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青春スクエア ~柳葉李哉の片思い~ 小学生編13

 久々に、翼に逢えた。

いつもならば、李哉の姿を見つければすぐに翼は李哉の元へ来てくれる。

李哉の姿を見つければ、絶対に李哉の方を見てくれる。

それなのに――

翼は李哉に声を掛ける所か、李哉を一度も見る事は無く。

李哉の隣を通り過ぎたのだ。

その事に李哉は強いショックを受けた。

久々に、翼と逢えたというのに。

それなのに――

だが、それでも李哉は翼の事を想い続けていた。

そして李哉は胸の痛みを糧に。

悲しみを糧にして立ち上がる事にしたのだ。

立てるようになって、翼にその理由を聞きたかった。

どうしてそんな事をしたのかを――

そして、翌日の三月六日。

朝から李哉はリハビリ室で立つ練習を必死にしていた。

朝食を食べ終わるとすぐにリハビリ室へ来た。

立てるようになりたい。

何回も倒れてしまったが、それでも練習を続けていた。

もう一度、挑戦しようとして右足に体重を掛ける。

その時。

脳裏に昨日の翼が去って行く後ろ姿が過ぎった。

その背中を、追い掛けたい。

翼の隣に立ちたい。

李哉はそう強く思いながらゆっくりと体重を右足に掛けていく。

足の力が抜けそうになったが、必死に右足に力を入れる。

そして、中々踏み出せなかった一歩を踏み出してみる。

右足に今までにないほどの力を入れて――

――――――

一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

ただわかるのは。

周りの景色がいつもよりずっと、高い事だ。

そして周りを見渡してみる。

今までは車椅子や、床に座ってから見る景色だったのでリハビリ室の窓から見える外は一度も見た事がなかった。

だから李哉はリハビリ室から見える景色がどのようなものなのか知らなかった。

李哉の知っている窓から見える景色は、病室から見える景色だけ。

病室の下の、公園だけだ。

だがリハビリ室から見えた窓の景色は――

公園の桜並木が見えた。

その奥には、たくさんの高層ビルや高層マンション。

それを見て、李哉は驚いた。

それから、自分の知らない世界がそこにはあると気付いた。

そして、そこで李哉はようやく気付いた。

自分は今、立っているのだと。

切断されるかもと言われた、自分の足で。

「たて…た…」

驚きと同時に喜びが湧き上がって来る。

それから。

先程までとは世界が全く変わって見えた。

同じ景色なのに、同じ病院だというのに。

ただ、目線が変わっただけなのに。

とても不思議な気持ちになった。

今まで見ていた世界が急に変わってしまった。

一瞬、ここは何処なのだろうかと思えた。

誰も居ない、李哉しか居ない世界。

だが、窓の外からは人の姿がちらほらと見えたのでこの世界には自分一人だけではないとわかった。

一人でリハビリ室に居ると。

「おや、李哉君。立てるようになったんだね」

不意に藤森先生の声が出入り口の方から聞こえた。

李哉は声の聞こえた方を倒れないように注意しながら見てみた。

リハビリ室の出入り口に居たのは、シンプルなシルバーのカチューシャで前髪を上げている藤森先生の姿があった。

藤森先生は李哉の元へ来てくれ、李哉の隣に立つ。

いつもは見上げていた藤森先生の顔がほんの少し上にある。

「――藤森先生の顔が近くにある…」

李哉がそう呟くと藤森先生は少し驚いた表情をして。

次に、優しく笑った。

「確かに車椅子は低いからね。立ってみると世界が違って見えるだろう」

「そう、ですね…」

「うん。この様子なら松葉杖が付けるね。まだ、自分では歩けないでしょう?」

「えっと…」

そう言われて、李哉は歩いてみようとした。

立つ事は出来たが、最初の目的の歩く事をまだしていなかった事を思い出したのだ。

足を一歩前に踏み出してみたのだが――

左足を床に付ける事は出来るが、左足に体重を掛けようとすると。

ズキン。

左足に痛みが走り、右足の力が抜けてしまった。

倒れそうになった所を藤森先生が支えてくれたので、倒れる事は無かったのだが。

李哉を支えてくれた藤森先生が優しく言ってくれる。

「無理はしないで。今、松葉杖を持って来るから。座って待ってて」

藤森先生は床へと李哉を座らせようとしながらそう言ってくれたのだが。

李哉はすぐに口を開いて言う。

