98 竜籠と飛竜
竜籠を借りるにあたり、事前準備があるので飛竜の厩舎に行ってほしいと王城に呼ばれた。飛竜の扱い方のレクチャーなどだろうとは思うのだが。
昼過ぎぐらいに王城へ行ってみると、言われた通り飛竜舎の厩務員が練兵場の広場で待機していた。
「お待ちしてました。俺――いや、私は厩務員のマシューと言います」
「はじめまして。テオドール=ガートナーです。今日は飛竜の扱いについてのお話でしたか?」
茶髪の、人の良さそうな若い厩務員だ。愛想のいい笑みを浮かべて自己紹介してきたのでこちらも名乗って握手しておく。
「いやあ、飛竜の扱いといっても、あいつらは頭が良いんで。人の言葉も理解してますし。訓練が終わっている連中はそんなに難しい事はないんですけどね」
飛竜は、所謂ドラゴンと似ていても、また別の種と言われている。
知性が高く、気性は比較的穏やか。人によく馴れるので騎乗に向く。その中で気性の荒い者は騎乗用、大人しくて戦いに向かないと判断された者は竜籠用として調教されるわけだ。
マシューに連れられて飛竜の厩舎に入る。厩舎という字面からイメージするよりはずっと清潔感があるし、飛竜用の厩舎だから相当広々としている。掃除が行き届いているからだろう。臭いはあまりない。飛竜の体臭自体、あまり無いしな。
「でもその、飛竜って奴は頭が良い分、相手を見るから相性ってのがあるんですよ。長い付き合いになりますので相性の良さそうな奴を選んでいただければと」
「え? 長い付き合い?」
「あれ? 大使様にはお話があったのでは?」
んん? ……若干食い違いがあるような気がするんだが。
「ああ、もうこっちに来ていたか。遅くなったようだ」
と、そこに顔を出したのはメルヴィン王だった。供の護衛を数名連れて、近付いてくる。マシューが驚いた顔をして畏まった。
「どうなされました?」
「いやな、竜籠を貸してほしいという事だったが。異界大使ともあろう者、飛竜と竜籠は専用のものがあった方が、利便性も外聞的にも良いかと思ってな。まあ、普段は迷宮に潜っておるわけだから、あまり出番はないであろうが。自由に使えるものがあった方が良いであろう?」
と、メルヴィン王はにやりと笑う。
……要するにここの飛竜から気に入ったのを選べというわけか。メルヴィン王もこういうサプライズというか、悪戯が好きなようで。
「この厩舎の飛竜達は訓練はこなしているが歳若くてな。まだ騎乗用とも竜籠用とも明確に分けられていない飛竜達なのだ。癖がついておらんから、好きなものを選んで構わんぞ。餌や厩舎などはこちらで面倒を見るから手間もかからん」
「そういう事でしたか。ご高配有り難く頂戴致します」
こちらも笑う。飛竜隊もゴタゴタがあって欠員が出ているからな。飛竜の方が余ってしまっているわけだ。
ルセリアージュ討伐と宝珠回収の報酬も兼ねているんだとは思うが。
騎士の扱う騎乗用の飛竜と竜籠を運ぶ飛竜は、若干教育方針が違う。竜籠の用途は賓客を運ぶためだったりするからだ。だがメルヴィン王としては俺専用とする事で、騎乗用にも竜籠運搬も、どちらもこなせる飛竜を用意したいという事なのだろう。
「うむ。慌ただしくて済まんが、余はまだ執務が残っていてな」
「分かりました。では後ほど」
メルヴィン王は厩舎を出ていった。
魔法通信機の一件はまだ話を通していない。アルフレッドと相談した結果、メルヴィン王に話を通すのは俺が戻ってからがいいという事になったからだ。相談しておいて俺が出かけて不在というのも、その辺の面倒な所をアルフレッドに押し付けていくみたいでなんだし。
そもそも通信機の実地試験も、しっかりとしてからの方が話を通すにしても打ち合わせやらなにやら、しやすくなるだろう。
そういうわけで、一頭一頭飛竜を見て回る。大体人懐っこい感じで、それぞれの竜房を覗き込むと向こうから顔を近付けてくる。
一応……今日はウロボロスも持ってきている。竜同士というわけではないが、どういう反応になるか事前に見ておいた方が良いと思ったからだ。
