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青春スクエア ~柳葉李哉の片思い~ 小学生編7

「李哉君の骨折の場合、複雑解放骨折だから普通の骨折とは違うんだ。骨が完全に砕けてて神経、アキレス腱も切れてる。次のプレートを入れる手術の時に神経とアキレス腱を繋ぐ手術もするんだ。だけど成功率は低い。かなり難しい手術なんだ。失敗する可能性の方が高い。この手術が失敗した場合は、左膝から下は切断。一生寝たきりか車椅子の生活になるだろう。そうなったら、自分の足で立つ事は出来ない。でも、擬足という手もある。かなり危険な手術だけど――李哉君。手術を受けるかい?」

一瞬、藤森先生が何を言ったのか理解出来なかった。

手術に失敗したら、左膝から下は切断?

そう聞こえた。

それが聞き間違いであって欲しいと思いながら李哉は梅の顔を見る。

梅も李哉と同じように驚いた表情をしており、言葉が出て来ない様子だった。

翼の方を見てみるが、翼は先程からずっと目を合わせようとはしてくれない。

そして、藤森先生の顔を見る。

藤森先生の真剣な顔を見て――

今言われた事は本当なのだと思い知る。

――失敗したら、立つ事は出来ない。

出来るとしても、擬足。

自分の足で立って歩いて、走る事なんて出来ない。

翼と一緒に、遊び回る事なんて――出来ない。

まさか、目覚めて一番最初に絶望した事をもう一度味わうなんて思いもしなかった。

どうか、嘘であって欲しい。

それか、夢であって欲しい。

だが。

どんなに願っても、これは嘘ではない。

嘘でなければ、夢でもない。

紛れも無く目の前に広がっているのは現実の光景だ。

何故――

現実というものはこんなにも厳しいのだろうか。

どうして――

自分の願う事はこんなにも難しい事のように感じられるのだろうか。

「考える時間をあげるから、一週間でこの手術を受けるか受けないか、答えを出して」

それだけ言うと、藤森先生は梅に頭を下げて病室から出て行く。

梅は驚きながらも、今言われた事が本当かどうかを確かめるために藤森先生を追いかけて病室から出て行った。

そうなると、病室には李哉と翼の二人だけになる。

翼はずっと、俯いていて目を合わそうとしない。

その様子を見て、李哉はすぐに気付いた。

「――知って、たんだ」

「……ごめん。嬉しそうな李哉――の顔を見たら、手術の成功率が低いなんて……とてもじゃないけど言えなかった」

翼は顔を上げる事は無く、俯いたままそう言った。

別をそれを李哉は責めようとは思ってはいなかった。

ただ、藤森先生の言葉にショックを受けていただけだった。

あまりのショックで言葉が見つからず、頭の中が真っ白になっていた。

「本当にごめん。でも俺、ちゃんとした医者じゃないからハッキリとは言えなかったんだ。本当に……ごめん」

いつもならここで「翼は悪くないから、謝らなくていいよ」と言えるのだが――

今の李哉にはそんな余裕はなかった。

頭の中には〝失敗〟という言葉が渦巻いている。

今まで努力していた事は、全て無駄な事だったのだろうか。

何回も吐いては食べてと繰り返していたのは全て。

無駄な努力だったのだろうか。

暴れそうになった時にダンベルを使って上半身を鍛えた事は――

全て無駄な行動だったのだろうか。

どんなに頑張っても結果は変わる事は無いのに。

努力さえすれば変わるかもしれないと、その考えは間違っていたのだろうか。

そう思うと、目尻が熱くなってくる。

「――ごめん、翼。今日はもう…帰ってくれないかな…?」

翼だけには涙を見られたくない。

翼は一番、涙を見せたくない人だ。

李哉がそう言うと、翼は何も言わずに立ち上がり。

病室から出て行ってしまった。

病室の扉が閉まると同時に、シーツに涙の雫が落ちて染みを作る。

自分が今までして来た事は、全て無駄な事だった。

ただ、足掻いていただけ。

足掻いた所で、何も変わらないと言うのに――

涙がシーツに一つ二つ、と落ちていく。

翼と一緒に遊び回る事は、不可能なのか。

シーツが、涙で濡れていく。

その時、左足に激痛を感じる。

痛みと苦しみと、悲しみと惨めさが一度に押し寄せてくる。

李哉はダンベルに手を伸ばして。

投げ飛ばそうかと考えた。

しかし、そんな事をして何の得がある?

ダンベルを何処かに投げ付ければ、手術は成功するのか?

