第一話 短編ではダメだ
時は近未来。世界中で爆発的な人気を誇るVRMMORPGがあった。
その名はUnderground 2ch Online、通称U2O。それはハッキングから夜のおかずまで、膨大な種類のギルドを擁する、世界最大の睡眠時没入型ゲームである。
寝ている間にプレイするというこのタイプのVRシステムは、米国のレイブン博士によって開発され、日本人技術者によって小型化された。これは即座にゲーム市場を席巻した。
U2Oにおいて、種族、年齢、外観はほぼ自由に選択可能。職業も300を超える中からメイン職(スキルが伸びやすい)を自由に選択でき、効率や趣味のために20個以上の副業を持つ猛者も多く居る。
そんな中、最強と呼ばれる男がいた。屠ったドラゴン級モンスターは数知れず、無茶な依頼も堂々と受けて立つ。無数のNameless(称号無し)たちに畏怖される、その男の名は、マイナといった。
黒髪短髪、黒目で、片目に傷がある大男が、宿屋の一室でベッドに腰掛け、情報端末を開きため息をつく。
「はぁ……今日もユニアク一桁か……」
マイナは伝説の戦士であった。そして同時に、サブキャラの吟遊詩人「ペンネム」を使い、小説家ギルドNarouに自分の冒険譚を投下する作家でもあった。
「何かユニアクを増やすコツってないのかな……誰かに相談しようにも、設定上は俺は脳筋戦士ってことになってるし。実は作家もやってますなんて言っても、素直に信じてくれる仲間はいないしな……」
いや、一緒にプレイを始めた同期連中や幼馴染に相談するという選択肢はある。あるが、それは最後の手段である。これまで築き上げてきた最強戦士としてのイメージが一瞬で崩壊してしまう可能性があった。それは避けたい。
そんなことを考えながら、きまぐれに情報端末を操作していると、ふとあるギルドが目に留まった。Namelessたちが集まる、文芸書籍ギルドのマイナースレッド。そこに興味深いレスがあった。
「やっぱ短編じゃユニアクは稼げないよ」「書くなら連載モノだよな」
「タグで釣るのも有効だと思う」「内容が伴ってないと意味ないけどな」
これだ! マイナは閃いた。短編じゃダメだ。長編連載モノを書くんだ!
とはいっても、これまで自分の書いてきた作品は短編ばかり。どんなモンスターも一瞬で屠ってきた身としては、ストーリー性のある作品など夢のまた夢……。そんな時である。
「おいマイナ! 一緒に酒でも飲もうぜ!」幼馴染の女盗賊のキルファがドアを開けて入ってくる。ピンクのぼさぼさの髪の毛。目のやり場に困る、手脚の露出の多い服装。キラキラした装飾品。
「キルファ……! 開錠を使って人の部屋に入ってくるなとあれほど言ってるだろう!」
マイナは慌てて展開していた情報端末を閉じる。
「だって退屈なんだよ! リアルじゃ私は金持ちのお嬢様、学年の優等生ってことになってるんだぜ? ゲームやってるときくらい酒飲んでもいいだろ!」
「その様子だともうだいぶ酔いが回ってるようだな……」
「うるせー! いいから酒だ! 酒もってこい!」
黙っていれば可愛いのだが、キルファはリアルのストレス発散のためか、非常に自分の欲望に素直なキャラになってしまっている。この手のゲームに詳しい者によれば、リアルの自分と全く正反対なキャラが作成されることが多いらしい。
「『酔い覚ましの水』買ってきてやるからそこのベッドに寝てろ」
「あー、このベッド、マイナの匂いがするぅー。いい匂いだにゃー」猫耳をぴくぴくさせるキルファ。
「変なこと言うな。年齢制限にひっかかって運営に通報されるぞ」
「まあいいじゃん私とあんたの仲なんだしー」どんな仲だ。
マイナはやれやれ、つきあっていられないという風に、ドアを開けて下の階へと降りてゆく。頭の中は「酔い覚ましの水」のことと、さきほどの決意によって占められていた。
「短編ではダメだ。連載モノを書くんだ」
だが、その選択は、マイナにはドラゴンの群れを狩るよりも難しいことに思えた。重要なことなので二度言うが、マイナは――長編を書いたことが無いのである。