番外280 墓所の深奥にて
墓所内部は一見入り組んでいるように見えるものの、脇道を覗き込んでみればすぐに行き止まりになっていて、複雑な構造をしているように見えても迷路としての意味を成していない。
「少なくとも迷わせるための構造ではないようね」
それを見たクラウディアがすぐに断言した。
「魔力の流れが突き当りまで行って壁に沿って戻っているから……多分、床や壁の紋様術式に合わせて、構造そのものに墓所の封印強化か、設備の維持に意味を持たせてるんじゃないかな?」
内部構造で侵入者に対応するのではなく、そもそも正規の方法以外では内部に入れさせない、という方法論を突き詰めている。だからこそショウエン達にさえ強行突破を許さなかったのだろう。
「迷う心配がないというのは良い事よね」
「ん。でも、物理的な罠がないかはしっかり警戒しておく」
イルムヒルトが言うとシーラが言う。
「そうだな。不自然な魔力反応がないかも、見ておくよ」
大丈夫だとは思うが念のために、というわけだ。
「タームウィルズには迷宮がある、と言う話じゃったな。儂としては場慣れした者が同行してくれるというのはありがたい話じゃな」
そんなゲンライの言葉にカイ王子達も頷いている。
罠に警戒をしつつ奥へ奥へと進んでいく。緩やかなスロープになっている通路を下って、少し開けた通路に出た。
「これは――」
広々とした通路の左右に柱が立って奥へと続いている構造。しかし、その柱の一部が水晶のように透けていて――その内部に武器が収められているのが見える。
短刀、剣、弓、斧、槍、戟、錘、圏に戦輪等の武器から盾や鎧兜まで……様々な武器防具が並べられて、それが奥へ奥へと続いていた。水晶の下に光源があるのか、やや薄暗い通路に武器が浮かびあがって奥まで並んでいるというような、不思議な光景。
「武器庫……いえ。けれど展示……でもないわね。この場所の事情を考えるとそれらとは違うはず」
ローズマリーが思案しながら言う。確かに。武器庫とも展示とも目的が異なるだろう。使わせるつもりも誰かに見せるつもりもないのだとすれば……。
「墓所に葬られているのは様々な武器を作った王、でしたか?」
「そう伝えられておるな」
聖王なる人物に敗れた、もう一人の王……。
それを墓所に葬った誰かが、弔いの意味を込めて生前その人物が作った武器を、こうして並べた……のだろうか。
「そうなると、過去の偉業を称えてか、或いはその死を惜しんでか……でしょうか?」
「なるほどな……。確かにそれなら納得もいくが」
推測を口にするとレイメイが同意してくれた。
そういう視点で見てみれば、これらの武器は誰か一人の手によって作られたもののようにも見えてくる。細かな細工やら意匠やらに共通する部分を見出せるのだ。
しかも通路を奥に行くに従って、武器の作成技術が向上しているのが窺える。魔力を宿している武器が混ざり出している。
……水晶柱の中では保存状態も保たれるのだろうが、戦いの中で壊れたと思しき宝貝も、そのまま安置してあった。時系列ごとの展示で壊れた武具が目に付くようになるというのは……。
「これは……大きな戦いがあった、ということなのかしら」
ステファニアが眉をひそめると、グレイスも表情を曇らせる。
「古い武器から見てきてこれですと、何となく不穏な世相になっていったのを感じると言いますか……。けれど、誰がこれほどの墓所を作ったのでしょうか。これらを作った方が眠っている、のですよね?」
マルレーンもそれが気になるのかこくこくと頷いた。
「口伝や巻物を残してくれたわけですし、内部に何か記録を残してくれているというのもありそうですね」
と、アシュレイが言う。
「少なくとも口伝では……そのあたりの事は伝えられてはおらぬな。儂も師より受け継いだ時、気になりはしたが……」
「奥まで進めば、何か分かるでしょうか」
「それを期待したいところではあるがの」
カイ王子の言葉にゲンライが頷く。
そうして――通路を進み、俺達は最奥に至る。
そこは円形の広間だった。中央に八卦陣が描かれ、陰陽を現す部分は円柱型の台座になっていた。非常に魔力反応の強い球体が……台座の上に据えられている。