そんな事は無い。

何をしても、変わる事などない。

李哉は、ただ泣く事しか出来なかった。

左足の激痛に耐えながら、声を殺して泣き続けた――

 翌日。

目を覚ましても李哉は手術の事ばかりを考えていた。

正直、昨晩は手術の事ばかり考えて眠れなかった。

過度な期待をしていてから、実際違っていたらこんなにもショックを受ける。

どうしても目覚めた時のように、ネガティブな思考回路になってしまう。

こんな時、どうすればいいのか李哉にはわからない。

何を考えても結局は手術の事ばかりを考えてしまって――

手術を受けるか受けないか、必死に答えを出そうとしていた。

失敗する可能性の方が高く、失敗すれば左膝から下は切断し。

一生寝たきりか車椅子の生活。

しかし、手術が成功したら足は治る。

だが――

失敗する可能性の方が高い。

手術は受けたい。

受けて、足を治したい。

そう思うのだが、手術が失敗したらと思うと受けたくないと思ってしまう。

李哉が一人で自問自答していると。

病室の扉がノックされてナースが朝食を持って来てくれた。

そのナースは以前、大晦日の時に藤森先生に紙袋を持って来たナースで。

とても笑顔の似合う女性だったので覚えていた。

「おはよう、李哉君――どうしたの? 今日は元気がないね」

ナースは李哉の様子に気付いたようで、心配そうに食台の上にトレイを置く。

李哉は一瞬相談しようかと思っていたが。

どうやって口にしていいかわからず、黙っていた。

その姿を見ながらナースは食台をベットの上にスライドしてくれて。

「何か、あったの? 良かったら、相談に乗ってあげるよ?」

ナースは明るくそう言って、ベットの下にあるジャッジを回し高さを調節して背当てをしてくれると。

優しい笑顔を李哉に向けてくれた。

「ん? ほら、言ってごらん。私ね、李哉君が元気じゃないと困るんだよ」

「え――?」

「だって李哉君はいつも元気で明るくて、何か小さな事があってもすぐに何でも報告してくれるじゃない。そんな李哉君に元気がないと、私まで調子が狂っちゃうよ」

ナースにそう言われて。

李哉は相談してみる事にし、口を開く。

「――昨日、足の手術について説明を受けたんです」

だけども、李哉の声には元気が出なかった。

それでもナースのおかげで少しは気が楽になった。

ナースはいつも翼が座る椅子に腰掛けて、李哉の話を聞いてくれる。

「その手術を受けたら、歩けるようになるんだよね?」

「それが――成功率が低くて…失敗する可能性の方が高いって言われたんです…。手術が失敗したら左膝から下は切断で…一生寝たきりか、車椅子の生活だって言われました…。もう、自分の足で立つ事は出来ないって…。立てるとしても、擬足だって……」

