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青春スクエア ~柳葉李哉の片思い~ 小学生編5

 一月十一日。

年を越してから李哉には良い事ばかりが降り注いでいた。

まず、一つ目。

今朝の朝食、昼食の雑炊を自分で食べる事が出来た。

それも、吐く事は無く間食した。

おもゆから雑炊へと変わり、体調が良くなっているのだと実感する。

更には。

二つ目、それは――

足の腫れがかなり引いたので明日、傷口を縫う手術をする事になったのだ。

初めて目を覚ました時、足の腫れは三倍ほど腫れていたのだが――

今ではもうほとんど腫れが引いている。

その事が嬉しくて堪らない。

早く翼が病室に来ないかと時計を見つめる。

早く、早く朝食と昼食を間食した事を翼に報告したい。

しかし、今日は平日なので翼は学校に行っているが――

早く夕方が来て、翼と話がしたい。

夕方がとても待ち遠しかった。

それに、足が治っていってる事がとても嬉しい。

李哉の夢見ている、翼と一緒に遊ぶ事が出来るのだと思うと心が躍る。

「早く足が治るといいねぇ」

梅の声が聞こえ、李哉は嬉しそうに頷く。

そして一日を過ごす。

最近の李哉の生活は以前に比べれば大分良くなった。

左手で字を書く練習をしたり、休憩する時は読書をしたりなど。

普通に生活が出来るようになっていた。

本は翼からのお勧めの本を読んでいた。

本を読まない時は左手で字を書く練習をしている。

左手はもう利き手になってしまい、数日前から字を書く練習を始めた。

右手は、物を握れるくらいには麻痺が抜けて来ているが。

ペンを握って字を書く事はまだ出来ないが。

一週間もすれば普通に使えるだろう、と藤森先生に言われた。

前のように利き手には戻らないだろうが、それなりに私生活で困る事はないとの事だった。

――どうやら完全に利き手は左手になってしまったようだ。

確かに最初の頃と比べたら今の方が断然左手が使いやすいので左手が利き手になってしまったのだと実感する。

だが、まだ李哉の書く字は――

まるでナメクジが踊っているような字で。

まだあまり、読めない。

それに、左手でノートに字を書くと左手が汚れてしまう。

そのせいでノートが汚れてしまって読めないのもあるが。

それでも李哉は字を書く続けて。

ふと、疑問に思う。

歩くための練習は、一体どんな事をするのだろうかと。

普通ならば、ここでドラマとかで見た歩行練習などを思い浮かべるのだが――

李哉は目を覚ましてドラマ等を見た事が無い。

なのでわからない。

どのようにして、歩く練習をするのか。

(どんな事、するんだろう…?)

そんな事を考えていた。

しかし、どんなに考えても思い付かない。

それでも必死に考えてみたのだが――

やはり、思い付かなかった。

梅にどうやって歩く練習のするのだろうかと聞こうとした時。

病室の扉がノックされた。

李哉が反射的に時計を見るのと病室の扉が静かに開くのは同時だった。

いつの間にかもう翼の来る時間になっていた。

その事に驚いていると。

学生服姿の翼が李哉の前までやって来て、梅に頭を下げる。

それからいつもの椅子に腰を下ろす。

そして李哉が字の練習をしていたノートを見て口を開く。

「字、書けるようになったんだ」

「一応ね。まだ読めるようなものじゃないけど」

「でも結構書けてる。かなり上達してるよ」

「そう言ってくれると嬉しいよ。あ、翼君! 今日ね、雑炊が出て来たんだ!」

「食べれた?」

「もちろん! 間食したよ! 次はお粥かって思うと嬉しくなって…」

「――傷口を縫う手術、明日だよね」

「うん、明日だよ。すっごく楽しみなんだ!」

「だけど李哉君――」

翼はそこまで言って――

口を閉じた。

それに李哉は気付いた。

翼が何か言い掛けたのが気になり。

翼を見つめて李哉は聞き返す。

「何?」

「――早く、良くなるといいね」

翼は、少し微笑んでそう言ってくれた。

「うん。ありがとう翼君」

そんな翼に、李哉は微笑んでそう言う。

それから、先程まで考えていた疑問を思い出して。

李哉は翼に聞いてみる事にした。

翼なら、李哉の質問に何でも答えてくれると思ったからだ。

「ああ、そういえば」

「ん?」

「歩くための練習って、基本的に何をするの?」

「――――」

李哉の質問を聞いた翼は。

少し悲しげな表情をし、言葉を失っていた。

どうしてそんな顔をするのかがわからず、李哉はただ翼の顔を見つめる。

見つめられている事に気付いた翼は、少し考えて答えてくれる。

「李哉君の場合は、いきなり立つ事は出来ないからまず最初は匍匐前進から。だからまず、上半身を鍛える所から始めないといけない。匍匐前進は考えている以上に辛いから、これからは時間が空いた時にダンベルとかを持ち上げておいた方がいいよ……」

そこまで言って翼はまた、悲しげな表情をする。

その表情は時折り翼が見せる表情ではなく。

李哉の事を心配しているような、そんな表情だった。

明日の手術の事を心配してくれているのだと悟った李哉は――

「僕なら大丈夫だよ」

翼を安心させるためにそう言った。

それでも翼の心配そうな表情は変わらず。

少し李哉は梅の方も見てみると――

梅もつられて心配そうな表情をしていた。

そんな二人の顔を見て、李哉はどうしていいのかわからなくなった。

すると。

「――明日、絶対に病室に来るから。手術前からずっと、終わるまで。ずっと……居るから」

翼は真剣な声と瞳でそう言ってくれた。

その真剣な瞳を見ていると、心臓が跳ねる。

心臓の鼓動が速くなっていき、顔が赤くなるのを感じて思わず翼に背を向けてしまう。

(――どうして、こんなにも胸がドキドキするんだろう? どうして、こんなに顔が赤くなるんだろう…?)