何だ……? このウロボロスから――いや、オリハルコンから伝わってくる反応は。共振……している? オリハルコンは自分とはまた別種と伝えてくれてはいるが……。あの球体――何か特殊な金属が内部に組み込まれているのは間違いない。
外周部に水晶柱と武具や防具が安置されていて――中央の球体と、水晶柱の中の物品全てに、宝貝特有の魔力反応。
皆、その光景に言葉を失う。
「この広間に置かれているものは――全て宝貝……だと思います。中央の球体も含めて、と言いますか……始源の宝貝と名を冠するのなら、あの球体こそがそうなのではないでしょうか?」
「いやはや。何とも。これだけの宝貝が並んでいるというのは凄まじい光景ではあるが」
「……何か、すごい鎧もある」
シーラが言う。そうだな。球体の次に気になる代物だ。
通路から広間に入って正面奥の……一際巨大な水晶柱。その中に異形の全身鎧が治められている。牛を模した兜。三対の腕。それぞれの腕に武具……。
ここに来て一気に情報量が増しているな。少し調査が必要かも知れない。
中央のあれは……よく分からない内に迂闊に触れるのはな。
「調査が必要だと思うけど、あの球体は正体が分かるか、何かしらの推測がつくまで、まだ触れない方が良いと思う。少し、あの鎧を見てくるよ」
「分かりました」
「では、儂らは他の部分を見てみるか」
みんなに注意を促し、役割分担してから鎧に近付いて見てみることにした。位置といい内部に収められている物といい、明らかに特別扱いなのが一目見て分かるからだ。
水晶内部の鎧を観察してみると……六本の腕の内、四本はしっかりと内部構造があり、通常の二本は普通に腕を通せる鎧としての構造をしている。
装着することで四本の追加腕を使える、というコンセプトの鎧のようだ。しかし……鎧の胸に破壊痕らしき大穴を、色合いの良く似た別の素材で埋めるようにして補修してあるのが窺える。
その柱の根元には棺らしきものがあって……。墓所の主が眠る棺と愛用の武具、というわけだ。
「壁に文字が書いてあるな。読めるか?」
「古い文字じゃが。ふむ。何とかなりそうじゃ」
レイメイとゲンライのやり取りに振り返れば、円形広場の入り口から外周の壁に沿って、何か――未知の文字が刻まれていた。
「冒頭の部分に目を通した感じでは……後世の管理者にこの墓所の来歴やら意義やらを伝える内容になっておるようじゃな」
……なるほど。それなら、必要な情報はしっかり得られそうだ。俺からも墓所の主の棺を発見したと伝えておくことにしよう。
大がかりで副葬品も剣呑ではあるが、ここが間違いなく墓所であり、王を弔うために作られた、というのはもう疑いようもない。壁の文字の解読をする前に、みんなで墓所の主に黙祷を捧げておこう、ということになった。騒がせて申し訳ない。荒らしに来たわけではない、と。
王の魂が未だにここに残っているのかは分からない。だがそう伝えておく、敬意を払うというのは重要だろう。
俺達は王の生前を伝聞でしか知らない。しかし少なくとも宝貝を生み出したとなれば、それは後世に残る偉業に違いない。付随する騒動やら何やらは、また別の話である。
木魔法でちょっとした花を生み出し、棺の前に献花もしておいた。
そうしてゲンライが文字の解読を進めるのを待つ間、柱に収められている宝貝を覗いてみたり、他に何かないか等々、中央部の球体や棺回り、古代文字といった箇所を除いて、広場の調査を進めていく。
「そういう、事か……。むう」
文字の解読を進めているゲンライが、やや難しい表情を浮かべて瞑目し、かぶりを振っていた。
まだ全てを読んではいないから、今の時点で内容を聞いて解読を中断させてしまうようなことはやめておくが……この墓所の在り様を見た上で考えると、書かれている内容についても、ある程度想像が及ぶ部分はある。
墓所を作った者もまた高い魔法技術力を有していたのは疑いようがない。それに……王への敬意がそこかしこに窺える。後世に伝わる歴史とは、また違う内容が書かれているのではないだろうか。