番外299 極寒の地への旅路
シリウス号は一路南へ――南極に向かって一直線に進む。結構な速度を出しているので、地上で騒音や衝撃波が問題にならないよう、高度を高めに維持して風魔法、光魔法のフィールドを展開している。
ヴェルドガル王国南部に位置するデボニス大公領を抜け、バハルザード王国の乾燥地帯を更に南へと抜ければ――そこには広大な熱帯雨林が広がっていた。
人の手がほとんど入っていない鬱蒼とした森、森、森――。
「前にバハルザード王国に行った時、河は南から流れてきている、とは聞いていましたが……このあたりから、なのでしょうか?」
それを見て、グレイスが言う。その疑問に答えたのはフォルセトだ。
「そうですね。バハルザード王国を流れる河の水源……ということになります。年間を通して暑くて雨が多い環境で……危険な魔物もいるそうなので、あまり人を寄せ付けない森のようですが」
「魔力溜まりがあるみたいだからね」
星球儀で見れば……森の奥に魔力溜まりが存在しているのが確認できる。
今回はこの熱帯雨森には用はないので、魔力溜まりの近辺には近寄らないような航路を設定してある。ともあれ、バハルザード王国の民や遊牧民は魔物の潜む危険な森近辺に拠点を構えるよりも、もっと北の……乾燥地帯に流れる河を中心に生活しているわけだ。
魔力溜まりが無くならない以上、そこに依存する魔物達もどこにもいかないからな。だったらその地帯を避けて暮らす方が浪費も危険も少ない、というのは万国どこでも共通だ。
魔力溜まりの外に弾き出されてくる魔物は、基本的には弱い種族ばかりという傾向にあるしな。
その一方で……魔力溜まりという環境に依存して希少な薬草が自生していたり、強い魔力を宿した鉱脈が形成されたり……という事もあるので、一攫千金狙いでそういう危険な奥地に自ら足を踏み入れる者がいないわけでもない。ヴェルドガル王国は迷宮があるので若干事情が違ったりするけれど。
「魔力溜まりと言えば、危険地帯を抜けたところに、隠された古代の遺跡や知られていない魔法王国があっても不思議はない、なんて……冒険者を刺激しそうなお話もあるのよね」
「ハルバロニス……がそうよね。他には、ドラフデニア王国の妖精の森にあった遺跡とか」
「獣魔の森を越えたところにホウ国やヒタカノクニがあったわけですから……今となっては空想とは言えないですね」
ステファニアの振った話題に、クラウディアやアシュレイが苦笑して答える。マルレーンも少し神妙な表情でこくこくと頷いている。
その類の話なら知っている。魔力溜まりで人の往来が分断されている地帯がある事から考えられた想像上の話……という位置付けではあるのだが、クラウディアやアシュレイの言うとおり、実例をいくつか目の当たりにしてしまったからな。
「こうなると探せば他にも出てきそうな気がするね」
「この森はどうかしら?」
と、俺の言葉に、演奏が丁度終わったところでイルムヒルトが首を傾げて言った。
「ん。面白そうな生き物とか魔物はいるみたいだけど」
「さっき大腐廃湖の、ロトンダイルみたいなのがいたよ!」
シーラとセラフィナが答える。ロトンダイル……ワニか、それに近い形の魔物だな。
「折角だからライフディテクションで森の生き物や魔物を見学しながら進んでいくのも面白いかも知れないな」
「ああ。それは楽しそう……!」
「悪くないわね。目的があるから寄り道は自重するけれど」
と、ルスキニアが表情を明るくし、ローズマリーは羽扇を構えてうんうんと頷くのであった。
そんなわけで少し高度を落とし、ライフディテクションで森の生き物の反応を見ながら南への旅を進めた。
変わった形の猿やら鳥やら……植生も違うので見ていて飽きない。
ティールにとっても移動中の良い気晴らしになったようだし、外の世界を見るのが初めてのウィズと共に、食い入るようにモニターから見える光景にかじりついていたのが印象的だ。
