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青春スクエア ~柳葉李哉の片思い~ 小学生編1

少年は白い世界で目を覚ました。

しかし、自分の事も全ての記憶が欠落していた。

そんな少年を救ったのは一人の少年。

その少年との出逢いが、少年を変えた――

                序章 白い世界で目を覚ました少年




 少年の物語は――白一色の世界から始まる。

少年が目を覚ましたのは白い部屋だった。

結構広い、部屋。

まず少年の視界に入ったのは、白一色の世界。

天井の色も、床の色も、カーテンの色も、窓の外の雪の色も、窓の隣に置いてあるデスクの色も、デスクの上に置かれている花の飾られていない花瓶の色も。

そして自分の横になっている布団の色も――白。

少年は、白一色の世界で目を覚ました。

ここが、一体何処なのか――少年にはわからない。

どうして自分はこの白一色の世界にいるのか、自分が誰なのかも――

少年にはわからない。

自分が一体誰なのかを思い出そうとした時――

「ッ!?」

左足に痛みを感じた。

――痛み、なんてものじゃなかった。

激痛。

じわじわと、上に這い上がってくるような激痛。

何処までも聞こえる声で痛いと叫びたいのに、あまりの痛みに声すら出て来ない。

何故、こんなにも足が痛いのか――わからない。

何故、自分がこんな場所にいるのかもわらかない。

あまりの痛みに思考回路が停止し、何も考えられない。

何もわからない、理由のわからない痛みへの恐怖。

気が狂いそうになった。

その時――

物音が聞こえた。

音の聞こえた方をなんとか見てみると――

部屋の扉の前。そこには七十代のおばあさんが立っていた。

おばあさんは少年を見て驚き、驚きのあまりに手にしていた花束や鞄を床に落としてしまっていた。

おばあさんの顔は、まるで信じられないものでも見るような顔をしていたが――

少年には、その人が誰だかわからない。

今、初めて顔を見た人だった。

少年はおばあさんの事を知らないでも、おばあさんは少年の事を知っているようで――

おばあさんは少年の名を呼ぶ。

「李哉!!」

雰囲気からして、その名前は自分のものなのだろうが……。

それが自分の名前だとは思えなかった。

自分ではなく、他の誰かの名前のように――他人事のように感じられた。

おばあさんは少年――李哉の元へやって来て必死に話し掛けてくる。

「李哉、わかるかい? ばあちゃんだよ? 自分の事――わかる?」

おばあさんの必死な姿に驚き、どう反応していいのかわからず、とりあえず李哉は首を横に振る。

それを見たおばあさんは悲しそうな顔をし、今にも泣き出しそうな表情でおばあさんは李哉を見る。

やがておばあさんは口を開き。

「そうかい……。わかった…。ちょっと先生を呼んでくるね」

おばあさんはそれだけ言うと、落とした花束や荷物も拾わずにそのまま部屋から出て行ってしまった。

――先生。

その言葉を聞いて、ここが病院なのだという事に李哉はようやく気付く。

しかし……。

足の痛みは酷く、先程よりも酷くなっているような気さえする。

気をしっかりと持っていないと意識を失ってしまいそうだった。

自分が誰なのか、どうして足がこんなにも痛いのか、先程のおばあさんは一体誰なのかを思い出そうとするけれど――

足の痛みのせいで頭が回らない。

おばあさんが先生を呼んで来るまでの時間が、李哉には永遠のように長く感じられた。

ずっと与えられる激痛に耐えながら待つ。

それはまるで拷問のようだった。




 しばらくして、おばあさんが白衣を着た男性を連れて戻って来た。

意識が足の方ではなく、医師の方へ向いたので足の痛みが少し和らいだ気がする。

医師は李哉に頭を下げて李哉の前に置かれていた椅子に座り、首から掛けていたネームを見せながら言う。

「担当医の藤森です。――具合は、どう?」

「足が痛いの以外は…大丈夫です…」

「そっか、じゃあ質問を始めるね。あなたは、自分が誰だかわかりますか? はいかいいえで答えてください」

「――いいえ」

