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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第4章 消えたウサギとキリンの奔走

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第23話 無意識の逃亡者

「……犯人は、あの人よ」


 平良夏たいらげつくしの細い指先が、ビュッフェ台の前に立つ一人の男性客を指し示した。

 ラウンジの喧騒の中、彼女の声は静かだが、絶対的な確信に満ちていた。


「えっ、あのお客さんが……?」


 俺――見貫みぬき泰三たいぞうは、目を丸くしてその人物を見た。

 四十代くらいの、穏やかそうな男性だ。家族連れだろうか、一人でケーキを選んでいる姿は無防備そのものに見える。とても子供の風船を盗むような悪人には見えない。


「見貫。……彼の服の『素材』をよく見て」

「素材?」

「……ホテルの空調は乾燥している。そして彼は、化学繊維のシャツの上に、見るからにふんわりとした『天然ウールのセーター』を着ているわ」


 つくしは眼鏡を光らせ、カツカツとヒールを鳴らして歩き出した。

 俺も慌てて後を追う。

 男性客は、トングでショートケーキを皿に乗せようとしていた。

 俺たちが近づくにつれ、彼の「背後」の全貌が明らかになる。


「……ああっ!?」


 俺は思わず声を上げた。

 男性の背中――ちょうど腰のあたりのセーターに、何かが張り付いていた。

 鮮やかなピンク色。

 長くねじられた耳。

 間違いなく、さっき消えたバルーンアートのウサギだった。


「う、嘘だろ……なんであんなところに?」


 まるで強力な接着剤で貼り付けられたかのように、ウサギは男性が動いても落ちることなく、ピッタリと背中にしがみついている。

 男性本人は、背中の異物に全く気づいていない様子で、鼻歌交じりにケーキを選んでいる。


「……確保しなさい、見貫」

「は、はい!」


 俺は男性に近づき、恐る恐る声をかけた。


「あ、あの……失礼します!」

「はい? なんでしょう?」


 男性が振り返る。その拍子に、背中のウサギがプルンと揺れた。

 俺は素早く手を伸ばし、セーターからウサギを引き剥がした。


 バリッ。


 微かだが、確かに静電気が弾けるような音がして、ウサギが俺の手に移った。


「えっ? 何ですかそれ?」

 男性が目を丸くする。「いつの間に私の背中に……?」

「いえ、その……これ、探していた落とし物でして……」


 俺が説明に窮していると、後ろから母親と、泣きはらした目の男の子が駆け寄ってきた。


「ああっ! ウサギさん!」

「よかったぁ! 見つかったんだ!」


 男の子が満面の笑みで俺の手からウサギを受け取る。

 その光景を見て、周囲の客たちからも安堵の拍手が湧き起こった。

 男性客も状況を理解したようで、「いやぁ、お恥ずかしい。全く気づきませんでした」と頭をかいて苦笑いしている。


 一件落着。

 だが、なぜこんなことが起きたのか?

 俺が首を傾げていると、いつの間にか背後に立っていたつくしが、スプーン片手に解説を始めた。


「……クーロン力よ」

「くーろん?」

「……静電気力のこと。犯人は、この乾燥した空気と、摩擦が生んだ『電気のいたずら』ね」


 つくしは空中で指を動かし、見えない図を描き始めた。


「……まず、私の予測通り、通路を高速で通過したキリン型ロボットが『ベンチュリ効果』を引き起こし、軽い風船を浮き上がらせた」


 彼女は男性客のセーターを指差した。


「……次に、浮遊した風船は、たまたま通りかかったこの男性の背中に引き寄せられた。……ウールのセーターと、ポリエステル製の風船。……この二つの素材は、帯電列において対極に位置する」


