番外277裏 神仙の戦い・中編
遺跡を守る人形達は持ち場から大きく離れることはない、という大前提を持っているから汎用的な戦力としては活用しにくいものの、恐れを知らず統率も乱れないという面では非常に優秀な兵士達だ。
個々の戦闘能力を見た場合、常軌を逸した強さとまではいかないが、一流以上の兵士としての戦闘能力を有している。
戟を装備した歩兵や槍や弓を装備した騎兵等々、装備によって役割分担がなされており、しかも飛行能力を有しているために集団としての戦闘能力は相当高いものなのだ。
そういう意味では墓所の守りである人形らを、ショウエンの高弟達は高く評価していたと思う。高弟達が命令できるのは防衛兵力の近衛兵達だ。
自分達が多勢で攻撃されないようにと護衛に付けているが――大多数は細かい制御を人形達そのものに任せて船を攻撃させている。
しかし、かなりの戦力であるはずのそれが――空に浮かぶ船に仕掛けると、あっさりと粉砕されてしまうという事態が彼らの目の前で展開されていた。
弓騎兵部隊が機動力を活かし、回り込みながら弾幕を展開する。魔力を帯びた矢弾は非常に強力なもので、あっさりと鉄の鎧を着込んだ人間ごと撃ち抜く程の威力があるのだ。
だが、それが通じない。シリウス号の船体に矢弾が命中しているというのに、不可思議な波紋が船体に広がるだけで傷一つつかない。ならば弓騎兵部隊の船体への攻撃は無視して問題ない、とばかりの対応で、下に回り込む兵士人形達は無視されてしまうのだ。
ならば甲板側に回り込んで人員に射撃を加えればどうかと言えば――これも上手くいかなかった。凄まじい勢いで光弾と化して突っ込んでくる金色の人狼――アルファが騎乗している馬ごと引き裂いていくからだ。
馬鹿げた量の闘気を纏い、常軌を逸した巨大な爪撃で一閃すれば部隊単位で騎馬兵が斬り裂かれ、大きな損耗を出した弓騎兵部隊では回り込めたとしても散発的な攻撃にしかならない。水の帯が矢を阻み、甲板からの何倍もの応射であっさりと粉砕される。
問題は流星のような速度で船の周りを飛び交う金の狼だ。どこから弓騎兵が回り込んでいるのか完全に知悉しているとばかりに、圧倒的な速度で一瞬たりとも滞ることなく飛び回り、音響砲で隊列を乱したところを容赦なく潰して潰して、潰して回る。飛び道具持ちを優先して叩いているのは間違いないが、死角の多い船の周りをどうやって最適化された軌道で飛び回っているのか……理解しようもない光景だった。
種を明かせば――船体への攻撃によって、魔力変換装甲により無尽蔵の力を供給されているからアルファもまた人狼形態となり、溜め込んだ力を放出し続けているに過ぎない。
船の核そのものがアルファであり、船の周囲のどこにどんな敵が回り込んだか、艦橋やそれぞれの砲座から捉えていれば把握してしまえる。
兵馬人形達は、それでも船体への攻撃の手を止めない。統率された集団で打ち掛かる事で敵を打倒するという、基本的な行動に従っているからだ。
だから――船への攻撃そのものが、核である人狼に無尽蔵の力を供給しているなどと、種明かしされなければ人形はおろか、それを制御している高弟達にも分かるはずがない。それが悪循環を生んでいる。
では、近接戦闘は、どうか。甲板に乗り込んで直接敵を叩けばいいのではないか。しかし、こちらも苦戦している。
槍衾を作って突っ込んでいく歩兵は――水の帯を避けながらも甲板に踏み込んだ途端にあっさりと蜘蛛糸に絡め取られて進軍を阻まれ、動きが止まったところを鴨撃ちとばかりに、氷の城から放たれた圧倒的な弾幕が撃ち抜いていく。
イルムヒルトの矢。セラフィナの音響弾。リンドブルムが放つ水晶の槍。ラヴィーネの氷弾に……様々な魔法の数々――。
