番外295 日々の執務
そうして明くる日。帰って来たばかりということで、ゆっくりと休ませてもらい、遅めの時間にみんなと共に起き出し、朝食をとってから執務を行うことになった。
現場からの報告書。決算の書類等々に目を通していく。
決算関係は内容に目を通して問題が無ければ印を押して処理完了だ。ゴーレムの補助もあるので仕事も迅速に進んでいく。
現場からの報告に関しては、ゲオルグとその部下達が経験豊富ということもあり……現状の対応を俺に伝えてきた上で、今後予想される問題までが記してあったりして。
基本的には追認する形で問題なさそうだ。領地経営にあたり、大きな問題も起こっていないようだし。
領主の判断を要する大きな問題があれば不在でも通信機で連絡を入れて判断を仰ぐ、ということになっているが、今のところは問題ない。
後は視察を行い、自分の目で見て報告書の内容を確認すれば大丈夫だろうか。
「これは……凄いわね」
と、書類に目を通していたステファニアが言った。
「どうかした?」
「いえ、幻影劇場の報告書なのだけれど……こう、黒字の額がね」
「あー。まあ、本当なら建築や設備投資に大金をかけなきゃならないところなんだけど、それがないからね」
俺やアルフレッド達で作ってしまったわけだからして、土地代、建築費、魔道具の製作費などの元手がほとんどかかっていないというのが、黒字の額が大変な事になる理由というか。収入と出費のバランスがおかしなことになっているわけで。
「このあたりは自分で作れる強みよね」
クラウディアが、目を閉じて頷く。
「この調子で頃合いを見極めて第二弾以降の話も作っていきたいところだけどね」
「そうなると……入場者の推移を纏めておく必要があるかしら」
と、ステファニアが言った。
「ああ、それはいいね。手が空いている時にやっておくよ」
連日満席でリピーターもいれば新規も入ってきていると報告されている。話題を呼んで国内外からの客入りがあるので暫くは心配はいらなさそうだが……まあ、安心して胡坐をかかずに、データを見ながら冷静に仕事を進めていきたいところだ。
そんな調子で暫くフォレスタニア関係の執務を行い、続いてシルン伯爵領の執務をみんなで手分けして行う。
今回は処理しなければならない書類が溜まっているので領地ごとに手分けをせず、みんなで順番にやってしまう形だ。
イルムヒルトが疲労低減と集中力増強の効果がある呪曲を奏でてくれている。演奏に合わせて机の上に置かれた鉢植え――ハーベスタが軽く首を振っていたりと、執務の時間を和やかなものにしてくれている。
俺達が執務をしている間は、動物組はフォレスタニア領内で割とのんびりしている。カドケウスやバロールに五感リンクで意識を向けてみれば、動物組と魔法生物達は湖でのんびり息抜きしている最中だ。
ティールはグランティオス王国からやってきているマーメイドやセイレーン達と一緒に泳いでいたり、コルリスは背泳ぎするような格好で腹の上にオボロを乗せていたり……ラヴィーネは足元を凍らせて湖面を滑走していたりと……割と楽しそうな様子だ。
湖上ではリンドブルムとアルファ、ベリウス、ヴィンクル、マクスウェルが空を飛び回って追いかけっこをして遊んでいるようだが、まあ遊びというには中々常識外れの速度である気がしないでもない。
湖のほとりに腰かけているジェイクは日当たりのいい場所で頭の上や掌の上にバロールやカドケウス、エクレールを乗せていたりと、割とマイペースな感じではあるが。
まあ、思い思いに楽しんでくれているようで。
「ノーブルリーフ農法関係の報告も上がってきていますね」
と、アシュレイが報告書に目を通して言った。真剣な表情で目を通していたが、その内容は芳しいものだったのだろう。アシュレイも、その隣で見ていたマルレーンもにこにこと明るい表情を浮かべる。
少し前にノーブルリーフ農法に興味のある領民に集まってもらった。本格的にノーブルリーフ農法を進める前に試用というか慣れも必要だろうと、短期間で栽培できる作物にノーブルリーフを添えて実際の育成度合いの違いを見て貰ったり、ノーブルリーフと野生種の性質の違いを感じてもらってそれぞれの領民に慣れてもらうなどの所から始めていたのだが。