「あなたは、最近起こった事を覚えていますか?」

「いいえ」

「ずっと昔の事を思い出せますか?」

「いいえ」

「最後に――」

担当医の藤森と名乗った彼は胸ポケットに入っていたボールペンを取り出し、それを李哉に差し出して聞く。

「ボールペンの芯を出してみてください」

李哉はボールペンを受け取ろうと思って右手を動かそうとするが――右手が上手く動かない。

それ所かボールペンを握る事が出来ず、その事に自分で驚く。

それを見ていた藤森が優しく言う。

「左手でどうぞ」

藤森にそう言われ、左手でボールペンを受け取る。

左手は右手と違い、利き手ではないようなので動きがぎこちなかったが、なんとかボールペンの芯を出す事が出来た。

それを見た藤森は李哉からボールペンを返してもらい、優しく言ってくれる。

「君の名前は柳葉李哉。今年で十二歳になった」

「柳葉、李哉…」

自分の名前のはずなのに、実感が全くない。

そんな不思議な感覚に囚われている間にも藤森は続ける。

「そしてこの人は君の祖母の柳葉梅さん」

そう言われて藤森の傍にいる先程のおばあさんを見る。

祖母――そう言われてもやはり実感がない。

「李哉君、君は――逆行性健忘と診断します」

「ぎゃっこうせい、けんぼう…?」

「わかりやすく言えば記憶喪失だね。君は事故にあった。そのせいで強く頭を打って記憶喪失になった。右手が上手く動かないのは右手が麻痺しているから。李哉君の場合、事故に合った時に頭を強く打っていたからしばらくの間、昏睡状態だったんだ。目が覚めた場合は植物状態になるか、そうじゃなかった場合は手足に麻痺が残ると思っていたけど……その様子だったら時期に麻痺は消えるよ。足の痛みはその時の事故のせいで複雑解放骨折してるんだ」

藤森は淡々とそう教えてくれる。

だが、一度に多くの事を頭に詰め込まれて頭が少し混乱し始める。

自分が誰で、どうしてこうなっているのかはわかったが……。

急にそんな事を言われても頭が追い付かない。

「複雑解放骨折は骨が変形して折れ、折れた骨が体外から出て細菌感染をしやすい骨折で――」

藤森はそんな李哉の状態にすぐに気付き、言葉を止める。

少しの間、沈黙が訪れて頭の中を整理する時間が与えられる。

その間に李哉は藤森に言われた事を頭の中で整理し、なんとか混乱から立ち直った。

「でも、何かの拍子で記憶が戻ってパニックになると思うから、退院するまではその事故について考える事も、思い出す事もしないように。今はその足を治す事だけを考えよう」

「はい…」

藤森はそれだけ言うと椅子から立ち上がり、祖母の梅に頭を下げて病室から出て行く。

その時――

藤森が外に出ようと病室の扉を開けた時、廊下からこちらを見ている少年の姿が見えた。

その少年は綺麗な黒髪で少しパーマがあり、端整に整った顔立ちをしており、フレームのない眼鏡を掛けていた。

少年は心配そうに李哉を見ており、その少年と目が合う。

その少年は何処か大人びた雰囲気を持っており、それは――廊下を歩いている人達とは全く異なる雰囲気。

独特な雰囲気を持っていた。

存在感、と言ってもいいかもしれない。

存在感が在り過ぎるわけではなく、何処かみんなとは浮いているように見えた。

大人びた雰囲気に、何処か悲しげで寂しげな表情をしている。

いや、表情には出ておらず――少年の瞳がそうだった。

まるで今にも泣き出しそうな、悲しげな瞳。

何処か影のあるような少年だった。

――どうしてか、李哉はその少年から目が離せなかった。

病室の扉が閉まるまでの間、互いに互いを見つめ合っていた。

扉が閉まると梅が先程まで藤森が座っていた椅子に腰を下ろす。

梅は何も言わず、ただただ悲しげな顔で李哉を見つめている。

その表情は同情にも似ているように感じ、李哉はそんな顔を見ていられずに梅とは反対側の窓の方を向く。

窓の外にはふわふわと雪が空から降っており、それをただ目で追う。

 白い世界で目を覚ました少年は――記憶を失っていた。

そして得られたものは左足の激痛のみ。

李哉は雪を眺めながら思う。

(どうして僕は――こんな事になったんだろう?)