その話を聞いて、ナースもショックを受けているのがわかった。

このナースとはよく話をしていて。

毎日の成果とかを話していた。

今日はおもゆを全部食べる事が出来た。

今日はお粥が全部食べれた。

今日、字が上手く書けた。

そんな報告をよくしていた。

梅も翼も居ない時は、話し相手をよくしてくれたナースだ。

だからこそ、この話を聞いて李哉と同じようにショックを受けてくれているのだろう。

だが。

「不可能じゃないんでしょ?」

「え…?」

一瞬、ナースの言った言葉の意味がわからず。

少し顔を上げてナースの顔を見た。

ナースは少し真剣な顔で、再び口を開いた。

「その手術、100%不可能なわけじゃないでしょ?」

「でも、成功率が低いって――」

「それは成功率が、でしょ? 成功する可能性が全く無いって事じゃないんでしょう?」

「そう、ですけど――」

「だったら、希望は捨てたらダメだよ。可能性があるなら、例え小さくてもその可能性に賭けてみるのも一つの手じゃないかな?」

ナースにそう言われて、初めて気付く。

どうして、その事に気付けなかったのだろうか。

きっとその言葉は、藤森先生に次の手術を受ける前の自分でも言っていたはずだ。

気付けなかったのは、手術の事ばかりに気を取られていたから盲点になっていたのだろう。

そうだ。どんなに小さくても、その可能性を見失ってはいけない。

その小さな奇跡に賭けてみたらいいじゃないか。

どうして、その考えを忘れてしまっていたのだろうか。

「前の李哉君だって、そう言うんじゃないかな?」

「――そう、ですね…」

「でも、一応藤森先生か翼君に詳しく聞いてみた方がいいと思うよ。どんな先生達が手術をしてくれて、どれほどの腕があるのかって。それは知っておいた方がいいと思うから」

「そうですね」

「じゃあ、いつものように朝食を食べて! 食べ終わったら、車椅子を持って来てあげるからね。話を聞きに行ってみよう」

「あ、でも――」

李哉は反射的にカレンダーに視線を投げる。

今日は日曜日だ。

毎週日曜日、翼は子供達の遊び相手をする事になっている。

なので、翼からは話を聞けないだろう。

「ああ、そういえば今日は日曜日だったね。じゃあ、藤森先生に聞いてみましょう。多分待合ホールにいると思うから」

という事で。

その後李哉は朝食を食べ、食べ終わってからナースに車椅子に乗せてもらい、待合ホールへと向かった。

だが、待合ホールへ行ってもまだ十一時前だったので翼の姿は何処にもなかった。

翼がこの待合ホールに訪れるのはいつも昼頃からだった。

その事に李哉とナースは待合ホールに着いてから気付いた。

なので二人は藤森先生を探す事にした。

しかし、探してみても藤森先生の姿がなかったのでナースステーションを通った時にナースが聞いてみた。

「ねぇ、藤森先生知らない?」

「えぇっと、確か藤森先生なら有休使って実家の方へ帰るって言ってたけど」

「「えっ!?」」

「い、何時頃戻るって?」

「確か――二日か三日くらいには戻るって言ってたかしら?」

まるで頭を金槌か何かで殴られたかのような衝撃を李哉は感じた。

つまり、今日一日は聞きたくても何も聞けないという事だ。

だが、明日になれば翼に聞く事が出来るのでそこまでは落ち込まない。

「――どうする?」

「とりあえず、病院内を見て回りたいから…お願いしてもいいですか?」

「いいよ」

そんなわけで。

病院内をナースに案内してもらう事になったのだが――

ナースに車椅子を押してもらうのもいいのだが。

少しずつ、自分で車椅子を動かして自分で行きたい場所へ行きたいと思い始めた。

そして李哉は口を開く。

「あの、車椅子の動かし方――教えてくれませんか…?」

「え?」

ナースは少し驚いて李哉の顔を見てくる。

見つめられて一瞬、どう答えていいのか李哉は迷ったが。

自分の思いを素直に伝える事にした。

「その、ちょっと自分で車椅子を動かしてみたいと思って…。ダメ、ですか?」

「いや、いいけど。じゃあ、教えるね?」

そう言うとナースは優しく車椅子の動かし方を教えてくれた。

車椅子の運転は思っていた以上に難しいものだった。

車椅子を動かすのはコツが必要で、そのコツを中々掴めなかった。

それでも李哉は数十分で動かせるようになった。

なんとかそのコツを掴む事が出来たのだ。

李哉が車椅子で移動出来るようになるとナースは優しく言ってくれる。

「じゃあ、病室に戻る時にはナースステーションに声を掛けに来てね。車椅子からベットに移動させてあげるから」

「はい。わかりました」

李哉が明るくそう答えるとナースは笑って手を振って「いってらっしゃい」と言ってくれる。

その言葉に李哉は微笑んで返して。

自分で車椅子を動かして行く。

最初に向かったのは食堂だった。

クリスマスパーティーの時に一度だけ来た場所だ。

そこで翼と一緒にクリスマスパーティーの食事をした。

と言っても、李哉はその頃はまだ流動食だったので食べれなかったのだが。

この病院の食堂は広く、初めて来た時にはあまりの広さに驚いた。

今改めて食堂を見てみても、やはり広くて驚いている自分がいた。

だが、食堂にはあまり人が居なかった。

ちらほらと数えられるぐらいしか人が居ない。

流石に十一時ほどなのであまり人が居ないのも考えてみれば当然だ。

そんな食堂を少し見て、しばらくして食堂から出る。

行く宛も特になかったが、李哉は適当に病院内を移動する。

翼と一緒に病院を回った時には見なかったリハビリ室に行ってみたりする。

そこには歩行練習をしている人がおり、李哉はその人が歩く姿を見つめる。

それを見て、李哉はまた不安が過ぎる。

今回の手術が失敗すれば、一生自分の足で歩く事は出来ない。

一生寝たきりか、車椅子生活――

またネガティブな事を考え始めてしまうので、李哉はその場を離れた。

それから小児科病棟の方へ行ったりしたり。

そこで少し子供達の相手をしてあげたり。

李哉は病院内で少し、冒険をしていた。

子供達と少し遊んで次は何処へ行こうかと思いながら廊下を移動していると。

李哉の前を歩いていた女性がハンカチを落としたのが視界に入った。

「あ…」

李哉は咄嗟にそのハンカチを拾うとしてハンカチに手を伸ばしたが、車椅子では拾う事が出来なかった。

早く拾わないと、落とした女性が行ってしまう。

どうしようかと迷った結果、李哉は。

「あの、ハンカチを落としましたよ」

ハンカチを落とした女性に声を掛けた。

その女性が耳の聞こえない人でない事を祈って。

すると女性はすぐに振り返って李哉の方に視線を落としてくれた。

その事に内心ホッと胸を撫で下ろしながら李哉は言う。

「すみません。車椅子なのでハンカチは拾えないんですけど…」

「いいのよ。教えてくれてありがとう」

そう言って女性は優しく微笑む。

とても、笑顔の似合う女性だ。

李哉がそう思っていると、女性が李哉の乗っている車椅子を少し見つめて。

「君、歩けないの?」

「あ、はい…。複雑解放骨折をしてしまって」

「あら、私と同じ」

「え?」

「私もね、昔やっちゃったの」

女性は笑いながらそう言うのだが。

少し失礼だが、李哉は思わずその女性を上から下まで見つめてしまった。

とてもそうには見えない。

ロングスカートを穿いているからか、その傷跡は見えない。

それにちゃんと自分の足で歩けている。

「驚いてるね。まぁ、そんな事急に言われたら普通は驚くわよね」

そう言って女性は笑う。

それを聞いて李哉は少し思う。

先程この女性は、自分と同じだと言った。

同じ、複雑解放骨折だと。

それで今歩けていると言う事は――

この女性の手術は、成功したのだろう。

ならば、この人の話を聞いてみたい。

そう思っているといつの間にか李哉は口を開いていた。

「あの、少しお話を聞きたいんですけど…。複雑解放骨折をした時の話を…。いい、ですか?」

少し戸惑いながら李哉がそう聞いてみると。

女性は優しく微笑んで李哉を見つめてから言ってくれる。

「いいわよ。丁度これから何をしようかって考えてた所だから。君の方は、時間あるかしら?」

「はい。ありすぎて困ってるくらいです」

少し李哉が笑いながらそう言うと。

女性はクスリと笑い、少し屈んでハンカチを拾う。

そして李哉の背後に回って優しく言ってくれる。

「じゃあ待合ホールの方へ行きましょうか。車椅子、押すけどいい?」

「はい」

李哉が答えると女性は優しく車椅子を押してくれる。

少しして女性は車椅子を押しながら口を開いた。

「私が複雑解放骨折をやった時ね、実は自殺しようとして大型トラックに飛び込んだの」

「えっ!?」

女性の声はとても明るく、まるでちょっとした失敗談をするかのような声の明るさだった。

一瞬聞き間違いかと思って李哉は驚いて女性の方を見る。

だが女性は笑っていて。

今のは聞き間違いなのかどうかを聞こうかと迷っていると。

「やっぱり、驚くわよね」

女性は笑いながらそう言ったので聞き間違いではないとわかる。

しかし、この女性からはそんな過去があるとは思えない。

――いや、それは藤森先生も同じだと思える。

この人達は、自分の悲しみを表には出さないタイプだ。

それを考えると、翼の事を思い出す。

それは多分――翼も同じだ。

感情を殺して、いつも無表情でいる。

だけど、瞳はいつも悲しそうにしている。

(目は、口ほどに物を言う――かな)