「あ、いえ…。立って待ってます」

「大丈夫? 待てる?」

「はい、大丈夫です」

李哉がそう答えると、藤森先生は李哉を立たせてくれた。

李哉は、立って待っていたかったのだ。

立って見る景色を見ていたいのだ。

この、新しい世界を眺めていたかったのだ。

李哉が無事に立てると藤森先生が優しく言ってくれる。

「じゃあ、すぐに持って来るから待っててね」

そう言うと藤森先生は行ってしまった。

李哉は藤森先生の行ってしまった廊下を見つめる。

廊下も、先程下半身を引き摺って来ていた時とは景色が全く違う。

立つだけで、こんなにも世界というものは変わるのだろうか。

変わりように少し李哉は驚いていた。

藤森先生の来るまでの間、李哉は周りを見渡していた。

今まで、李哉の見た事のない視点。

李哉がもっと色んなものを見ようと思い始めた頃に藤森先生が松葉杖を持って戻って来た。

藤森先生は松葉杖を両脇に挟み、口を開いた。

「松葉杖の使い方はね、先に松葉杖の方を床に付いてから怪我のしていない足を前に出す。李哉君の場合は右足を前に出すって事。こんな風にね」

そう言って藤森先生は実際に松葉杖を付いて移動してみせる。

先に両脇に挟んだ松葉杖を両方とも床に付き。

右足だけで立っていた藤森先生は、そのまま松葉杖へと体重を掛けて。

身体を前へと行くようにして体重を掛け、右足で着地し。

それを数回繰り返した。

「怪我をしている左足を床に付いちゃダメだよ。左足だけ縮んでしまって靴のサイズが合わなくなるから。じゃあ、やってみて」

そう言って藤森先生は松葉杖を李哉に渡してくれた。

李哉は藤森先生がしたように右足で体重を支え、左足は少し上げ。

両脇に松葉杖を挟み、体重を掛けて前へと進んでみる。

倒れそうになった所で、右足を前に出して止まる。

一歩、移動する事が出来た。

松葉杖を使ってだが、歩く事が出来た。

もう一度と、李哉は松葉杖を使って歩行練習をする。

意外と飲み込みが早く、すぐに松葉杖を使いこなせるようになった。

まだ動きはぎこちなかったが、上手く移動出来るようにはなっていた。

それを見た藤森先生は少し驚きながらも何処か満足そうに呟いた。

「うん。これなら明日にでも退院出来るよ」

「えっ!? もうですか!?」

「まぁ、二週間は様子を見た方が良いかもね。ちゃんと松葉杖を使って過ごせるか、様子をみないといけないから」

「二週間後には退院、ですか…?」

「そうなるね。……やっぱり、寂しい?」

「…はい、寂しいです」

「じゃあ、そんな李哉君に良いお知らせだよ」

「え…?」

藤森先生は無邪気に笑い、右手の人差し指を立ててみせた。

その姿が、すごく様になっている。

藤森先生が指を立てる仕草をすると、とても似合っている。

というよりも――

その姿が可愛いと思えてしまう。

前髪を上げているからそう思ってしまうのかもしれないが。

そんな藤森先生の口から、李哉にとってかなり嬉しい言葉が飛び出した。

「松葉杖が付けるようになったから、大部屋に移動してみようか?」

「え…いいんですか…!?」

「うん。もう良い頃だろう。それにいつまでも一人じゃつまらないだろう?」

藤森先生の言葉が嬉し過ぎて、李哉は声が出なくなった。

確かに、つまらないとは少し思っていた。

翼が来ない時は一人の病室がとてもつまらなかった。

誰かが同じ部屋に居れば、そんな事を思わずにいられたのだろうと李哉はずっと思っていた。

自分以外の人間と居ると、楽なのではないのかと。

話をするだけで、痛みは薄れるのではないかと。

出来る事ならば、人の居る部屋へ移動したいと思っていたのだ。

「李哉君が大部屋に移動する部屋は前から決まっていたから替わる準備は出来てるよ。だから病室に戻って荷物をまとめよう。それから新しい部屋に行ってみよう?」

「はい!」

という事で。

李哉と藤森先生はリハビリ室から出て、李哉の病室へと戻る。

松葉杖を付いて、病室へと戻るその後ろには藤森先生が。

廊下を松葉杖を付きながら歩き、李哉は思った。

やはり、来た時とは景色が全く違う。

今までは見上げてもずっと上にあった人の顔が、すぐ近くにある。

その事に実感しながら、自分が立てるようになったのだとようやく自覚出来た。

松葉杖を付いて廊下を歩いていると、すぐに自分の病室へと戻れた。

病室に戻った時に、ふと李哉は思った。

(この病室が――今まで自分が過ごしてた病室…?)