事故に合い、足に怪我をした。

ならば――こんなにも痛い思いをするのならその事故の時に死んでいれば良かったじゃないか。

それなら今痛みを感じる事もなかった。

李哉は記憶を失う前の自分を恨む。

しかし、恨んだ所で足の痛みが消えるわけでもない。

――李哉はただ、何もせずに窓の外の景色をしばらく眺めていたが、あまりの痛みにやがて気を失ってしまった。




 翌日。

李哉はまた白一色の世界で目を覚ます。

目を覚まして最初に感じられるのは左足の激痛。

激しい痛みに目覚めてすぐに気分が悪くなる。

酷い痛み。まるで身を裂かれるような痛み。

今は昨日のように自分の事も、この足の痛みの理由もわかっているので気が狂いそうではないが……。

やはり激しい痛みに気が狂いそうになる。

昨日、目を覚ましてから気を失うまでずっと耐えていたが、どうにも慣れる事のない激しい痛み。

あまりの痛みに身体を捩ろうとするが――

下半身が、全くと言っていいほど動かない。

身体を捩ろうにも捩れない。

――こんな痛みが、一体何時まで続くのだろうか。

その時、扉をノックされて病室の扉が開き、梅が病室に入って来る。

「李哉、具合はどうだい?」

「…足が、千切れそうに痛いです…」

そう言うとやはり梅は悲しげな、同情を顔に浮かべたのでまたも窓の方を向く。

窓の外はまだ雪が降っており、窓の外もまた一面に白い世界が広がっている。

李哉は窓ガラスに映る梅の姿を見つめる。

何かを伝えたそうに口を開くが、結局は何も言わずに口を閉じる。

それはきっと、事故についての事や記憶を失う前の自分の姿を思い描いているのだと考える。

すると、またも扉がノックされる。

「どうぞ」

梅が答えるとナースが病室に入って来て、それを李哉は窓ガラス越しに見つめる。

ナースの手にはトレイがあり、ナースは李哉に話し掛ける。

「李哉君、朝ごはんだよ」

ナースは持っていたトレイを部屋の端に置いてあった台の上に置き、キャスターの付いた台を動かして李哉のベットの上にスライドさせる。

そして窓側を向いていた李哉の方に来て、ベットの下の方にあるジャッジを回してベットを起こしてくれ、背中に背当てクッションを挟んでくれると優しく聞いてくる。

「自分で食べられる?」

「…手が、上手く動かなくて…」

「じゃあ食べさせますね」

そう言うとナースは持って来たおもゆを結構大きなスプーンで掬い、息を吹き掛けて冷ます。

しかし、あまりの痛みで食欲がなかったので断りたかったが……。

スプーンを口元に差し出されると口に運ぶしかない。

おもゆを口の中に入れた瞬間、大きいスプーンだったのでおもゆの量が多く、飲み込めなかった。

それ所か、足の痛みのせいで気分が悪かったので吐き出してしまう。

「げほっ…ごほっ!」

「ちょ、ちょっと待ってて!」

李哉が吐いたのを見てナースは驚き、すぐに病室から出て行く。

扉を開けてナースが部屋から出た時、病室の外には昨日居た少年が心配そうな顔をして李哉を見つめていた。

それもまた、扉が閉まるまでの間の事だった。

李哉は少年が見つめている事に気付かず、苦しさと辛さと痛みに必死に耐えていた。

 結局朝食は食べられず、朝食は抜きとなった。

あの量を一口で食べる事は難しかった上に気分が悪かったので食べられなかった。

そう思っていたのだが、どうやらそれだけではないような気がした。

――身体が受け付けない。

そう思えた。

しかし、今回は腹が空いていなかったので受け付けなかったのだろうと考える。

そう思いながら李哉は今日も窓の外を眺める。

ただただ無表情で、何を考えているのかわからないような表情で――

何を考えているのかわからない、実際に李哉は何も考えていなかった。

ただ足の痛みに耐えているだけだった。

決して顔には出さずに――

そしてその姿を何も言わずに梅が見つめている。

どうやら梅は病院に泊まっており、李哉に付きっ切りで居てくれている様子だった。

――昨日と何一つ変わらない。

退院するまで、ずっとこのまま。

(――どうして僕は、こんな事になってるんだろう?)