普段のテオドールの仲間達に加えて、七家の長老達も迎撃要員として船に乗り込んでいるのだ。ただでさえ凄まじい遠距離火力が、いっそう凄まじい事になっていた。
何とかそれを免れて甲板に乗り込んだキョウシもいたが――オボロの幻影が突っ込んできて身体を駆け巡って飛び出していくと、どうしても突っ込んできた敵であるそれを追ってしまって隙が生まれる。
そこにシオン、マルセスカ、シグリッタが突撃。甲板に登ろうとしたところを迎撃され、空中に吹っ飛ばされて糸に絡め取られる。
「キョウシに追撃を仕掛けます」
そんな静かな声と共に術が発動すると、空中で封陣に捕らわれたキョウシの身体が、感電したように跳ね回り、焼け焦げて更に遠方へ吹っ飛んでいく。
もう一体のキョウシも――相当強い個体であるはずなのだが……何やら煌めく光が纏わりついたかと思った瞬間、その身から得体の知れない宝石が抜き出されるような光景が展開され、ただの死体に戻って墜落していった。
封陣は退魔法。ユラとリン王女の手によるもので、宝石を抜き出して無力化したのは特殊能力を持つオルディアだ。アカネや鎌鼬達。イチエモンや雷獣、それにレギーナが護衛としてその身をしっかりと守っている。
「キョウシに対して、私は相性が良いようですね。迎撃部隊側のキョウシは……ヘルヴォルテ様やデュラハンが対応してくれるようですし、私はこのまま船に向かって来るキョウシの相手を続けます」
「了解しましたオルディア姉さん」
レギーナがオルディアに微笑む。
「今のキョウシで終わり。撃退しました!」
「こっちも……大丈夫」
「やったよ! カリンちゃん!」
マルセスカが声をかけると、カリンが頷いて振り返る。
「レンゲ。右舷前方。シオンちゃん達が敵を倒したからもう一回」
「うん。カリン。もう糸は張り直した。ユズ。そっちはもう糸作れそう?」
「大丈夫。マジックポーションを飲んだからもうばっちり」
と、小蜘蛛達は互いに声を掛け合いながら糸の状況を確認。次なる防御のために展開し直す。
「ふむ。だが三人とも少し休め。集中力が続かんと失敗を招くからな。その代わり、我がその間の糸による防御を担当しよう」
「はい、オリエ様……!」
「ありがとうございます……!」
「では少しだけ休憩させて下さい!」
「皆さん、こちらへ。体力も回復しますね」
と、微笑むアシュレイが小蜘蛛達に体力回復の魔法を用いていく。
「うむ」
その光景を見届け――笑うオリエが手を振るえば。球体が飛んで行ってあっという間に消耗した糸を張り直していく。
オリエを弓で撃とうとした兵士もいたが、あっさりとティールが分厚い氷の盾を展開して防いでいた。闘気まで帯びた氷の盾は、非常に堅牢だ。
しかもどこからなら遠距離攻撃が可能になるのか。穴をわざと残し、そこに防御要員を配置している。そうするようにと誘導された攻撃でしかない以上、有効打とはならない。
氷の防壁や仲間達に守られながら。小蜘蛛達とオリエが、甲板の縁に林立する氷の柱や水晶の柱を利用して糸の罠を張る。そこに突っ込んできた敵兵を弾幕や船の護衛担当が直接狩る形だ。
元々蜘蛛糸は拠点に突っ込んでくる相手を絡め取るためのもの。防御陣地との相性はすこぶる良好と言えた。
「ティールも、疲れたら言うのじゃぞ? 防壁を作れる仲間は沢山おるし、ポーションも潤沢じゃからのう」
御前が微笑みかけると背中にオボロ本体を乗せたコルリスが自分もついている、というように自身の胸に手を当てて応じる。隣で微笑むステファニア。ティールは嬉しそうに鳴き声を上げることで応えた。
「次――敵の攻撃に隙間が空いたら、後詰めを第7階級の広範囲魔法で吹き飛ばすつもりじゃ」
「分かりました。ジークムント様。味方と敵、双方の動きをアルフレッド様やコマチさんと共にティアーズで把握し……どちらの方向からその魔法を放つのが最適かお知らせします」
