第九話 魔王たるもの
ヴァルハラへと転送されていくハッカーの指差す先に、マオが居た。
「そうだよ。私が魔王なんだ……」
「マオちゃん!」カタルが悲痛な声を上げる。
「私が魔王なんだよ!!」その言葉は絹を切り裂く刃のようで。
「私はあのとき死ぬはずだったんだ! 魔王城から逃げ出すなんてすべきじゃかった! 正々堂々マイナと戦って死ねばよかったんだ!」
パン、と。キルファがマオの頬を打つ。
「痛い……」
「『死ねばよかった』なんて、言っちゃダメだよ。Underground 2ch Onlineの開発者が言ってた。NPCにもゴーストが宿ることがあるって。彼らのAIは人間にも勝るとも劣らないんだって」
キルファはそう言い聞かせる。
マオは言った。
「じゃあどうすればいいの! このペンダントを外せば私はまた魔王になれる! 極悪非道の、鬼畜外道の、悪鬼羅刹の、邪知暴虐の、本物の邪悪になれる! 打ち倒されるべき悪夢になれる!」
「でも外したくないんだよ! いまさらマイナと戦うなんてできないよ! こんなに辛いことがあるなんて知らなかった! 知らなければよかった! 心無し(Heartless)の、命無し(No Life)の、化け物のままならよかった!」
マオはぼろぼろ泣いていた。マイナはそっとマオを抱きしめた。身長差は大人と子供のようだった。
「そういうときは、涙が枯れるまで泣くんだ。泣いていいんだ」
カタルとキルファに見守られながら、マオは一晩中泣いた。
そして朝日が昇ったとき、マオの姿はどこかに消えていた。それはまるで魔法のようだった。
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果たし状が届いたのは三日後だった。
「満月の日、魔王城跡地にて待つ」
言うまでもなく、戦士マイナ、女盗賊キルファ、魔女カタル、聖職者クリス、武道家リンリンがこの戦いに名乗りを上げた。
通常、魔王戦はワンパターンな戦いになりがちだ。相手は状態異常に掛からないし、こちらも常時回復魔法を連打することになる。だが、今回の勝負は、そんな簡単な戦いではないと、全員が知っていた。
魔王城の周囲には、どこから来たのか、多種多様なドラゴンたちが群れを成していた。
中央に陣取るのが、魔王である。山羊の頭をし、二対の角を持つ。両手には恐ろしい爪があり、背には巨大な翼がある。その下半身は蛸のように不定形であった。
魔女カタルの放つ極大雷撃呪文が、戦いの合図となった。無数の稲光が落ち、数匹のドラゴンを撃墜する。だが雷光を避けたドラゴンたちは、その顎を広げ、居並ぶ牙で人間たちをボロ雑巾に変えようと襲いかかる。
聖職者クリスがロングソードを祝福し、戦士マイナがその剣を持って大地を蹴る。それは三千世界を切り裂き、耳を劈く絶叫の剣。恐るべきドラゴンの巨躯が、一刀両断されて地に落ちる。
女盗賊キルファの放つ爆破手裏剣が、竜の頭を吹き飛ばす。武道家リンリンの拳が、竜のあごを打ち砕き、昏倒させる。魔女カタルは攻撃呪文の合間に「治癒の宝球」を連打する。
次々とドラゴンを屠るマイナたち。魔王はそれを見て、自らの翼で高く高く飛翔する。
戦士マイナは叫ぶ。
「――古の盟約によりて、竜よ我に力を与えよ! ドラゴンテイム!」それはかつて竜王のみが行使し得たと言う、竜を御する古代の呪文。僅かな成功確率であったが、ここで大成功が出た。一匹の若いシルバー・ドラゴンが、マイナを背に乗せて飛び上がる。
空へ。空へ。高く。もっと高く。
マイナが視界に入る前に、魔王は問答無用にでたらめな雷撃を放つ。その雷撃の合間をぬって、銀竜を駆るマイナは魔王と対峙する。
「我が名はマイナ! 最強にして作家なり! 魔王よ! 魔王たるものよ! 我が剣の前に、打ち滅ぼされよ!」
魔王の繰り出す大量の即死球体の弾幕を見切って、マイナの聖剣は一直線に魔王の心臓へと差し伸ばされた。それは敵を殺す刃ではなく、友を見送るための刃。世界で最も鋭くあった、あるだろう、あらねばならぬ一撃。
魔王は滅び、視界が白く弾ける――。
一瞬。瞳の奥に一瞬だけ、マオの笑顔が映ったような気がした。