番外293 東国とギルドと
「――というわけで、ショウエン一派の壊滅と、シュンカイ殿下の宣言により、ホウ王朝は再興することとなりました。また墓所より一部物品の管理をゲンライ仙人と約束しておりますが、これらに関してはフォレスタニアの宝物庫に収め……墓所の悪用、精霊の性質諸々の再発防止策をこれから更に詰めていく予定ではあります。ですが、これにより巻物に関係する事件は一段落したものと理解しております」
王城の迎賓館へ向かい、待っていたみんなと合流。ホウ国で起こったあれこれを口頭で話して聞かせる。
そうして、現在ホウ国で復興のための新体制作りや即位に向けての準備が進められている事、即位の式典に合わせて再度ホウ国を訪れる事等々を話して、俺からの報告は終わった。
細部については通信機でも報告しているが、それを補足できる内容であったなら良いのだが。
「誠に大義であった。民衆の恐怖や伝承から形を得た高位精霊、か。前例から考えれば……更に大きな力を手にする前に止められた事は僥倖であったな」
前例――つまり月の船を手に入れてしまった、イシュトルムのような。
「ありがとうございます。ショウエンは考え方が人とは根本的に異なっていたので、どこまで被害が及ぶかは未知数でしたが……」
「だからこそ、だな。奴は自国内の者には試練と称して活かさず殺さずを考えるのだろうが、近隣諸国については民のための生贄、ぐらいにしか考えなかったのではないかと、私は思うよ」
ジョサイア王子が言う。それは……確かに俺もそう感じる部分はあった。
まあ何というか……対外的にどう転ぶか分からないが、良い方向には向かわないのは確実だったのでショウエンを打倒できたのは良かったと思う。迎賓館に集まったみんなでしみじみと頷き合う。
「ふむ。それで……復興のための策もシュンカイ王子と話し合ってきたとのことだが、そちらについてはどうだったのかな?」
「そうですね。シュンカイ殿下もシュウゲツさんも乗り気ではありましたが、ホウ国にはない制度だということで、ヴェルドガル王国に足を運んで実際の姿を見てから、ということで話が纏まっております」
「そこで儂らが呼ばれた、というわけじゃな」
そう言って頷いたのはアウリアだ。隣には副長オズワルド、ヘザーとベリーネもいて、元冒険者ということでフォレストバード達も同席している。
そう。西国にはあって、ヒタカノクニやホウ国にはない仕事――つまりは冒険者ギルドと冒険者である。
「ホウ国の現状をドラフデニア王国になぞらえたわけか」
ギルドの副長、オズワルドがにやりと笑う。
「確かに、悪王による荒廃とそこからの復興という状況は、ドラフデニアの建国当時と似通ったところがあるのう」
「東西の精霊の性質の違いも考えると、妖魔退治の後には現場や身を清めるといった儀式も必要かも知れませんね。その点、都にはゲンライ殿もおりますし、ヒタカノクニの知識も役立てて頂けたら嬉しく思います」
メルヴィン王が目を閉じて頷きながら同意すると、ユラもまた、そんな風に申し出てくれた。
「冒険者達に精霊の性質に対する正しい知識をつけさせ、冒険者と関わる民達にも四凶顕現の再発を防止するための知識――下地を作る、というわけかな? よく考えられておるではないか」
「最初はただの思いつきではあったのですが、考えてみれば悪くないのではないかとも思いまして」
戦乱で兵士として訓練を受けた者も多く、日常に戻る事を苦にする者も中にはいるだろう。
山賊、盗賊として身を落とし、周辺に害を与えるよりは……冒険者として働いてもらった方が何倍も良い。要は食い扶持があれば良いのだから。
そこで、そうした少し社会の枠組みから外れてしまった者に対して理解があり、彼らからの人望も厚い、というのがシュウゲツ一家だ。
冒険者ギルドを創立し、運営する人員としては理想的だと俺は見ている。
「どうかの? お主たちはどう思う?」
アウリアがベリーネとヘザーに話題を振ると、2人とも明るい表情で応える。
「遠方ですし環境も、事情も違うので即答は難しいところがありますが……ギルドの支部を広げる活動の一環と考えれば、否やはありません。丁度フォレスタニアに支部を拡張したところでありますし、先方が見学にいらっしゃるということでしたら、そのあたりのノウハウも含めて実地でお見せする事ができるかなと」
「そうですね。話を聞いていると人情家のようでもありますし、冒険者ギルドの理念的なところも含めて学んで行っていただけたら私としては嬉しく思います。そういう意味では……アンゼルフ王の幻影劇は史実に基づいている部分も多いだけに、かなり良い印象で受け止めてもらえるのではないかなと」