「うむ。頼むぞ」
テオドールの祖父、ジークムントが巨大なマジックサークルを展開しながら宣言すると、ヴァレンティナが水晶板を見ながら微笑んで頷く。
有言実行。そのほんの少し後に、シリウス号の甲板左舷後方から巨大な竜巻が生まれて、船に向かって突っ込んできた敵部隊を巻き上げて薙ぎ払っていった。
波状攻撃を仕掛けるための兵力の空白は――次なる大魔法を長老達が繰り出すための間を作る。
シャルロッテの父、エミールが「次は私が」と巨大なマジックサークルを展開して準備に入る。
――多数で以って船に仕掛けているというのに、成果が上がらない。攻めてきたのは空飛ぶ船で、迎え撃ったのが墓所の防衛戦力、であったはずだ。
だが防衛側がどちらなのか分からなくなるような、シリウス号の優位性があった。だが、防衛戦力自体は――再生可能なのだ。
今現在の戦況を分析するならば……墓所からの再生と補充よりも損耗の方が早く、攻撃の手が緩んでいるのは事実だが、敵がこの場に留まる限りは継続的に消耗を強いることはできる。いくらなんでも無限に戦えるということはあるまい。
しかしそれを差し引いてもあまりにも堅牢な船。そこからは大きくは離れない程の距離で、迎撃に出ている者達がいる。その者達を狙えば効果的に敵戦力を削れると、最初、高弟達は考えた。だが、そう簡単にはいかないと、すぐに考えを改めさせられる事になる。
迎撃に出た、その個々の者達がどれも常軌を逸した強さだったのだ。
虎の獣人――イグナードが腕を振るえば闘気が渦を巻いて、木っ端のように人形兵数体を纏めてバラバラにする。
「人形兵か。ふむ。腕前は今一つといったところか」
「魔力での強化はしているようですが、闘気は使えないようですからな」
爪撃一閃。人形兵達がまとめて斬り裂かれて落ちて行く。
2人の獣人は凄まじい近接戦闘の練度で、人形を紙のように引き裂いていく。しかも背中を預け合って隙がない。
凄まじいまでの雷光を纏いながら戦場を自由自在に駆け巡る騎士もいる。
テスディロスだ。こちらの活躍は――凄まじい。
魔人の不在であったこの国では、その脅威性も対処法もよく分かっていない。それを良い事にテスディロスだけでなくウィンベルグも一緒になって、縦横無尽に飛び回りながら好き勝手に瘴気弾をぶっ放し、群がる人形兵や、キョウシをあっさりと吹き飛ばして、穴を穿って引っ掻き回す。機動力で勝るが故に飛び道具持ちを優先しているのも間違いない。
「はっはっ! こうして自由に暴れられるというのは、久しぶりで新鮮な気がするな!」
「全くですな! 警戒されていない上に能力の使用に制限をかけなくていいとは。有り難い限りです!」
笑いながら迅雷のごとく暴れ回るテスディロスに、高速飛行で追随して瘴気弾をばらまくウィンベルグが答える。
防衛戦力のキョウシ達もまともに機能しない。
確かに、元になった素材は元々そこまでではない。腕の立つ武術家や道士の死体等といったものは、そう簡単には手に入らない。
素材のいいキョウシや研究の集大成は、最もキョウシの扱いに長けたリクホウに預けられていて……墓所に配置したのは研究途中の実験体の再利用でしかない。
兵士人形より気軽に使える手駒、でしかなかったのは事実。それでも色々と手を加えられているから通常の者よりかなり強力な、はずなのだ。
だが、力を発揮しきれない。
術によって制御を受けるアンデッドの一種であるが故に――デュラハンとヘルヴォルテや、音響砲等に対して、すこぶる相性が悪いのだ。もち米であるとか呪符であるとか、対策を持ちこまれているというのもある。
結果、力を十全に発揮できずにキョウシは撃退されてしまう。こちらは損耗すればこの場で補充するというのは無理だ。敵を殺して死体を再利用するという手はあるが。