時々変わった形の生き物を見つけて、こちらに振り向いて教えてくれるのが中々に微笑ましい。
やがて――南の陸地の終わりが見えてくる。
「ここから先は外洋ですか。南の大陸に行くまで大きな陸地はほとんどないのですね」
マールが星球儀を見ながら言った。
「今回の航路上ではそうだね。今回は中継地点を作る必要もないから、目的地まで寄り道はしない予定だけど……一応上からざっと見る程度の調査はしていこうか。何か変わったものを見つけられるかも知れないし」
そう言うと、みんなも頷く。
前回ヒタカノクニに向かうに当たって、途中で立ち寄った島等については中継拠点を建造する予定なので、今現在ヴェルドガル王国において物資の準備中だ。それらの用意が整ったらまた魔法建築のために向かうことになるかな。
そんなわけで、ライフディテクションを継続しつつ、やや低めの高度で南極へと向かっていく。
沿岸付近はエメラルドグリーンに輝く海が随分と綺麗だ。陸地が近い海域は生物も多く、ライフディテクションで見る事のできる反応も賑やかなものである。
そうして段々と陸地を離れ――目印も何もない外洋へと。辺り一面見渡す限りの海がどこまでも続いている。そんな光景。
時々海中の生命反応に回遊魚であるとか鯨であるとかの反応も見ることができたが、海上の風景としては変わり映えしない。
星球儀があるから現在位置を掴むのにも苦労はないが、島一つ見えない外洋は、真っ当に航海するとなったらやはり不安に感じるものだろう。
自分達の他に頼りにするべき者もなく、何かあった時に立ち寄れる拠点もない。そんな場所だ。
ただまあ……俺達に限って言うならば転移魔法で退避はできるし、船の中ではイルムヒルトが曲を奏でていたり、セラフィナとルスキニアが揃ってリズムを取っていたりするので、そういう不安はみんなも感じないでも済むところはあるか。
他にも目を向ければ、コルリスが足を投げ出すようにぺたんと座って鉱石をかじっていたり、リンドブルムが軽く欠伸をしていたり。アシュレイとマルレーンがラヴィーネやベリウスのブラッシングをしていたりと……艦橋は和やかな雰囲気ではある。
だが、外はもう随分と暗くなってきている。ヴェルドガル王国ではまだまだ日の高い時間帯。経度はそこまで変わっていないが、相当南下したからな。日照時間が少なくなっているのだろう。
と、そこでティールがこちらを向いて声を上げた。
モニターを見ると洋上に巨大な氷の塊――氷山が見える。ティールにとっては見慣れたものなのだろう。フリッパーをパタパタとさせて随分と嬉しそうだ。
「段々と近付いてきたかな」
ティールが答えるように鳴き声を上げる。翻訳の魔道具によると、そろそろ自分達以外の種族を見る事が出来るかも知れない、と言っているようだ。
あー。地球でも南極の生き物は冬場になると越冬のために北上する、なんて聞いたことがあるが。
「ティール達以外の種族は、冬場は暖かい所に移動するっていうことかな?」
そう尋ねるとティールはこくこくと頷いて、鳴き声で答える。だから陸地の奥は安全なのだと言っているようだ。
ティールの種族は……言うなれば魔物ペンギンである。星球儀で見る限り、冬季は内陸部に移動しているようで。
南極の冬を内陸部で過ごすというと……コウテイペンギンもそうだったか。
繁殖と子育てにあたって他の種族からの邪魔が入らないという意味では内陸部を独占できるというのは利点なのかも知れない。無論、南極内陸部、厳冬期という過酷な環境に耐えられるなら、という前提での話ではあるが。
こうしてみると……ティール達の細かな生態が気になってくるところだな。コウテイペンギンよりも更に大型で……魔物のペンギンなので氷を操れたりするわけだし。
まあ、何だ。これから訪問すれば、そのあたりも色々見せて貰えるだろう。