青春スクエア ~柳葉李哉の片思い~ 小学生編2
何も変わらない毎日を、変えてくれた人が居る。
そのおかげで柳葉李哉は今、笑う事が出来る。
一日が楽しいと思えるようになった。
李哉を変えてくれたのは、綾崎翼という李哉と同い年くらいの少年。
少年は何も出来ない李哉の元へ来て、小説の朗読をしてくれた。
モノクロの世界を、一瞬で色付かせてくれた。
しかし――李哉は知らない。
翼の事を考えると胸が高鳴る理由を。
それが一体何なのかを――
白一色の世界で、柳葉李哉は目を覚ます。
目を覚ましてすぐに左足の激痛を感じ、一瞬思考回路が止まってしまう。
今までと同じ朝。
まるで昨日の事が、夢のように思えた。
いや、実際に夢だったのかもしれない。
昨日の出来事が、現実だって言う証拠が何処にもない。
もしかしたらあれは、自分の見ていた夢なのかもしれない。
ならば、とても良い夢を見た。
昨日とはまるで気分が違う。
前向きな気持ちになっていた。
しかし、何処か寂しさを感じて少し辺りを見渡す。
満腹感があるので流動食の後なのはわかるのだが。
梅の姿がどこにもなかった。
何処に行ったのかと思いながら壁に掛けられた時計に視線を向ける。
時計の針が指し示す時間が午後十二時五十八分だった。
梅はトイレに行ったのかと思い、窓の方を見ようとした時。
扉がノックされた。
梅だろうと思い、普通に返事をする。
「どうぞ」
李哉の返事を聞くと扉が静かに開き、そして閉まる。
梅に昨日の事は現実なのか夢なのかと聞こうとした時――
李哉の目の前にはフレームのない眼鏡を掛けた、綾崎翼がそこにはいた。
そして翼の手には昨日朗読してくれた未来への道標があった。
驚いて一瞬どうすればいいのかわからなくなっていると。
「今日も朗読しますけど、いいでしょうか?」
顔には感情はなく、翼はそう聞いてくる。
とりあえず李哉は頷いておく。
すると、またも扉がノックされた。
今度は返事を聞く前に扉が開き、梅が病室に入って来る。
ハンカチで手を拭きながら、梅は少し俯いており――
顔を上げ翼の姿を見て。
「あら」
そう言って驚いた表情を見せた。
翼は梅の姿を見ると頭を下げて口を開く。
「初めまして。綾崎翼です」
梅は翼の手にある本を見て、すぐに納得してくれたようだ。
そして嬉しそうに微笑んで病室の端に置いてあった椅子を持って来る。
空気を読んでなのか、梅は少し李哉と翼から距離を取って椅子に座った。
「めぐみ君は、何歳なんだい?」
「今年で十二歳になりました」
「じゃあ、李哉と同い年なんだねぇ」
「はい」
「君が李哉に笑顔をくれた子かぁ。これからも李哉と仲良く頼むね」
梅にそう言われ、一瞬翼の顔に表情が見えた。
少し嬉しそうに照れたように見えた。
翼は少し視線を逸らし。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
そう答えた。
翼は少しどうすればいいのか戸惑ったようだが、李哉の前に置かれた椅子に腰を下ろす。
そして手にしていた本を開き、朗読を始める。
「『今、何かを思い出しそうだった。もう少しで何か――。その時、遠くから良く聞いた声が聞こえた』」
翼が朗読を始めて、李哉も梅も翼の朗読に聞き入ってしまう。
翼の声を聞いていると、とても心地良い。
心地良過ぎて、いつの間にか李哉は眠りに落ちてしまっていた。
気を失ってしまったのだが、翼の声を聞いていると眠りに誘われたような気がした。
遠くから、話し声が聞こえる。
何を話しているのかはちゃんと聞き取れないが、優しい声が聞こえる。
少しずつ意識がハッキリとして来て、それが誰の声かわかるようになった。
「めぐみ君は、朗読が上手だねぇ。アナウンサーとかになりたいのかい?」
「いえ、そんな事はないです。意識はしてないんです」
「じゃあ、元々持ってる才能なんだね」
「そうみたいです」
翼と梅の話し声が聞こえ、少し目を覚ます。
近くにいる翼は李哉が目を覚ました事に気付いていない様子だった。
「めぐみ君はアナウンサーとか、声優とかに向いてるんじゃないかい?」
「いえ、俺はなりたいものがあっても……なれないので」
そう答える翼の表情が、悲しげに見えた。