車椅子や、匍匐前進をしていた時に見た病室の景色と今見る景色はやはり違う。

本当に、ここは自分の使っていた病室なのかと少し疑ってしまった。

だが、この病室には李哉の私物があった。

机の上にはクリスマスに翼から貰った腕時計が。

それを見て、ここは自分の部屋なのだと理解する。

部屋に戻ると藤森先生が優しく言ってくれる。

「出来る範囲は自分で荷物をまとめてみて。出来ない所は僕がするから」

藤森先生の声を聞き、李哉は我に返って荷物をまとめ始める。

まぁ、すぐに荷物をまとめる事が出来たのだが。

そんなに荷物は多くはなかったので、すぐにまとめる事が出来たのだ。

部屋にあった荷物を鞄に全てまとめると。

藤森先生が鞄を持ってくれ、優しく声を掛けてくれる。

「じゃあ、新しい病室に案内するね」

そう言うと藤森先生は病室から出て行こうとする。

李哉もそれに付いて行こうとしたのだが――

ふと、足を止めた。

そして気が付くと李哉は、病室を振り返っていた。

朝までとは、全く違って見える病室。

だが、確かにこの病室は李哉が今まで使っていた病室だ。

一ヶ月以上、世話になった病室だ。

何も無くなってしまった病室は、本当に今まで自分が使っていた病室なのか最早わからない。

荷物をまとめる前は李哉の物が病室にはあり、自分の部屋だとは少しでも思えたのだが。

何も無くなってしまったこの病室はなんだが――

とても、寂しく感じられた。

寂しくも感じられ、悲しくも感じられた。

そう感じ、ある事に気付いた。

――この病室の雰囲気は、とても似ている。

(翼と、同じ…?)

李哉はそう感じた。

この、寂しげで悲しげな雰囲気はとても翼に似ている。

特にこの真っ白な病室が、翼を連想させる。

そこまで考え、不意に気付く。

似ていて当然だ。

翼はこの病院で育ったも同然なのだから。

似ていると感じても、仕方ないだろう。

そう思い、李哉は病室を見回す。

この病室で、思い出が出来た。

この病室で、翼と出逢えた。

この病室で、色んな人と逢えた。

色んな思い出が脳裏に過ぎり、李哉は思う。

(もうすぐ、退院なんだ…)

