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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第5章 崩れゆく肉の巨塔とあぶり出される罪

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第28話 明かされた告発状

 万雷の拍手が、シャンデリアの揺れる大広間を包み込んでいた。

 ホテル『インペリアル・トーキョー』、孔雀の間。

 その檀上では、庶凡しょぼん書房の筆島ふでしま鋭一えいいち専務が、スポットライトを浴びて感極まった表情でスピーチを行っていた。


「……あの日、小田切おだぎり教授が亡くなられた時の悲しみは、今も私の胸に深く刻まれております」


 筆島はハンカチで目元を拭う仕草を見せた。

 会場のあちこちから、すすり泣く声や、「素晴らしい友情だ」という感嘆の声が漏れる。


「彼は科学の真実を愛し、そして私の書く記事を誰よりも評価してくれた、無二の親友でした。……あそこに飾られている『最後の手紙』こそが、我々の絆の証。彼が私に託した、未来への希望なのです」


 筆島は展示コーナーにある手紙の方へ手を差し伸べた。

 美しい演出だった。完璧な悲劇のヒロインならぬ、悲劇の親友役。

 だが、俺――見貫みぬき泰三たいぞうは知っている。その「友情」に待ったをかける存在を。


「……白々しい」


 隣で、冷え切った声がした。

 平良夏たいらげつくしだ。

 純白のドレスを身にまとった彼女は、手元に握りしめた「レモン」を、まるで手榴弾の安全ピンを抜くかのようにもてあそんでいた。


「……見貫くん。行くわよ」

「えっ、今ですか!?」

「……これ以上、あの男の嘘美談を聞いていたら、せっかく摂取した10キロのローストビーフが逆流しそう」


 つくしはドレスの裾を翻し、檀上ではなく、展示コーナーへと歩き出した。

 その足取りに、躊躇ためらいは一切ない。

 俺は慌てて彼女の前に回り込み、警備員の視線を遮る壁となった。

 須磨すま跡子あとこも察したのか、わざとウェイターにぶつかって注意を逸らしてくれている。


 つくしは、するりと人混みを抜け、手紙が飾られたテーブルの前へと進み出た。


「……あら、筆島専務」


 静まり返った会場に、つくしの澄んだ声が響き渡った。

 スピーチの途中だった筆島が、不快そうに眉をひそめてこちらを見る。


「なんだ君は。……スピーチの邪魔だ、下がりなさい」

「……美談に酔ってる場合じゃないわよ。……あなたが『絆の証』だとあがめているその手紙、本当は何が書いてあるか、知ってる?」


 つくしの言葉に、会場がざわめく。

 筆島は鼻で笑った。


「何を言うかと思えば。……そこに書いてある通りだ。『君の記事は素晴らしい』とね」

「……ええ。表面上はね」


 つくしは、握りしめていたレモンを高く掲げた。

 照明を受けて、黄色い果実が鮮烈に輝く。


「……でも、小田切教授は知っていた。……あなたが科学を冒涜ぼうとくし、捏造記事で世間を欺こうとしていたことを」

「き、貴様……! 何を根拠に!」

「……根拠? ここにあるわ」


 つくしは警備員が駆け寄ってくるよりも早く、レモンを両手で握り潰した。

 ブシュッ!

 果汁が飛散する。

 彼女は容赦なく、展示されている『最後の手紙』の上から、滴るレモン汁をぶちまけた。


「やめろぉぉぉッ!!」


 筆島の絶叫が響いた。

 会場から悲鳴が上がる。

 貴重な遺品が、酸っぱい果汁で汚されていく。誰もがそう思った。


 だが。

 次の瞬間、悲鳴は驚愕のどよめきへと変わった。


「……見なさい。これが、科学者の『告発』よ」


 レモン汁を浴びた手紙。

 その紙面の上で、鮮やかな「青色」のインクで書かれていた文字が、みるみるうちに変色し始めたのだ。

 青から紫へ。そして、毒々しいほどの「赤色」へ。


「な、なんだこれは……!?」

「文字の色が変わった!?」


 筆島が檀上から駆け下りてくる。その顔色は、インクの赤さとは対照的に蒼白だった。


 つくしは冷静に、まるで講義を行うように解説を始めた。


「……小田切教授が使っていたこの青いインク。ただのブルーブラックじゃない。……私が食べた『紫キャベツ』にも含まれる色素、アントシアニンを調合した特製インクよ」


 彼女はスマホを取り出し、科捜研のリカから送られてきた解析データを空中に投影するかのように指し示した。


「……アントシアニンは、中性・アルカリ性では青紫色を示す。……けれど、酸性に触れると構造変化を起こし、鮮やかな『赤色』に変わる性質を持つ」


 手紙の文面は、今や血のように赤い文字で埋め尽くされていた。

 だが、全てが赤くなったわけではない。

 ところどころに、元の「青色」のまま残っている文字があった。


「……そして、教授は仕掛けた。……酸に反応して赤くなるインクの中に、酸に反応しない『耐酸性顔料インク』で書かれた文字を混ぜ込んだ」


 つくしは、手紙を指差した。


「……赤くなった文字は、教授にとって『嘘』の言葉。……青く残った文字こそが、教授が伝えたかった『真実』よ」


 会場の全員が、固唾を飲んで手紙を凝視する。

 赤くなった文字をノイズとして排除し、青く残った文字だけを拾い読みする。


 元の文面:

