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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第2章 湯けむりと秘宝の行方

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第8話 映えるライバル、萎える胃袋

「……見貫みぬきくん、紹介してくれない? その、背中の『お荷物』を」


 須磨すま跡子あとこの視線は、冷ややかだった。

 彼女は『カフェ通信』のエース候補だ。最新のトレンドを追い、SNSでバズる記事を作ることに長けている。スマートで効率的。それが彼女の信条であり、泥臭い現場主義の俺とは正反対のスタイルだった。


「ああ、紹介するよ。彼女は平良夏たいらげつくしさん。今回の記事のライターだ」

「ライター?」


 跡子は綺麗に整えられた眉をひそめた。

 無理もない。現在のつくしは、移動の疲れで再びOFFモードに入りかけており、俺の肩に頭を乗せて半目を開けている。口元からは、一筋のよだれが垂れようとしていた。


「……ふあぁ……油の匂い……酸化値、正常……」

「ちょ、平良夏さん! よだれ、よだれ!」


 俺は慌ててポケットからハンカチを取り出し、彼女の口元を拭った。

 慣れた手つきだった。自分でも嫌になるくらい、自然な動作だった。

 その様子を見て、跡子の表情が微かに歪んだ。


「……信じられない」


 彼女は吐き捨てるように言った。


「同期一の堅物で、女心なんてこれっぽっちも解さない見貫くんが、そんな甲斐甲斐しく誰かの世話を焼いてるなんてね。……しかも、そんな地縛霊みたいな子の」

「地縛霊じゃない。今はOFFなだけだ」

「同じよ。ウチの編集部なら即クビね。自己管理もできない人間に、いい仕事ができるとは思えない」


 跡子はスマホを取り出し、ロビーの「流しそうめんレーン」を慣れた手つきで撮影し始めた。


「今回の取材、悪いけど私の勝ちよ。この旅館の『映え』ポイントは全て押さえたわ。泥臭い大食い記事なんて、今の読者は求めてないの」

「それはどうかな。食欲は人間の根源的欲求だ。カロリーこそが正義だって、ウチの編集長も言ってる」

「フン、あの野蛮な編集長ね……。ま、せいぜい頑張りなさいよ」


 跡子は艶やかに髪を翻し、きびすを返した。

 その背中には、「あなたたちとは住む世界が違う」というオーラが漂っていた。

 だが、俺は見逃さなかった。

 去り際、彼女がもう一度だけ、俺の背中のつくしを睨むように一瞥したことを。その瞳に、ほんのわずかな苛立ち――嫉妬にも似た感情が混じっていたことを。


(……なんだ? 思い過ごしか)


 俺は首を傾げつつ、チェックインを済ませた。

 部屋に荷物を置く暇はない。つくしのエンプティ―ランプが点滅しているからだ。

 俺たちはそのまま、中庭に面したラウンジへと向かった。


+++


 ラウンジ『龍のひげ』は、優雅な空間だった。

 大きなガラス窓からは、手入れの行き届いた日本庭園が一望できる。ロビーから続く水路が庭園を巡り、最後はこのラウンジの脇を通って厨房の方へと流れていく設計になっていた。


 俺たちが席に着くと、つくしはテーブルに突っ伏した。


「……限界。……胃袋の真空崩壊が始まる……」

「物騒なこと言わないでください。もう注文しましたから」


 俺はメニュー表を脇に置き、お茶をすすった。

 ふと見ると、少し離れた窓際の席に、跡子の姿があった。彼女も取材の休憩中らしい。優雅に紅茶を飲みながら、タブレットで原稿をチェックしている。

 視線が合った。彼女はふんと鼻を鳴らし、わざとらしく俺たちから目を逸らした。


 その時だった。


「お待たせいたしました!」


 元気の良い声と共に、厨房からワゴンが運ばれてきた。

 運んできたのは、誠実そうな顔立ちをした若い男性スタッフだ。ネームプレートには『研修中 高田』の文字があるが、その所作は丁寧で危なげがない。


「当館名物、『爆揚げ! 黄金の五重塔天ぷらタワー』でございます!」


 ドンッ!!