「これほどの戦力が……一体どこに隠れていたというのだ?」
高弟の一人――コウソントウが戦況を見て眉を顰める。
彼が対峙しているのは、銀色の蜥蜴――ヴィンクルだった。少し戦っただけで、異常な戦闘能力を秘めているのが分かった。
しかし……コウソントウをしても信じられない事に、恐らくそれは幼体なのだ。
成体がどれほどの脅威になるのかは想像したくもない。現時点で正真正銘の化け物であることに間違いはない。
それが――明らかな敵意を自分達に向けている。単に敵であるというだけではない。だが、その謂れがコウソントウには分からない。
「怒るのは仕方がない。ヴィンクルはコルティエーラでもあった。ジンオウへの罠もそう。だから、私は今回――邪魔が入らないように手伝う役」
真珠の輝きを宿す双剣を縦横に振るい、すれ違い様に人形兵を切って落とす猫の獣人がそんなことを言った。
その動きはコウソントウからしても目を見張るほどに流麗なもので。しかもどういう魔道具か知らないが、姿を消したり表したりできるようだ。
誰も彼も……信じられない程の精鋭。
だからと言ってショウエンが戦っている以上、自分達も退くことはない。それに、これほどの戦力。墓所以外の場所で迎え撃つのは難しいだろう。
要は――多勢に無勢という状況を作らなければいい。
自分達が敵戦力を削り、人形達が数を補い、敵全体の消耗を誘う。敵が人形を無視して無理に突破しようとするのなら、捨て身で動きを止めさせて仙術を叩き込むといったやりようもある。
敵戦力は想定以上ではあるが、戦い方の方向としては間違えていない。後は自分達が損害を与えて敵が一時撤退などの選択をすれば――封印を解く作業の続きに戻り、始源の宝貝を活用すれば戦況は自分達に大きく傾くだろう。
コウソントウは状況を整理すると、目の前で膨大な闘気を全身から迸らせているヴィンクルに意識を集中する。
まずはこの目の前の蜥蜴――ヴィンクルだったか――を撃退する。勝機は……ある。確かに力は有り余っているようだが、見たところ幼体で……理由はよく分からないが、激怒している。ならば付け込む隙はある。そう判断した。
ヴィンクルが真っ直ぐに突っ込んでくる。凄まじい速度で飛翔してきて闘気を纏った爪を振るう。それを、仙気を纏った三尖刀で迎撃する。
小柄な相手とは思えないほどの重い衝撃があった。
コウソントウの三尖刀も仙術によって強化されたもので……仙気を纏わせれば、大抵の妖魔の爪牙などあっさり両断する程の業物ではあるのだが、ヴィンクルの爪には傷一つつかない。というよりも、恐らく仙気を纏わせなければまともに打ち合う事さえできまい。
振るわれる爪を三尖刀で受け、逸らす。一瞬生まれた隙に――柄の部分に仙気を込めて叩きつけるが、腕で受けられる。分厚い鎧を叩いたような感触。鱗もまた堅牢無比。
それでも後ろに弾いたかと思った瞬間、翼をはためかせて反転。即座に突っ込んでくる。
ヴィンクルの小柄な体躯が独楽のように回って、そこから爪撃が繰り出される。避けた瞬間、直上から銀色の尾が振ってきた。
これを避けては反撃に結びつかない。呪符を展開して斜めに逸らすように防御をするが、コウソントウの背筋に怖気めいたものが走る。
咄嗟に身を躱した瞬間、呪符の防御を物ともせずに引き裂いてきた。闘気も魔力も込めていない、ただの尾の一撃が、だ。純粋な身体能力で呪符の防壁を突き破るという、馬鹿げた事実。
脅威以外の何物でもない。単なる力任せの攻撃ですら、必殺の破壊力を秘める。修行を経て武芸を、仙術を修め、仙気を纏うに至った自分を、平然と身体能力と闘気だけで押してくる怪物。
ならばと仙術を至近から叩き込む。呪符を撒いてそこから術式を起動させる。爆発。