 『親愛なる筆島君へ。君の記事を拝読した。実に素晴らしい内容だ。君のような熱意ある記者が、科学の真実を広めてくれることを私は誇りに思う。近々、君の依頼について良い返事ができるだろう。』


 赤く変色した文字が背景に沈み、青く浮き上がった文字たちが、新たな文章を形成していく。


 浮かび上がった青い文字:

 『……記事……は……じつ……は……捏造ねつぞう……だ……私……は……拒否……する……』


「……なっ……」


 筆島が、よろめいた。

 喉から、ヒューヒューとかすれた音が漏れる。


「……『記事は、実は捏造だ。私は拒否する』」


 つくしが冷酷に読み上げた。


「……これが、教授の答えだったのよ。……あなたは教授の名前を利用して捏造記事にお墨付きをもらおうとした。でも、教授はそれを拒絶した。……だから、あなたは教授を殺した」


「で、でたらめだ!」


 筆島が叫んだ。額には脂汗が滲んでいる。


「そんな……そんな子供騙しのトリックで! たまたまそう読めるだけだ! 偶然だ!」

「……偶然? 確率論的にあり得ないわね」


 つくしは更にレモンを強く絞った。

 果汁が、手紙の余白部分――署名の下の空白に染み渡る。


「……まだ終わりじゃないようね。……教授は、もっと直接的なメッセージも残していた」


 じわり。

 何もなかったはずの空白部分に、薄いピンク色の文字が浮かび上がってきた。

 それは、あぶり出しの原理――ではなく、特殊な感熱・感酸性の透明インクによる隠し文字だった。


 『もし私が死んだら、犯人は筆島だ。彼は捏造の公表を恐れている』


 決定的な一文。

 会場は、爆発したような騒ぎになった。

 カメラのフラッシュが一斉に焚かれる。

 マスコミ関係者たちが、色めき立って筆島に詰め寄る。


「こ、これはどういうことですか筆島専務!」

「教授はあなたの犯行を予期していたということですか!?」

「捏造記事とは何のことです!」


 筆島は後ずさりし、テーブルにぶつかってグラスを落とした。

 パリンッ!

 破片が飛び散る。


 つくしは一歩踏み出し、筆島を冷ややかな目で見下ろした。


「……滑稽ね、筆島専務」


 彼女の言葉は、ナイフのように鋭く突き刺さった。


「……あんたは三年間、自分の罪を告発する証拠を、『友情の証』だなんて言って、自慢げに保管し続けていた。……教授は、あんたのその歪んだ自己顕示欲すら計算に入れて、この手紙をあんたの手に渡るように仕向けていたのよ」


「黙れ……黙れェェッ!!」


 筆島が吠えた。

 その顔は、恐怖と怒りで醜く歪んでいる。


「……それがどうした! ただのイタズラ書きだ! 死人の戯言だ!」


 彼は開き直った。

 権力者の仮面をかなぐり捨て、剥き出しの敵意を露わにする。


「……証拠はあるのか!? 私が手を下したという、物理的な証拠が! 指紋は? DNAは? 凶器は? 何も出てこなかったはずだ!」


 筆島は両手を広げ、威圧するように俺たちを睨みつけた。


「三年前の警察ですら、私を逮捕できなかった。……たかが科学オタクの小娘に何ができる! これは状況証拠ですらない、ただの紙切れだ!」


 その通りだった。

 この手紙は、動機を示すものにはなるが、殺人の直接的な証拠にはならない。

 筆島ほどの地位と財力があれば、優秀な弁護士団を雇って「捏造された手紙だ」と主張し、揉み消すことなど容易いだろう。


 会場の空気も、筆島の剣幕に押され、再び戸惑いの色に染まり始めていた。

 「確かに証拠はないな……」「筆島さんがそんなことするはずが……」

 権力という壁は、あまりにも分厚い。


 俺は歯噛みした。

 ここまで追い詰めても、まだ逃げられるのか。

 だが。


「……ふん」


 つくしが、鼻で笑った。

 絶望的な状況の中で、彼女だけは不敵な笑みを浮かべていた。

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