まだ、退院する事に対しての実感がないが。

この何も無い病室を見ると少しでも実感が出来たような気がした。

少し、この病室に名残惜しさを感じたが李哉は一ヶ月以上世話になった病室に背を向ける。

病室を出る時に心の中で〝ありがとう〟と呟いてから。

そして、藤森先生の後に付いて行く。

藤森先生は病室の出入り口で待っていてくれ、李哉が病室から出ようとすると廊下に出て歩き出した。

少し藤森先生と一緒に廊下を歩き、やがて藤森先生はある病室の前に来ると足を止めた。

足を止めると李哉の方を振り返り、優しく言う。

「ここが、新しい病室だよ。この病室が、今度李哉君が退院するまで過ごす病院」

李哉は藤森先生の止まった病室の番号を確認する。

そこは、223号室だった。

そして、病室の部屋番号の下にあるネームパネルを見て驚いた。

李哉が驚いていると、藤森先生が先に病室へと入って行った。

慌てて李哉も藤森先生の後を追って病室へと入る。

すると――

「だァからァ!! 違ェつってんだろーがァ!!! 何遍言えばわかんだテメェはよォ!!!」

「モウ許シテヨォー!!」

そんな声が聞こえ、藤森先生と李哉の前にバジルが飛び出して来た。

バジルは藤森先生と李哉の存在に気付くのが遅れ、止まろうとしたのだが。

結局止まれずに藤森先生にぶつかってしまった。

ぶつかって来たバジルを優しく藤森先生は受け止めて聞く。

「大丈夫? バジル君」

「ウン。大丈夫……アレ、ドウシテ藤森先生トキシヤガ居ルノ?」

「アア゛?」

ドスを利かせた樹姫の怒声と共に樹姫がカーテンで仕切られた病室のベットの方から顔を出した。

その表情はやはり鬼のような形相だったのだが。

藤森先生と李哉の顔を見た樹姫は瞬時に鬼の形相をやめ、大人しい樹姫になった。

――大人しい樹姫と言うのは可笑しいのだが。

ここは普段の樹姫と言っておこう。

と言っても、普段の樹姫が怒っている樹姫なのだが。

とりあえず、樹姫は普段の樹姫に戻り聞いてきた。

「先生、どうした? 何かあったのか? それに李哉も」

樹姫の鬼の形相を見ても藤森先生は優しく微笑んでいた。

李哉に至っては苦笑いをしていると言うのに。

どうやら藤森先生は、樹姫の鬼の形相に慣れている様子だ。

少し李哉は藤森先生の対応を見習いたいと思った。

その上に藤森先生はまるで何も見なかったかのように、いつもと何一つ変わらない様子で樹姫に聞いた。

「あれ、拓海君はどうしたの?」

「アイツはいつも通り散歩に行ったよ。多分屋上にいるんじゃねェの?」

「そうか……。じゃあバジル君、樹姫ちゃん」

「おぅ」

「ナァニ?」

藤森先生は少し間を空けてから。

李哉がバジルと樹姫から見えるように李哉の隣に並び。

そして、口を開いた。

「今日からこの病室で一緒に過ごす事になった李哉君だよ」

藤森先生がそう言うと。

バジルと樹姫の反応は全くと言っていいほど、無かった。

そんな反応に李哉はどうしていいのか少し困りながらも。

左手で頭を掻きながら、二人に言った。

「立てるようになったから、大部屋に移動する事になったんだ。だから…よろしく」

少し困りながら、照れながら李哉がそう言うと。

急に二人から反応が返って来た。

どうやら二人とも、驚いていた様子だった。

「おお! そうなのか! そりゃあ良かったな! いや、アタシもコイツらの相手に疲れ始めた頃だったんだよ。てか――お前立てるようになったんだなオイ!」

「良カッタナキシヤ! ヤッタァ!! 僕、ズットコウナレバ良イッテ思ッテタンダ! アリガトウ、藤森先生!」

「いえいえ」

藤森先生は優しく微笑んで答えた。

そのようにして、嬉しそうな二人の声が聞こえて来た。

樹姫に至っては嬉しいのがすごく伝わって来る。

李哉の背中を男らしくバシバシと強く叩いてくるのだ。

バジルに至ってはその場でぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねている。

そんな二人を見ると、李哉もなんだか嬉しくなって来た。

「李哉君の使うベットは右側の手前の方にあるベットだから」

そう言うと藤森先生は右側の手前にあるベットの椅子の上へと、手にしていた荷物を置いてくれた。

荷物を椅子の上へと置き、優しく李哉に聞いて来る。

「荷物、ここに置いてもいいかな? ここならベットからでも手が届くでしょう?」

「あ、はい」

李哉が返事をすると藤森先生は荷物を置いて李哉の隣に立つ。

樹姫とバジルはまだ嬉しそうで。

バジルが嬉しそうに口を開いた。

「タクミノ隣ダネ!」

「そうなの?」

「おぉ。基本的に安全地帯だな。カーテンさえしてりゃあ」

樹姫の言った言葉が理解出来ず、李哉はバジルを見つめるが。

バジルは少し、顔を青褪めて若干樹姫から距離を取っているように見える。

どういう意味なのかと、李哉が藤森先生を見つめると――

藤森先生は苦笑いをしていた。

ここでようやく藤森先生の苦笑いが見れた。

苦笑いをすると言うのは、どういう事なのだろうか……?