ウロボロスは鼻を鳴らし、向こうの飛竜の方が少し距離を置いてウロボロスに気を使っている感じを受けた。
……うん。飛竜はやはり、ドラゴンという感じではないな。社会性があるという事で、どこか大きな犬みたいな印象だ。見た目は翼を持つ巨大トカゲだが。
どうせならスペックの高い飛竜が望ましい。鼻先に触れて循環錬気を行う事で、飛竜の能力を査定していく。飛竜達は循環錬気の感覚が心地よいのか、目を細めて喉を鳴らしている。
「あ。奥の奴は――ちょっと」
一番奥まで来たところで、マシューが俺に声をかけてきた。
「何か問題でも?」
「いえ。力が強くて飛ぶのも速いんですが。その分自尊心が高くて扱いにくい奴なんです。慣れていない厩舎員が尻尾で飛ばされたりしてますので、気をつけてください」
ふむ。房の中を覗き込むと、今までの奴よりも一回り大きな体躯の、黒い飛竜と視線が合った。
こちらを一瞥したが、他の者のように近寄ってくるでもない。さりとて目を逸らすでもなく、こっちを高い位置から見下ろしてくる。ウロボロスが楽しそうに口の端を歪ませるが、それにも臆した様子はない。
なかなかにふてぶてしい態度だ。扱いにくい性格という事だが……騎乗用にするならこれぐらいの方が良いのかも知れない。飛竜は基本的に上下関係で相手を見るからな。その辺も犬と似ている。人間の子供の相手なんて、馬鹿馬鹿しくてできないというところかな?
房の中に足を踏み入れる。飛竜はテリトリーに足を踏み入れられたと思ったのか、苛立ったように唸り声を上げる。魔力循環で身体機能を強化すると、飛竜が目を丸くしたのが分かった。
「あっ!」
マシューが驚きの声を上げた。横合いから飛竜の尾が迫ってきたのだ。
まあ、それほどの威力は無い。直撃しても後ろに転がるぐらいで済むだろう。飛竜なりに手加減はしているようだが。
無論大人しく食らってやるつもりは無い。片手を挙げて無造作に、こちらも手加減したマジックシールドで受ける。
一瞬怯んだ隙に床を蹴り、空中を蹴って転身。一息に背中に跨ると、飛竜が驚いたように肩越しに振り返り、俺を見上げてきた。
「言葉は分かるんだよな? 試してみたらどうだ?」
と、背中から言うと、飛竜は口の端を歪ませる。
のっそりと俺を背に乗せたまま、房から出る。
「すみません、マシューさん。ちょっとその辺を飛んできます。問題とか有ります?」
「は? ええっ? お、王の塔に近付かなければ大丈夫と思いますが……。ああ、いや! 危ないですよ!?」
「大丈夫です。たとえ振り落とされても自前で飛べますから」
鞍と鐙は無いが。まあなんとかなるか。
厩舎から飛び出し、広場の上空を一気に上昇する。俺がすぐに音を上げるとでも思っているのか、最初は控えめな挙動で飛んでいたが、俺が普通に背中に跨っているのが不満なのか、苛立たしげに唸り声を上げると段々に飛行の仕方が派手なものになっていく。
それでも背中の俺が落ちないようにきっちりと慣性を考えて飛んでいるように感じられる。先程の尾の一撃もそうだが、加減する分別はあるようだ。
泣きが入ったところで止めるつもりなんだろうが。ま、当てが外れたな。
急上昇に急降下。捻りを加えて錐揉みで飛ぶ。この程度の機動はいつもの事だ。冬の空気の冷たさも、魔法で防いでいるので特に問題にならない。
循環錬気で飛竜の力を増強。風の障壁を前方に展開して空気抵抗を減らし、更に速度が出るようにお膳立てを整えてやる。飛竜が驚きの表情でこちらを見てくる。
目が合って、お互いに笑う。飛竜は調子を上げてきたのかますます飛行速度を増していく。中々愉快な速度だ。こちらが指示を出してやると、それに従って飛ぶようになった。
やがて飛竜は自ら広場に降りていく。背中から降りると、飛竜は頭を下げて俺を主人として認めるような仕草を見せた。ウロボロスが鼻を鳴らすと、飛竜はそっちにも頭を下げる。どうやら先輩後輩としての序列も確定したらしい。
「気に入りました。こいつにします」
「え、ええ。大使様は飛竜も扱えるんですね」
「まあ、なんとかなるものですね」
と、適当な受け答えをすると、マシューが引き攣ったような笑みを見せた。