確かにその言葉が一番翼に合う。

そう思っていると女性が口を開いた。

「話、続けるね。そのトラックに死のうと思って飛び込んだのに私ったらね。反射的にトラックをかわしちゃってたの。でも完全には逃げられなくて、トラックのタイヤのカバーにしがみ付いて150メートルくらい左足を引き摺ったの。交差点に差し掛かった時に手を離して、近くにいた人が救急車を呼んでくれたの」

やはり女性は明るい声でそんな重たい話を口にする。

そんな女性に李哉はどう反応していいのかわからなかった。

あくまで女性は明るく――まるで懐かしい青春時代の話をするかのように話してくれる。

するといつの間にか車椅子は待合ホールに着き、女性は長椅子の前に車椅子を止めてくれた。

これで女性が長椅子に座ると李哉と向き合うような形になる。

女性は長椅子に腰を下ろすと話を続けてくれる。

「私、昔は看護士をやってたから助けてくれた人に救急車が来るまでの間はね。私が指示を出して応急処置をしてもらってたの。それで昔私が勤めていた病院に運んでもらったの。そこから先はきっと、今君が体験してる事と同じよ」

そう言って、女性は綺麗な笑顔を李哉に向けてくれる。

そんな女性を見て、李哉は藤森先生か翼に聞きたかった事を聞いてみる事にした。

聞く相手が違うと思いながらも。

「手術って、成功するんですか? 成功率は低いって言われたけど…」

李哉が少し躊躇いながら聞いてみると――

少し女性の顔から表情が消えた。

そして目を少し閉じた。

李哉がやはり聞く相手を間違えたと思っていると。

突然女性がロングスカートを捲り始めた。

李哉は驚いて反射的に目を閉じようとした時――

李哉の視界の先には、何針も縫われた傷跡があった。

李哉と同じ場所で、左膝から足首にかけてある長い縫い傷。

女性はスカートを膝の辺りまで捲り、そのまま口を開く。

「先生に手術の成功率は低いって言われたわ。失敗したら一生寝たきりか車椅子の生活になるって。それでも、少しでも成功する可能性があるならと思って手術を受けたわ。そのおかげで今、この足は繋がってる。神経もアキレス腱も切れてて下半身不随みたいになってたけど、今は自分の足で立って歩けるようになったわ。走る事だって出来る。三十二針も縫ったけれど」

李哉は女性の足にある傷を見ながら、その話を聞いていた。

確かに、李哉も藤森先生に同じ事を言われた。

それで今、強いショックを受けている。

だが、李哉はまだ答えが出せない。

この手術を受けるべきなのか、そうでないのか。

しかし、足を治して翼と一緒に遊びたい。

そう思っていると女性が傷跡をスカートで隠して真剣に聞いてくる。

「君は――その手術を受けたの? まだ、受けてないの?」

「まだ、受けてないです。正直言うと、まだ少し迷っているんです。受けていいのか、受けないべきなのかどうなのか。でも、受けてみないとわからないとは思っているんです。受けたらお姉さんのように足が治る可能性もあるんだって、そう――思うから」

