番外276 邪仙の宴
……都よりも更に北方――かつて様々な宝貝の原型となるものを作り上げた、王の墓所、と言われる場所を目指し、シリウス号は飛翔する。
草木も生えない荒涼たる平野の中心部に墓所があるとか。不毛な土地故に人が寄り付くことは滅多にない場所であったらしい。
だが、荒野ということで見晴らしは良いので、敵が迫れば気付くのも防衛戦力を展開しておくのも容易ではあるだろう。
だとするならシリウス号の纏う光魔法、風魔法のフィールド。そしてハルバロニスの隠蔽魔術……。これらを駆使してどこまで墓所に迫る事ができるのか。
墓所から発掘された防衛用の人形というのも気になるが……ショウエンと高弟達がどこまでの力を持つのかで状況は変わって来るだろう。
例えばサイロウや頭目に毛が生えた程度の実力ならば……シリウス号で強襲を仕掛けて、優位を取ったところで多人数による強襲を仕掛け、力尽くで終わらせる、という手段も可能だとは思う。
だが……ショウエンが人外の何かで、高位魔人クラスだと仮定すると、シリウス号を前面に出すのは危険が予想される。
「となると――姿を消したままで接近して、様子見をするのが初手としてはいいんじゃないかと思う。墓所を狙ってきた相手を前に、放棄して逃げるなんて選択は、連中にはないだろうから、船を探知した時点で不利にならないよう防衛戦力を動かすだろうから」
そういった考えを説明しながら作戦に修正を加え、初手についての話をする。
「気付かないなら、その程度の相手、というわけか」
御前が腕組みをしながら眉根を寄せる。
「そういう事になりますね。何かしらの特殊な探知能力を持っているかどうかという探りを入れることにも繋がりますし、戦いを有利に運ぶ事にも繋がる安全策であるとも言えますが……」
隠蔽したシリウス号は視覚、聴覚、嗅覚、生命反応探知といった魔法や特殊な魔力感知への対策を施している。
道士であってもネタを知らず、備えも無しに感知ができる……とは思えないが、ショウエンについては未知数だ。戦乱を長引かせる事が、奴の考える理念とやらにどう繋がるのか、未だ腑に落ちない部分もある。石橋を叩きすぎるという事はあるまい。
やがて――荒野の遥か彼方に、それが見えてくる。水晶板モニターを通して拡大できるだけ拡大する。
「何という事……。ここまで全体を掘り返したというのか」
ゲンライは飛び込んでくる光景に、眉根を寄せてかぶりを振る。
特殊な墓所とはいえ……要は人の世から一旦は忘れ去られて久しい遺跡だ。
きっちりと丁寧に遺跡を掘り返したのだろう。見た目はさながら、遺跡の発掘現場という印象である。数多の兵器を作り出したという古い時代の王。これを盛大に弔ったらしく、かなり広い土地が墓所に相当する土地のようである。
遺跡の壁……柱。そして一段低くなった場所に整然と並ぶのは、兵士の姿をした人形達――。あれが報告書にあった墓所を守る防衛戦力、だろうか?
俺としては――前世の記憶があるおかげで、ああいった兵士達の人形を見ると、兵馬俑を思い出してしまう光景ではあるのだが。
それらの兵士人形の他に、遺跡には等間隔でキョウシが配置されているのが見える。数は人形に比べれば然程でもないが……多分近付く者を排除するようにショウエン達から命令を受けているのだろう。連中にとっては使い勝手の良い戦力というわけだ。
「元は……ほとんど埋まっていたようですね」
「柱の一部が僅かに飛び出していた程度じゃな。中心部となる霊廟には封印が施され、土に埋められていると伝えられておるが……封印されておる箇所以外は、発掘されて見える状態にされておるかも知れん」
「こいつをまた隠蔽するというのも些か骨の折れる話だな」
レイメイが肩を竦めてそんな風に言った。
速度を緩め、慎重に接近していく。
「このままの速度で接近。少し甲板に出て、魔力反応を見てくる」
片眼鏡でないと掴めない情報もある。アルファに操船を任せて甲板に出て、周囲を直接見ることで情報を収集する。みんなも……何か気付けることがあるかもと、一緒についてくる。
甲板に出るなり、顔を顰める羽目になった。
「これは……相当だな」
活性化した陰の気を持つ邪精達。ゆっくりと……大きな渦を巻くように遺跡の中心部に向かって流れて行く陰の魔力。
「何と言うか……嫌な気配ね」
「ほんと……」
クラウディアが眉根を寄せ、セラフィナが不安そうな声を漏らす。
この有様だ。片眼鏡で観測しなくとも、勘がいい者やある程度魔法、仙術に親しんだ者ならば、不穏な空気を感じ取れるはずだ。
「まだ魔力を集めている途中ということは……封印を打ち破るための術が完成してないってことでもあるかな」
眼下の遥か彼方に見えるのは、遺跡と人形の群れ。薄らと魔力反応を宿してぼんやりと光っているように見えるのは、あの人形達がまだ壊れていない事の証明だろう。反応が弱いのは、起動していないという証拠でもあるが……。
人形もキョウシも――反応を見せない。まだ、気付かれてはいない。
遺跡の中心――そこを光魔法で拡大して見てみれば……黒紫色の雷を纏う水晶の柱と、それを囲むように立つ、複数の人影が見えた。
全部で5名。ショウエンと高弟3人。そしてジンオウ、ということになるだろう。柱に向かって手を翳している者達が3人。少し離れたところに立ち、薄笑みを浮かべる初老の人物。そしてその後ろに控えるように立つ、若い男。
「あの離れたところに立っている白髪の男がショウエンだ」
初老の男を指して、カイ王子が険しい顔で言う。あれが……ショウエンか。
「見るのは久しぶりになるが……別格じゃな、あれは。ジンオウも……やはり奴の近くにおったか」
連中を目にしたゲンライが眉根を寄せる。
ショウエンの、ただ立っているだけのその姿は――隙の感じられない佇まいで。イグナード王や、ゲンライ、レイメイに匹敵するような体術を身に付けていることが窺える。修行を積んだ邪仙だから、と言うべきなのか、いや、あれは――あの魔力反応、は?