当然ながら飛竜なんて面白そうなもの、BFOで触れていない訳がない。一通り騎乗の仕方や扱い方のコツなどは知っている。ゲームと違って現実の生き物だから多少の齟齬もあるが、誤差の範囲内だ。
「こいつの名前は?」
「仮の名ならありますがね。若い飛竜にはまだ正式な名前がないんです。騎乗用になった時、騎士様が名付ける慣習ですので。ですから、大使様が名付けてやってください」
「ふむ」
何と名付けたものか。
「……リンドブルムっていうのはどうだ?」
そう名前を呼ぶと、飛竜は空に向かって一声上げたのであった。
普段は迷宮に潜っているから一緒にはいられないが。休みの日には飛竜で空を飛ぶというのも悪くないかも知れないな。
それから更に数日。
いざ帰省するという日になって、竜籠に乗るためにみんなで王城へ向かうと、広場には3頭立ての立派な竜籠が用意してあった。
竜籠の外観は馬車の……車輪が付いていないものを大きくした感じと言えばいいのか。上部に太い鎖が付いていて、飛竜達の胴体に繋がっている。あれで吊るして空を飛ぶというわけだ。
リンドブルムの他に、もう2頭の飛竜が大人しく待機していた。リンドブルムの方が歳が若いようだが、力関係はリンドブルムの方が上のようで。残る2頭を子分のように従えていたが、俺の姿を認めると頭を垂れてくる。
グレイス達が俺の身内というのを理解し、仲間達の方が自分より上の立場というのを弁えているのだろう。グレイス達を見ても服従の姿勢のままである。
リンドブルムは思っていた以上に賢いようだ。こちらを主と認めたからには自分の役割を果たそうというわけだ。ふてぶてしい態度も主と認める相手がいなかったから、というところか。
「おはようございます。テオドール様」
マシューが頭を下げて挨拶してくる。
「おはよう、マシュー」
「そっちの2頭は、竜籠用に調教された奴らでして。馴れているので上手くリンドブルムとカバーし合ってくれると思います」
「ありがとうございます」
「テオドール殿」
広場にはメルセディアとアルバート王子もやってきていて、まずメルセディアが俺に声をかけてくる。
「騎士団長より言伝を預かっております。調査は続行中。留守の間は我らに任されよ、との事」
「ありがとうございます。メルセディア卿」
「それじゃあ、テオ君。これを」
アルバート王子からプロトタイプの魔法通信機を受け取る。
「操作方法は分かる?」
「まあ、なんとなくですが」
前にマルレーンが使っていたものと、デザインは大きく変わっていない。純粋に送受信機能が付いた、と見ればいいだろう。
これで定期的にやり取りして、離れた場所での通信のテストなどをするわけだ。
「まあ、君に気を付けてというのも取り越し苦労なんだろうけど。気をつけて行ってきてくれ。妹を頼むよ」
「ありがとうございます」
と言って、みんなで竜籠に乗り込む。
「立派な竜籠ですね」
と、アシュレイが感心したように言う。
ビロードのような生地が張られた、かなりしっかりとした内装だった。3頭立てという事もあって、みんなで乗っても広々としており、道中かなり寛いで過ごせそうだ。ティーセットや果実酒、砂糖菓子まで棚の中に用意されている。んー。かなり至れり尽くせりな感じだが。
毛布も用意されているが……防寒用に竜籠を風魔法で覆っておけば寒さの心配はない。
ラヴィーネも耐暑対策と共に、冷気を外に漏らさないためのエアスクリーンの魔道具も用意したので一緒にいても寒さは感じなくなったしな。
「それじゃあ、リンドブルム」
窓から顔を出してリンドブルムに方角を告げると、竜籠が静かに上昇する。
上昇に伴い、僅かに押さえつけられるような重圧があったが、訓練の賜物なのだろう。思っていたほど揺れなかった。窓の外の景色は静かに流れていく。
基本的に、飛竜は竜籠を運ぶ際、街道に沿って飛ぶように躾けられている。後は飛竜に任せておいても目的地に着くはずだ。
段々小さくなっていくアルバート達に、マルレーンや、みんなと手を振って。俺達を乗せた竜籠は、一路伯爵領へ向かって飛ぶ。