昨日から考える事は同じ。

何故自分はこのベットの上にいる?

何故自分は事故に合った?

何故自分は――生きているのだろうか?

同じ質問が頭の中を駆け巡って渦を巻く。

しかし、答えは出て来る事はない。

(僕は、ここにいる理由があるんだろうか…?)

窓ガラスに映った自分の姿を見つめながら思う。

やはり、答えは返って来ない。

聞く相手なら一応横に居るが――

悲しそうな表情をしている人物にそんな事を聞く気にもなれない。

李哉は心中で深い溜息を付く。

ずっと、このまま一人なのだろうか?

退院するまで、退院しても――ずっと。

すると――

「李哉、足の腫れが引いたら傷口を縫う手術をするんだって」

梅が口を開いてそう言った。

李哉は梅の方を見ず、窓ガラス越しに梅を見つめて聞く。

「その手術って、何時頃なんですか…?」

「それは――ばあちゃんにはわからないけど……」

窓ガラス越しに梅が困ったような、悲しそうな表情をしたので李哉は窓の外へと視線を投げる。

どうして、梅は何も言わないのだろうか。

何かを言おうとして口を開いては閉じる、それを繰り返している。

そんなにも記憶のある自分の事を言いたいのだろうか。

それならハッキリと言えばいいのに。

足の痛みと梅への苛立ちに耐えながら、いつの間にか李哉は気を失ってしまう。

 昼食、夕食共に李哉は食べられなかった。

気を失っていたのでナースに起こしてもらって食べる。

ナースも今度は量を考えて与えてくれたのだが、どうしても身体が受け付けなかった。

食べ物を口に入れた瞬間、身体が食べ物を拒絶し、結局は吐いてしまう。

しかし腹は空いており、食べたいとは思うのに身体が受け付けない。

――どうして、こんな身体になったのだろうか。

どうしてこの身体は、普通じゃないのだろうか。

吐く度にそう思った。

どうしてこの身体は自分の思い通りに動かないのだろうか。

まるで自分のものではないようにさえ感じられる。

(自分のものじゃない…)

夜、李哉しかいない病室で小さく笑う。

――確かに自分のものではないと思える。

この身体は、記憶を失う前の自分のものであって、今の自分のものではない。

そう考えると可笑しくなる。

その上に記憶を失う前の自分は、今の自分が感じている痛みを知らないのだから尚更だ。

「――どうして、こんな痛みだけを残したんだよ…? 記憶を失う前の自分……」

その質問に答える者は――やはりいない。

苛立ちが頂点に達し、思わず右手で足を殴ろうとした。

しかし――

右手に上手く力が入らず、足を殴る事は出来ない。

その事にも怒りを感じ、左手の拳を左足の太股に思いっきり叩き付ける。

――――――

「はは……なに、この身体……」

思わず、笑い声が漏れてしまった。

最初は驚き、次には恐怖、そして可笑しいと思って笑いが零れる。

――全く、足に痛みを感じないのだ。

感覚が、ない。

動かせないだけではなく、感覚がない。

触っている感覚も、痛みも……。

――この身体は、自分のものではない。

「はははっ…なにそれ、なに……この身体…」

笑い声が、寂しく虚しく病室に響く。

自分のもののはずなのに、自分の思い通りにならない身体。

笑いと同時に惨めに思える。

――本当に、この足は治るのだろうか?

地を歩く事は出来るのだろうか?

走る事は出来るのだろうか?

それ以前に――立つ事は出来るのだろうか?

「出来ない……」

動かないのだから、そんな事が出来るとは思えない。

感覚がないのだから、足を動かそうと力を入れても動かないのだから、そんな事は――不可能だ。

自然と目の端から涙が零れて頬を伝う。

(どうして僕は――目覚めてしまったんだろう…?)