どんなに考えても、答えは出て来ない。

聞けば良い事なのだが、なぜかそれも出来ず。

ただただ混乱していた。

少し落ち着いて李哉は翼の顔を見て話を続ける。

だけれど――

やはり翼の表情がいつもの無表情に戻る事はなかった。

 翌日の一月十二日。

その日李哉は午前七時に起きた。

手術開始時間は午前十時から。

麻酔を打たれるのが午前九時から。

藤森先生にそう聞かされていた。

梅や翼はいつ来るのだろうと少し起き上がってみたら――

「おはよう、李哉君」

いつも翼の座る椅子に、既に翼が居た。

その事に少し驚きながらも李哉は嬉しかった。

「おはよう。でも、翼君。どうしてこんなに早い時間に…?」

「ちょっと、父さんと母さんに話したい事があって早く来たんだ。家で待ってても会えないから。これくらいの時間なら話せると思ったけど――やっぱり忙しいから話せなかった」

「そう、なんだ」

「それにそのまま家に帰る気にもなれなかったから、李哉君の病室に来たんだ」

翼は、無表情でそう言ってくれた。

その言葉が嬉しくて、少し照れながらも李哉は「ありがとう」と返す。

どうやらまだ梅は病室には来ていない様子で。

今この病室には李哉と翼、二人っきりだった。

翼と二人きりだと意識するとは少し緊張し、どんな話をすればいいのかわからない。

それでも話をしようと口を開くのだが、その話す話題が無い。

すると。

「――手術、怖い?」

急に声を掛けられたので、少し戸惑いながらも李哉は翼の質問に答える。

どうやら今日は手術の日でもあり、楽しみでもあるがやはり何処かに恐怖もあるようで。

今日はいつも以上に緊張していた。

「え、えっと…。少しは…」

「少しだけ?」

「うん…。だって、この手術が終わったら足が治っていくんだよね? だから楽しみでもあるんだ」

李哉は素直に、自分の感じた事を翼に伝えた。

すると翼は悲しそうな顔をして――

少し俯いた。

どうしたのかと李哉が聞こうとした時。

「――――もし」

翼の呟きが聞こえた。

それは小さな声であまり聞き取れず。

思わず李哉は聞き返す。

「え?」

すると翼は顔を上げて李哉の目を見てくれる。

翼の瞳は凄く真剣で、何処か悲しそうで。

それで、口を開いた。

「もしも、手術が――」

表情にも真剣さと悲しさを宿して翼が何かを言おうとしたが――

そこに勢い良く病室の扉が開く音が聞こえた。

扉の開く音で翼の声が掻き消されてしまい。

李哉は驚いて扉の方に視線を向けてみると。

扉の所には梅がいた。

そして梅はいつも以上に明るく振舞って李哉に声を掛けて来る。

「李哉、体調はどうだい? 大丈夫かい? 手術が怖くないかい?」

すごく必死に、心配そうに梅はそう聞いてきた。

そのおかげで翼が何を言おうとしていたのかを聞き逃してしまい。

何を言おうとしていたのか、聞くタイミングも失ってしまった。

翼の方は逆に聞かれなくて少し安心したようで、いつものように無表情になって梅に挨拶をする。

それからは他愛も無い話をして、二人は李哉の緊張を解こうと――

安心させようとしてくれていたが。

李哉は手術に対しての恐怖感はほとんどなかった。

それは、翼と梅の話を聞いていたからだろうか。

それとも、足が良くなるからだろうか。

答えはきっと、両者だろう。

最初は少し怖かったのだが。

今となっては、もう怖くない。

恐怖よりも、期待の方が大きくなっていた。

足が治ると思うと、怖くなくなっていた。

なので李哉は麻酔を打たれる寸前まで何も感じなかった。

だから李哉は麻酔を打たれる前に翼と梅に言った。

「大丈夫だから。ありがとう、翼君。おばあちゃん」

そして李哉は麻酔を打たれて傷口を縫う手術を受けた。





 李哉は、カーテンの隙間から差し込む朝日で目を覚ました。

手術を受けたのが朝だったので、どうやら丸一日は眠ってしまっていたようだ。

頭が少し冴えてきて。

傍に居る梅に足はどうなったのかと聞こうとした時――

「ッ!?」

左足に激痛を感じた。

それも前回よりも遥かに強い、激痛が李哉を襲った。

足が、千切れそうに痛い。

あまりの痛みに声が出ない。

これは、痛すぎる。

痛みから逃げたいのだが、身を捩る事も出来ない。

何も、出来ない。

「ぅ…あ…」

呻き声しか口から出て来ない。

前だったら、このような痛みの場合すぐに気を失っていた。

だけど今回は気を失わない。

それなら前回の方が遥かにマシだった。

前回は気が狂いそうな痛みだったら気を失っていたが。

今回は気を失う事はないので、この痛みに耐えるしかない。

そこで、梅の姿が病室に無い事に気付く。

梅がこの場に居た場合はすぐに大丈夫かと聞いてくるが――

それがないでのなんとなくこの病室に梅が居ない事はわかった。

だが。

あまりの痛みに思考回路が停止しそうだ。

何も考えられない。

気を失う事が出来なら、どんなに良い事だろうか。

これではまるで――

生き地獄だ。

すると、病室にナースと一緒に梅が入って来た。

談笑していたのだが。

李哉が痛そうにしているのに気付いてナースと梅は大丈夫かと聞いてくる。