李哉がそう思っていると。

「じゃあまた来るね。ベットの所と部屋の前に李哉君の名前を張らないといけないから、それを持って来るね」

「はい、わかりました」

藤森先生は優しく微笑むと病室から出て行った。

藤森先生が病室から出て行くと、李哉はベットの上に腰を下ろした。

松葉杖を壁に凭せ掛け、少し病室を見渡してみる。

病室には四つのベットがあり、その全てのベットがカーテンで仕切られており。

カーテンをしてあれば個室にいるのも同然な、新しい病室。

それから李哉は病室に時計が無い事に気付いた。

今までは病室に時計が掛けてあったのだが、時計が無い事に違和感を感じる。

これでは、時間がわからない。

そこで李哉は持って来た荷物の中からクリスマスに貰った腕時計を、薄型のテレビの設置されている机の上に置いた。

腕時計を置き、もう一度病室を見回す。

樹姫のベットはどうやら李哉のベットから斜め右のようで。

樹姫は自分のベットに戻るとカーテンをすぐに開けたのだが。

隣のタクミ――

いや、拓海のベットのカーテンが閉まっているせいで樹姫の顔があまり見えない。

バジルも自分のベットに戻ったのだが、カーテンが閉まっており李哉の方からはバジルの姿が全く見えなかった。

その事に少し李哉が困っていると――

樹姫が自分のベットの上からシャッと音を立ててバジルのベットのカーテンを開き。

その次にベットから降りて拓海のベットのカーテンも開いてくれた。

すると先程とは打って変わって見渡しが良くなった。

そして樹姫は李哉の目の前に来ると二カッと爽やかに笑って言った。

「ようこそ、223号室へ!」

樹姫の言葉に李哉が驚いていると――

樹姫の後ろでバジルが両手を広げて嬉しそうに笑いながら。

「ヨウコソ!」

そう言う声が聞こえて来た。

二人とも李哉を歓迎してくれて、とても嬉しかった。

バジルと樹姫の居る病室に移動出来て良かったと本当に思う。

李哉は微笑んで感謝の思いを口にする。

「ありがとう、二人とも」

「個室から大部屋に来たって事は、もうすぐ退院なのか?」

「うん。二週間後に退院だって」

「二週間!? ソレジャアモウスグダヨ!!」

「そう。あと二週間しか一緒に居られないんだ。…なんか、ごめんねバジル」

「なんでお前が謝るんだよ」

そう言って樹姫は笑った。

樹姫は腕を組んで立っていたが、やがてバジルのベットに腰を降ろして李哉と向き合った。

バジルは自分のベットに座っていたのだが、半ば樹姫に座る場所を奪われたような形になり。

渋々と立ち上がった。

「ソウダヨ。キシヤガ謝ル事ナイヨ」

バジルは少し悲しげに、寂しげにそう言った。

それは、李哉と居られるのがあと二週間からなのか。

樹姫に自分のベットを占領させたからなのか。

それかその両方かだったのだろう。

だが、バジルは次にはパッと明るく笑って言ってくれた。

「良カッタネ、キシヤ。モウスグ退院デ」

「うん、ありがとうバジル」

李哉はそう言って微笑む。

それからもう一度、病室を見回した。

特に、隣のベットの拓海の方に視線を向けた。

――拓海は一体、いつ頃戻って来るのだろうか。

それが気になった。

李哉は一度も拓海に逢った事がない。

バジルや樹姫の会話では何回か名前を聞いた事はあるのだが――

出来る事ならば、逢ってみたい。

同室になったので、挨拶も兼ねて。

そう思いながら李哉は樹姫に聞いてみた。

「…拓海さんって、どれくらいで戻るの?」

「もうすぐ戻って来るだろ。アイツ、昼飯前には戻ってくっから」

そう言って樹姫は履いていたスリッパを脱いでバジルのベットの上に上がり。

男らしく胡坐を掻いて腕を組んだ。

その姿は、とても男らしい。

そんな姿を見て、男兄弟ばかりなのだから仕方ないだろうと思いながら呟く。

「そうなんだ」

すると立っているのが辛くなったのか、バジルは拓海のベットに腰掛けて。

自分のベットで寛いでいる樹姫を見て恐る恐る口を開いた。

「――イツキ、ソコ……。僕ノベットナンダケド……」

「アァ゛? 何か文句あんのかァ?」

少しドスを利かせて樹姫は答え。

バジルは身を縮めて即答した。

「ナンデモナイデス!!」