眠っていた時は、何も感じなかったのに。

痛みも、悲しみも、惨めさも――

どうして――

李哉はもう一度拳を太股に打ち付ける。

全く、痛みを感じない。

胸には鋭い痛みを感じるのに――

身体に感じる痛みは、左足の激痛のみ。

「う、う…うぁあああぁああ……!!!」

初めて李哉は叫んだ。

痛みと苦しみと惨めさの中で、悲痛に満ちた声で――

李哉は泣き叫んだ。

どうして自分はこんな思いをしなくてはいけないのだろうか。

自分は何もしていない。

〝今の〟自分は何もしていない。

これは――何かの罰なのだろうか?

どうして……?

どうして……。

どうして――

ずっと、頭の中で繰り返す。

〝どうして〟という言葉を――




 李哉はカーテンの隙間から差す朝日で目を覚ました。

そして昨日の事を思い出そうとする。

昨晩の事は泣き叫んだ所までしか覚えていない。

気が付いたら朝になっていた。

そんな感じだった。

どうやら、あの後また気を失ってしまったようだ。

昨日拳で殴り付けた所を見てみると――その場所には紫色の痣が出来ていた。

それなのに、全く痛みを感じない。

感じるのは――

「ッ……!!」

足の激痛のみ。

――こんな痛みを感じるくらいなら、ずっと眠っていたい。

思うのはいけない事だろうか?