全然大丈夫ではなかったが。

「だ、だいじょ…ぶ…」

李哉はなんとかそう返した。

何一つ大丈夫ではなかったのだが。

しかしナースは心配そうな表情をして朝食のトレイを食台に置いて李哉のベットの上にスライドさせて。

ベットのジャッジを上げるとすぐに病室から出て行ってしまう。

――正直言って食事所なのではないのだが、一応食べるしかない。

食べるしかないのだが、食欲が無い。

無いと言うよりはどちらかと言えば、気分が悪い。

――知っている。

この状態の時に食べ物を食べたらどうなるのかを。

身体がどうなるのかを。

知っているけれど、食べなければ足は治らない。

体力も付かない。

わかっているが、自分で拒否してしまう。

だけども、食べなくてはいけない。

李哉は思い切って左手でスプーンを手に取る。

そして、目の前に置かれたお粥を睨み付ける。

お粥を食べられるようになったら、次は柔らかいご飯と温野菜。

その次は普通食。

そう思って李哉はスプーンで少しの量のお粥を掬い。

少し躊躇いながら口へと運ぶ。

そして。

「ごほっ、げほっ…」

やはり、身体が受け付けなかった。

以前なら多分、ここで気を失っていたのだが。

今回は気を失わない。

梅は李哉が吐いたのを見て驚き、すぐに慌ててナースを呼びに病室から飛び出して行った。

これでは、前回と同じだ。

翼と逢う前の自分と同じだ。

何も、変わらないじゃないか。

まだ、気を失っていないのだから。

例え身体が受け付けなくとも――

李哉はもう一度、お粥をスプーンで掬って躊躇いながらも口へと運ぶ。

またも身体が受け付けずに吐き出してしまう。

それでもまた、李哉は何回もお粥を掬っては口へと運ぶ。

少しでも食べなければ体力が付かないし、足も治らない。

足の痛みは何が何でも我慢すれば良い事。

足が良くなるというならばそれで済む事。

ただ、無理をしない程度に我慢すればいい。

少しでも飲み込めるなら、目の前に置かれたお粥を何回吐いてでも食べる。

無理しても李哉はお粥を食べたが一割ぐらいしか食べる事は出来ず、結局ほとんど吐いてしまった。

その姿を見て、ナースも梅も驚いていた。

変わっている。

初めて目を覚ました時とはもう、李哉は違う。

以前よりも強く、目の前にある壁を乗り越えていくようになっていた。

どんな事でも諦めない。

そう――

翼が初めてこの病室に来てくれた時に朗読をしてくれた、未来の道標の主人公のように。

李哉は強く、新しい人生を歩んで行こうとしていた。

どんなに辛くても、生き地獄だとしても。

支えてくれる人がいるから、足を治して翼と一緒に遊ぶという目標があるから。

強く、生きていける。

輝ける。

翼と一緒に居るためだと思えば、どんな事だって耐えられる。

翼の事を考えれば、足の痛みなんて何とも無い。

李哉は、毎日少しずつでも変わっていっていた。

強くなろうと、必死に痛みに耐えていた――




 あれから数日が経ち。

目の前に置かれたお粥を李哉は今日も見つめる。

いや、睨み付けると言っても良いかもしれない。

どうなるかは、わかっているのだから。

正直、食べたくない。

食べるだけ無駄だとわかっているが、食べなければいけない。

だから今日も李哉はスプーンでお粥を少量掬っては口へと運ぶ。

そして、今日も吐き出してしまう。

その繰り返し。

毎日毎日、食べては吐き、食べては吐くのを繰り返していた。

吐いているのを見て藤森先生に流動食にしようかと聞かれたが。

李哉はそれを自分で断った。

出来る事ならば、限界まで自分で食べたい。

そう藤森先生に訴えた。

すると藤森先生は「なら頑張りなさい」と優しく言ってくれた。

翼からは無理するなと言われたが――

可能性があるならばその可能性に賭けたい。

毎日、本当に少しずつだが。

食べれる量が増えてきている。

それは李哉の努力が身を結んだものだった。

今日は二割ほど食べられたが、やはり気は失わない。

以前の記憶で尿や便を取ってもらった記憶がなかったので、ほとんど気を失ってばかりだったのだと実感する。

最近では尿は梅が尿瓶で取ってくれ、便は専用の便器があり、それで取ってくれている。

――正直、自分で用を足す事も出来ないのが嫌だった。

だからこそ李哉は意地でも早く立てるようになりたかった。

自分で立てるようになって、歩いて自分でトイレへ向かいたかった。

少なくとも、匍匐前進が出来るようになったら這ってでも自分でトイレへ行くつもりだ。

そして食事を済ませると李哉は上半身を鍛えるために藤森先生が用意してくれたダンベルを持ち上げる。

午前中は休憩をしながらダンベルを持ち上げ、休憩する時は本を読んだりして。

午後は字を書く練習をしながらダンベルを持ち上げる。

休憩する時はやはり本を読んで。

傷口を縫う手術を終えてからは毎日がそんな生活になっていた。

足の痛みは激しく、暴れ回りたいほどの痛みだ。

しかし、暴れるくらいならその力を上半身を鍛えるために使いたい。

そう思って李哉はあまりに痛みが酷い時は良くダンベルを持ち上げている。