李哉が自分の思っている事を素直に伝えると。

真剣な顔をしていた女性が柔らかく笑ってくれた。

それからは色々な事を話してくれた。

入院していた時にあった事、色んな経験、楽しい話や、李哉が感じた事と同じ苦しみを。

李哉は女性の話を聞いて少しずつ強く決意していく。

まだ失敗と聞くだけで不安にはなるが――

それでも成功する可能性があるなら、それに賭けてみたい。

失敗した時の事は考えない。

成功した時の事だけ考える。

そう思いながら女性の話を聞いていると――

「李哉? 珍しいな。李哉が病室から外に出てるなんて」

愛しい人の声が聞こえて驚いた。

声の聞こえた方を見てみると、そこには子供達に囲まれた翼の姿があった。

翼の姿を見て今まで話していた女性が少し翼に手を振ったような気がした。

それに翼は少し頭を下げて答えて。

「もうこんな時間ね。じゃあ、頑張ってね。諦めちゃダメよ」

女性は立ち上がってそれだけ言うと、そのまま行ってしまった。

李哉は先程の女性と翼のやり取りを見て聞いてみた。

「翼、さっきの人と知り合い?」

「あの人は五年前にこの病院に入院してた人。李哉と同じ複雑解放骨折で」

「うん。今までその話を聞いてたんだ」

李哉は少し女性の行ってしまった方を見つめてそう答えた。

その姿を見た翼が少し言い辛そうに口を開いて言う。

「――李哉。次の手術だけど……」

きっと翼は手術を受けるかどうか聞こうとしているのだろう。

その事に李哉はすぐに気付いて翼の顔を見て答える。

――もう、迷わない。

答えは見つかった。

「俺、手術受けるよ。まだ不安があるけど、受けてみるよ」

そう言って李哉はいつものように少し笑った。

だけども、瞳だけは真剣だった。

そんな李哉の姿を見て、翼も優しく微笑んでくれた。

「手術をする先生達も、最善を尽くして手術してくれるよ」

その言葉に李哉は力強く頷いた。

どんなに可能性が低くても、その小さな可能性に賭けたい。

それを強く思い、李哉は手術を受ける事を決意した。




 それから数日後。

藤森先生が病院に戻って来たのを聞いて、李哉は藤森先生に答えを伝えようとした。

いつものように待合ホールで子供達の相手をしていると翼から聞いたので、翼に車椅子に乗せてもらって待合ホールまで連れて行ってもらった。

待合ホールに行くと、そこには確かに藤森先生がおり、子供達の相手をしていた。

「あの、藤森先生…」

なるべく近寄って李哉は藤森先生に声を掛けるが――

やはり子供を肩車しているので李哉と翼の存在には気付いていないようだった。

その上に、久々に藤森先生が相手をしてくれているので子供達ははしゃいでおり、そのおかげで李哉の声が掻き消されていた。

藤森先生はやはり髪が乱れており、顔は見えない。

その上に恐らく子供達がしたのだろう。

クマの飾りの付いたヘアゴム二つでまるで触角が生えたような髪型にされていた。

その姿を見た翼が少し肩を震わせて笑っているのがわかる。

李哉も正直、少し笑っていた。

すると。

前回藤森先生に声を掛けた時に龍と呼ばれた男の子が、またもや藤森先生の背後に回る姿が見えた。

まさかと李哉が思っていると。

案の定、龍君は藤森先生の背後に回ると膝カックンを食らわせた。

「んなっ!?」

そのおかげで藤森先生はバランスを崩して倒れてしまう。

幸い、子供達に怪我はなかったので良かったのだが。

藤森先生は前髪を手で掻き揚げて龍君を見る。

龍君は無邪気に笑っており、どうやら藤森先生にかまって欲しかった様子だった。

藤森先生は倒れた時にそこで初めて李哉と翼の存在に気付いてくれた。

「ああ、ごめん。気付けなくて……」

そう言うと藤森先生は白衣のポケットから携帯用のコンパクトサイズのブラシと可愛らしいお花の飾りの付いたヘアゴムを取り出し、乱れたヘアーを直す。

触角のようにされていたヘアゴムも解いてしまう。

その姿を見ながらも李哉は真剣に藤森先生を見上げて口を開く。

「藤森先生。答えが出ました」

李哉が真剣に言うと藤森先生は子供達に少し待つように言い、ヘアゴムで髪を結う。

そして藤森先生も真剣な表情をして、李哉に聞いてくる。

「李哉君の出した結論は?」

真剣な空気を感じ取った子供達は騒ぐのをやめた。

少し静かになった空間で、李哉は深呼吸を一つして答える。

「手術を受けるつもりです。それで先生。俺の手術をする人って、どんな人なんですか?」

「とても腕の腕の良い名医が出頭してくれるみたいで、その名医でも成功率は低いんだ。もちろん、僕も一緒に手術をするよ。僕も最善を尽くす。――それでも、受けるかい?」

「はい。少しでも成功する可能性があるのならば、それに賭けてみたいと思うんです。それに、藤森先生も手術をしてくれるなら安心しました」

「――そうか。それが李哉君の答えなんだね」

そう言うと藤森先生は真剣な顔から、いつもの優しい表情に変わり、安心したように微笑んだ。

その顔を見て、李哉の緊張も解ける。

その時、この良い雰囲気をぶち壊すようにして龍君が藤森先生に飛び蹴りを食らわす。

不意を突かれ、藤森先生はかなりのダメージを受けたのだと見て取れるように、その場に両膝を付いた。

そして――

「龍くぅ~ん?」

いつもの優しい声ではなく、少し怒りを宿した声を藤森先生は放つ。

それでも龍君は気にせず無邪気に「遊ぼうぜ!」と言って来る。

流石に今回は藤森先生も怒るかと思ったが――

前回と同じように龍君を肩車し、その場で回転するだけだった。

そんな藤森先生を見つめながら翼が呟く。

「じゃあ、行こうか」

「う、うん」

翼にそう言われ、頷くしかなかった。

伝えたい事は藤森先生に伝えた。

これ以上この場に留まる必要もなかった。

李哉が足にプレートを入れる手術を受けると言ったので、手術を受ける日はすぐにやって来た。

 二月十二日。

その日が足にプレートを入れる手術の日だ。

今日で李哉の運命が分かれる。

その日李哉は以前の手術の時よりも早く目を覚ました。

