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大阪環状線・奇妙な席

がたんごとん。

私は毎週日曜日、大阪環状線に飽きるまで乗るのが唯一の趣味だ。

そのために定期まで購入している。

ただし、時間は朝から夕方までだ。

それ以降の時間は車内がとても混む。

乗り始めは必ず天王寺だ。

地元の路線から直ぐに乗り換えれる駅だ。

天王寺から、新今宮、今宮、芦原橋、大正、弁天町、西九条、野田、福島、大阪、天満、桜ノ宮、京橋、大阪城公園、森ノ宮、玉造、鶴橋、桃谷、寺田町、そしてまた天王寺。

私はいつも外回りの電車に乗る。

今日もいつものように、本を読んだり、外を見たり、人間観察をして、昼頃まで環状線に乗っていた。

日曜日に環状線に乗ることは毎回私にとっての特別な逃避だ。

六時十四分、今日も日曜日の電車に乗り込んだ。

がたんごとん。

それは弁天町に止まった頃だ、それまで空いていた席に、すっと座った男性がいた。

特に気に留めていなかったが。

「この電車は、環状線外回り、京橋・大阪方面行きです。次は野田野田です。」

というアナウンスが聞こえたとき、その男性が立ち上がりながら、

「あんなところまで追いやられなあかんの?」

と繰り返しぶつぶつ言い始めた。

何事かと思いながら凝視していると、男は野田駅で降りていった。

きいいん。

微かに耳鳴りがする。

私が次は福島だなと頭の隅で考えていると、

「次は西九条です、お降りの際はお忘れ物にご注意ください」

え?と思い外の景色を見ると確かに電車は西九条に向かっている。

どういうことなんだ?

不思議に思っていると、電車は西九条で停まった。

車内の人が入れ替わる、今宮まで進んだところで、さっきのおかしな乗客の座っていた席に今度は中年の女性が座った。

がたんごとん。

電車が動き出すと、急にその女性はあたりをきょろきょろ見回し始めた、既にぎょろりぎょろりと言ってもいいほどの勢いだった。

散々見回したあと。

「ここらへんで見せて!庭の草渡さなあかんやろ?」

と言いながらその場で立ったり座ったりを繰り返し始めた。

「次は今宮、今宮、お降りの際は足元にご注意ください」

女性は今宮で降りていった。

大きく視界が回る。

がたんごとん。

次は新今宮だな。

その考えを打ち消すように、車内アナウンスはこう告げた。

「次は桃谷、桃谷です」

まただ、また駅が違っている……

桃谷に到着した途端さっきまでおかしな人達が座っていた席を、なぜだかみんなが避け始めた、もう一度天王寺をすぎても誰も座らない、時にはその座席は空なのにその場で立っている乗客まで出始めた。

次は大正駅だ、思った途端初老の女性が乗り込んできた。

あのおかしな席に躊躇なく座る。

電車が動き出すと彼女は車内の吊り広告を比喩ではなく、目から目玉が飛び出しそうなほど開いて、じいいっと見つめていた。

ゆらゆら。

女性は縦に揺れる。

ゆらゆら。

今度は横に揺れる。

ゆらゆら。

席に座ったまま首だけ振り回し始めた。

あんなに首を振っていたら、首が取れてしまうのではないかと見つめていると。

「次は弁天町、弁天町です」

女性は慌てて持っていた杖を網棚に掛けると、ふらふらした足取りで降りていった。

目の前がふらふらする、軽い目眩だろうか。

がたんごとん。

誰もあの席に座らない。

なにか決まり事でもあるかのように、誰も座らない。

他におかしな乗客はいないか観察してみる、ほとんどがスマホの画面を覗き込んでいるばかりで、これといって変化はない。

しばらくすると。

「まもなく、大阪、大阪です。お出口は右側です。」

とアナウンスが聞こえてきた、しばらくすると十代ぐらいに見える少年が乗り込んできた。

彼は辺りをきょろきょろと見回すと、目的の席を見つけた!と言わんばかりに嬉しそうな顔で例の席に座った。

私は好奇心に勝てずに思わず少年の方に近づくと、

「その席には何かあるん?」

と聞いてみた。

少年はにこにこしながら、

「大阪環状線のこの席に座れたら、一番幸せやと思うところに帰れるんです」

と言った。

「まもなくドアが閉まります、ご注意下さい」

ドアが閉まる直前に、私は元の席に戻った。

一番幸せ?帰る?