そんな事を考えていると扉がノックされ、梅が病室に入って来る。

梅は心配そうに李哉の方へ来て、椅子に座る。

李哉はいつものように窓の方を向き、梅とは目を合わさない。

窓ガラス越しに見える梅の表情はまるで昨日の事を聞きたそうに見えた。

ならば聞いてくれればいいのに――

李哉は梅から視線を外し、窓の外に見える公園を見つめる。

すると李哉より小さい子供が雪の上で遊び回っている姿が見える。

楽しそうに笑い、走り回っている子供達の姿が――

それを見て李哉は左手でシーツを強く握り締める。

その時。

扉をノックされる音が聞こえ、無愛想な女の人の声が聞こえる。

「ご飯ですよ」

そして梅が答える前に病室に入って来て、昨日と同じように台の上にトレイを置いてベットの上にスライドさせる。

そしてベットの下にあるジャッジを少し荒く上げる。

昨日のナースとは違う人で、昨日のナースと比べたら作業が雑だった。

更にめんどくさそうにスプーンの上におもゆを掬い、適当に冷ましてから無理矢理李哉の口に向けて来る。

腹が空いているので今日こそは食べようと思うのだが――

今日も昨日のように吐いてしまうと思うと少し躊躇ってしまう。

スプーンを口元に運ばれるが、どうしてもそれを口に入れる事が出来なかった。

「早く食べて!」

ナースは苛立ちを隠せない様子でキツく言う。

そう言われても、どうしても食べるのに躊躇ってしまう。

すると。

ナースは無理矢理おもゆを李哉の口の中に入れて来た。

そんな事をされたら身体だけではなく、自分でも拒否してしまう。

それでも一応おもゆを飲み込もうとはしたのだが。

李哉の身体はやはり食べ物を受け付けず、結局今日も吐き出してしまった。

それを見たナースは嫌そうな顔をし、舌打ちも聞こえたような気がする。

そしてすぐに病室から出て行く。

「李哉、大丈夫かい!?」

心配する梅の声が遠くに聞こえる。

その時も病室の外には眼鏡を掛けた少年の姿があったが……。

李哉は少年に気付く所か、吐いた後にそのまま気を失ってしまった。

――結局、李哉は二日間何も食べられなかった。

流石に食べないといけない。

それはわかっているのだが、どうしても飲み込む事が出来ない。

身体が食べ物を受け付けない。

そうなると食事は流動食になった。

しかし流動食の時に毎回記憶がないので麻酔でも打たれていたのか、あるいは毎回気を失っていたのだろうと思う。

目を覚まして以来、気を失わずに一日を過ごす事は一度もなかったので、その可能性の方が高い。

とりあえず、流動食のおかげで腹は満たされ、問題は一つ解消された。

だが、問題はまだあった。

それは李哉自身の事。

自分でもわかるほどに目が覚めてから一度も笑った事がない。

目が覚めて四日。

こんな事があって笑えるはずがない。

こんな毎日で笑える事なんかを見つけられるわけがない。

毎日、同じ事しかしないのだから。

同じ一日を毎日過ごしているのだから。

何も変わらない。

梅は何も言わずにただ悲しげに李哉を見つめ、見つめられている李哉は窓の外を見つめる。

何も変わらない。

変わる事は無い。

――ずっと、そう思っていた。

君と逢うまではずっと、僕はそう思っていたんだ……。

 李哉はいつものように目を覚ます。

白一色の世界で目を覚まし、目を覚ましてすぐに左足の激痛を感じる。

足の痛みは相変わらずだったが、空腹感所が満腹感があるので流動食の後だと瞬時にわかる。

目を覚ますと隣には梅がおり、李哉に話し掛けて来る。

「李哉、今日はばあちゃん行かなきゃいけない所があるんだ。だから今日は夜まで一緒にいられないんだ」

「……わかり、ました」

梅は李哉の返事を聞くと椅子から立ち上がり、「ごめんね」とだけ言って病室から出て行った。

表情にやはり悲しさを宿しながら。

病室で一人になり、李哉は今までずっと我慢していた溜息を吐く。

そしていつものように窓の外を眺める。

退院するまで、ずっとこのままなのだろうか。

退院するまでずっと、一人でこのように窓の景色を見つめているのだろうか。

退院してもずっと、自分は一人なのだろうか。

そんな事を考えていると――

不意に病室の扉がノックされる。

ノックの音が病室に突然響き渡った。

そのノック音を聞いて不思議に思う。

流動食はもう済んでいるし、梅が何か忘れ物をしたような様子もない。

自分に面会に来る人も多分いないはずだ。

少し戸惑いながらも返事をする。

「はい、どうぞ…」

李哉が返事をすると静かに病室の扉が開き、閉まる。

一体誰が来たのだろうかと扉の方を見てみると――

李哉の視線の先にいたのは――あの時李哉を見つめていた眼鏡を掛けていた少年だった。

顔に表情はなく、何処か影のある少年がそこにはいた。

やはり独特な雰囲気を持っており、その手には一冊の本が握られている。

どうしてここに来たのか、何故あの時自分を見ていたのか、聞きたい事が頭の中で溢れて来る。

しかし、その一つも口からは出て来ない。

少年は李哉の元へ来て椅子に座り、李哉と向き合うと口を開く。

「俺の名前は綾崎翼。よろしく」

「あ――よ、よろしく…?」

疑問系で答えてしまったが、翼と名乗った少年はまるで当たり前のように手にしていた本を開く。

一体何をするのかと聞こうとした時。

「未来への道標。『――目を開けるとそこは一面が白い世界だった。全ての色が白の世界。そこに僕は一人。僕以外には誰もいない。 自分が誰なのか――わからない』」

とても静かで、優しさの含まれた声が病室内に響く。

翼は――本の朗読を始めたのだ。

翼の朗読はとても上手く、翼の声は心地良く、とても聞きやすい。

その上に翼が朗読する本は、今の李哉の置かれた状況に似ており、主人公と共感出来た。

『未来への道標』という本は、記憶を失った少年が新しい人生を強く生きていく物語だった。

主人公は最初、今の李哉と同じようにたくさんの不安や絶望があった。

しかし、それを乗り越えて強く生きていく。

性格はとても真っ直ぐで前向き。

どんな事があっても絶対に諦めず、挫けずに乗り越えて行く。

とても素直で強くて元気な男の子――

翼の朗読を聞きながら李哉は思う。

(僕も――この主人公みたいになれるかな…?)