前回の手術の時よりも手術の時間が早いので梅と翼と話すにはそうするしかなかったのだ。

だが、目を覚ました時間はまだ六時頃だった。

その時間では梅も誰も居ない。

梅はいつも七時からしか病室にやって来ない。

しかも今日は平日。

翼は学校に行くため、手術前に会う事は出来ない。

そう思うと、少しずつ不安になって来る。

手術を受けると言った。

少しでもある可能性に賭けてみたいと言った。

だが、やはり不安や恐怖は拭い切れない。

やはり昨日よりも今日の方が不安や恐怖が大きい。

頭の中には失敗して寝たきりか車椅子の生活の事を想像してしまう。

そんな事を考えていては駄目だとは思っていても、どうしても考えてしまう。

手術を受けるのが、やっぱり怖い。

でも、手術は受けたい。

気が付くと、恐怖で手が震えている事に気付く。

震えを必死に止めようとするのだが、どうにも止まらない。

そんな時。

病室の扉がノックされた。

その音に驚いて思わず飛び上がってしまった。

そして反射的に時計を見つめてしまう。

もう、手術を受ける時間になってしまったのだろうか。

だがまだ六時過ぎで、梅の来る時間ではない。

もしかしたら藤森先生が来てくれたのかと思い、なるべくいつも通りに振舞って答える。

「どうぞ」

李哉の声を聞いて扉をノックした人物が病室に入って来る。

静かに扉が開き、そして閉まる。

病室に入って来た人物とは――

翼だった。

学生服を身に纏い、ランドセルを手にしている。

翼が病室に訪れた事に驚き、思わず翼の顔を見つめてしまう。

あまりの驚きにまともに声すら出て来ない。

すると翼はいつも座る椅子に腰を下ろして口を開く。

「学校に行く前に、李哉に会いたかったから。不安になってると思って……。どう?」

翼が来てくれた事が嬉しい。

心配してくれる事が嬉しい。

だがそれと同時に少し反応に戸惑う。

嬉しさのあまりに愛しさが溢れ出してしまい、変な事を口走らないようにと必死に気持ちを抑えながらも答える。

「あ、あの…その…。き、来てくれてありがとう…」

「来るに決まってる。親友だから」

そう言われて李哉の心臓が跳ねる。

翼が来てくれて嬉しい。

その嬉しさだけで手術を受けられるような気がして来た。

翼と話せば、手術が成功するような気さえしてくる。

「李哉が今年から通う中学校って、何処?」

急に翼に質問されて一瞬何を聞かれたのか理解出来なかった。

翼の質問は時に、全く脈絡のない質問を投げ掛けて来る事があるので少し戸惑う。

だが少しして言われた言葉の意味を理解して答える。

「ええと…。確かおばあちゃんが言ってたけど。家から近くの東中学校だって言ってたよ」

「やっぱり。じゃあ、言っておいて良かった」

「え? 何?」

「前に傷口を縫う手術の時に、早く病院に来ただろう? その時に父さんと母さんに話があったけど話せなかったって言った事、覚えてる?」

「うん。覚えてる」

「その時に話したかった事って、李哉と同じ中学校に通わせてくれないかって頼む内容だったんだ」

「え――」

一瞬、翼が言った言葉が理解出来なかった。

中々両親に会う事の出来ない翼が、両親に無理して会って――

自分と同じ学校に通わせてくれるように、頼んだ。

そう理解すると李哉の中で何かが溢れ出して来る感覚がした。

「足が治って退院したとしても李哉の事が気になるし、学校生活で支えないと駄目な所もあると思うから。きっと手術が成功したら松葉杖の生活だから」

翼の言葉の一つ一つに優しさを感じる。

嬉し過ぎて、涙が零れそうになる。

そう思っていたが、一つ思い出した。

前に李哉は翼に聞いた事がある。

中学校は何処に行くのかと聞いた事がある。

その時は一緒の学校に行ければ良いと思って聞いたのだが、翼の答えは――

『父さんと母さんに学力の高い中学校に行くように言われてるから』

悲しげに、翼はそう答えた。

それを思い出して李哉は翼に聞く。

「でも翼、学力の高い中学校に行くって…」

「だから父さんと母さんに言ったんだ。高校は学力の高い学校に行くから中学は李哉と同じ学校に行きたいって。条件付だけど」

「条件…?」

「中学三年間ずっと学年一位の成績を保つって条件。一度でも二位になったら即転校だって」

「ええっ!?」

「大丈夫。特に問題はないから」

翼の話を聞いて嬉しさを感じると共に少し不安も感じた。

自分のために同じ学校を選んでくれた事は嬉しい。

しかし、学年一位を保たなくては駄目だと言う事は――

二位を一度でも取ったら即転校と言う事は――

ずっと一緒には居られないのだろうか。

そんなデメリットを背負ってまで、自分を選んでくれた。

それが嬉しくも、不安になる。

翼は李哉の表情を見て不安がっているのだとすぐに気付いてくれ、優しく言ってくれる。

「俺が本気を出せば問題ないって。今まで本気出さなかっただけだから。俺、李哉と一緒に居たいから。でも、高校は同じ学校には通えないけど」

「翼――」

嬉しい。

すごく嬉しい。

この想いを、伝えたい。

でも、今伝えるべき言葉は――

「ありがとう」

「――こちらこそ」

翼も嬉しそうに笑ってそう言ってくれた。

中学校は同じ。

もしも足が治らなかった時も一緒の学校なのだろうか。

一瞬そう考え、すぐにその考えを打ち消す。

成功する事だけを考える。

失敗した時の事は考えない。

「そういえば、昨日記憶についての本を読んだ」

「どんな本なの?」

「記憶は、謂わば本みたいなものなんだって」

「本?」

「そう。例えばジャンル分けされている本。料理の記憶なら料理の本、人の名前や顔の記憶なら人の名前や顔の本。そんな風にジャンル分けされていて、記憶は脳の中にたくさんあるから本として収納して、必要な時のその記憶――つまり、本を取り出して思い出すって原理だと思えば簡単だよ。でもやっぱり脳が老化すると記憶しておく事が難しくなっていくから、必要ないと判断した記憶はそのページだけ切り取って捨てるって感じで、記憶は維持されているんだ」