今日だって足の痛みが酷く、いつも以上にダンベルを持ち上げている。

そんな姿を隣で見ている梅が聞いてくる。

「李哉、無理はしないようにね」

「だって…暴れるくらい、なら…上半身を、鍛えたいから…」

ダンベルを持ち上げながらそう答える李哉を見て、梅はただ苦笑するのみ。

しばらくして足の痛みが引いてきたので少し休憩し、今回は本ではなくて。

ノートを開いて左手で字を書く練習を始める。

本は、その日の調子によって読めたり読めなかったりする。

今日は痛みが少し強いので読んでも内容が頭に入って来ないので、字を書く練習をする。

今では読める程度にまで字が書けるようになり、最近では漢字を書くようになっていた。

出来れば翼から聞いて学校の勉強も始めようかと考えている。

少しペンを置き、次は右手で字を書いてみる。

もう麻痺は完全に抜けてはいるが、左手のように上手くは字を書けない。

毎回、こうやっては利き手が左手になったのだと思い知る。

そして不意に窓の方を見ながら記憶を失う前の自分について考えてみる。

考えてみるが――

記憶を失う前の自分がどんな人物だったのかを知らないので検討が付かない。

気になったので、少し梅に記憶を失う前の自分について聞いてみる。

「おばあちゃん」

「なんだい?」

梅の方を見てみると、いつの間にか梅は編み物をしており、少し手を止めてから李哉の方を見て聞き返してくる。

「記憶を失う前の俺って、どんな人だったの?」

「おや、珍しいね。李哉が記憶を失う前の事を聞いてくるなんて」

「どうだったの? 俺って」

「でもごめんね。記憶の事は退院するまでは話せないんだ。ごめんね」

「ならいいよ別に。ちょっと気になっただけだから。別に記憶なんてなくてもこうやって生きていけるから」

「――そうかい。李哉、強くなったんだね」

「え…?」

「前はそんな事を言うような子じゃなかったから」

梅の言う〝前〟は記憶の失う前の自分の事か。

それとも記憶を失ってからの自分の事なのか、少し気になった。

だが、すぐに考えるのをやめる。

そして字を書く練習をする。

 夕方の四時過ぎ。

李哉はまだ字を書く練習をしていた。

少し難しい字を梅に教えてもらいながらも。

「へぇ、ありがとうって字は有り難うって書くんだ」

「そうだよ。薔薇も覚えておいた方がいいよ。一番良いのが花の名前を漢字で書けたり、知っていたらいいよ」

「おばあちゃんは何か知ってる?」

「ばあちゃんはくすのきやもみじとかが好きだねぇ」

「どういう字を書くの?」

「くすのきは木篇に南。もみじは木篇に花。もみじの漢字は二つあるんだよ。紅葉って書いても紅葉って読むのもあるよ。ばあちゃんは木篇に花の椛が好きだけどね」

「へぇ…」

その時、病室の扉がノックされて翼が来たのを知らせる。

李哉が返事をすると、病室の扉が静かに開いて閉まる。

病室に入って来ると翼は最初に梅に頭を下げて挨拶し。

梅の隣にいつも翼の座る椅子を置いてそれに腰掛ける。

李哉がノートに漢字を書いているのを見て翼が言い出す。

「花とかもいいけど、一番役に立つのが星座だから星座の漢字を覚えておいた方がいいよ」

「え、星座に漢字なんてあるの?」

「もちろんあるよ」

少し笑いながら翼は答えて、李哉にノートとペンを貸すように促す。

李哉はされるがままに翼にノートとペンを渡す。

翼はノートに簡単に書いていき、書き終えるとすぐにノートとペンを李哉に返してくれる。

そこには星座の読み方、星座が漢字で書いてあり、更には星座のマークまでもが書いてあった。

「おひつじ座は牡羊座。おうし座は牡牛座。ふたご座は双子座。まぁ、双子座はわかると思うけど……。かに座は蟹座。しし座は獅子座。おとめ座は乙女座。乙女座もわかると思うけど。この辺りはまだ読めると思うけど、ここからは少し難しくなるよ。てんびん座は天秤座。さそり座は蠍座。蠍座は大抵の人が読めない漢字だよ」

翼がそう言う。

確かに、蠍座は読めない。

(これで、さそりって読むんだ…)

梅にも見せると梅も李哉と同じ事を呟く。

蠍座の漢字は確かに難しい。

それを書ける翼を、尊敬する。

「いて座は射手座。やぎ座は山羊座。みずがめ座は水瓶座。うお座は魚座。そんな漢字」

「凄いねぇ、めぐみ君は」

梅はそう言うが、李哉は少し驚き過ぎて言葉が出なかった。

漢字だけではなくて、マークまでもだから尚更だ。

「英語も覚えてるよ」

「え、それ本当?」

「俺はどっちかって言うと星座は英語の読み名の方が好き」

「じゃあ教えてくれる?」

「いいよ。じゃあついでにノートにも書いておいてあげるから、貸してくれる?」

そう言われたので李哉は翼にノートとペンをまた渡す。

すると翼はスラスラとノートに書いていき、それをすぐに返してくれる。

そして、口を開く。

「牡羊座はアリエス。牡牛座はタウロス。双子座はジェミニ。蟹座はキャンサー。獅子座はレオ。乙女座はバルゴ。天秤座はリブラ。蠍座はスコーピオン。射手座はサジタリウス。山羊座はカプリコーン。水瓶座はアクエリアス。魚座はピスケス。そんな感じ」

