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番外278 暗雲の切れ間に

 暗黒球の喪失。中心部で潰されたショウエンの魔力が完全に消失するのと同時に――墓所の周辺に広がっていた不穏な世界が、一変するかのような感覚を覚えた。

 弾けるような音と共に、きらきらとした光が辺り一面から降ってくる。それと同時に空を覆っていた暗い雲が消えて失せていた。

 そこには何とも見事な星空が広がっていて。一帯には怨嗟ではなく……何となく喜びというか、嬉しさというか。晴れ晴れとしたような空気があった。


 何というか。これは予想外な現象と光景だが。多分、ショウエンが滅びたことで溜飲が下ったから、だろうか。

 小さな光が俺の周りを舞って……誰かから感謝をされているような気がした。

 光の粒を手で受け止め、空を見上げて頷く。


 陰の気を持つ精霊達は、ショウエンがいなくなると物陰に隠れ始めたりしていたが、これはこれで本来の性質に戻ったと言えるのかも知れない。物陰に体育座りして俺に小さく手を振ってくる者等も割と見受けられたから、それが嫌だ、というわけではないようだ。


 続いてデュラハンに視線を向けると、手に持った己の首をゆっくりと縦に動かす。ショウエンは……消滅したか。

 片眼鏡でも見えないし、圧力めいた力も感じない。以前セラフィナと戦った時のように、加減したわけでもないからな。


 バロールを飛ばして、ローズマリー、ヴィンクルと戦っていた高弟に封印術を叩き込んで梱包しておく。


「はあ――」


 キョウシもそれほど数が多くなかったから全滅しているようだ。魔法人形も最初に見た時よりも魔力反応が小さく、活動停止に追い込まれているのが分かる。

 一先ずの安全が確認できて、周囲の空気が変化したことから張り詰めていた気も抜ける。戦いの時は意識の外にあったが、あちこちに痛みや疲労感がある。

 細かな切り傷や擦過傷が結構あるし、地面に衝突した時の衝撃や大魔法の負荷が反動や疲労となって現れたのだろう。


「テオドール様!」


 と、アシュレイが呼びかけてくる。

 そうだな。まだ墓所に関する後始末もあるが、まずは一休みして怪我の治療と共にみんなの負傷や、損害、消耗の確認といこう。




 甲板に腰を下ろして、アシュレイに治癒魔法を施してもらう。

 裂傷等々には深いものはない。見かけの傷よりもまずはダメージの大きい部分を把握しろと、治癒魔法の師であるロゼッタから教えを受けたアシュレイは、しっかりと魔力ソナーを打ち、反射でダメージの度合いを調べてくれる。


「腕の損傷が一番大きい、でしょうか。次は、背中……ですね」

「ん。心配かけてごめん」


 そう言うと、アシュレイは少し困ったように、そして俺に安心して欲しいというように微笑みを向けてくる。


「致命的な傷や、後に残ってしまうような深刻なものというわけではないので……そこは安心しました。大魔法の反動だけは、循環錬気と休息が必要かも知れませんが」


 そう、だな。

 アシュレイにそっと手を取ってもらって治癒魔法を施してもらうと、疼くような痛みが薄れていく。


「みんなも、大丈夫みたい。ゲンライさんや門弟の人達に少し手傷を負った人がいたけど、それもきちんと治療ができているし」

「魔法生物達も大丈夫よ。イグニスの関節部に少し衝撃を受けたから、後で点検しておく必要があるかしらね」


 イルムヒルトとローズマリーが言う。

 背中のダメージやあちこちの細かな傷も治療してもらいながら、戦況報告を受ける。


「アシュレイ様は治癒術師として頼りがいがあるというか、安心できると、皆さん仰っていましたよ」

「ああ。それは、分かるかも」

「ん。確かに」


 グレイスの言葉にシーラやマルレーンと一緒に頷くと、アシュレイは少しはにかんだように笑う。


「そう言って頂けるのは……嬉しいかも知れません。術師が落ち着いていないと、治療も的確でなくなるし、治癒魔法を受ける方も安心できないからと、ロゼッタ先生から教えていただいていますので。先生やリサ様に近付けていたら嬉しいかな、と」


 ああ……。月で見た母さんのあの微笑みが、アシュレイの中では理想や模範、ということなのか。


「梱包した連中は、コルリスが回収してきてくれたわ」

「船倉に入れる前に、拘束用ゴーレムも組み込んでおいたわ。これで一先ずショウエン一派に関しては安心かしらね」


 と、ステファニアとクラウディアが報告してくれる。


「何だか、すごく雰囲気が良くなったね。星空も綺麗!」


 そう言って喜ぶセラフィナ。確かに。こうやって、勝ってから見る満天の星空は格別というか何と言うか。

 そうして治療も一段落して集まってきたみんなと、互いの無事であることを喜ぶように抱擁し合ったりして、一息つく。


 墓所の後始末も残っているので、念のためにマジックポーションを服用しておいた。


「話をしても大丈夫かの? 割と無茶をしておったようじゃが」


 そうしてローズマリーが魔法の鞄からティーセットを出して、星空を見ながらみんなとお茶を飲んでいると、治療等々も一段落したのを見て取ったのか、ゲンライ達がやってきてそう言った。


