺の言葉に込められた意思も伝わるのか、ティールの仲間達は嬉しそうに声を上げる。

 俺だけでなく同行したみんなも歓迎を受けているようで。

 グレイスやアシュレイが楽しそうにフリッパーとの握手をしたり、頬擦りされたマルレーンがくすぐったそうに肩を震わせて、ティールの仲間達の背中あたりを撫で返したり。シーラはうんうんと頷きながら抱擁を返したり、ステファニアやイルムヒルトもにこにこと握手をしたりしている。


 クラウディアとローズマリーもそんな魔物ペンギン達の歓迎ぶりに笑みが零れていた。ローズマリーは苦笑交じりな感じではあったが。

 動物組も精霊達も……同様にティールの仲間達の歓迎を受けて、楽しそうな様子だ。

 特にマール。水棲の鳥だから、相性がいいのだろう。微笑ましいものを見るようににこにこしながら頭を撫でたりしていた。


 こう、魔物にしては非常にフレンドリーで警戒感が薄いのも、やはりペンギンだからか。両足で立っているのは親近感がわく、というような意味合いの鳴き声も聞こえる。


 ティールに関しては仲間達同士で遠慮がないからか、帰って来た事を喜ぶ面々に揉みくちゃにされて、みんなで嬉しそうな鳴き声を響かせてと……かなりのお祭り騒ぎになっていたが、やがてそれも段々と落ち着きを見せ、外は寒いから是非自分達のコロニーに寄っていって欲しいと、ドームの中に案内される事になった。


 内部は――確かに外気が遮断されているからか、外に比べれば暖かい。雛の姿は見当たらないが抱卵している個体の姿は目立つ。これから春にかけて孵化と子育てをするのだそうな。もうそろそろ孵化する時期だとかで、運が良ければ雛を目にすることができるかも知れない。


 足の間の羽毛に包んで立ったまま卵を温めているのは……コウテイペンギンと同じだな。大型種であるし、コウテイペンギンと似た生態を持つ魔物の種と見て良さそうだ。




「それで――ティールと約束をしていたので。こうして一緒にこの土地を訪問してきたわけです」


 ティールと出会ってから、ここに来るまでの経緯は説明しておいた方が良いだろうと、話しに耳を傾けている群れに、経緯を分かりやすく掻い摘んで説明する。

 こう、彼らにはない概念を説明しなくても済むように、言葉を置き換えたりして、時々質問を受けたりして、受け答えながらヒタカノクニやホウ国での出来事も話すことになって……群れ全体が俺の話に真剣に耳を傾けるような、不思議な事態になってしまったが。


 話の途中で、コルリス等はのんびり腰を落ち着けていたりして、既にコロニーに馴染んでいる雰囲気があるな……。

 そうして話を終えると、群れ全体が驚きと称賛の声を上げて……何やら反応が大変な事になっていた。


 シリウス号も話の途中で光魔法の偽装を解いたのだが、やはり彼らにとっては親近感が湧くシルエットなようで。カッコいいとか何とか、そんな感想が聞こえてくるが。


 俺の話で盛り上がり――それが落ち着いたところで、ティールがフリッパーを振りながら一生懸命主張をする。


 俺達の住んでいるところは遠いので、別れるのは寂しい。テオドール達のところと行き来できる転移門という門を作りたい、というような事を言っていた。

 ティールは仲間達に転移門とは何かとか、どんなところなのかとか色々質問を受けていたが……それに答えると、そんな綺麗な場所なら自分達も見に行きたいという声が上がり……同意の声がどんどんと広がって行って……早くも結論が出てしまっているようだ。翻訳の魔道具でティールからの意思疎通が容易になっているからだな、これは。


 いや、本当に警戒心が薄いというか。二足歩行の俺達に親近感を感じているからという部分もあるだろうし、高位精霊の加護も感じ取っているからだとは思う。海洋の魔物には危険なものもいる、という認識はしっかりあるのだし、身体能力も実は高くて氷を操れる性質上、群れとして全体の強さを見るなら相当ではあるのだが。


 それでも人間に対する警戒心が薄すぎるのは心配になってしまうところもあるが……まあ、なんだ。ティールとの約束もある。境界公としてすべきことは、保護する立場を明確にしておくこと、かも知れない。

 元々友好的な魔物との関係は良好な形に保たれるべき、というヴェルドガル王国の方針にも合致するしな。

 そうなると、発見者として改めて種族名もしっかりと命名すべきだろうか。


「転移門は予定通り作るとして、転移先は……フォレスタニアにしておくべきかな。元々契約魔法でティールと俺達しか使えない方向で考えてるし」

「それが良いのかも知れないわね」


 クラウディアが目を閉じて頷く。必要であるならフォレスタニアを一部拡張した方が良いだろうか。もっと寒冷地の気候で、真水ではなく海水のあるような区画を作って……。まあ、そのあたりは追々考えるとしよう。

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