「やっぱり翼君…物知りだね」

「いや、俺は星座が好きだから覚えただけで……」

「記憶力もかなりあるよ。全部覚えてるなんて…」

更には。

ノートに少し視線を落としてみると。

そこにはいつからいつまでが牡羊座で、いつからいつまでが牡牛座なども書かれていた。

先程、書き加えてくれたのだろう。

もう凄過ぎて声が出て来ない。

翼は本当に、凄い。

そんな翼と並べるようになりたいと思う。

少なくとも、知識は手に入れようと思う。

そう思って、一つ翼に聞きたい事が浮かぶ。

そういえば李哉は、翼の誕生日を知らない。

なので、聞いてみる事にした。

「そういえば翼君って、何月生まれなの?」

「九月。九月十七日」

「じゃあ翼君は乙女座のバルゴだね」

「そう」

「これは確かに覚えていて損はしないな…ありがとう、翼君!」

李哉が笑ってそう言うと。

翼は何も言わず、ただ微笑んで答えてくれる。

そしてすぐに表情を顔から消して。

「足の方は、どう?」

そう聞いてきた。

その質問に李哉は少し笑って答える。

「前よりも痛みが酷いからビックリしたよ。もう暴れたくなるくらいに痛いから、最近じゃその力を上半身を鍛えるために使ってるんだ」

「そうか……。頑張ってるんだ」

「この次は何をするんだっけ? もう歩く練習?」

「の前にプレートを入れる手術がある」

「じゃあそれが終わったら歩けるんだ!」

「でもその手術はあと一ヶ月ぐらいだけど……」

「あぁ、早く来ないかなぁ一ヶ月。その頃にはもう柔らかいご飯が食べられるかな?」

「――どうかな」

翼の声は何処か冷たく感じられた。

なんだか、李哉が手術や歩く話をすると翼の態度が少し冷たく感じられる。

それがどうしてなのかはわからないが。

その事に気付いたのは傷口を縫う手術をした日から。

それに、あの日翼が言おうとしていた事を前々から聞こうと思ってはいるのだが。

中々聞く機会がない。

一体あの時翼は、何を言おうとしていたのだろうか。

それを知りたいが、聞けない。

そんな一日を過ごしていた。

 翼はいつものように本の朗読を終え、家に帰る時間になった時。

携帯のアラームを消してから一瞬、李哉の渡したプレゼントの腕時計を見て。

「じゃあまた」

それだけ言って病室から出て行こうとしたのだが――

病室の扉の前で立ち止まった。

李哉が不思議に思っていると。

翼が振り返って李哉に聞いてきた。

「明日は学校が休みだから、この病院を案内しようか? 病室にばっかり居ても息が詰まるだろうし」

「え――」

「また車椅子を持って来てあげるから。どう?」

「め、翼君がいいならいいけど…」

「じゃあ、明日の昼頃に」

そう言って軽く手を上げると今度こそ翼は病室から出て行った。

――病院を案内。

そう言ってくれた事が嬉しかった。

確かに李哉はほとんどこの病室の風景しか見てない。

李哉がこの病室から出たのはクリスマスパーティーの時と、大晦日の日だけだ。

病室から待合ホールへ行く廊下やナースステーション、食堂までしか知らない。

その事を考えてくれていたのか。

翼は明日、病院を案内してくれると言ってくれた。

まだ車椅子には慣れないが、色んな場所へ行けるのが嬉しい。

少し明日が楽しみになり、翼が書いてくれた星座の漢字をノートに書く練習をしながら明日が来るのを待った。

 そして翌日。

目を覚まして数分後には、やはり目の前にはお粥が置かれている。

(もう、嫌だ…)

そうは思うのだが、今日もやはり李哉はスプーンを手に取る。

お粥は毎回朝、昼、夕と違う味だ。

違う味なのだが、食べる度に吐くのだけはもう嫌だ。

だけども食べるしかないのだ。

李哉は思い切って今日もお粥を食べる。

すると、今日は珍しく前半は吐かなかった。

その代わりに後半は吐き祭りと言ってもいいほどに吐いてしまい――

結局は食べたのに全て吐き出してしまった。

吐き出さなかったら今日は五割ほど食べられていたと言うのに……。

それでも一応、三割くらいは食べられた。

(もう、食べたくない…)

そうは思うのだが、結局は食べて吐いてしまうのだから仕方がない。

こうやって吐いてしまうのだから柔らかいご飯と温野菜は夢のまた夢だろう。

心中で溜息を付きながらも、ナースに綺麗に片付けてもらった後。

李哉はいつものようにダンベルを持ち上げる。

足の痛みには慣れた――

見た目ではみんなそう思うだろう。

だけども実際はそうではない。

絶対に表情には出さないが、本当はダンベルを持ち上げるような余裕などない。

今すぐにでも暴れ出したいほどに足が痛い。

李哉はかなり無理をして我慢し、ダンベルを持ち上げていた。

暴れるような事は絶対にしたくない。

そんな事をするなら気を失いたいくらいだ。

(それが出来たら、どんなに楽だろうか…)

