その1 阿形玲奈というがっかり美少女
――お楽しみ頂けましたら幸いです。
五月に入り、桜がこの《竹刻高校-タケコクコウコウ-》から完全に去った。しかし高校二年生である井口翔にはさほど関係ない話。
翔は一段、また一段と階段を上っていく。彼が所属するゲーム部(略称)は旧校舎三階にあり、自教室である二の三からはかなりほど遠い場所に点在していた。
三階へと向かう途中にある開いた窓から見えるのは野球部の練習風景。コーチらしき人物が何か言っているが、こちらには何の関係もない。
うるさそうな指導者を持って、可哀想だな野球部と、翔は少し哀れんでいた。
ようやく最上階である三階にたどり着いても、ゲーム部の部室は階段から一番遠いはしっこにある。
さすがにゲーム部に席を置いてからもうすぐ一月になるので慣れている。それでも体育と通学ぐらいしか運動をしない翔にとっては酷だが。
やたら風通しが良い廊下には、他の部活の騒ぎ声が漏れて筒抜けである。男女混ざった声であるものの、男の声量がやたらとデカイ。
教室からの所要時間七分。それだけの苦労をかけ木の板にマジックで《ゲーム部》と書かれている扉の前にようやく立った。
ドアノブを捻り、後ろに引く。ギィィィ、と古い建物特有である嫌な音が鳴った。
中には、唯一の部員である少女が一人。
本人が自慢だと言う漆塗りのように鮮やかな黒髪は、制服のスカート辺りまで伸ばしている。身長もスラッと高く、モデル体型。欲を言えばもう少し胸が欲しいところだろうか。
そんな《可愛い》より《綺麗》の方がしっくりくる美少女は、翔に気付き黒髪を揺らしながらこちらに振り向く。しかし――――
「あら翔。遅かったのね」
「それについては謝るが……。何やってんだ」
――――スクール水着を着ていた。紺色の。
阿形玲奈。校内美少女ランキング一位、現在友達が少ない人リスト一位、翔のがっかり美少女ランキング暫定一位の三冠王である。
「何って、スクール水着よ? 略してスク水。これは学校の水泳授業で使われ――」
「誰がスクール水着の説明をしろと言った! お前がどうしてここでスクール水着を着てるんだよ!」
「それよ。そのツッコミ。私はそれが見たくて泣く泣くスク水を着用したの」
「勇気の使い所間違ってるぞ! 少しは友達作りに利用しろよ!」
「私にとって、スク水を着ることに勇気は必要ないわ」
「それはそれでどうかと思う!」
阿形玲奈は、がっかり美少女である。
その原因の一つがコスプレ癖。前にもメイド服や、ブルマ等を良く持ち込んでいた。
「ところで、どうなの?」
「どうって?」
「私のスク水姿よ」
「うーん、そうだな。やっぱりもう少し胸が」(ぎゅむっ)「がぁぁぁぁ!」
玲奈の足は、見事に翔の足の甲を踏んでいる。ちなみに、靴と黒いハイソックスは履いたままである。
足を離すと、玲奈はふん、と鼻を鳴らし、長い黒髪をかきあげた。 胸の薄さについては本人も承知済みである。
もちろんデリケートな部分ではあるが。
「なによ。胸なんて脂肪の塊よ。スレンダーな私と、デブな私、翔はどっちが良いの?」
「スレンダーな玲奈さんです……」
「よろしい」
不機嫌そうな顔から一変、ニヤリと唇を吊り上げる玲奈。
翔は玲奈に頭が上がらないのである。