そんな姿を見て、李哉は少し苦笑いする。

バジルのベットを独占している樹姫も悪いと思うのだが。

それを言ってしまうと多分、また地雷を踏んでしまうだろうと思い口を閉ざしていた。

すると病室の扉がノックされた。

病室の出入り口の方を見てみると、そこには微笑みを浮かべた藤森先生の姿があった。

「藤森先生。早いですね」

「まぁね。こういう事は早くしておかないといけないから」

そう言いながら藤森先生は李哉のベットの上のネームパネルに李哉の名前が書かれたパネルを入れた。

李哉はパネルに書かれた自分の情報を見る。

パネルには名前、自分の生まれた年と生まれた日。

血液型が書かれていた。

そこで李哉は初めて知った。

自分の誕生日が十一月二十五日だと。

自分の血液型が、A型なのだと。

今まで知らなかったのは、梅が教えてくれなかったわけではなく。

自分から何一つ聞かなかったのだ。

自分の名前さえ知っていれば、あの時は良かった。

だから自分の事についてはあまり聞かなかったのだ。

それに、記憶に関しては梅は教えてくれなかったので聞いても答えてくれないとも思っていたからだ。

李哉は自分の事について、何も知らなかったのだと自覚した。

そんな李哉に気付かず藤森先生は優しくみんなに聞いてきた。

「みんな、仲良くやってる?」

「おぅ。やってるぜ」

「嘘ダヨ。イツキガ僕ノベットヲ――」

「お前だって拓海のベット使ってんじゃねェかよ」

「――ナンデモナイデス」

「あはははっ…。楽しそうだね」

そう言って藤森先生は笑う。

それからすぐに藤森先生は病室の出入り口へと行き。

最後に李哉に声を掛ける。

「もうすぐお昼だから、拓海君が戻って来るよ。その時に挨拶するんだよ? それから、お昼ご飯にも期待してていいよ」

そう言って藤森先生は笑って病室から出て行ってしまった。

最後に「じゃあ、ごゆっくり」とだけ言い残して。

藤森先生が居なくなると、樹姫がバジルのベットから降りて李哉のベットの方へと来た。

それから、樹姫は李哉のネームパネルを見つめた。

「へぇ、李哉って十一月生まれなんだな。アタシは一月生まれだからさ」

「そうなんだ」

「ついでに言えば同じ血液型だな」

「じゃあ樹姫もA型なんだ?」

「おぅ」

「そっか…。俺、今初めて自分の誕生日と血液型知ったよ」

「え」

「エ?」

樹姫とバジルの驚いた声が聞こえた。

目の前に居る樹姫の顔を見ると、驚いた様子で目を丸めていた。

バジルの顔も見てみると、樹姫と同じ反応だった。

「俺、基本的に入院する前の記憶に関しては触れちゃいけないんだ。入院中に記憶を思い出したらパニックになるからって。だから、自分の事についてあんまり知らないし聞けなかったんだ」

「そう、だったのか」

「デモ、大丈夫ダヨ。今知ッタカラモウ気二スル事ナイヨ。ソウデショ?」

「まぁ、基本そうだけどな。何馬鹿丸出しな事言ってんだテメェは」

そう言うと樹姫はバジルの方へ行ってバジルにヘッドロックを掛けた。

――確かに、バジルの言う通りだ。

今知っておけば、これから先不自由になる事はないはずだ。

それに自分の事について知れないのは、入院中だけ。

退院すれば、もう自分の事について聞いても良い。

だが、退院してから自分は過去について聞くのだろうか?

そう思った時。

「なんだ。新しい人が入って来たのか。急だな」

樹姫のドスを利かせた声ではない、聞いた事のない少年の声が聞こえた。

その声が聞こえると必死に樹姫の腕から逃れようとしていたバジルがその人物に声を掛けた。

「遅イヨ!」

バジルがそう言うと同時に樹姫はバジルを解放した。

そして樹姫は自分のベットへと戻った。

李哉は声の人物が拓海だと理解し、拓海のいる出入り口の方を見る。

そこには――

松葉杖を付いた少年の姿があった。

黒髪に、茶色の瞳。

目付きは少し鋭くて。

李哉の方から見える右耳にはシルバーのピアスをしていた。

李哉はその少年を見た瞬間。

ドクン。

「――――」

不思議な第一印象を受けた。

初めて逢うはずなのに。

初めて見る姿なのに。

どうしてだかこの少年が――

〝懐かしい〟

(どうして、懐かしいなんて思うんだ…?)