何も見えない暗闇の中で、一筋の光を見つけたような気持ちだった。

絶望の中で翼という少年は――李哉に希望の光を与えてくれた。

生きるための――未来への希望の光を。

翼の朗読に聞き入っていると、時間は一瞬のように過ぎ去り――

「『今、何かを思い出しそうだった。もう少しで何か――』」

その時、ピピピというアラームの音が病室に響いた。

そんな音をこの病室で聞いた事が無かったので不思議に思っていると。

翼が服のポケットから携帯を取り出してアラームを止めた。

翼の携帯のアラームだと気付き、李哉が翼の顔を見ると翼は椅子から立ち上がる。

「ごめん、今日はここまで。……毎日、ここに来るから。平日は学校があるから夕方からしか来れないけど――土日は昼から来るから」

それだけ言うと翼は李哉に頭を下げてから、病室から出て行った。

――病室でまた、一人。

だけど、今回は違った。

先程朗読で聞いた小説の内容と、翼の事を考えていたので寂しくも悲しくもなかった。

それ所か、足の痛みが朗読を聞いている間にあまり感じられなかった。

そして自分もあの小説の主人公のようになりたいと強く思う。

窓の方を見てみると、丁度茜色の夕日が病室に差して込んで来ていたのでもう夕方なのかと少し驚く。

今日は楽しかった。

明日も今日のような日だったら嬉しい。

そう思っていると――

病室の扉がノックされ、梅の声が聞こえる。

「李哉、戻って来たよ」

夜に戻って来ると言っていたはずだったが、どうやら予定より早く病院に戻って来てくれた様子だった。

李哉は今日あった事を言いたくて、いつもなら梅の顔を見る事すらしないのに――

満面の笑みを浮かべて、梅の方を向き初めてちゃんと梅の目を見た。

梅は李哉の変化にすぐ気付き、今までの悲しそうな表情ではなく、とても優しく微笑んで今まで聞いた事のない優しい声で聞いて来る。

「どうしたんだい、李哉。何か、良い事でもあったのかい?」

そう聞かれ、李哉は更に嬉しそうに笑う。

そして嬉しそうに口を開く。

「はい、そうなんです。僕が初めて目を覚ました時に僕と同じくらいの年の男の子がいて、その子が今日病室に来て小説を朗読してくれたんです! その小説の主人公が僕と同じ状況でも強く生きてて……僕もその小説の主人公みたいになりたいって思ったんです!」

「そうかい。李哉、よっぽど嬉しかったんだねぇ」

「え…?」

「だって今、嬉しそうに笑ってるから」

そう言う梅の表情は優しく、嬉しそうに微笑んでいる。

――それを言うならおばあさんの方ですよ。

そう言おうとしたが、李哉はいつものように窓を見つめる。

窓に映っていた自分の表情は――

とても嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。

その表情を見て自分でも驚く。

翼の朗読を聞くまではずっと、笑う事など出来ないと思っていた。

楽しい事などあるわけないと思っていた。

でも、それは違った。

人はどんな時でも、どんな状況でも、何があっても、笑う事は出来る。

『出来ない事なんかないんだ』

頭の中で、翼の声が聞こえた。

それは、小説の中で言った主人公の台詞。

出来ない事なんかない。

――それなら、歩く事だって走る事だって出来るのだろうか?

いや、出来る。

『諦めなかったらなんでも出来る。諦めたらそこまで』

「……そう、だよね」

やる前から出来ないと決め付けていたら何も出来ない。

それを教えてくれたのは翼。

李哉は窓ガラスに映った自分の姿を見て力強く頷き、梅と向き合って話をする。

翼が朗読してくれた小説の内容を。

それを聞いている梅の表情も、昼とは全く違う。

まるで別人のように――

 翼と初めて話をした日。

李哉は本当の自分に目覚める事が出来た。

柳葉李哉に――

目を覚ましてくれたのは綾崎翼。

李哉に笑顔を取り戻してくれたのは綾崎翼。

そう思うと胸が小さく鳴る。

それは嬉しさのせいだと李哉は考えた。

李哉は気付いていなかった。

それが〝恋〟だという事に――










                                             ~To be continued~

二人目の主人公ですねwww

來の話に比べたら出だしから残酷かもしれませんww

それでも、どうかお付き合いお願いしますw

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