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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第4章 消えたウサギとキリンの奔走

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第24話 過去からの因縁

 ラウンジの窓の外は、すでに藍色の夜闇に包まれていた。

 テーブルの上には、つい先ほどまで平良夏たいらげつくしが幸せそうに頬張っていたフライドポテトが、湯気を立てたまま残されている。

 だが、今の彼女に手を伸ばす気配はない。

 彼女の視線は、目の前に立ちはだかる男――荒垣あらがき刑事に釘付けになっていた。


「……久しぶりだな、平良夏。三年ぶりか」


 荒垣は、よれたトレンチコートのポケットに手を突っ込んだまま、低い声で言った。

 無精髭に覆われた顎、深く刻まれた眉間の皺。その一つ一つが、彼が歩んできた現場での過酷な時間を物語っている。

 その瞳は、獲物を追い詰める猟犬のように鋭く、冷たく濁っていた。


「……ええ。お久しぶり」


 つくしの声は硬かった。

 普段のマイペースな彼女からは想像もつかない、張り詰めた緊張感が漂っている。

 俺――見貫みぬき泰三たいぞうは、二人の間に割って入るべきか迷い、腰を浮かせた。


「あの、失礼ですが……平良夏さんのお知り合いですか?」

「……知人と言えば知人だが、友人じゃねえな」


 荒垣は俺を一瞥いちべつした。

 値踏みするような視線。俺の全身を舐めるように見て、ふんと鼻を鳴らす。


「お前が今の『飼い主』か? ……随分と人が良さそうなツラをしてやがる」

「飼い主って……俺は彼女の担当編集者です。見貫と言います」


 俺は名刺入れを取り出し、少し震える手で名刺を差し出した。

 荒垣はそれを受け取ることなく、チラリと見ただけで、微かに目を見開いた。


「……庶凡しょぼん書房、か」


 その瞬間、荒垣のまとう空気が、一段と重く、冷たくなった気がした。

 彼はゆっくりと視線をつくしに戻した。


「なるほどな。……そういうことかよ、平良夏」

「……」

「科捜研の天才が、あろうことか雑誌のグルメライターに落ちぶれたと聞いて笑っていたが……。まさか、自ら『敵陣』に乗り込むためだったとはな」


 敵陣?

 俺は耳を疑った。俺の会社が、敵?

 つくしは無言のまま、テーブルの上のポテトを見つめている。否定しない。それは、肯定と同じ意味を持っていた。


「おい、平良夏。……まさかお前、まだあの事件を追っていたのか?」


 荒垣がテーブルに両手をつき、身を乗り出した。

 顔が近い。煙草と安コーヒーの混じった匂いが漂ってくる。


「警察組織ですらサジを投げた、三年も前の『迷宮入り』だぞ。……お前一人が動いたところで、何が変わる」

「……あなたには関係ない」


 つくしが顔を上げた。

 眼鏡の奥の瞳に、静かな、しかし決して消えることのない炎が宿っていた。

 それは、食欲という本能の光ではない。もっと奥底にある、執念という名の業火だ。


「……私の計算式に『諦める』という変数は存在しない。……ただ、計算に時間がかかっているだけよ」


「相変わらず減らず口を……」

 荒垣は呆れたように溜息をつき、懐から古ぼけた手帳を取り出した。

 その中から、一枚の写真を引き抜き、テーブルの上に放り投げた。


「これだろ? お前が追っているのは」


 俺は思わずその写真を覗き込んだ。

 写っていたのは、どこかの書斎のような場所だ。床には血痕があり、その脇に、遺留品と思われる小さな紙片が落ちている。

 それは、本の間に挟む『しおり』だった。

 金色の箔押しが施された、高級感のある革製の栞。


「こ、これは……」


 俺は息を呑んだ。

 見覚えがある。いや、ありすぎる。

 その栞の中央には、見慣れたロゴマーク――万年筆とフクロウをあしらった意匠が刻印されていたのだ。


「……庶凡書房の、社章……?」


 俺の声が震えた。

 荒垣はニヤリと笑った。残酷な笑みだった。


「そうだ。三年前、都内の大学研究室で、一人の男が殺された。……被害者は、小田切おだぎり耕造こうぞう教授。量子物理学の権威だ」


 小田切教授。

 その名を聞いた瞬間、つくしの肩がビクリと跳ねた。


「現場は密室。指紋もDNAも残されていなかった。……だが、唯一残されていたのが、この栞だ」


 荒垣は写真の栞を指で叩いた。


「調べたところ、こいつはただのノベルティじゃねえ。庶凡書房が創立記念パーティーの時に、社員と一部のVIP関係者にだけ配った『特注品』だ。……つまり、犯人はお前の会社の人間か、それに極めて近い人物ってことになる」


 俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。

 俺の会社が、殺人事件に関与している?

 しかも、つくしの恩師である小田切教授を殺した犯人が?