どうしてそのような顔をするのだろうか。
李哉がそう聞こうとした時。
「あ、気分はどう?」
翼が李哉に気付き、声を掛けて来た。
その瞬間に悲しげな表情は消えたのだが。
瞳はやはり悲しげだった。
李哉は翼に聞きたい事が頭の中に溢れて来た。
何故、そのような表情をしたのか。
何故、この病院にいるのだろうか。
何故、自分に構ってくれるのだろうか。
どうしてなのかと聞こうとするのだが――
今日は左足の痛みが酷く、意識を保っていられそうにない。
その事に翼はすぐに気付き。
「大丈夫。無理はしなくていいから。辛いなら無理しないで寝てていいから。時間になったら行くけど、それまではずっといるから」
そんな翼の優しい声が耳に入り、李哉は静かに目を閉じる。
――ああ、なんて君の声って優しいんだろう。
出来る事ならば、ずっと聞いていたい。
それは、どうやら今はまだ出来ないようだ。
翼の声を聞きながら、李哉は眠りに落ちた。
今日もまた、白い世界で目を覚ます。
目を覚ますとそこには梅がいる。
そしてすぐに左足の激痛を感じる。
痛くて堪らないが。
李哉は少し、反射的に翼の姿を探してしまう。
だが、翼の姿はどこにもなかった。
それから壁に掛けられている時計に視線を向ける。
外が明るく、時計の針が四時十分を差しているという事は――
翌日なのだろうか。
「李哉、あれから半日経ったんだよ」
梅にそう言われて、李哉は理解する。
まだ時計を見つめながら、今度は壁に掛けられているカレンダーを見つめる。
今日は、平日。
という事は翼は学校があるので夕方からしか病室には来られない。
その丁度来る時間帯に目を覚まして良かったと内心思う。
早く翼が来ないかと思っていると。
病室の扉がノックされる。
ノックが聞こえた瞬間、李哉は嬉しそうに笑って扉の方へ視線を向ける。
それを見た梅は嬉しそうに、優しく微笑んで答える。
「どうぞ」
すると病室の扉が静かに開く。
そして扉には、初めて見る学生姿の翼の姿があった。
何故かランドセルは背にも手にもなく、ランドセルを何処へやったのかと少し疑問に思う。
手にはただ、未来への道標が握られてあった。
本を片手に翼は病室の扉を静かに閉める。
「いらっしゃい、めぐみ君」
「どうも」
「ランドセルは、どうしたんだい?」
梅もやはり気になったようで、翼にランドセルについて聞いた。
翼は梅に少し頭を下げて椅子に座り、梅の目を見る。
そして少し間を置いて答えてくれる。
「少し、預かってもらってます。病院に」
「預かってもらえるのかい?」
「ええ、まぁ……」
そう答えて、翼は少し俯く。
その表情はやはり影があるように感じた李哉は何かを聞こうとしたが――
口は開けても言葉が口から出て来ない。
それに、聞きたいとは思うのだが……。
それが翼にとって聞かれたくない事だったら、そう思うと更に聞けなかった。
その代わりに――
「毎日来てくれて、ありがとう…。僕、そんなに起きていられないけど」
「いえ、いいんです。俺がしたくてやってる事なので」
翼の言葉を聞いて、李哉は疑問に思う。
昨日はたまたまだったのだろう。
優しく無茶はしないでと言ってくれたが。
翼は敬語しか使っていない事に気付く。
同い年の男の子に敬語を使われる事に、強い違和感を感じる。
「あの…えっと、綾崎…君?」
敬語を使う理由を聞こうとしたが、その前に翼の事をなんて呼んでいいのかわからず、名字で呼んでみた。
少し疑問系――いや、かなり疑問系に名前を呼んでしまった。
まぁ、元々質問をするために名前を呼ぶので問題がないのだが。
李哉が翼の名前を呼ぶと、翼は静かに李哉の顔を見つめてくる。
どうやら、次の言葉を待っているようだ。
「どうして、敬語を使うの…? 僕達って、同い年だよね…?」
少し戸惑いながらもそう聞いてみる。
あまりに翼が李哉の顔をじっと見つめて来たので、何故か心臓が鳴る。
感情のない表情が、とても綺麗で。
まるで人形のようで。
浮世離れしているくらいにとても綺麗で。
悲しそうな瞳で。
今にも泣き出しそうな瞳で。
翼は李哉を見つめていた。
「これは……。父に患者には例え同い年でも、年下でも敬語を使えと言われたので……」