「大丈夫ですよ。治療は終わったので。僕よりもレイメイさんこそ、宝貝を手で掴んで大丈夫でしたか?」

「あれに仙気が込めてあって、ジンオウが操作していたり、ショウエンが直接動かしたりしていたなら結果は多少違ってたんだろうがな。ま、自動で動く罠程度じゃあな」


 と、レイメイは笑って無傷の掌を見せてくれる。

 なるほど。技ですらないのでは怪我などするはずもないと。それから、カイ王子とゲンライ、門弟達は真剣な表情になると、俺を見て、一斉に包拳礼で頭を下げてくる。

 暫くしてからカイ王子が顔を上げて言った。


「最初に――今回の事について礼を言わせて欲しい。もしテオドール殿がいなかったら、ショウエンを打倒するのは難しかったのではないかと思う」

「そうじゃな……。多大な犠牲や更に長い時間……或いは皆で戦っても力が及ばなかった可能性が高い。我らの国の大事であるというのに、申し訳なく思っておるよ。感謝の言葉をいくら重ねても足るまい」


 そんな、カイ王子とゲンライからの感謝の言葉。イグナード王達やユラ、御前にオリエ達もそこにやって来る。


「儂からもエインフェウスの代表として改めて感謝を伝えておきたい。元々ベルクフリッツに端を発した話であるゆえに、テオドールには感謝をしてもし切れぬ」


 イグナード王が言うと、ユラも頷いた。


「私からも……礼を言います。隣国にあのような怪物が潜んでいたのでは、次の標的はヒタカノクニになっていたかも知れませんから」

「確かに、その可能性は高いでござるな」

「そうなれば妖怪達も無関係ではなかったじゃろうしのう」

「それは確かに。平穏な暮らしが乱されるのは腹立たしい。テオドールには礼を言わねば」


 ユラの言葉にイチエモンや御前、オリエもそう言ってくれる。みんな……義理堅い事だ。


「正体があれだけの邪精霊ですと、やはり巻物関係での懸念は正しかったのかな、と。巻物無しでも封印をどうにかしようとしていたようですが、確かにやはり何かの拍子で興味を向けられると西方にも被害が及んだ可能性はありますし」


 ヴェルドガルとしても他人事ではなかったと、そう、返答しておく。

 ショウエンはこの国に拘っていたようだが、国内で完結するという保証はどこにもなかったからな。始源の宝貝を手に入れ、国を力で平定していたら……戦乱を終わらせないために、力を国外に向けようとする……なんてことは十分に有り得る話だった。

 そうして見ると、やはり、ショウエンが始源の宝貝を手中にする前に対応できて良かったのではないだろうか。


 そうしてみんなからお礼を言われた後に、頃合いを見ていたのかジンオウがおずおずと前に出てくる。

 戦場で対峙したし話を聞いていたとはいえ、初顔合わせには違いないのだが、最初に深々と頭を下げられた。


「謝っただけで済むことではないと承知していますが……私自身の至らなさ故に、貴方方にも、沢山の人にも迷惑をかけてしまいました。この通り、謝罪いたします。償えと仰るのなら、如何ようにも致します」


 そういうジンオウの心の内はどのようなものか。自分に責任があると言うあたり、一定の義理は通す性格が窺える。

 ショウエンには色々と裏の顔があったが、それを知っても一旦は師事した相手だからか、悪しざまに言うつもりもないのだろう。風向きが悪くなったら保身のために誰それが悪いと言って掌を返すよりも、好感が持てる相手なのは確かだ。


「その言葉は、確かに受け取りました。……謝っただけでは済まないと仰っていましたが、これからの行動についても考えていらっしゃるのなら、助太刀の立場である僕からは言う事はありません」


 その言葉に込めた思いは行動で示していってくれればいい。ゲンライ達が近くにいるならば、もう大きく道を間違えるということもないだろうと思えるし。


 俺の言葉に、ジンオウはもう一度深々と頭を下げた。

 俺としては……ゲンライから少しだけ聞いたジンオウの境遇には、多少思うところがある。ジンオウの状況が落ち着いたら話をしてみたい……かな。その事については、後でゲンライやカイ王子には話を通しておこう。


 ゲンライはジンオウとのやりとりに静かに目を閉じ……それからまたこちらを見て口を開く。


「ジンオウのこれからについては、師として儂も共に考えていこうと思う。とりあえず今は――人形共も機能停止しているようじゃし、墓所の封印を少々確認してこようかと思っておるのじゃが」

「墓所については、相談が必要かも知れませんね」


 こうして、剥き出しのままというのもなんだし。俺が疲れていると思って遠慮してしまうところもあるだろうから、行動はともかく先に相談だけ済ませてしまう旨は伝えておこう。


「後始末の話をするだけならこれからでも問題ありませんよ。というより、必要になる物があるかも知れませんから、方針だけなら早めに決めた方が良いかと思います。状態を確認してもらったら、艦橋に場所を移して話をしましょうか」


 そう言うと、ゲンライを含め、一同納得したように頷いて、各々行動を開始するのであった。

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