「そうなんだ…」

「でもやっぱり酒はダメなんだ。人は寝ている時に一日あった事を整理して記憶の本に収納するけど、アルコールがその収納を邪魔するから忘れてしまう事があるんだ」

「へぇ…。やっぱり翼って物知りだね。きっと翼の記憶の本って、凄い事になってると思う」

思った事をそのまま口にしてみると翼は少し笑う。

その笑顔を見て、綺麗だなぁと李哉は改めて思う。

すると翼が少し悪戯そうに笑って聞いてくる。

「じゃあ、夢を見る原理ってわかる?」

「――わかんない」

そんな事、どんなに考えても思い付かない。

きっと、答えは李哉の知らない世界にあるのだろう。

そう思って李哉は翼の答えを待つ。

「記憶は眠っている時に整理されるんだ。特に夢を見るレム睡眠の時に。夢を見ている時に知っている人や、場所が夢の中に出て来る事があるだろう。それは記憶の整理をしている証拠なんだ」

「そうなんだ。へぇ、そうやって人は夢を見るんだ…」

翼は、李哉の知らない世界を教えてくれる。

だから、翼の話を聞くのが李哉は好きだ。

翼の知識は全て、役に立つものばかりだからだ。

「知らない場所の場合は、テレビで見た場所が曖昧で覚えられていないから自分の覚えている場所と融合して見るんだって。まぁ、ほとんどが予知夢の場合が多いけど」

「じゃあ予知夢って、どうやって見るの?」

「そこが、謎なんだよ。自分の記憶を夢で見るのだから予知するなんて本当は有り得ないんだ。だから予知夢を見る原理はわからないんだ。ただわかるのはノンレム睡眠の時に見る夢だから起きた時には忘れてしまうって事だけ。ノンレム睡眠の時は夢はそんなに見ないんだけど、稀に見る時もあるんだ。多分、その時に見る夢が予知夢だと俺は思うんだ」

そう言いながら、翼は少し頭を抱える。

その姿を見て少し愛しいなと李哉は思う。

だが、翼の頭の良さには本当に驚く。

そんなに難しい事に頭を悩ませる事が出来るのだから。

それに、やはり記憶力もだ。

「やっぱり翼、賢いね。だって今まで見た本を全部覚えてるんでしょ?」

「一応。元々一度見た物はすぐに記憶する事が出来るから」

「じゃあ、記憶喪失になる原理ってわかる?」

「今説明したから大体はわかると思うけど、記憶喪失になる場合は頭に強い衝撃を受けた時なんだ。強い衝撃を受けた時に、頭の中にある記憶の本が本棚から落ちてページが全部散らばってしまう――そう考えれば良いと思う。散らばった記憶は一時的にゴミ箱に捨てられた状態になる。でも衝撃から回復すると捨ててはいけない記憶だと脳が判断した記憶は拾い集めてまた本にして収納する。だから少しずつ記憶を思い出して来て、最終的には全部思い出す。その頃には脳のダメージが完全に治ったって事にもなる。脳が一番ダメージが回復するのに時間が掛かるんだ」