 テーブルの上に、黄金の塔が建設された。

 それは、もはや料理というカテゴリーを超越していた。


「…………」


 俺も、遠くで見ていた跡子も、そして瀕死のつくしさえも、一瞬言葉を失った。

 

 土台となるのは、直径三十センチの大皿に敷き詰められた、巨大なかき揚げの座布団。タマネギ、ゴボウ、ニンジンが複雑に絡み合い、分厚い円盤を形成している。

 その上に積み上げられているのは、アナゴの一本揚げだ。それも一匹や二匹ではない。五匹のアナゴが井桁いげた状に組まれ、堅牢な骨組みを作っている。

 さらにその隙間を埋め尽くすように、無数の海老天、イカ天、カボチャ、ナス、シシトウが突き刺さっている。

 頂上に鎮座するのは、扇のように開かれた巨大なマイタケの天ぷら。

 総重量3キログラム。高さ四十センチ。

 甘辛い天つゆの香りと、揚げ油の芳醇な匂いが、湯気となって立ち昇る。


「す、すごいですね……」


 俺が呆然と呟くと、運んできた研修中の高田君が、誇らしげに胸を張った。


「はい! 料理長が建築学の要素を取り入れて設計した、崩れない天ぷらタワーです! 運ぶときは緊張しますが、お客様の驚く顔を見るのが一番のやり甲斐です!」


 彼の背後から、着物姿の女将が現れた。


「あらあら、気に入っていただけましたか? 私この旅館の女将でございます。本日は取材に来ていただきありがとうございます。こちらは新看板料理です。いかがですか?」


 横にいた高田君は女将に直立不動で頭を下げた。実直そのものだ。

 そんな微笑ましい光景をよそに、窓際の跡子がスマホを構えて近づいてきた。


「ちょっと、写真撮らせて」

「うわっ、びっくりした」

「仕事よ、仕事。……それにしても、とんでもないビジュアルね」


 跡子は呆れたように溜息をつきつつも、その目は「映え」の構図を探して鋭く光っている。


「インパクトだけは認めるわ。でも、これ完全に『出落ち』じゃない? こんなの、人間の食べ物っていうよりオブジェよ。食べきれるわけないわ」


 パシャパシャとシャッターを切りながら、彼女は俺の隣で死にかけているつくしを見下ろした。


「そこの華奢な彼女じゃ、土台のかき揚げ五分の一でギブアップね。残すなら最初からタッパーをもらっておきなさいよ。フードロスは今の時代、炎上の元よ」


 正論だ。普通の人間なら。

 だが、跡子は知らなかった。

 この「オブジェ」を前にして、死にかけていたはずのつくしの指先が、ピクリと反応したことを。


「……フン」


 つくしが顔を上げた。

 眼鏡の奥の瞳が、黄金色の塔を捉える。

 その瞳孔が、カメラの絞りのように収縮した。


「……構造解析、完了」


 低い声が漏れた。


「え?」

「……高さ四〇〇ミリ。重心位置、地上高一五〇ミリ付近。……アナゴの摩擦係数と衣の吸油率から推測するに、解体順序を誤れば崩落する。……だが」


 彼女はゆらりと身を起こし、割り箸を手にした。

 その所作からは、さっきまでの倦怠感が嘘のように消え失せ、代わりに剣豪のような殺気が立ち昇っていた。


「私の胃袋に収めるには、最適な密度だ」


「はあ? 何言ってんの、この子」


 跡子が怪訝な顔をする。

 俺は心の中で十字を切った。始まった。怪獣の目覚めだ。


「平良夏さん、準備は?」

「……いつでも行ける。天つゆの温度、四十五度。……ベストコンディション」


 つくしが箸を伸ばした。

 狙うは頂上のマイタケではなく、中段の海老天。そこを引き抜けば塔が崩れそうに見えるが、彼女の目には「構造上の急所」が見えているのだろう。


 その時だった。


 「キィィィヤァァァァァァァッ!!!!!」


 つんざくような悲鳴が、ラウンジの静寂を切り裂いた。

 ガラス窓がビリビリと震えるほどの、女性の叫び声。

 方向は、ロビーの方角だ。


「な、なんだ!?」

「きゃっ!?」


 俺と跡子が飛び上がる。

 女将とバイトの高田君も顔色を変えた。


「今の声は、フロントの……!?」

「お、女将さん! 行ってみましょう!」


 ラウンジにいた他の客たちも、何事かと立ち上がり、ざわめきが広がる。

 ただ一人、平良夏つくしを除いて。


「……うるさい。集中力が乱れる」


 彼女は悲鳴など聞こえなかったかのように、海老天を口へと運ぼうとしていた。

 だが、その直後に聞こえてきた言葉が、その箸を止めさせた。

 ロビーから駆け込んできた仲居が、蒼白な顔で叫んだのだ。


「た、大変です女将さん!! 『龍神の涙』が……ダイヤが、消えました!!」


「えっ……!?」


 女将がその場に崩れ落ちそうになるのを、高田君が支える。

 ダイヤが消えた?

 あの厳重な監視体制の中から?


「……ちっ」


 つくしが舌打ちをした。

 それは事件に対する驚きではなく、食事を邪魔されたことへの純粋な不快感だった。


「……食前の余興にしては、少し捨て置けないわね」


 彼女は海老天を箸で摘まんだまま、冷ややかな目でロビーの方角を睨みつけた。

 湯けむりの宿に、不穏なミステリーの幕が上がった瞬間だった。

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