傷口を縫う手術の後、目を覚ましてからは一度も気を失っていない。

そのおかげで今、こんなにも辛い思いをしている。

ダンベルを持ち上げていると、しばらくしてから――

昼食の時間。

もう、本当に嫌だった。

それでも李哉は食べて。

朝食の時と同じ事を繰り返した。

食べ終えて綺麗にしてもらってからまたダンベルを持ち上げていると。

病室の扉がノックされ、壁に掛けられている時計を見つめる。

丁度翼が来る時間になっており、病室の扉が静かに開いた。

翼が来たのを確認すると李哉はすぐにダンベルを置く。

翼が車椅子を押しながら病室に入って来たので、思った事を少し笑いながら言う。

「時間が経つのって早いんだね。さっき起きて朝食を食べたのにすぐに昼食食べたから、そう感じるよ」

「それも仕方ないよ」

翼はそう言うと布団を捲って李哉の身体を少し起こしてくれて。

李哉の足を車椅子の方へ向けて、最終的に身体も車椅子の方へ向けてくれる。

やはり、ここで問題なのは次の動作だ。

身体を密着させて車椅子へ乗せる。

翼に触られると心臓が高鳴り、身体が熱くなり、下手をすれば息をするのも忘れてしまいそうになる。

密着している時だけでも心臓が高鳴らないようにしようとしている李哉に、翼が少し顔を覗き込んで聞いてくる。

「李哉君、移動するよ」

「え、あぁ…うん…」

すると優しく翼が李哉の身体に触れる。

そして、抱き上げられる。

こうやって密着してからわかった事がある。

翼は思っていたよりも力持ちで、とても力強い。

それなのにとても優しく李哉を扱ってくれる。

たったの数秒の間の事だったけれど。

李哉にとっては長く感じられた。

気が付いたら車椅子の上に乗せられており。

更には既に病室から出ていた。

つい、見惚れてしまうくらいにとても綺麗な顔立ち。

翼の顔を見ているだけで幸せになる。

だが。

「李哉君?」

翼の声でようやく我に返り、翼に見惚れていた事に気付いて顔を赤くする。

その顔を見られないようにと俯くと、更に翼が聞いてくる。

「もしかして、具合悪い?」

「あ、いやっ! そうじゃなくて…! な、なんでもないから!」

少し慌てながら、いつものように明るく振舞って正面を向く。

その姿を見て翼は特に問題ないと判断したようで。

車椅子を押して病院の案内を始めてくれる。

まずはナースステーションの前を通って。

クリスマスパーティーの時などに来た待合ホールに来ると車椅子を止めて、翼が聞いてくる。

「李哉君、行きたい所とかある?」

「行きたい場所…翼君のオススメの場所で」

「わかった」

そう答えると翼は再び車椅子を進ませる。

こうやって車椅子を翼が押してくれていると。

段々とクリスマスパーティーの時に翼がして来た質問を思い出した。

この病院をどう思うか、と翼は聞いてきた。

それを素直に白が多くて清潔感があっていいと答えると――

『――俺も、最初はそう思ったよ』

あれは、どういう意味だったのだろうか。

それを今、聞いてもいいのだろうか。

李哉が聞こうかどうしようかと迷っていると――

二人の前方に白衣を着た男性が子供達に囲まれている姿が見えた。

数十人の子供に囲まれ、男の子を肩車しているのでこの位置からは男性が誰なのかわからない。

翼はすぐに気付いてクスリと笑うのが聞こえた。

そしてその男性の元へと翼は車椅子を押してくれる。

李哉が子供達に囲まれている男性が誰だろうと思っていると、翼が車椅子を男性の方へと向けて近付く。

すると、男性が髪にひよこの飾りの付いたヘアゴムを付けているのが見えて。

それを肩車していた子供が引っ張る。

「いたたっ! ちょ、龍君! ヘアゴム引っ張らないで!」

だが、結局はヘアゴムを取られてしまい顔が完全に見えなくなってしまった。

そんな男性の前に来ると翼は車椅子を止めて。

その姿を見てやはりまだクスリと笑っている翼がその男性に声を掛ける。

「こんにちは、藤森先生。今日も大変そうですね」

(え、藤森先生っ!?)

驚きのあまりに男性の顔を覗きこんでみるが――

前髪のせいで顔が少し隠れている上に子供達に髪を撫で回されたせいでぐしゃぐしゃになっており。

李哉の記憶にある藤森先生とは別人のような人がそこには居た。

「ああ、その声は翼君――いたたたたっ。痛い、痛いから髪引っ張らないで龍く……ちょ、ヘアピンは抜かないで!! それはかなり痛い――いたたたたっ!!」

「藤森せんせー! 次はぼく!」

――確かに、声は李哉の知っている藤森先生の声だったが。

少し、先生が可哀想に思える。

肩車している子供がヘアピンまでも引き抜き。

更には藤森先生の足元に子供達が群がって足を引っ張っており、少し藤森先生はふらついている。

そしてなんとか肩車していた男の子を降ろしてから。

顔に掛かっている前髪を右手で掻き揚げて翼と李哉の方を見た。

そこで、ようやく藤森先生の顔が見れた。

藤森先生は李哉の存在には最初気付かなかったようで、李哉の顔を見て「おぉ」と少し嬉しそうにした。

それから先程まで肩車していた男の子からヘアゴムとヘアピンを返してもらい、髪を整えながら話し掛けて来る。

「李哉君も居たんだね。ごめん、気付けなくて」

「あの…なんだかすごいですね…」

少し驚きながら李哉が言うと――

一人の男の子が藤森先生の背後から忍び寄って。

後ろから藤森先生に膝カックンをした。

そのおかげで藤森先生はバランスを崩して倒れてしまった。

子供達はそれを見て楽しそうに笑っているが――

藤森先生は何処からどう見てももうボロボロになっていた。

流石に怒るかと李哉が思っていると。

「よくもやったな~? よぉ~し、肩車の刑だ!」

藤森先生は楽しそうに笑って、膝カックンをした男の子を肩車する。

すると子供達はみんな嬉しそうに笑い、相手をしている藤森先生も楽しそうに笑っていた。

そんな姿を見て、藤森先生は子供が大好きなんだなと李哉が思っていると。

翼が車椅子を押し始めて口を開いた。

「藤森先生は、大抵この時間帯に待合ホールの方に行ってああやって子供達の相手をしてるんだ。子供が大好きみたいで、俺がクリスマスパーティーのサンタ役を誰にしようかって相談した時も藤森先生が自分からやりたいって言って来たんだ」

確かに藤森先生は子供達から人気があった。

それはクリスマスパーティーの時によくわかった。

「藤森先生、子供の頃に俳優になるのが夢だったから俳優の育成所に行ってたって前に言ってた」

それを聞いて李哉は納得する。

クリスマスパーティーの時のあのサンタの演技力には確かに驚いた。

素人のものではないと思ってはいたが――

まさか俳優を目指していたとは……。

それにあの演技力ならば今からでもデビュー出来るだろうに。

顔だって良いのだから、デビューしたらすぐに売れると思う。

そう思っていると、翼が続ける。

「だけど藤森先生、子役デビューオーディションの前に病気になって倒れたみたいで、夢を諦めるしかなかったらしくて。その時の担当医がすごく優しくて、格好良かったから自分も医者になりたいって思って医者になったって――前にそう言ってたよ」

「――――」

李哉は驚いて声が出なかった。

藤森先生にそんな過去があったとは思えなかった。

少なくとも、藤森先生にはそんな面影が全くなかった。

「医者になるなら俺、藤森先生みたいな医者になりたいと思ってる」

「え…?」

李哉が聞き返すと、翼は車椅子を押すのをやめて。

少し間を置いてから答えてくれた。

「父さんと母さんは患者の事なんて何とも思ってない。自分さえ良ければそれでいい人だから、失敗さえしなければそれでいい人だから、藤森先生とかの気持ちがわからないんだ。患者とコミュニケーションを取ろうとしない人だから。まるで、機械のように仕事を的確にする。仕事に感情を持たないで……。父さんはそんな医者になれって言うけど、俺は絶対に嫌だ。そんな医者になんかなりたくない」

