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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第5章 崩れゆく肉の巨塔とあぶり出される罪

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第29話 動かぬ足跡と賞味期限

「ふ、ふざけるな……! これは教授の悪質なイタズラだ!」


 筆島ふでしま専務の絶叫が、静まり返った『孔雀くじゃくの間』に響き渡った。

 彼は真っ赤に浮かび上がった告発の手紙を指差しながら、顔面蒼白で叫び続けている。


「死人に口なしだ! そんな紙切れ一枚で、私を殺人犯扱いする気か! 証拠を出せ! 私が手を下したという、物理的で動かぬ証拠を!」


 往生際が悪い。

 だが、確かに筆島の言う通りだった。この手紙は動機を示す状況証拠にはなっても、彼が直接手を下した決定的な物証にはなり得ない。

 会場の招待客たちも、筆島の剣幕に押され、再び動揺し始めていた。


「……ふっ」


 しかし、平良夏たいらげつくしは冷ややかに鼻を鳴らした。

 純白のドレスをまとった彼女は、追い詰められた獲物を見下ろす捕食者の目で、筆島を一瞥いちべつした。


「……想定内よ」


 つくしはスマホの画面をタップした。

 画面には、依然として科捜研のリカとの通信が繋がっている。


「……リカ、例のデータを」

『あいよ。……トドメ、刺してやりな』


 スマホの画面が切り替わり、一枚の写真が表示された。

 つくしはそれを、会場の大型スクリーンにミラーリング投影した。


 映し出されたのは、三年前の殺害現場の写真。

 血の海の中に、くっきりと残された一つの「足跡」だった。


「……これは、三年前の現場に残されていた、犯人の血痕がついた足跡よ」


 つくしはスクリーンの画像を拡大した。

 靴底のパターンが鮮明に映し出される。


「……見て。右足のかかと部分。……ここに『特徴的な傷』があるわ」


 彼女が指し示した場所には、鋭利な刃物で削り取られたような、微細だが独特な形状の傷跡が刻まれていた。


「……警察はこの傷を頼りに何千足もの靴を調べたけど、一致するものは見つからなかった。……当然よね。犯人は犯行に使った靴を処分したと思っていたから」


 つくしはゆっくりと歩き出した。

 筆島の方へ――ではなく、展示コーナーの一角にある、ガラスケースの方へ。


「……でも、犯人は処分できなかった。……なぜならそれは、犯人にとって『捨てられない栄光の品』だったから」


 彼女が立ち止まったのは、筆島がジャーナリスト大賞を受賞した際の記念品が飾られたコーナーだった。

 そこには、授賞式で彼が身につけていたという高級万年筆や手帳と共に、一足の革靴が誇らしげに展示されていた。

 イタリア製の、最高級オーダーメイドシューズだ。


「……まさか」


 筆島の喉から、空気が漏れるような音がした。

 つくしはガラスケース越しに、その靴の裏側を指差した。


「……見貫みぬき。スマホのライトで照らして」

「は、はい!」


 俺が駆け寄り、言われた通りに靴底を照らす。

 会場中の視線が集まる。

 そこには――スクリーンに映し出された写真と、全く同じ位置、同じ形状の「傷」が刻まれていた。


「……!?」


 会場から悲鳴のような声が上がる。


「……ミクロ単位での形状一致。……偶然で片付けるには、確率が天文学的すぎるわね」


 つくしは追い打ちをかけるように、ドレスのポケットから小瓶とペンライトのようなものを取り出した。

 ブラックライトだ。


「……さらに、ダメ押しよ」


 彼女が香水のような小瓶から靴へ何かを吹きかけ、ブラックライトのスイッチを入れると、青紫色の光が靴底を照らした。

 革とゴムの継ぎ目。ウェルトと呼ばれる縫い目の隙間。

 そこに、肉眼では見えない何かが反応した。


 ボゥッ……。


 青白く、妖しく光る斑点。


「……ルミノール反応、陽性」


 つくしは冷酷に宣告した。


「……どんなに綺麗に拭き取ったつもりでも、縫い目の奥に入り込んだ血液までは除去できない。……形状の一致、そして血液反応。……これでもまだ、イタズラだと言い張るつもり?」


 筆島は、凍りついたように動かなかった。

 いや、動けなかったのだ。

 自らの栄光を誇示するために展示したコレクションが、自らを縛り首にする鎖となっていたのだから。

 過去の栄光への執着。それこそが、彼の最大の隙だった。


「あ……あぁ……」


 筆島の膝が折れた。

 ガクン、と崩れ落ち、豪華な絨毯の上に無様に這いつくばる。

 その姿は、先ほどまでの傲慢な権力者とは程遠い、ただの抜け殻だった。


 俺は、震える足で筆島に歩み寄った。

 かつて憧れた、伝説のジャーナリスト。

 俺が目指した背中は、こんなにも脆く、汚れていたのか。


「……筆島専務」


 俺は静かに声をかけた。


「……あなたは記事だけでなく、自分の人生まで捏造しようとした。……でも、真実は消せませんでしたよ」


 筆島は何も答えない。ただ、床を見つめて小刻みに震えているだけだった。


「……ジャーナリストとして、超えてはいけないラインを超えてしまいましたね」


 俺の言葉が届いたのかは分からない。

 その時、会場の重い扉が開き、数人の男たちが雪崩れ込んできた。

 先頭に立つのは、よれたトレンチコートの男――荒垣あらがき刑事だ。


「……よう。随分と派手なパーティーだな」


 荒垣は、へたり込んだ筆島を見下ろし、ポケットから手錠を取り出した。


「筆島鋭一。……小田切耕造殺害の容疑で逮捕する」


 ガチャリ。

 冷たい金属音が、静まり返った会場に響いた。

 手錠をかけられた筆島は、抵抗することもなく、ただ虚ろな目で宙を仰いだ。

 その瞬間、三年越しの迷宮入り事件は、幕を閉じた。


 展示されていた証拠品と共に連行されていく筆島の背中を見送りながら、荒垣はふと足を止め、つくしの方を向いた。


「……おい、平良夏」


 つくしは、レモン汁で汚れた手を拭きながら、気だるげに顔を上げた。


「……何?」

「……雪辱は晴れたか? いや、答えなくていい。余計なカロリーを消費させちまうところだった。野暮だったな」


 荒垣はぶっきらぼうに言ったが、その目には確かな敬意が宿っていた。


「……ありがとな。……これで、教授も浮かばれるだろう」


 彼は短く帽子に手を触れると、筆島を連れて会場を後にした。


 つくしは、ふっと息を吐いた。

 その顔から、憑き物が落ちたような安堵の色が広がっていく。

 俺たちの戦いは、終わったのだ。

 10キロの肉の塔と共に、巨大な悪もまた、彼女によって平らげられたのだった。

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