「どういう内容?」
シーラが首を傾げると、アシュレイは内容を教えてくれる。
「作物が美味しくなったとか、ノーブルリーフに愛着が湧いてきて、名前を付けて可愛がっているとか……色々報告が来ていますね。興味深いところでは……作物の病気をノーブルリーフが見つけて教えてくれた、というのがあります」
病害の発見か。ノーブルリーフはこちらの予想以上の働きをしてくれるが……。
「その病気に関してはどうなったのですか?」
グレイスが尋ねる。そうだな。そこは気になるところだ。先程のアシュレイとマルレーンの反応からすると、大きな問題とはならなかったのだろうけれど。
「発見が早かったのと感染力も低いものだったので、広がる事はなかったそうです。ミシェルさんの報告では、隔離した後に魔法で治療、それから感染していないものには薬で予防を施した、と」
「そのあたりは……流石、専門家の魔術師ね」
ローズマリーがにやりと笑う。
「そうだな。ミシェルさんに話を持ちかけて良かったよ」
「治療した後、ノーブルリーフ達がよくやった、という感じでミシェルさんのところに寄ってきて……葉っぱでこう、肩や背中を撫でてくれたそうですよ。オルトナも薬の調合を手伝ってくれたので、ノーブルリーフ達とも仲が良くて……どちらも可愛くて仕方ないと書いてありますね」
と、アシュレイが嬉しそうに教えてくれる。机の上にいるハーベスタもうんうんと頷いていて……何となく誇らしげな様子である。
うむ。ミシェルとノーブルリーフ達の仲も良好なようで何よりだ。
そうして溜まっていた執務を終えて、動物組、魔法生物組と合流。領内の視察をしてからタームウィルズの工房に顔を出した。
「や、テオ君。執務の方は終わったのかい?」
「みんなで仕事も進めたからね。領内も見て回ってきた」
アルフレッドと顔を合わせてそんな会話をかわす。
各国の王達と共にホウ国を訪れるための準備。転移門建造のための資材確保。それから式典が終わってカイ王子達がこちらに来た時に迎えるための用意といった諸々は、メルヴィン王達と共に進めている。
ティールの仲間を探しに南極へ向かうための旅支度も進めているので……他に残った俺の成すべき仕事としては工房のもの、となるわけだ。
今は、ドリスコル公爵家に司書人形等の魔法生物を返却するための解析作業と、イグニスの強化パーツ等の開発を進めている。そこに新たに宝貝の研究が加わることになるだろうか。
まあ、どれも喫緊の仕事ではないというのもあるので、のんびり進めていける側面もあるのだが。
「そう言えば、ティールの仲間を探しに行くんだって?」
「そうなるね。南極ではぐれないように何か魔道具が必要かもって考えてたけど、ルスキニアとマールが協力してくれるって」
「なるほどね。参考までに聞きたいんだけど、テオ君はどんな魔道具を考えてたのかな?」
アルフレッドが尋ねてくる。
「んー。親機と子機があって、互いのいる位置方向と距離を確認できるような魔道具……かな。シリウス号に親機を置いて、船外で活動する時に子機を携帯する、みたいな」
これならはぐれても通信機でやりとりすれば簡単に合流できる。まあ、精霊達に聞けるのであれば、それで事足りてしまうから今回はわざわざ開発を間に合わせる、なんてことはしなくてもいいけれど。
「視界の悪い場所では便利そうですね」
「或いは、魔法による視覚的妨害があって、生命反応が見れない場所で使う、とかね。迷宮内の宵闇の森なんかもそんな場所じゃなかったっけ」
コマチの言葉に、アルフレッドが頷く。
「ああ。宵闇の森はそうだね。そういう場所で拠点に親機を置いて、戻りやすくするために活用する、なんてことも出来るかも知れない」
「今回は間に合わせる必要もないけど、開発のために術式を組んでおくのも良いかも知れないね」
んー、そうだな。折角アイデアまではあるのだから、ある程度形にしておくのも良いかも知れない。冒険者達の間でも役立てられそうな代物ではあるし。