翼の言葉で、少し気付けたような気がした。
翼の両親は――この病院にいる人なのではないのかと。
だが同時にどうして翼は病院にいるのだろうかと疑問に思う。
それを聞いていいのか悪いのかわからず、結局は聞けない。
やがて翼は手にしていた本を開いて、朗読を始めてくれる。
翼の優しい声が、病室に響く。
李哉は翼の声を聞きながら思う。
――ああ、もっと知りたいな。
綾崎君の事を――
そう思いながら李哉は目を閉じる。
とても優しく、透き通る綺麗な声。
李哉にとって翼の声はまるで子守唄のようだった――
眠る時はとても心地が良い。
翼の声を聞いているだけで、眠りに誘われるからだ。
昨日だけは、気を失ったのではなくて眠気に誘われた。
今までであんなに心地の良い眠りに落ちた事はなかった。
少なくとも、この病院で目を覚ましてからは。
ずっと、気絶ばかりしていたから。
だが――
目覚めはどうしても寂しい。
目を開き、病室の天井が視界に入る。
左足の激痛には慣れる事はないが、それはそんなに気にしない。
一番気にするのは――
眠る前まで隣に居てくれた翼が、目を覚ました時には居ない事だ。
翼が傍に居ない事に気付くと、胸に少し冷たさを感じる。
出来る事ならば、ずっと一緒に居たいと思う。
だけれど、そんな我が儘は口が裂けても言えない事だ。
そんな事を言ってしまったら、翼に迷惑を掛けてしまう。
そう思った時、李哉の脳裏に過ぎる翼の表情。
表情に感情はないのに、悲しげな瞳をしている翼。
今にも泣き出しそうな、翼の瞳。
どうしてか、翼が悲しそうな表情を見せた時や悲しげな瞳を見た時に李哉の胸も痛くなる。
それがどうしてなのか、李哉は知らない。
どうして、翼の顔を見ただけでドキドキと心臓が脈打つのか。
どうして、翼の事をもっと知りたいと思うのか。
李哉は知らなかった。
やがて数時間後、午後四時十分ほどになり。
翼が病室に訪れる。
やはり今日もランドセルは持っておらず、手には本だけがあった。
病室に梅が居ない事に翼は気付き、李哉に聞いてきた。
「おばあさんがいませんけど……」
「ああ、僕もさっきナースさんから聞いたんだけど。用事があるから日が沈んだ頃にしか戻れないって」
「そうなんですか」
そう呟いて翼はいつも座る椅子へと腰を下ろす。
そして手にしていた本を開いて聞いて来る。
「昨日は、どこまで聞いていましたか?」
「あの…」
「なんですか?」
「僕には敬語、使わなくていいよ」
「え……?」
「その…やっぱり同い年の子に敬語を使われるっていうのは…違和感、がすごくて」
「いいん、ですか……?」
「うん。その方が話し易いし。僕、なんか堅苦しいのは苦手なんだってわかったから」
李哉が思った事や感じた事を素直にそう言うと――
翼は嬉しそうに微笑んだ。
目はやはり悲しげだったが、それでも嬉しいのだとは十分に伝わって来る微笑みだった。
そんな表情をして、翼は口を開く。
「ありがとう」
とても優しい、とても綺麗な声でそう翼は言った。
翼の言葉はとても優しく、暖かく感じた。
翼の見せた初めての表情と言葉を聞き、李哉の胸は高鳴る。
翼の微笑みを見て、李哉は思う。
――ああ、なんて綺麗に笑うんだろう。この人は。
その微笑みを、ずっと見ていたいと言ったら怒るだろうか。
そんな事を思いはするが、やはり口からは出て来ない。
翼は嬉しそうに微笑みながら本を開いて、朗読を始めてくれる。
なんだか、一歩翼の心に近付けたような気がした。
もっと、翼に近付く事は出来ないだろうか。
そう思いながら李哉は翼を見つめる。
とても姿勢良く椅子に座り、本を開いて綺麗な声で翼は朗読をしてくれている。
綺麗な黒髪が少し跳ねており、それが少し可愛いと思ってしまう。
時折り、左手の中指で眼鏡を押し上げる仕草がとても様になって見える。
それに――
翼を見ていると、どうしても自分と同じ年には見えない。
翼の放つ雰囲気が、とても大人しく、物静かな雰囲気で大人のように思える。
翼は、自分とは違うように少し感じる。
それを、李哉は知りたいと思った。
翼の心に触れたいと思った。
柳葉李哉の恋は今、走り出した――
~To be continued~




