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第五話 魔王の場合

 私の中のAIは、きっと絶望を感じていたのだろう。

 燃え盛る炎に抱かれて、いっそこのまま死んでしまいたいとすら思う。

 

「魔王様!! ここは私たちが食い止めます!! 今は逃げるしかありません!! この隠し通路から逃げるのです!!」

 

 魔王軍宰相モルドの持っていた「変化の呪文」を封じ込めたペンダントで、人間の女性の姿に変じた私は、言われるままに隠し通路を走った。途中で息が切れる。人間とはかくも脆く、弱弱しいものなのか。だが私は歩みを止めることはしなかった。走り続けると、人間達のいう下水道に出た。臭く、汚い。グリム・ラットたちがこちらを見る。

 

「おまえたち、出口を知っているか?」その声で、グリム・ラットたちは自分の前に立っているのが誰なのか察したようだった。私はグリム・ラットに案内され、巨大な地下迷宮を歩き続ける。長く単調な移動。距離感と時間感覚を失い、何日経ったのかさえ分からない。

 歩き通しで脚が棒のようになった頃、グリム・ラットはチチチと鳴いた。唐突に光があった。

 

 人間の街だ。確かこの街の名は、オフィニシュ。海に面しており、魚の加工品の貿易が盛んであると聞いたことがある。思うに、私はとてもひどい格好をしていたのだろう。見る者全ての視線が、自分が汚らわしい乞食の格好をしていると告げていた。

 

 魔王軍は壊滅した。私はただの人間になった。このペンダントを外せば、確かに自分は魔王に戻れる。だが、それがどうしたというのだろう。魔王軍無きあとの魔王に、一体何ができるというのだろう。街の破壊か。城壁の倒壊か。くだらない。そんなことをしても、人間が滅びることはない。

 

 私の中のAIは、きっと諦観を感じていたのだろう。

 私が死ねば、ゲームリセット(ボスキャラの再配置等)が起こり、魔王城は元通りになる。魔王軍も再び元通りになる。それは事実であった。私はAIを搭載したただのNPCに過ぎず、勇者に打ち倒されるべき予定調和的存在に過ぎない。

 

 私は街の中の噴水にたどり着き、姿を映す。ひどい格好だ。肩まである髪の毛は縮れており、顔はすすで真っ黒、布の服は泥だらけで、見かけでは女であるかさえ分からない。


「おい、乞食!! 公共の噴水で何をしている!!」


 警備兵が私の腕を乱暴に掴む。残念ながら、今の私には抵抗する力さえ無い。いっそ、このまま死んでしまうのもいいかもしれない。私はイレギュラーなのだ。本来は魔王城で、死なねばならなかったのだ。

 

「そのへんにしてやりなよ」男が割って入る。

「誰だ……はっ! マイナ様! マイナ様がそうおっしゃるのであれば!」

「様はつけなくてもいいよ。俺は王様じゃないんだから」


 警備兵は気まずそうに去っていく。マイナは手を差し伸べた。


「よろしく。俺はマイナ。君の名前は?」

「マオ……」咄嗟に聞かれて、本当の名前を言うところだった。

「マオ? いい名前だね。とにかく俺の泊まっている宿屋で泥を落とすといいよ。この街は初めて?」


 私は首を縦に振る。

 

「じゃあ、まずは住むところと職を見つけなくちゃな……」


 彼が歴戦の勇士であることは、その身のこなしと腰に帯びた剣から見て取れた。

 今の私は魔王ではなく、マオ。当面は、彼を利用して生き延びるしかない。

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