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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第1章 謎の美女とデカ盛りと俺

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第6話 名ライター誕生

 数日後。

 大手出版社・庶凡しょぼん書房、『月刊ジャンボ』編集部。

 昼下がりのオフィスは、電話のベルとキーボードを叩く音、そしてどこからともなく漂うカップ麺とインクの匂いで満ちていた。

 そんな雑多な喧騒を切り裂くように、豪快な笑い声が轟いた。


「ガハハハハ! 傑作だ! これぞ我が社が求めていた『脂ぎった正義』だ!」


 編集長席の革張り椅子が、重量級の負荷に耐えかねてギチリと悲鳴を上げる。

 編集長・碁鵜ごう海仁かいじんは、丸太のような腕でデスクを叩き、刷り上がったばかりの書類を俺の目の前に突きつけた。


「見ろ、この反響を! 読者アンケートの速報値、ぶっちぎりの一位だぞ!」


 紙面には、巨大なカツカレーの写真と共に、扇情的な見出しが躍っている。

 『老舗の危機を救え! 2.5kgカツカレーに隠された涙の味』。

 そして、その記事の末尾には、誇らしげにこう記されていた。

 『文・構成:平良夏たいらげつくし』。


「……はあ。それは、どうも」


 俺――見貫みぬき泰三たいぞうは、目の下の濃いクマを指で擦りながら、曖昧に頷くことしかできなかった。

 確かに、記事の内容は素晴らしい。

 廃業寸前の老舗洋食屋を救った感動のドキュメンタリーでありながら、後半は科学的なトリックを暴くミステリー仕立て。読者からは「ただの食レポかと思ったら泣けた」「探偵役のキャラが濃すぎて胸焼けする(褒め言葉)」といった絶賛のコメントがSNSにも溢れているらしい。


 だが。

 この記事を書いたのは、署名にある平良夏つくしではない。

 あの事件の後、泥のように眠り続ける彼女を自宅へ送り届け、そのまま会社に戻り、記憶が鮮明なうちに徹夜でキーボードを叩き続けた俺だ。

 俺の血と汗と涙の結晶は、すべて彼女の手柄になっていた。


「どうした見貫、不満そうな顔をして。お前も『取材協力』としてクレジットに入れておいてやったぞ」

「いえ、不満というわけでは……ただ、世の中理不尽だなと」

「ガハハ! 編集者は黒子だ。ライターを輝かせてこそ一人前だぞ」


 碁鵜編集長は上機嫌で、太い葉巻の先端を噛み切った。

 俺はふと、隣のデスクに視線をやった。

 そこには、今まさに話題の渦中にある「名ライター」本人が座っている。


「……むにゃ……」


 平良夏つくし。

 彼女はデスクに突っ伏し、幸せそうな寝息を立てていた。

 口元には食べかけの羊羹ようかんのカスがついている。差し入れでもらった高級羊羹を、包装も剥がさず丸かじりしようとして、俺が慌てて止めた残骸だ。

 今は完全に『OFF』モード。

 あの店で鋭い推理を披露した冷徹な探偵の面影は、微塵もない。ただの「燃費の悪い怠け者」に戻っている。


「……編集長。教えてください」


 俺は視線を編集長に戻し、以前からの疑問をぶつけた。


「平良夏さんって、一体何者なんですか? あの知識量、ただの食いしん坊じゃ説明がつきません。スプーンの薬品を見抜いたり、味覚の受容体の話をしたり……普通の二十代女性が知っている範囲を超えています」


 俺の問いに、碁鵜編集長の笑い声がピタリと止まった。

 彼は葉巻を灰皿に置き、ニヤリと口角を上げた。その瞳には、老獪ろうかいな編集者の光が宿っていた。


「気づいたか。まあ、そんな姿を見れば当然か」


 編集長は声を潜め、デスク越しに身を乗り出した。


「元・科捜研カソウケンだそうだ」

「……え?」

「警察庁科学警察研究所。彼女はそこの研究員だったんだ。それも、飛び級で博士号を取ったほどの超天才と聞いている」


 俺は言葉を失った。

 科捜研。ドラマや小説の世界でしか聞いたことのない、日本の科学捜査の最前線。

 あの、公園で行き倒れていた変人が? コンビニのおにぎりを掃除機のように吸い込む彼女が?