それに一瞬、頭に何かの衝撃を受けたような気がした。

しかしその衝撃はすぐに消えてしまい、どのようなものだったかも忘れてしまった。

少年――拓海は李哉の方を見ると口を開いた。

「お前が新人の柳葉りや、か」

「え…?」

拓海の言った言葉が理解出来ずに、李哉は拓海の顔を見つめる。

どうして拓海を懐かしいと感じるのかを必死に考えながらも。

すると拓海は少し不思議そうに首を傾げて口を開く。

「ん? 違ったか?」

それを聞いて突然樹姫が爆笑し始めた。

李哉はどうして樹姫が笑っているのかが理解出来ず。

ベットで腹を抱えて笑う樹姫を見つめていると。

「お前、そのまま読んでんじゃねェよ!!」

そう言ってまた樹姫は爆笑する。

その言葉を聞いて、ようやく李哉は理解した。

拓海は、どうやら李哉の名前が〝きしや〟だと読めないのだと。

だから普通に読んで〝りや〟と言ってしまったのだと。

樹姫にそう言われた拓海は少し不機嫌そうな顔をして李哉に聞く。

「じゃありーやか?」

「おまっ……殺す気かァ…!!」

そう言って更に樹姫が大笑いした。

だが――

「っ……!!」

急に樹姫の顔が苦痛に歪んだ。

そして苦しそうに右手で心臓の辺りを強く握り締めたのだ。

その姿を見た拓海が顔色を変えて樹姫の元へ松葉杖を付いて向かい、心配そうに聞く。

「おい、大丈夫か!?」

樹姫の苦しそうな顔を見た瞬間、バジルも心配そうな表情をして拓海のベットから立ち上がっていた。

だが、樹姫は息を荒くしながらも左手で二人を制してか細い声を出した。

「お、まえが……笑わせ、る…からだ……ろ…」

そう呟いて、ゆっくりと自分で起き上がると樹姫は大きく息を吐く。

その姿を見て拓海が心配そうに樹姫に聞く。

「本当に、平気なのかよ?」

「おぅ。お前のせいで死に掛けたけどな」

「人聞きの悪い事言うなよ」

「実際そうだったろ」

「はいはい、それは悪かったな」

樹姫の返答がめんどくさくなったのか、拓海は適当にそう返した。

そんな拓海にバジルが反論する。

「タクミ、コノ人ハキシヤダヨ!!」

「きしや……? へぇ、お前が樹姫やバジルが言ってたきしやか。つーか当て字だったら読めるわけねぇだろ」

そう言って拓海は李哉の方を見る。

確かに、翼のような明らかな当て字の人の名前は読めないだろう。

読み方を知らない人だと絶対に〝つばさ〟と読んでしまうだろう。

そこは拓海と同じ考えだった。

「でも、りーや。いいな。その名前。ニックネームでいいんじゃねェのそれ」

樹姫が小さく笑いながらそう呟いた。

それを聞いたバジルが少し納得がいかないような表情で李哉を見て聞いて来る。

「……キシヤハソレデイイノ?」

バジルにそう聞かれたのだが、短時間の間にたくさんの事が起きて李哉は少し三人の流れに乗る事が出来なかった。

だが。

初めてのニックネームを付けられた事は嬉しかった。

李哉はその事を素直に答えた。

「俺は良いよ。そう呼んでくれても。初めてのニックネームだし、嬉しい」

「じゃ、拓海だけそう呼べよな」

「なんで俺だけなんだよ?」

「お前がりーやって言い出したからだよ」

そう言いながら樹姫がにやにやと笑っていた。

そんな樹姫の姿を見た拓海は樹姫から視線を逸らしてから舌打ちをした。

「つってもお前、否定しないからなァ」

「うっせぇ」

李哉はずっと、拓海を見ていた。

拓海の言動が、どうしてだか懐かしいと感じる。

だがそれは勘違いだと思い込んだ。

初めて逢う相手に対して懐かしいと感じる事は有り得ないと思ったのだ。

 それから少しして、ナースが全員分の昼食を持って来てくれた。

最初に樹姫の元へ食事を運び。

その次は拓海。

バジルの次が李哉とのように食事が運ばれたのだが。

食事はテレビが設置されている机の上で摂る事になっている様子で。

その机の上に李哉の分の昼食が置かれた。

李哉は置かれた昼食を目の前にして驚いた。

そう、李哉の前に置かれたものは――

普通食だったのだ。

自分の前に置かれた普通食を見て李哉は反射的にナースに聞いてしまった。

「も…もう食べてもいいんですか!?」

李哉の声に病室に居た全員が驚いた。