「あれは……直接戦闘になるなら僕が相手をします」
俺の言葉に、ゲンライもカイ王子も、そしてレイメイも眉根を寄せる。
「それは……しかし……」
「何だかすごく、嫌な気配。とても強くて、怖くて……精霊――みたいな。人間じゃ、ないみたい」
ゲンライが言いかけたところでそう言ったのは、セラフィナだった。みんなの驚きの視線が集まる。
セラフィナの言葉に頷いて、俺も口を開く。
「そう……。あれは……武芸や仙術を身に付けた人外であると断言します。同系統の術や、妖怪という性質を持っている場合――人ではないあれには、相性として届かない恐れがあります」
「テオドール殿は……あれを何だと見る?」
カイ王子が慄然とした表情で尋ねて来る。
「……陰の魔力を宿した、かなりの高位精霊。西方なら悪魔、と呼称されていたかも知れません。邪仙として精霊に昇華したのか、それとも元々精霊だった存在が、仙人のふりをしているのかまでは分かりませんが」
何のためにという疑問はまだ晴れていないが、悪魔だとするなら面白半分と言われても不思議ではない。
はっきりしているのは……武芸は相当なもので、仙術を使わせれば出力の面で人間の上を行くだろうということだ。
仙気を宿していたというのも、仙人の目指すところが精霊であるというのなら、そういう気配を宿していても不思議はない。
だとするなら……相性的に戦えるのが、俺しかいない。ああいう存在とて循環錬気との相性は悪くないはずだし、精霊や悪魔とは何度か渡り合った経験もある。
「だとすると、奴に目暗ましは?」
「効かない、でしょうね。シリウス号の周囲に隠蔽魔術が展開しているわけですが、内側に精霊が入り込むことまで排除しているわけではありません。その場合……奴の感知能力からすると、この濃密な精霊達の中にあって唐突な空白地帯が生まれているように見えるはずです。この距離ならまだしも、このまま近付けば……高い確率でその不自然さを看破されるでしょう」
オリエの問いかけに答える。
隠蔽魔術を切れば魔力を探知され、切らなければ違和感を持たれる。高位精霊達の加護を受けた俺もまた、隠蔽魔術を展開しているから察知されないに過ぎない。
或いはショウエンが一人でいるのなら、偽装として精霊の姿を可視化してやることで空白地帯を埋め、探知の目を誤魔化す事もできるかも知れない。
しかしその場合、同行している高弟達が人間であるから、小さな精霊の集団が顕現して近付いてくるように見えてしまうはずだ。ショウエンと弟子達。どちらの目も同時に誤魔化す手段というのは、無い。
「作戦は?」
「こっちが戦いやすいように戦力を展開した状態で戦闘を仕掛ける、しかないかな」
シーラの問いかけに答える。
いきなり大魔法を叩き込むのは確実性に欠けるし、距離があれば威力も減衰して防がれてしまう可能性がある。
だからこそ、こちらに有利な状況を最初に構築して、そこから戦闘を開始する、というのが今の状況で取れる有効な策だろう。
「……分かりました。どうかお気をつけて」
「うん。グレイスも、みんなもね」
戦闘を開始する前に、みんなと順番に抱擁し合う。温かな体温と、仄かに香る優しい匂い。柔らかな感触――。
「――よし。気合が入った」
俺もみんなも、魔力の調子はすこぶる好調。戦意も上々だ。さあ。戦いを終わらせてこよう。
「アルファ、遺跡の……あの柱が見えるか?」
俺の指示にアルファが頷く。
「船の周りに戦力を展開しながら、あの位置につける。用意ができたら連中に弾幕を叩き込んでから姿を現す。但し、俺が指示したら即座にみんな連中への遠距離攻撃に移る事」
人形への攻撃は一先ず避ける。奴らが制御を掌握しているかはまだ確定的ではなく、戦力として空を飛べるかどうかも未知数だからだ。
初手で遠距離から弾幕を張り、それでダメージを与える事ができれば上々。攻撃を防がれても儀式の手を止めることはできるし、シリウス号を空中拠点として遠距離攻撃を仕掛けてきた俺達への迎撃に移るはずだ。
水晶柱の破壊はどうなるか不明瞭なので、ショウエンと高弟に狙いをつけるようにみんなに指示を出す。
シリウス号が……指示した場所へ近付いていく。奴が違和感に気付いて。そして行動に移るまでの、そのタイムラグをついて先制攻撃を叩き込む――!
