番外300 南極探検
「あっ、海にまた何か見えたよ!」
というルスキニアの元気な声。大陸から少し北上する位置に小さな島々が点在しているのだが、そのあたりまでやってくると何もいなかった海に色々な生物が見え隠れしていた。
こう、広い範囲を移動しながら生命反応を見ているので、夜間でも様々な生物を発見できる。
アザラシやトド、それに海鳥。大型の海棲哺乳類らしき姿……。冬場は大陸付近からやや離れて、比較的暖かい場所で冬を越す、という言葉通りだ。
海は熱を蓄える性質があるので温度が比較的暖かく保たれるし、内陸部は標高があるので更に温度が下がる。そういった性質上、内陸部と周りを海に囲まれた島では、温度が全く異なってくる、というわけだ。
「あの子達は?」
と、シーラが島の上を指差す。それもまたペンギンなのだろうが、ティールに比べると随分小型だ。ティールは少し嬉しそうにしながらも首を横に振って鳴き声で返答する。
自分達と仲は悪くないけれど別の種族で、氷を操れない、ということらしい。
ティール達からしてみるとご近所さんか。魔物ではないようだが。
一方で魔物も――いる。
ここから少し離れたところに……島のように洋上に浮かんでいるが、生命反応の光はそれが巨大な亀であることを捉えている。
「アスピドケロンか……こんなところにもいるんだな」
「あの子達はとても広い範囲を回遊するらしいですよ」
マールがそんな風に教えてくれる。なるほど……。海はどこでも繋がっているからな。
「どんな魔物なんですか?」
グレイスが尋ねてくる。
「基本的には大人しい、はず。ああして洋上に浮かんでいるんだけど、小島と勘違いして上陸したらいきなり活動しだして、背中の甲羅に乗っていた船乗りは溺れてしまう、なんて逸話があるね。でも、それで船乗りが食われたりとか……そういう話は聞いたことがないな」
拡大して良く見てみると、背中の甲羅には植物が生えていたり、縁は岩場っぽくなっていて貝やら珊瑚やらがくっついていたりして……確かに陸地っぽく見える。
背中に色んな物を乗せているのは……タームウィルズの水竜親子が眠りから覚めた時もそうだったな。
ティールによると、時々北から泳いで来たり、気が付くとどこかにいなくなっていたり、ということらしい。誰か襲われたということはないし、背中で育っているものの世話をしているところも見た事がある、とか。
背中の植物や珊瑚が生きているように見えるのは……アスピドケロンが能力的なもので防護しているのかな。
植物とてこんなに南では寒すぎて育たないだろうし、海に潜るならその時に全滅してしまう。珊瑚ならああして海面に出ていたら死んでしまうだろうし……。
ティールがパタパタとフリッパーを動かしながら声を上げて説明してくれる。
甲羅の上で日向ぼっこして身体を休めていたアザラシの群れが、アスピドケロンが突然動き出して海に潜ったりしたので大混乱に陥っているところなら見たことがある、らしい。
「まあ……海の生き物同士なら溺れたりする心配はないのでしょうけれど」
クラウディアがその光景を想像したのか苦笑する。確かに、中々シュールな出来事ではあるが……。
ともあれ、アスピドケロンについてはマイペースに行動しているだけなので大丈夫そうだ。
外界から隔絶しているわけではないから、鳥や海洋生物の魔物なら外からやってくる可能性も少ないながらもある、と。そのように理解しておこう。前にティールもそれほど自分達にとって危険な魔物が多いわけではないと言うような事を言っていたが、油断は禁物だろう。ティールとてクラーケンと戦ったようだし、寒冷な環境に適応できるなら活動可能だろうからな。
沢山の生き物で賑やかさを増した海域を眼下に眺めながら――。シリウス号は南極を目指して進んでいく。
その内に――海の様子がはっきりと変わってきた。ここに来るまでに流氷、氷山はちらほら見かけたが、もうはっきりと氷の方が普通の海面よりも多い面積を占める程になって……いかにも極点の海、といった印象だ。
陸地もシリウス号からは視界に入る距離のはず……だが、星球儀の地形図とは一致しない。陸地が分厚い氷に覆われているし、海は氷に閉ざされているので、どこが海岸線なのか見た目には分からないのだ。
とはいえ、陸地は星球儀を見ればどこか判別できるし、ティールの仲間達が活動しているおおよその位置は見当がついている。
ティエーラは魔力の波長を感じ取ったということだが、大まかにこのあたりにティールと似た波長が広がっていた、ということなので……細かな部分はやはり、自分達でつぶさに見ていくしかない。生命反応等、見逃さないようにしなければなるまい。
暗視とライフディテクションを用いて見渡す限りの氷の世界を進む。氷に月明かりが反射して暗視の魔法でぼんやりと光っているような具合なので視界はかなり良く、幻想的な風景だった。