しかし平然と爆風を突き抜けて迫ってくる。単なる堅牢さだけには留まらない、その身を覆う鱗。速度と小回りの利く要塞を相手にしているような気分だった。
ならば、どこで優位性を確保するか。宝貝を使うしかない。まだまだ敵の控えている段階で見せてしまうのは癪ではあるが、温存して勝てる相手ではない。
コウソントウは懐から首飾りのように八角形をした鏡を取り出すと、躊躇う事なくそれを起動させる。コウソントウの背後に付き従うように鏡が浮かぶ。
ほとんど同時にヴィンクルの口からまばゆい光が迸った。
真っ直ぐに伸びる輝きの吐息が――コウソントウの目の前に展開した鏡に反射される。懐に収まる程の大きさだった鏡が、その身体を隠すほどに大きさを変えていた。
ヴィンクルは――その現象に目を見開くと、跳ね返ってくる光の吐息を避け切る。凄まじい反応速度と言えるが、遠距離攻撃は無意味だと判断させるには十分だったらしい。忌々しげに唸り声を上げて突っ込んでくる。そして、近距離戦はコウソントウの望むところだ。
翼をはためかせ切り込まれる爪撃。それをコウソントウは体術で避けながら、本物のヴィンクルではなく、鏡に映ったヴィンクルに三尖刀を叩き込む。あらぬ方向から不可視の衝撃を受けてヴィンクルの身体が横に弾き飛ばされた。
使用者の鏡像への攻撃は実体を伴い、敵対者の攻撃は鏡がそのままに反射する。
そういう理不尽な性質を宿した攻防一体の鏡の宝貝だ。
幻戯応報鏡。使いこなすには独特の戦い方への慣れが必要だが、凶悪な力を宿している。
何せ相手の姿を、形の変幻する鏡で映してさえいれば、こちらの攻撃は鏡の射程距離内であれば間合いを無視して届くのだから。
鏡を避けての攻撃や射程距離外からの戦法、或いは妖魔にありがちな固有の特殊能力に注意を払っていれば優位は揺らぐまい。
だが――先程の鏡越しの一撃でさえ、さしたるダメージになっていないようだ。頭に血の昇っているらしいヴィンクルは、お構いなしに突っ込んでくる。
構わない。突っ込んでくるしか能のない獣なら、いくら動きが速かろうが硬かろうが、嬲り殺すだけの話だ。
いくら強力であっても、やはり幼体は幼体。戦闘経験が足りていない。コウソントウは嘲るように笑う。
コウソントウの持つ三尖刀は、相手や相手の持つ得物に刃が触れる度に、体力を僅かずつ吸い取っていくという代物だ。
鏡越しの攻撃ではその能力は意味を成さないが、ならば鏡を盾にしながら攻撃を受け、三尖刀を掠らせるだけでもいい。いずれは精根も尽きて、昏倒するだろう。その後に目でも口でも、鱗の覆っていない箇所に刺突を見舞えば終わりだ。
鏡がヴィンクルの攻撃を弾く。あつらえたように鏡面の中央に穴が開いて、そこから三尖刀が飛び出してヴィンクルの肩を掠める。翼を狙ったものだが、それは回避されている。
そして、コウソントウが得物を引き戻した時には鏡の穴も埋まっていた。
二度三度と、同じような光景が繰り返される。ヴィンクルは苛立ったように鏡にも攻撃を繰り出すが、その爪が衝撃を受けて弾かれるだけで何の意味もない。
「そこ!」
離れ際。鏡がコウソントウの背後に回り込む。背後に映し出されたヴィンクルの鏡像に三尖刀を突き込めば、不可視の衝撃がそこに届く。
それでも見えない一撃を目のような急所に食らわないようにするぐらいの知恵――或いは本能的なものか――ぐらいはあるらしい。翼を縮め、目を爪で防御していた。それを嘲笑うようにコウソントウの一撃はヴィンクルの腹部を捉える。
やはり獣だ、とコウソントウは心の内でほくそ笑む。
相手を鏡に映さなければいけないので、不可視とは言ってもどこを攻撃するかは相手にも見えてしまう。だから、相手が鏡をしっかりと視野に入れてさえいれば、鏡越しの攻撃をしっかり防御するというのは不可能というわけではないのだ。