「信じられん顔だな。俺も最初は疑った。履歴書には『特技:円周率の早口暗唱』『志望動機:タダ飯』としか書いてなかったからな」

「よく採用しましたね……」

「だが、経歴欄は本物だった。IQ200超えの頭脳を持つが、その代償として脳の燃費が極端に悪い。カロリーが切れると思考停止する、欠陥だらけのスーパーコンピューターさ」


 編集長はつくしの寝顔を眺めながら、ふっと表情を緩めた。


「ま、いろいろあって辞めたらしいがな。過去に『ある事件』で挫折し、考えることを放棄したそうだ。『私の脳は、人を救うには燃費が悪すぎる』と言ってな」

「ある事件……」

「詳しくは知らん。だが、その才能が本物なのは確かだろ? 俺はそこに賭けたんだ。彼女の『食欲』と、お前の『足腰』にな」


 俺は再び、隣で寝ているつくしを見た。

 人を救うには燃費が悪すぎる、か。

 あの時、事件を解決した彼女の横顔は、確かに美しかった。けれど、その後に見せた急速なシャットダウンは、彼女が抱える「限界」の現れだったのかもしれない。


「というわけで、見貫。次も頼むぞ」


 感傷に浸ろうとした俺の目の前に、編集長が無慈悲な一枚の紙を突き出した。


「えっ」

「彼女から『次のタダ飯リスト』が届いている。お前が連れて行ってやれ。連載決定だ」


 渡されたメモを見て、俺はめまいを覚えた。

 それは取材リストというより、フードファイターの挑戦状だった。


 『第一候補:北関東・温泉旅館の爆盛り天ぷらタワー(総重量3kg・高さ40cm)』

 『第二候補:港町・殺意の激辛海鮮丼(超特大・致死量レベル)』

 『第三候補:高原リゾート・断罪のスイーツビュッフェ(全種類制覇・時間無制限)』


 リストは延々と続いている。

 

「……マジですか。これ、全部行くんですか?」

「当然だ。読者が待ってる。それに、彼女の脳みそを動かすには、これくらいの燃料が必要なんだろ?」

「いや、俺の身が持ちませんよ! 背負って歩くんですよ!?」


 俺は抗議したが、編集長は聞く耳を持たず、「経費は落としてやるから安心しろ」と笑って手を振った。


 俺はため息をつき、自分のデスクに目を落とした。

 そこには、書きかけの辞表ではなく、新しい取材申請書があった。

 正直、割に合わない仕事だ。振り回されるのは目に見えているし、手柄は横取りされる。重いし、変人だし、世話が焼ける。

 

 けれど。


「……まあ、あの食いっぷりと推理は、面白かったかな」


 俺は自分の掌を見つめた。

 ラグビーボールを追いかけていた頃の、泥だらけの手。

 社会部志望で、巨悪を暴きたいと願っていた熱意。

 そのどちらとも違うが、あのカレー屋で事件が解決した瞬間、店主の涙を見た時、俺の胸に確かな「熱」が宿ったのを感じた。

 刑事だった親父が言っていた「事件現場の熱」。

 それを、この燃費の悪い探偵となら、また感じられるかもしれない。


「仕方ない。もう少しだけ、付き合ってやりますか」


 俺は覚悟を決めて、申請書にハンコを押した。

 そして、隣で寝ているつくしの肩を、強めに叩いた。


「おい、平良夏さん。起きてください」

「……むぅ……お店、着いた?……」

「次、行きますよ。北関東です」


 反応がない。

 俺は耳元で、魔法の言葉を囁いた。


「『爆盛り天ぷらタワー』です。揚げたての海老天が二十本、乗ってますよ」


 その瞬間。

 つくしの眼鏡の奥が、カッ! と見開かれた。

 ゾンビ映画の蘇生シーンのような勢いで、彼女は上半身を起こした。


「……天ぷら?」

「はい。取材許可、降りました」


 彼女の瞳に、生気が宿る。

 だらしない寝起きの顔が、一瞬にして捕食者のそれへと変わった。

 彼女は素早く眼鏡の位置を直し、俺を見た。


「……了解。胃袋の空き容量、フォーマット済み」


 彼女は立ち上がり、白衣のような上着を羽織った。


「……移動時間は?」

「特急で二時間。駅からレンタカーで三十分です」

「……遠い。私のバッテリーが持たない」

「大丈夫です。駅弁買いますから」

「……牛肉特盛弁当、三つ。あと冷凍みかん」

「食い過ぎです!」


 俺たちは編集部を出た。

 背後で、碁鵜編集長の「行ってこい! いい記事待ってるぞ!」という野太い声が聞こえる。


 廊下を歩きながら、俺は自然と彼女の半歩前を歩いていた。

 荷物持ち兼、道案内兼、ゴーストライター。

 それが、俺の新しいポジションだ。


「ねえ、見貫くん」


 不意に、つくしが後ろから声をかけてきた。


「……期待してる。とりあえず、駅の売店までおぶって」

「もうっ! これっきりですよ」


 俺、見貫泰三の「お世話係」としての生活は、まだ始まったばかりだ。

 こうして、俺と彼女の、高カロリーで前途多難な事件簿の第二ページが、今めくられようとしていた。


第1章 完




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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