間合いを、詰める。まだ……まだだ。ぎりぎりを見極める。
そうして、こちらの予定していた位置に到達しようかというその時だった。
ショウエンがふと顔を上げ、視線をこちらに向けた。まだ不思議なものを目にしたというような。その表情が変わるよりも前に――。
「今ッ!」
合図と共に、ショウエンと高弟ら3人に狙いをつけた呪符、魔法弾、光の矢の入り混じった弾幕がフィールドの内側から突き破るようにして連中に殺到した。
「敵襲だ! 構えろ!」
「これはッ!?」
即座に響くショウエンの声と、高弟達の驚愕の声。着弾と爆裂が巻き起こるが――爆風の向こうに、最後列にいたはずのショウエンが最前列にまで出て、手を突き出し、光輝く防壁を展開していた。
高弟達を守ったのか、それとも水晶柱を守ったのか。
ショウエンが、姿を現した俺達を見回し――俺と視線の合ったところで牙を見せて笑う。敵を見つけた、という印象の笑みだった。
「これは……驚いたな。殺したはずのシュンカイ王子に、いつぞやの仙人か。そして……強力な精霊達の加護を受けた少年とはな……。面白い……が、あの少年には、この姿のままでは勝てん、か?」
正体不明の敵を目の前にして、ショウエンには焦った様子もない。
出し惜しみはしないということなのか。めきめきと音を立て、人であった姿が、化け物のそれへと変貌。同時に仙気とも魔力ともつかない力が充実して膨れ上がっていく。
大きさは然程変わらない。一回りほど体格は増したが人間並みの範疇だ。
翼を持った目の無い狼のような。全身を長い毛で覆われた……人型の、不可思議な獣。
「四、凶……渾沌……?」
その姿を目にしたゲンライから戸惑うような声。ショウエンであったものがゲンライにその顔を向ける。
「博識だな。それは正しい。だが、違う、とも言えるな。我は人々の紡ぐ物語により形を得た。この国に住まう、全ての人間のために生まれた災厄である」
四凶――。この国では伝説上の妖魔、だったか。
景久の知識で語るならば、その元を辿るなら、滅ぼされた国の悪王が死後に神格を得て変じた姿、となる。
精霊であるとするならば……。そうした物語という皆の意識の影響を受け、悪しき精霊がその姿、性質を固定化したもの、ということになるのか。
だからこそ、他の精霊達がそうであるように、自身の持つ性質に従って行動する。
物語のように悪人を好み、世に混乱と破壊をまき散らし、戯れに気に入った者達に恩寵を与えたりする、と?
高弟達3人はショウエンの正体を知っていたのか。それとも仙人を目指すものにとって正体が精霊である事は問題にさえならないのか。付き従うように高度を上げてくる。
弟子達は――化け物に変貌する様子はないようだな。一方、仙人として至ったのではなく、最初から精霊だと聞かされたジンオウは、一瞬驚愕の表情を見せた。それでも……事ここに至っては後戻りもできないということなのか。険しい顔になると高度を上げて浮かんできて、俺達に向かって得物を構えて見せた。
迷いがあるようでもある。だが、ジンオウに関してはゲンライに任せた。ならば俺が注意を払うべきは――。
「お前は……何だ? 精霊が、何のために人の世に干渉して、戦乱を望む? 封印を解くためだけじゃないだろう?」
皆の先頭に浮かんで、ウロボロスを構え、魔力を練り上げながら問いかける。奴は――俺を見てくる。その顔に目はないが、意識を向けてきているのが分かる。
「精霊であるが故に、より強き輝きを求めるのだ。我は我のやり方で、恩寵と試練を与えているに過ぎぬ。人を好いているのだよ、これ以上ない程にな」
……何の、冗談だ。
恩寵? 試練? 闘争や苦難が人の世を進歩させる、と? ティエーラが命を育むように、人に苦難を与えて……鍛えているとでも?
確かにある面では……戦争や苦難が人の創意工夫を必要とし、結果として進歩を招くというのは事実かも知れない。だが悪意を以って人への好意を嘯くこいつは……ああ。そうだ。はっきり言って、気に入らない。受け入れがたい。その感情を、そのままに叩きつける。
「お前は――気に入らない。ティエーラやコルティエーラの願いや思いを、侮辱してる。災厄の顕現だというのなら、そんなものは叩き潰して前に進むまでだ」
「クク、その強大な気配……。あながち世迷言とも聞こえんな。では人と災厄の宿命として、互いを滅ぼし合うとしよう――」