幻影劇か。ドラフデニア王国は冒険者ギルド創立から有能な人材を見出して発展していったという面があるしな。
「そこで実際冒険者の出身として境界公の家臣となったフォレストバード達、というわけか」
「なんだか、冒険者の印象を一身に背負ってしまっているようで責任重大に感じますね」
オズワルドの言葉にロビンが苦笑してやや冗談めかして答えると、ルシアン、フィッツ、モニカも小さく笑う。
「まあ、お主らは普段通りで大丈夫じゃろ」
「シュンカイ殿下も気さくな方だし、シュウゲツさんも気風の良い人だからね。ロビン達とも相性がいいんじゃないかな」
アウリアと共にそう言うと、グレイス達もうんうんと頷く。
実際、冒険者だった面々として紹介する分には、俺としても人格や仕事ぶりも含めて安心できる、というのは間違いない。
ギルドの仕事についてであるとか、支部拡張についてのノウハウなどをレクチャーできる人材も、ヘザーとベリーネということで、まず間違いのない人選だしな。
「ヒタカノクニでは武家が担っている役割でござるが……参考にできる部分は多そうでござるな。これは、帰ったら少々相談が必要でござろうか」
と、イチエモンが言う。
「カイ殿下やシュウゲツさんと一緒に見学や視察が必要でしたら歓迎しますよ。ヨウキ陛下にもよろしくお伝えください」
「おお。これはご厚意痛み入るでござる」
そう答えると、イチエモンが覆面の下でにっこりと笑ったのが分かった。
――とまあ……そんな調子で報告を終え、これからの事についても打ち合わせを終えたのであった。
イグナード王やユラ、アカネと鎌鼬、イチエモン。それにレイメイとジン。御前、オリエと小蜘蛛達、サトリに雷獣といった面々は予定通りそれぞれ一旦国元に帰る、ということで、転移港に見送りに行く、ということになった。
「通信機を通してマヨイガに無事を知らせてあるが、顔を見せて安心させてやった方がいいだろうからな」
「直接顔を見せるのとはまた別じゃな。それに、テオドール達のところへは気軽に遊びに来れるからのう」
「黒霧谷の小蜘蛛達も我の帰りを待っているであろうからな。とはいえ、我もまた遊びに来させてもらうぞ」
と、レイメイ達。
「はい。僕達もまた、そちらに遊びにいったりもしますので」
「おう。待ってるぜ。ま、テオドールは多忙だし留守にしてるってこともありそうだが」
「まあ、その場合は事前に連絡をいただければと」
ティールの事もあるしな。
「では、儂も国元に帰るとするか。オルディアとレギーナの事はよろしく頼む。イングウェイは……まあ、滅多なことはあるまいが」
「迷宮探索も中々楽しいですが、そうですな。無茶はし過ぎないように気を付けましょう」
イグナード王の言葉に、イングウェイが肩を震わせる。そうしてイグナード王とイングウェイは再会と再戦を約束し合っていた。
「私も一旦都へ帰ります。私の場合は――それほど間を置かず、アカネと一緒に工房に顔を出すかも知れませんが、よろしくお願いしますね」
「ユラ様がこちらに来る時は、私も同行します。どうかよろしくお願いしますね」
ユラはそう言って微笑んでいた。隣のアカネも静かに頭を下げる。
「こちらこそ」
そう言って頷く。ユラはアシュレイやマルレーン、シオン達や動物組とも仲が良いからか、俺との挨拶の後に別れを惜しむように挨拶をしている。小蜘蛛達もユラと一緒にシオン達、動物組と抱擁しあったりしていた。
「テオドールとの旅は……楽しかった。サキョウから助けてもらった事も……この魔道具の事も、感謝している」
サトリが言うと、雷獣もこくこくと頷く。サトリの言う魔道具は、読心能力を任意に遮断する特性封印の魔道具だな。人ごみが苦手なサトリにとってはかなりありがたいそうで。
雷獣は……鎌鼬達とも仲が良くなったようで、アカネの家に挨拶にいくそうだ。もしかするとそのまま守護獣として収まってしまう可能性もあるが。
「もし魔道具の調子が悪くなったら、いつでも声をかけてくれれば直すよ」
「承知、した……。人の多いところは苦手だが、また遊びに来る、かも知れない」
そんなサトリの言葉に頷く。そうして皆。思い思いに別れの挨拶をかわし。一人一人転移門を潜って国元へと帰って行ったのであった。
人で賑わっていた転移港も、こちらに残る面々だけになって、やや寂しい空気になってしまった。さっきまで沢山の人がいた気配が、転移で飛んだために薄れていくのが分かる。そんな余韻に少しだけ瞑目した後に、みんなの方に振り返って言った。
「――それじゃ、俺達も帰ろうか」
「はい、テオ」
気を取り直すようにそう言うと、グレイスが穏やかな微笑みを見せて、みんなも頷くのであった。