なにかそういった都市伝説でもあるのかなあ?と思いながらぼんやりしていると、少年が突然眉毛をぶちっぶちっと自分で抜き出した、周りは誰も注意を払っていない。

彼の膝の上に載せられた、白い鞄の上には短くて細い毛が散乱している。

そのまま見つめていると、こっちをにやあとこれ以上口角が上がらないだろうと思う限界まで曲げて、再び眉毛を抜き出した。

今度はそのまま「痒い、痒い、胃袋の裏が痒くて仕方ない、昨日の猫食べたせいや」

と呟き出した、眉毛はほとんどなくなっている。

ぞわぞわする感覚とたたかいながら、

「早く次の駅に着け」

と考えていることに気がつくが、理由が曖昧に溶けていく。

がたんごとん。

「次は大阪城公園、大阪城公園ですドアが開きます」

ぷしゅうと音が鳴る前に、少年はすっと立ち上がり、いつの間にか鞄から取り出していた、黒い袋を上の網棚に置いて降りて行く。

ずくんずくん。

こめかみが疼き出す、微かに頭痛がする。

ドアが再び閉まり、電車が発車する。

「次は鶴橋鶴橋です、ドアが開きます、ご注意ください。」

ドアが開いて入ってきたのは、スーツ姿のサラリーマン風の男性だった。

休日出勤かな?思っているとあの席に座った、男性は幾分皺くちゃのスーツを着ていて、疲れ果てているように見えた。

席に座るとスマホを取りだし、ぽちぽちと何かを見ている。

少し構えていたが何も起こらない、安心して男性の観察を続けてしまう。

腕時計が随分ぼろぼろだな、大切なものなんだろうか?

靴の高さが違う、歩き方に癖があるのかな……などと考えていると。

「次は芦原橋、芦原橋お降りの際は足元にご注意ください」と流れてきた。

網棚の上の杖と黒い袋はそのままだが、何も起こらなかった。

そのまま暫く走り続ける電車に揺られていると。

がたんごとん。

「次は新高島平、新高島平、Next is Shintakashimadaira」

というアナウンスが流れた、車内の乗客たちの時間が一瞬だけ立ち止まる、綺麗にぴたっというように。

だが次の瞬間また全ての乗客が動き出し、またほとんどの人がスマホの画面に夢中になっている。

新高島平駅から人の良さそうな、まさに好々爺と言わんばかりの老人が乗ってくる、車窓から覗いてみるとまるで見た事のない景色だった。

老人はあの席に座るとにこにこと微笑んでいた。

孫のところにでも行くのかな?

などと思っていると老人はポケットから割り箸ぐらいのサイズの棒に、アルミホイルをぐるぐる巻きつけた不思議な棒を、二本取り出した。

その棒をスラックスの腰部分の両サイドに差し込むと、

「こうしないと、こうしないと電波が流れてくる」

「勝村さんが倒れたのも、葉月さんが倒れたのも、田中さんが倒れたのもそのせい」

「でもこれさえあれば空から引き上げてくれるから」

と言っている。

私はぞくっとしながらも、その声を拾い続けてしまった。

彼はどんどん進んでいき、両足を片方ずつばたばたとさせながら、同じような言葉を繰り返している。

しばらくすると老人は降りていった。

がたんごとん。

「まもなく到着します。

次は、野田、天満、京橋、森ノ宮です」

そのアナウンスはとても面白かった。

どれも全部環状線の駅名のはずなのに、順番も方向さえも一緒くただ。

もう考えるのをやめた。何が面白いのかははっきりと分からない。

ドアが開くと同時に、ストレートロングの綺麗な顔立ちの女性が乗り込んできた。

女性はほっとしたように息をつき、慌てて車内を見回した。

例の席が空いているのを確認すると、嬉しそうに座る。

私はふと車窓から外を見ると、ホームにある、駅名の看板が「野田、天満、京橋、森ノ宮まとめてこちらへどうぞ」と書いているのを見て、くすくすと忍び笑いをした。

電車が動き出す。

あの席の女性を観察する、女性はパンツ姿だったが、マナーの悪いおじさんのように大きく足を開き、突然電話をかけだした。

「もしもし?うん、そう、もうすぐ迫ってるやんな、樽の中に塩詰めた?」

「そうそう時雨さんの席!分かってないやん」

結構大きめなボリュームで話しているが、誰も見ていない。

そのうち女性は、電話をしながらきりきりと爪を噛み始めた。

きりきり。

きりきり。

どんどん爪がなくなっていく

痛くないのかなあ……とのんびり考えていると、ラストスパートとばかりに全力で爪を噛みきった。

女性は何食わぬ顔をして、電話を続けている。

電話を切ったと思うとおもむろに、コンパクトを取り出して、爪のない両手で化粧をしはじめた。痛くないのかな?