氷原と氷に覆われた山々……ティールは並んだ水晶板モニターを見回して、ここは見覚えがある、と少し興奮したように声を上げた。
「氷ばかりなのに、やはり故郷は地形で分かるものなんですね」
グレイスが感心したように言うと、ティールはこくこくと頷いて声を上げ、色々と説明してくれる。
内陸部に向かう時はみんなで決まった場所に集まるのだそうな。太陽の位置と、遠くに見える山々を目印に進むので、太陽が出ていない今は進むべき正確な方向が、今一つ分からない、とそんな風に言っていた。
「太陽の位置か。そうなると……多分、移動を始める時期も重要なんだろうね」
「確かに移動を始める大体の時期も太陽の昇る高さや日照時間等から推測できるわね」
クラウディアが目を閉じて頷く。
どうもティールの話を聞いていると冬の到来に合わせて群れで内陸部に移動したりと、景久の記憶と照らし合わせる限りでは、コウテイペンギンに近い生態を持っているようだが……。
「このまま星球儀の反応を見ながら進むから、他に何か気付いたことがあったら遠慮なく教えて欲しい」
そう言うと、ティールはこくこくと首を縦に振る。
そのまま氷の世界を進んでいく。その内に風が出てきたのか、地吹雪のような状態となった。
シリウス号に関して言うならフィールドを展開しているので氷が付着して航行や周囲の視界確保に支障をきたすという事もないし、空からなので遠景を見る事が出来るので自分の位置が分からなくなるというほどでもないが……。
「……地面付近は地吹雪で凄い事になっていそうですね」
「多分、足跡とかは残らない。通常の探索は難しい」
アシュレイが呟くとシーラがそんな風に答えた。そうだな。風の勢いが猛烈で、普通の生物であれば、あっという間に体温を奪われてしまうだろう。生きていくには過酷過ぎる環境だし、普通に探検するにも難儀しそうだ。俺達に関しては高位精霊の加護があるから大丈夫だが、地表に痕跡が残らないのであれば、このまま船からは下りずに探索を続けた方が良いだろう。
方針を告げると、イルムヒルトが神妙な面持ちで言った。
「地面に氷の裂け目もあるものね。船から降りる時は気を付けないと……」
「クレバスか。確かにな」
「コルリスは……水晶板を見ているよりも甲板に出て臭いを嗅いで探したいって言ってるわ」
ステファニアがそんな風に提案してくる。
「わかった。甲板なら危険は少ないだろうし、安全な速度と高度まで下げよう」
「私達も小さな子に聞いてみる!」
「氷の精霊なので、少しだけ感覚が違いますが……多分大丈夫だと思います」
とルスキニアとマール。
コルリスやルスキニア達と共に甲板に出て、一度展開しているフィールドを解除する。
コルリスの場合は、嗅覚も通常のそれとはまた違う。魔力を共感覚で感じ取るので風向きによって左右される部分が少ないが……フィールドは解除しておいた方が良いだろう。
甲板に出ていって――コルリスは鼻をひくつかせる。暫く嗅ぎまわっていたが、やがてはっきりと一方向を指差した。
「反応あり……か」
「私も小さな子達に聞いてみたけど……少し前にこのあたりを列で通ったって言ってた」
「あまり細かい事を気にしない子達ですが、多分コルリスの指した方向で合っているようです」
ルスキニアとマールも教えてくれる。なるほどな。目指す方向としては間違っていない。
小さな精霊達の姿は――人里から遥かに離れているからか、ぼんやりと輝く球体っぽい姿で、明確な形を成してはいない。しかしルスキニアやマールなら意思疎通可能というわけだ。
ティールの仲間達が徒歩で移動できる距離ではあるはずだから、内陸部といってもシリウス号ならそこまで奥地にはいかなくても済む、とは思う。だとすれば、そろそろ群れが見えても良い頃合いだと思うのだが。
少なくとも、進んでいる方向は間違っていない。一端みんなで艦橋に戻り……そのまま低高度で見落としの無いように進んでいくと――遠くに奇妙なものが見えた。
「あれは……?」
山と山の間の谷合いのような地形。そこに……他とは何やら様子の違う、大きな氷のドームのようなものがいくつか作られているのが見えた。
それを見た瞬間、ティールがあれだ、と声を上げた。
ドームの中に――沢山の生命反応の輝き。それは――ティールと同じ生命反応の輝きで。
ああ。見つかったか……!
「もしかして……あの氷は自分達で作ってるのかな?」
尋ねると、ティールが勢いよく頷く。
……そうか。氷を操れるティール達なら――ああして防風、防寒にもなる氷のドームを作って、その内部を営巣地にしてしまえるわけだ。
外敵避け……にもなるだろうか。鳥系の魔物なら空から営巣地を狙うことも不可能ではないだろうが、あれなら安全に雛の子育てができるような気がする。
当然ながら、普通のペンギンでは有り得ない。流石は魔物ペンギンというべきなのだろう。