そう言う翼の声は真剣で、思わず振り返って翼の顔を見る。

翼の表情は真剣で。

だけど目はとても悲しそうで。

今にも、泣き出しそうな目をしていた。

その表情に少し驚きながらも、李哉は見つめていた。

すると翼は李哉の視線に気付いて。

まるで何事もなかったかのように優しく笑い、李哉に言う。

「じゃあ、外に出てみようか?」

「う、うん…」

表情では優しく笑っていたが、李哉にはわかった。

目だけは変わっていない事に。

変わらない、今にも泣き出しそうな瞳。

なんだかその瞳を見ているだけでこちらまで泣き出しそうになる。

車椅子が動き出したので正面を見るしかなく、李哉は正面を向く。

――人は日々、変わっていく。

だからきっと一年後の自分と今の自分では、まるで別人のように変わってしまうだろう。

それは、李哉が一番に知っていた。

目を覚ました頃と今の自分、比べてみるとかなり変わっている。

その事に自分でも気付いていた。

だけどそれは、翼にも当て嵌まるものだと思う。

人は何かがあると大きく変わってしまう事がある。

今の李哉の生き方や、先程の藤森先生もそうだ。

だから翼もきっと、初めて話し掛けてくれた時と今では生活も考え方も違うのだと思う。

翼の変化に気付けるのは、いつも翼と居るから。

それとも、翼の事をいつも見ているからだろうか。

答えはきっと、両方だ。

きっと翼の些細な変化に気付けるようになったのは、いつも翼と一緒に居て。

いつも、翼の事を見ているからだ。

だから、翼の変化に気付けた。

翼は、初めて自分と会った時と今は違う。

李哉はそう感じた――

 病院の外に出てみるとまだ雪が積もっていて寒いが、とても清々しい気分になれた。

病室の空気ばかり吸っていたので、外の空気がとても新鮮に感じられる。

確かに外に出て来て正解だったかもしれない。

病室に篭もっていても息が詰まるのも確かだ。

それに――

実際に積もっている雪を間近で見るのは目を覚まして初めてだったので、とても新鮮だ。

しかし……。

風が吹くと冷たい風が身体を撫で、思わず身震いする寒さだった。

「――やっぱり寒いから戻ろうか?」

「いや、もうちょっと居たい――」

すぐに手足が冷えてしまい、背筋に寒気が走る。

だが、縫った方の足には冷たさなどは感じられない。

多分、左足は感覚が麻痺しているのだろう。

外に出るならば、もっと着込んでくれば良かったと少し後悔し。

「――やっぱり戻ります」

雪景色を見ていたかったが。

どうにも寒くて堪らない。

こんな薄着で外の寒さに敵うわけがない。

冷えた身体を温めようとして両肩を擦っていたが、一向に暖かくならない。

すぐに病院に戻ったが、やはり身体は暖まらない。

その姿を見た翼が車椅子を止めて声を掛けてくる。

「李哉君」

「何――」

外の風で冷えた頬に、暖かい――いや、熱いと言ってもいいだろう。熱いものが触れた。

あまりの熱さに驚いて何を頬に当てられたのかと思って見てみると――

「これ、あげる。李哉君寒そうだから。俺の使い捨てで悪いけど」

そう言って李哉の手に渡してくれたのは暖かいカイロだった。

そのカイロはとても暖かく、なんだか心までもが暖かくなっていくような気がした。

「あ、ありがとう…」

「礼なんていいよ。じゃあ次は何処に行こうか?」

「何処でもい――」

その時。

左足に今まで感じた事のない激痛が襲って来た。

あまりの痛みに蹲って左足を押さえてしまう。

その様子に翼はすぐ気付き、車椅子のストッパーを掛けて李哉の目の前にやって来て聞いて来る。

「李哉君、大丈夫!?」

しかし、翼の言葉に答える事が出来なかった。

口から声が出て来ない。

するとたまたま近くにいた藤森先生が駆け付けてくれ、足の様子を診てくれる。

藤森先生は何も言わずに車椅子を病室に向けて移動させた。

病室に戻るとそこには梅がおり、藤森先生が車椅子を押している事と李哉が痛がっているのを見て梅は驚いた。

そんな梅を横目に見ながらも藤森先生は李哉を車椅子からベットへと寝かせてくれた。

そして布団を掛けて優しく言ってくれる。

「大丈夫、足は良くなっていってるから。治っていってるから足が痛くなるんだ」

そう言ってくれた。

李哉は少し痛みに耐えながら、藤森先生に聞く。

「外に…出たから、痛く…なった、んじゃ…?」

「それは、今の所ないかな。足は逆に熱を持ったら冷やさないといけないから問題はないよ。今回は波だよ。たまたま痛みの波が襲って来たんだ。だから――」

藤森先生は病室の外に居る翼を見て優しく言う。

「翼君のせいじゃないよ。ちゃんと足が治っていってる証拠だから」

悲しげな顔をしている翼に、藤森先生はそう言った。

それでも翼はまだ悲しそうで。

それを見た藤森先生は優しく微笑んで。

病室から出て行った。

翼はまだ病室の外に居て。

「翼君、入って来なよ」

李哉がそう声を掛けると。

一瞬入ろうかと躊躇って――

病室に入って来た。

それでも翼はいつも座る椅子に座ろうとしないので。

「座っていいよ」

李哉がそう言うと、翼は躊躇いながらも椅子に座る。

梅は空気を読んでくれているようで、何も聞いては来ない。

きっと、翼は自分を責めていると思い。

翼に声を掛けようと思って口を開く。

しかし、それよりも早く翼が口を開いた。

「ごめん」

「え――」

「俺が、無茶させたから……。だから、ごめん」

翼はとても悲しそうな表情で頭を下げてくる。

その姿を見ていると、李哉が想像していたよりもずっと。

翼は自分を責めている事がわかった。

そんな翼を見て李哉は。

「――どうして、翼君が謝るの?」

「え……?」

「翼君が謝る必要なんてないよ。すごく寒かったけど俺、すごく嬉しかったから。だって…目を覚ましてから初めて見た景色なんだよ? すごく、綺麗だった。あんな景色――見た事がなかったから。記憶を失う前の自分なら何回も見たと思うけど…今の俺は初めて見たし、すごく綺麗だった。だから――あんなに綺麗な景色を見せてくれてありがとう。翼君」