攻防が通じない。悔しげな声を漏らすヴィンクルが踵を返して逃げようとした。無駄だ。まだ射程圏内。鏡に映して叩き伏せるだけの話。
その次の瞬間だ。遠くにいたはずのヴィンクルが、何故かコウソントウの隣にいた。
「――何ッ!」
にやりと笑うヴィンクル。明らかに高い知性と理性を感じさせるその瞳。走る悪寒。
咄嗟に仙気を纏って防御を行いながら、至近から仙術を炸裂させる。閃光。爆風と衝撃。旋回してきた尾が鞭のように、コウソントウの脇腹を捉えていた。今度は闘気が込められていて、絶息するような重い衝撃がコウソントウの身体を突き抜けていく。
「ぐっ!?」
大きく後ろに跳ね飛ばされる。鏡は――ついてこない。背面から縁に爪をかけたヴィンクルの手によって動きを抑え込まれていた。
「馬鹿な!」
コウソントウが戦慄を覚えて叫ぶ。
鏡のサイズを縮小させてヴィンクルの手から逃れさせようとするが、不可思議な紋様を宿す光の盾が幾重にも重なって、鏡の動きを完全に封じている。
それの意味するところは一つ。あれだけの身体能力を持ちながら仙術とはまた違う技術体系の――未知の術を操るということ。先程の瞬間移動もそれによるものだと考えれば納得がいく。
その、コウソントウの推測は正しい。偽装。そう。偽装だ。怒りの何割かは本当なのだろうが、周囲が見えなくなるほどの憤怒だったというわけではない。
手玉に取れているように見えたのも、どこまでが本当でどこからが敢えてなのか分からない。こちらの手の内を見極めるためなのか。防御能力に自信があるからこその戦法なのだろう。事実、先程の仙術も大した痛手になっていないらしい。恐ろしい程の強固な肉体。
ヴィンクルが本領を発揮し出したからか、施されていた隠蔽魔術が解除されて、濃密な魔力が周囲に広がる。
有り得ない。あってはならない化け物。まだ幼体だというのに戦闘の駆け引きに優れ、高度な術まで使いこなす。そんなものがこんな場所にいて良いはずがない。
先程まで光の盾で動きを封じていた鏡も、今は何やら巨大な岩に完全に封じられていた。ソリッドハンマーだ。手元から離す気はないようでソリッドハンマーを携えたままでヴィンクルが飛んでくる。
「うっ、おお!」
銀色の弾丸のような速度。仙気を込めた三尖刀を合わせたはずが空を切る。幻術の類まで使う。そう理解した時には一瞬遅れて幻影と全く同じ軌道を時間差で突っ込んできた。ヴィンクルの強烈な体当たりを鳩尾に食らっていった。
天地がぐるぐると回って、呼吸が乱れる。横合いから岩が振り回されて叩きつけられたかと思った次の瞬間に、直上から幾重にも雷撃が降り注ぐ。飛びそうになる意識の中で必死に呪符で受ける。その、降り注ぐ雷すら自分には何の問題もないとばかりに、術を維持したままで突っ込んでくるヴィンクル。すれ違い様に足に尾が巻き付いたかと思うと、身体ごと掻っ攫われた。
「うっおおおおおおお!?」
凄まじい速度で迫ってくる地面。防御をしようと思った瞬間に尾で逆方向に振り回されていた。背中から強かに地面に打ち付けられそのまま、周囲の兵馬の人形達に叩きつけるようにまたもや振り回される。
迫る人形の群れ。人形の持つ得物が自分を傷つけないように腕を上げさせ、自身は腕を交差させてのかろうじての防御。
三尖刀はもうどこかに手放してしまっている。衝撃衝撃。術を使う余裕もない。人形達ではヴィンクルに攻撃させても何の痛痒ももたらさない。
砕けて吹き飛んでいく人形。裂傷、擦過傷。打撲に骨折。絶え間なく襲ってくる鈍痛と激痛。
何がどうなっているのか分からないまま、コウソントウが意識を手放したところでようやくヴィンクルは尾を離してその身を放り投げた。
すっきりした、というようにヴィンクルは一声を上げると翼をはためかせて、銀色の彗星のように、高空へと飛びあがっていった。