「……見貫くん」


 静寂を破ったのは、つくしの静かな声だった。

 彼女はゆっくりと俺の方を向いた。

 いつもの眠そうな目でも、食い意地の張った目でもない。

 真っ直ぐで、そしてどこか悲しげな瞳だった。


「……あなたを騙すつもりはなかった。……でも、結果として利用していたことになるわね」


 彼女は自嘲気味に笑った。


「私が庶凡書房に入った本当の理由。……それはタダ飯を食うためなんかじゃない。この栞の持ち主……小田切教授を殺した真犯人を、内部から炙り出すためよ」


 点と線が繋がった。

 彼女ほどの天才が、なぜこんなグルメ雑誌のライターなどをやっているのか。

 なぜ、燃費の悪さというハンデを抱えながらも、現場に出続けるのか。

 すべては、この目的のためだったのだ。


「……小田切教授は、私にとって科学の師であり、……親のような存在だった」


 つくしはポツリポツリと語り始めた。


「……飛び級で大学に入って、周囲に馴染めなかった私に、唯一普通に接してくれた人。……『君の脳は燃費が悪いね』って笑って、いつもチョコレートをくれた」


 彼女の手が、微かに震えている。


「あの日……事件の日。私は科捜研の研究員として、真っ先に現場に入った。……教授の遺体のそばで、私は誓ったの。……私のこの脳みそを焼き切ってでも、必ず犯人を見つけ出すって」


「だが、お前は失敗した」


 荒垣が無慈悲に告げた。


「捜査の最中、極度の低血糖で倒れた。……お前が意識を失っている間に、現場検証は終わり、重要な手がかりは闇に葬られた。……そうだろ?」


「……ええ。その通りよ」


 つくしは唇を噛み締めた。

 悔しさで、血が滲みそうだ。


「私の脳は、人を救うには燃費が悪すぎた。……肝心な時にシャットダウンして、真実を取り逃がした。……だから私は科捜研を辞めた。……同じ失敗を繰り返さないために、もっと確実に、もっと深く潜伏する方法を選んだの」


 彼女は眼鏡を外し、涙を堪えるように目頭を押さえた。


「……ごめんなさい、見貫くん。……あなたの正義感を利用して、私は自分の復讐を果たそうとしていた。……呆れたでしょ?」


 重苦しい沈黙が落ちた。

 荒垣は冷ややかな目で俺の反応を待っている。

 つくしは、俺に拒絶されるのを覚悟しているようだった。


 俺は、深呼吸をした。

 混乱している。驚いている。

 自分の愛する会社に、殺人犯がいるかもしれないという恐怖もある。

 だが、それ以上に。


 俺の心に湧き上がってきたのは、怒りでも失望でもなかった。


「……水臭いですよ、平良夏さん」


 俺は、努めて明るい声を出した。


「え?」

「利用していた? そんなの、最初から分かってましたよ。……だってあなた、俺のこと『荷物持ち』か『移動手段』くらいにしか思ってないでしょう?」


 俺は笑って見せた。


「それに、俺の会社の人間が犯人かもしれないなら、なおさら俺が手伝わなきゃいけない。……『ペンの力で巨悪を暴く』。それが俺の夢ですからね」


 つくしが目を丸くした。

 俺は彼女の目を見て、力強く頷いた。


「俺はあなたのお世話係です。……あなたがエネルギー切れで倒れたら、俺が支えます。あなたが計算できないなら、俺が足で稼ぎます。……だから、最後まで付き合いますよ」


 それは、単なる編集者とライターの関係を超えた、共闘者の誓いだった。

 つくしの瞳が揺れた。

 一瞬、泣きそうな顔になり、すぐに慌てて眼鏡をかけ直した。


「……フン。……お人好しね。……計算外だわ」

「計算外もたまにはいいでしょう」


 俺たちのやり取りを見ていた荒垣が、鼻で笑った。


「……ケッ、茶番だ。……だがまあ、面白くはなってきたな」


 荒垣は写真をひったくるように回収し、手帳に挟んだ。


「いいか平良夏。……俺もまだ諦めちゃいねえ。警察は捜査本部を解散したが、俺個人の捜査は終わっちゃいねえんだ」


 彼は背を向け、去り際に言い捨てた。


「犯人の尻尾を掴んだら、俺に連絡しろ。……一番美味しいところは、俺が持っていくからな」

「……お断りよ。……謎を平らげるのは私」


 つくしが言い返すと、荒垣は手をひらりと振って、闇の中へと消えていった。


 ラウンジには、再び静寂が戻った。

 だが、その空気は先ほどまでとは全く違っていた。

 甘いスイーツの香りは消え、代わりに、ヒリヒリとするような戦いの予感が漂っていた。


「……見貫くん」

「はい」

「……ポテト、冷めちゃった」

「温め直してもらいましょうか」

「……いいえ、いいわ。今は、冷たい現実を噛み締めたい気分」


 つくしは冷え切ったポテトを一本摘まみ、口に運んだ。

 ボソボソと咀嚼する。

 その横顔は、いつもの怠け者でも、食いしん坊でもない。

 過去の悔恨と、未来への決意を秘めた、一人の探偵の顔だった。


「……犯人は、必ず見つけ出す。……この胃袋が破裂しようともね」


 俺は黙って頷いた。

 俺たちの旅は、ここからが本番だ。

 デカ盛りを食らい、謎を解き、そして巨大な組織の闇を暴く。

 道は険しい。カロリーも高い。

 だが、この燃費の悪い相棒となら、どこまででも行ける気がした。


 夜景の向こうに広がる闇が、俺たちを待ち受けている。

 俺と彼女の、因縁と復讐のグルメ・ミステリー最終章が、静かに幕を開けた。


第4章 完




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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