「そうなんだ…。やっぱりこの世界にあるものって全部奥深いんだね。翼から聞くとそう思える」

「でも知らない方が幸せな事もある。無理に知ろうとしても良い事ないよ」

すると、病室の扉がノックされて梅が病室に入って来る。

梅は翼の姿を見て、少し驚いた表情をしたがすぐに優しい微笑みを浮かべてくれる。

翼は梅の姿を見ると頭を下げて挨拶をする。

「めぐみ君、朝早くから来てくれてありがとうね」

「いえ。大切な友達が手術するんですから会いに来ます。俺の場合は特例で面会させてもらってるんで」

確かに良く考えてみればそうだった。

面会時間は午前九時からだ。

それよりも前に来ても面会は出来ない。

翼の場合は院長と総師長の息子だから特例なのだろう。

翼の話を聞いているだけで不安や恐怖は消え、いつも通りでいられる。

梅は梅でいつも以上に笑わせるような事ばかり今日は言って来る。

必死に、緊張を解そうとしてくれているのがわかる。

しばらくみんなで楽しく話していると、不意に梅が翼に言う。

「そういえばめぐみ君、もう学校に行く時間じゃないのかい?」

そう言われて翼は李哉の渡した腕時計に視線を落とす。

李哉も壁に掛けてある時計に目をやる。

――針が指し示していた時間は、午前七時五十分。

翼は時計を見て突然慌て始める。

その様子を見て遅刻だという事に李哉も梅もすぐに気付く。

慌てながらランドセルを手に取り、翼は李哉に言い残す。

「学校が終わったらすぐに来るから!」

それだけ言うと翼は慌てて病室から出て行ってしまった。

翼が慌てる様子を中々見る事が出来ない李哉は少し笑ってしまう。

すっかり不安も恐怖も緊張もなくなっており、逆に安心すらしていた。

すると、またもや病室内に扉がノックされる音が響く。

翼が戻って来たのならばノックはしないだろうから、誰が来たのかすぐにわかる。

「どうぞ」

李哉は落ち着いた声でそう答えた。

麻酔は午前八時に打たれるので藤森先生が来てもおかしくはない。

そう思っていると病室の扉が開き、病室に入って来たのはやはり藤森先生だった。

藤森先生は李哉の姿を見て優しく微笑む。

その理由がわからず、李哉は首を傾げていると――

「どうやら不安は無さそうだね。あとは僕達医者に任せてくれるんだね?」

「はい。お願いします」

「じゃあ今から麻酔を打つから――」

「先生、ちょっといいですか……?」

梅が恐る恐るといった様子で藤森先生に声を掛けた。

藤森先生は追及する事無く、ただ頷いてくれた。

すると梅は李哉の傍に来て、左手に何かを握らせてくれる。

何を持たせられたのかと思い、李哉がそれを見ようとすると。

「李哉、見たら駄目」

梅の声が聞こえ、開き掛けた拳を閉じる。

「おばあちゃん、これは…?」

「お守りだよ」

「お守り?」

「それを持ってたら、大丈夫。絶対、大丈夫だよ」

梅は真剣にそう言って来た。

いつも見せない、真剣な目と顔でそう言う梅を見て少し不思議な気持ちになる。

今日は本当に、運命の分かれ目の日だと自分でも実感する。

やはり、怖いと言えば怖い。

だが――

梅は真剣な瞳でもう一度〝大丈夫〟と言ってくれると李哉の前から退けた。

それを見ると本当に大丈夫な気がする。

手術は絶対に、成功する。

不思議とそう思えてくるのだ。

そして梅は藤森先生に全てを任せる。

「藤森先生、後は頼みます」

「任せてください」

藤森先生はそう答えて頷く。

そして、李哉に麻酔を打ってくれる。

麻酔を打たれてすぐに李哉は意識を手放して眠った。

左手にお守りを握り締めて――




 なんだか、とても懐かしい感じがする。

だけどそこには何もない。

何もないのに、とても懐かしい気持ちになる。

不思議に思うと、左手に優しい光を感じた。

李哉はゆっくりと光を放つ左手の拳を開いてみる。

その瞬間、誰かの後ろ姿が見えた。

それが誰なのかわからない。

男なのか、女なのか、年齢さえもわからない。

だけど確かに感じた。

その人物が懐かしいと――

とても、大切な人だったと――

するとその人物が歩いて行ってしまう。

それを見て思わず李哉は思わず声を掛ける。

「待って! 行かないで!」

どうして自分は、行って欲しくないと思うのだろうか。

その事にも不思議に思う。

その時、一際強くその人影が光り眩しさに思わず目を閉じる。

 ――――――

目を開くと、そこは白い世界。

全てが白で出来ている世界――いつもの病室だ。

初めて目を覚ました時と同じ。

だけど一つだけ違っている事があった。

左足に――感覚が全くない。

痛みを感じないのだ。

痛みだけではなく、感覚までもが。

痛みを感じないという事は――左膝から下は、切断されてしまったのだろうか。

薄っすらとそう思っていると、翼が目を覚ました事に気付いてくれた。

「李哉!」

翼の驚く顔と声が聞こえる。

それに続いて梅が椅子から立ち上がる音が耳に届き。

「李哉!!」

心配そうな梅の声と梅の顔が見える。

「――――」

李哉はゆっくりと口を開き、今一番気になる事を二人に聞く。

今は何よりもそれが知りたい。

手術の結果を、聞きたい。

「――足、繋がってる…?」

全く感覚がない。痛みも感じない。

こんな感覚、今まで感じた事がなかった。

今まで感じて来たのは、途轍もない激痛だった。

こんなに痛みを感じないのは、初めての事だった。

なので、足が切断されたのかと思う。

すると梅が泣き出し、翼も目尻に涙を浮かばせたのが見えた。

それを見て、李哉は切断されたのだと思った。

だけど、それほど悲しくもない。

――いや、本当に何も感じない。

まるで夢心地だ。

すると――

「ちゃんと、繋がってる……」

翼の今にも泣き出しそうな声が聞こえた。

「繋がってる、よ……」

何回も、翼がそう言ってくれる。

だが、そう言われてもやはり全然実感がない。

それが本当かを確かめたくて李哉は身体を少し起こそうとする。

翼がその事に気付いてくれて、すぐに身体を起こしてくれる。

そして視界に入ったのは――

固くギブスで巻かれた、自分の左足。

自分の繋がった足を見てそこでようやく気付く。

まだ麻酔が効いているので感覚がないのだと。

そっと、左足の太股に触れてみるがやはり感覚はない。

「手術は無事に成功。良かったな、李哉」

翼がそう言ってくれ、ようやく手術が本当に成功したのだと実感出来た。

実感して急に安心する。

これからは、李哉がずっと夢見ていた楽しい生活が待っている。

足を治す事が出来る。

足を治して翼と一緒に色んな所へ行き、遊ぶ事が出来る。

そう思うと安心して、また眠ってしまった。

とても安心し、安らかに眠る事が出来た。

前に翼の声を聞きながら眠った時も心地良かったが。

その時とは違い、すごく安心していた。

こんなに安心して眠れる事は初めてで、微笑んで眠っていた。

 ――――

李哉は静かに目を覚ます。

先程までの事は全て夢かと思ったその時、急に吐き気を催した。

その衝動を抑えようとしたが、抑える事が出来ずにそのまま吐き出してしまう。

とても激しい激痛が李哉を襲う。

今までに感じた事のない、激痛。

前回の傷口を縫う手術をした時よりも痛みが更に増している。

これならば最初の頃の痛みは今なら耐えられるな、などと思う暇もなく、李哉は気を失ってしまった。

――最後の手術が終わり、一週間はずっとこのように目を覚ましては吐き、気を失う事を繰り返していた。

だからこの頃の記憶は断片的にしかなくて、俺はずっと気を失ったままだった。

だけど、前に進む事は出来た。

後は俺の努力次第って所までやって来た。

俺の望んでた世界が――

望んでいた事が叶う時が訪れるようになった――










                                              ~To be contnued~

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