バジルに至ってはナースに食べさせてもらっていてようで、咽てしまっていた。

樹姫も驚いて李哉の方を見ていたが。

拓海だけは何事もなかったかのように昼食を食べていたが。

李哉は樹姫達の食事を間違えて置いたのかと思ったのだが――

ナースは優しく微笑んで李哉の質問に答えてくれた。

「もちろんよ。もう大部屋に移動したからね」

ナースにそう言われて李哉は藤森先生の言葉を思い出した。

〝それから、お昼ご飯にも期待してていいよ〟

藤森先生のあの言葉にはこういう意味があったのかと思えた。

普通食を目の当たりにして本日何度目わからない実感を感じる。

本当に自分の足は治っていき、二週間後には退院なのだと。

「…ありがとうございます」

李哉はそう呟いた。

そして箸を手に取り、李哉は今まで食べていた柔らかいご飯とは違う――

柔らかくない、至って普通なご飯を少量箸で摘んで口へと運ぶ。

ずっと、夢に見ていた普通食が目の前にあり。

それを今食べている。

その事がとても嬉しかった。

どんなに辛くても、無理をして食べて正解だったと改めて思う。

李哉が半分ほど昼食を摂った頃。

丁度バジルの食事が終わった様子だった。

バジルに昼食を食べさせていたナースがバジルの食べ終えた食器を手にして病室から出て行く姿が見えた。

ナースが居なくなると、隣のベットで食事をしている拓海が口を開いた。

「――そんなに喜ぶ事か?」

一瞬、拓海が何を言ったのかが理解出来なかったが。

李哉の目の前に置かれている普通食を見て拓海が口を開いたので、理解出来た。

拓海の食べているものを見ても、普通食だったので李哉があんなに喜んだ理由が不思議なのだろう。

「俺、最初はおもゆから食べ始めてその次は雑炊。それからお粥で…。朝までは柔らかいご飯と温野菜食べてたから…」

「……ドロドロしたもんばっか食ってたのか」

横目で李哉を見てから拓海はそう言い、ご飯を口へと運ぶ。

自分から聞いておきながら少し冷たい態度にも感じられるが、李哉は特に気にしなかった。

樹姫の方を見てみると、納得したように頷いていた。

それを見て李哉は食事を再開した。

だが――

バジルが首を傾げながら呟く声が聞こえた。

「…………オモユ……? ゾースイ…? オカ…ユ……? 何? ソレ……」

バジルの声が聞こえた瞬間、全員がバジルの方を見た。

次の瞬間。

樹姫が国語辞典をバジルに向けて投げ飛ばした。

樹姫の放った国語辞典はバジルの頭にクリティカルヒットし――

そして樹姫の怒声が病室に響き渡る。

「テメェはんな事も知らねェのか!! 国語辞典に書いてある事全部暗記しやがれ!!!」

「イタッ! チョ……角ガ当タッタヨイツキ!!」

「うるせェ!! テメェのせいだろうがァ!!」

反対側のベットの方で喧嘩が始まり、李哉は戸惑う。

この場合、止めた方がいいのだろうか。

それともバジルを庇った方がいいのだろうか。

「えぇ…っと…」

李哉が困りながら樹姫とバジル、拓海の顔を交互に見つめていると。

拓海がベットから少し移動して樹姫とバジル方面のカーテンを閉めた。

煩いのでカーテンを閉めたのかと李哉が思っていると。

「カーテン、閉めといた方がいいぞ。物が飛んで来るからな」

拓海にそう言われてようやく気付いた。

樹姫は怒ると物を投げるという事に。

それを聞いてすぐに李哉も樹姫とバジル方面のカーテンを閉めた。

それから一分も経たない内にカーテンの向こうからは樹姫の怒声と物が投げられる音が聞こえる。

時折り、カーテンに物が当たる影も見える。

もしもカーテンを閉めていなかったら、今頃樹姫の投げた物が李哉に当たっていた事だろう。

そう思いながらも李哉が戸惑っていると。

「平気だ。三日で慣れる」

隣で昼食の続きを摂りながら拓海がそんな事を呟いた。

そんな、騒がしくもあり楽しくもある新しい生活。

――二週間しか残されていない、病院生活。

李哉の退院へのカウントダウンが始まったのだ――









                                              ~To be continued~

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