その言葉で梅は何があったのか察してくれたみたいで、やはり何も言わない。

翼は少し複雑そうな表情をしたが。

「本当にごめん。でも――そう言ってくれると救われる」

そう言って少し笑ってくれた。




 それからしばらくして。

今日もまた、李哉の前にはお粥が置いてある。

出来る事ならば、目の前にあるお粥を引っ繰り返してしまいたい。

それほどまでにももう見たくもないし、食べたくもない。

しかし、食べなくては――

何度も食べる前に言い聞かせていた言葉を今日もまた、自分に言い聞かせる。

今食べないと、普通食を食べられるのは夢のまた夢だ。

だから食べろ、と自分に言い聞かせる。

そして今日も吐くのだと思いながらスプーンでお粥を少量掬って口へと運ぶ。

だけども最近では食べられる量が少しずつだが増えてきている。

日に日に食べる量が増え、吐く回数も減っている。

そして今日は――

李哉はスプーンを置いて自分でも驚いていた。

――久しぶりに、吐かずに食べれた。

それも……全部だ。

米粒を一つも残さずに。

李哉は時間差で吐くかもしれないと思ってしばらく身構えていたが。

そんな事もなかった。

間食出来た事に喜んでいるのも束の間。

今度は左足に激痛が襲って来る。

「ッ~~~~」

このまま何もせずに耐える事は出来ず、いつものようにダンベルを手に取って上半身を鍛え始める。

鍛えながら早く足を治して翼と一緒に居たいと思う。

足が治ったらまず何をしようか。

翼は本が好きだと言っていたから、一緒に図書館に行こう。

それからゲームセンターに行ったり、とにかく遊び回ろう。

翼の事を考えていると、心臓が心地の良い鼓動を刻む。

ダンベルを持ち上げながら李哉はどうしてそうなるのだろうかと考える。

心臓が心地の良い鼓動を刻む時はいつも、翼を見ている時や翼と一緒に居る時。

翼に触れられた時、それと翼から貰った腕時計を見つめている時。

翼の事を考えて居る時。

全て翼にだけしか自分の心臓は反応しない。

そこに不意に疑問に思う。

これは、本当に心臓なのだろうか。

もしかしたら心臓ではなくて、これは心なのではないのだろうか。

心が、翼にだけ反応しているのではないのだろうか。

そう考えて更に疑問に思う。

ならばどうして心が翼にだけ反応するのだろうか。

その時、李哉の脳内にある話が過ぎった。

それは、先日読んだ本の内容。

好きな人の事を考えると胸が締め付けられて。

でもそれは苦しくなくて。

寧ろ嬉しくて。

その人を見ていると心臓が高鳴って、身体が熱くなる。

条件が、同じだった。

その症状に名前を付けるならば――

〝恋〟

その一言が、李哉の頭に過ぎる。

(恋? まさか――)

驚きのあまりに動かしていた手を止めた。

そうは思うが、何回も話の内容を思い出して確かに恋と同じだと思う。

そして、その考えを否定する。

否定するが――恋が一番しっくりと来る。

そして不意に気付く。

これは〝恋〟なのだと――

しっくりと来たのだが……。

男が男に恋をするというのは、どうなのだろうと考える。

(普通なら、女の子とかを好きになるんだよね? 俺の考える事って――おかしいのかな?)

自分が同姓である男の翼に好意を抱いていると気付き、李哉はこれから翼と顔を合わせる時にどんな顔をすればいいのかわからなくなる。

少し頭の中が混乱し、手にしていたダンベルを少し置いてみる。

一度冷静になり、李哉は考えて自分に問う。

翼が好き。

そして自分はどうしたい?

この想いを翼に伝えて付き合うか。

(ちょ、ちょっと待って! その前に世の中じゃ男同士で付き合うのをどう考えてるの?)

李哉にはそれがわからない。

とりあえず、自分ではその考えはおかしいと思うので世間もそう考えているのだと思う。

(だったら、翼君も嫌かな…? 男同士で、とかは)

もしも大丈夫だったなら、告白しようかと少し考えて即座に否定する。

友達になったばかりの相手が自分の事を好きだと言ってきたら……自分なら嫌だ。

もう少し仲良くなって、何でも話し合える仲になったとしたらそうでもないと思うが――

(じゃあ、それまで待つ…? って! どうして俺は翼君が俺の告白をOKするのを前提で考えてるんだ!?)

出来る事なら羞恥でのた打ち回りたかったが、身体を動かせないのでそれが出来ない。

その時、ようやく気付く。

隣には梅がおり、いつものように編み物をしている事に。

――そんな梅の隣でとんでもない事を考えていた自分が恥ずかしく、少し嫌になる。

赤くなった顔を梅に見られたくなくて、以前のように窓の方を見つめる。

窓硝子に映った自分の顔は赤く、落ち着こうと思うのだが――

落ち着く事など出来ない。

 気付いてしまった。

何故今気付いてしまったのだろうか。

退院してからでも良かったのに――

その日、柳葉李哉は気付いてしまった。

翼への想いに。

痛みと苦しみと辛さの中で見つけた、とても優しくて愛しい翼への想いを。

見つけてしまった。

とても悲しくて残酷な、片思いの始まりを――










                                              ~To be continued~

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