などと思うが、別にどうでもいいことだなと思い直す。

女性は化粧直しが終わったようだ。

「今日も西日本をご利用くださいましてありがとうございました。まもなく天王寺、天王寺です。お出口は右側です。大和路線、阪和線、関西空港線、近鉄線、地下鉄線はお乗り換えです。」

というアナウンス、女性はすっくと立ち上がり、人にぶつかることも気にせず肩を鳴らして降りていって、人の波に飲まれて行った。

私は胸の奥、肺の辺りがちくちく痛む気がした。

それと入れ替わるように、今度は人気漫才コンビの瀬山が乗り込んできた。

がたんごとん。

電車が動き出す。

瀬山は他の席はみんな座っているのに、一つだけ空いたあの空席の前に立ち、吊革を持った。

次の駅、また次の駅と進んでも誰も座らない、あの席だけ誰にも見えていないかのように。

「まもなく、大阪城公園、大阪城公園です」

というアナウンスとともに、瀬山は立ち去った。

がたんごとん。

電車は次々進んでいく。

停まった駅が、アナウンスと違う駅だったこともあった。

「次は、寺田町、寺田町です」

読書をしていた私は、ふと顔をあげると小学生ぐらいの、男の子か女の子か分からない子が、乗り込んできたのを見た。

お使いかな?習い事かな?

とぼーっと考えていると、子供は例の席に座った、行儀よくちょこんと足を揃えて。

そのまま子供は微動だにせず、全く動かなくなってしまった、瞬きさえしていない。呼吸をしているのか肩や胸を注意深く見てみるが、一切動かない。

「次は、大阪城公園、大阪城公園」

そのアナウンスとともに時間が動き出したかのように、子供は立ち上がった。

ブレーキの時の僅かな揺れでは、足を踏ん張ってこけないようにしている姿が可愛かった。

子供は大阪城公園という名の桜ノ宮駅で降りて行った。

私は腰から下が急に重くなり、だるさを感じ始めた。

「次は京橋、京橋です、ドアが開きます。ご注意下さい。」

京橋で乗り込んできたのは、タトゥーが沢山入った、赤い髪の色のロン毛のお兄さんだった。

彼は迷いもなく真っ直ぐに例の座席に座った。

電車が発車すると、すぐに彼は親指を吸い始めた。

ちゅくちゅくちゅく

かなりの音を立てて、親指を吸っている。

そのまま膝を抱えるように、土足で座席に座り丸くなった。

ちゅくちゅくちゅく

車内にその音が響く、あんな座り方で転げ落ちないのかなあ、と少しだけ心配になる。

そのまま観察していると、ぽろぽろと涙を流して泣き始めた。

彼の香水の匂いが、こちらの席まで漂ってくる。

京橋から芦原橋までそれは続いていた。

芦原橋へ電車が到着する直前に、彼は何事もなかったかのように立ち上がり、網棚の上に玉子をひとつ置くと、芦原橋で、すたすたと立ち去って行った。

私はずん!と肩が重く感じていた。

「次は弁天町、弁天町です」

比較的すいている車内で例の席と、もうひとつ隣の席が空いている。

そこに乗り込んできたのは、妊婦さんだった、周りの乗客がぶつからないようにと、遠慮がちに通路を譲り会釈をする妊婦さん。

隣の席の前に座っている女性は、

「こちら良かったらどうぞ座ってください」と小さな声で勧めた。

車内が一瞬静まり返る、生唾を飲む音まで聞こえてきそうだ。

妊婦さんは、

「ありがとうございます」

と嬉しそうな声で言いながら、例の席に座ろうとする。

前の女性は少し慌てたように、

「いえ、その隣にどうぞ」

と座る前に妊婦さんを少し移動させた。

車内が不可思議な空気に包まれる。

だがすぐにスマホに夢中の客だらけとなる。

がたんごとん。

がたんごとん。

私はいつものように、日曜日の大阪環状線の外回りに乗っている。

いつもと違うのは、あの席に座ってみたい衝動がむずむずと起こり出すこと。

でも、私は座らない。

あの席から何かが私を呼んでいるような気がする。





ここまで読んでくださりありがとうございます。

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