 つくしの口から、滑らかに科学用語が紡ぎ出される。


「……乾燥した冬場、ウールはプラスに、ポリエステルやゴムはマイナスに帯電しやすい。……つまり、この二つが出会えば、強力な磁石のように引き合う」

「なるほど……! じゃあ、男性が気づかないうちに背中に吸着して、そのまま連れて行っちゃったってことですか」

「……ええ。彼が歩く振動や摩擦で、静電気の結合はさらに強固になったはずよ。……まさに『見えない手』による誘拐劇ね」


 つくしは満足げに頷くと、法月のりづき支配人が、感動に打ち震えていた。


「おお……なんと……!」

 法月は数珠を握りしめ、天を仰いだ。

「目に見えぬ力が、ウサギと人を引き寄せ、そしてまた元の持ち主へと還した……。これぞまさに『えにし』の引力。科学という名の仏法が、因果を解き明かしたのですな……」


「まあ、静電気ですけどね」

 俺が冷静に突っ込むと、法月は深く頷き、俺とつくしに向かって合掌した。


平良夏たいらげ様、見貫様。貴方様たちの慧眼けいがんには恐れ入りました。おかげで、ホテルの平穏と、童子どうじの笑顔が守られました」


 そして、法月は懐から一枚の封筒を取り出し、俺に手渡した。


「これは、ほんの感謝の気持ちです。……先ほど、平良夏様が仰っていた『天空の癒し・ロイヤルコース』の代金。……当ホテルですべて持たせていただきます」


「えっ!!」


 俺は封筒の中身を確認する前に、飛び上がらんばかりに喜んだ。

 三万五千円。俺の給料の命綱。

 それが、浮いた。


「い、いいんですか!? 本当に!?」

「もちろんです。貴方様たちの働きは、プライスレスな功徳くどく。……これくらい、安いものです」


 法月は慈愛に満ちた笑顔を見せた。

 俺は心の中でガッツポーズをした。

 助かった。本当に助かった。これで今月の生活費が守られた。

 ありがとう法月支配人。ありがとう静電気。ありがとうキリンロボット。


「……見貫。浮かれてないで、次」


 歓喜に浸る俺の背中に、冷ややかな声が突き刺さった。

 つくしだ。

 彼女は既に、次の欲望へとシフトしていた。


「……解脱完了。事件もスイーツも、すべて消化したわ」

 彼女は膨らんだお腹をさすりながら、少しだけ顔をしかめた。


「……でも、甘味ばかり摂取したせいで、体内の電解質バランスが崩壊寸前。……ナトリウムイオンが不足してる」

「なとりうむ?」

「……塩よ、塩。しょっぱいものが食べたいの」


 彼女は法月の方を向き、真顔で要求した。


「……支配人。追加オーダー。『山盛りのフライドポテト』をお願い。……塩多めで」

「えっ、まだ食うんですか!?」


 俺は絶句した。

 あれだけのスフレとケーキを食べた直後に、揚げ物だと?

 甘いものの後にしょっぱいものが食べたくなる「無限ループ」は分かるが、限度というものがあるだろう。


 だが、法月支配人は動じなかった。

 むしろ、嬉しそうに目を細めた。


「ふふふ……承知いたしました。甘露の後に塩味を欲するのもまた、人体のことわり。……『精進揚げ(ポテト)』でございますね。すぐに最高のものをご用意させましょう」

「ありがとうございます。……ケチャップとマスタードもつけて」

「御意」


 法月は一礼し、厨房の方へ指示を出しに行った。

 俺は呆れてため息をついた。

 このコンビ、意外と相性がいいのかもしれない。


+++


 数分後。

 テーブルには、山のように盛られた揚げたてのフライドポテトが運ばれてきた。

 黄金色に輝くスティック。表面にはたっぷりと塩が振られ、湯気と共に香ばしい油の匂いが立ち昇る。

 つくしは目を輝かせ、フォークを突き立てた。


「……ターゲット、捕捉。……塩分補給を開始する」


 サクッ、ホクッ。

 小気味よい音を立てて、彼女はポテトを口に運ぶ。

 甘さに麻痺しかけていた味覚が、塩気によってリセットされ、新たな食欲が覚醒していくのが見て取れる。


「……ん。このカリウムとナトリウムの交換輸送……。神経伝達速度が正常値に戻っていく感覚……」


 彼女は幸せそうにポテトを頬張っている。

 窓の外には、美しい夕焼けが広がり、眼下の湖を茜色に染めていた。

 平和だ。


 そう、思っていた。

 あの男が現れるまでは。


 カツ、カツ、カツ……。


 ラウンジの入り口から、重く、確かな足音が近づいてきた。

 給仕ロボットの軽快な駆動音とは違う。

 革靴が床を踏みしめる、硬質で威圧的な音だ。


「……誰だ?」


 俺はポテトに夢中なつくしの横で、ふと顔を上げた。

 逆光の中に、一人の男が立っていた。

 よれたトレンチコート。無精髭。そして、獲物を狙う鷹のように鋭い眼光。

 その男は、真っ直ぐに俺たちのテーブルへと歩み寄ってきた。


 つくしの手が、ピタリと止まった。

 口元に運ぼうとしていたポテトが、空中で静止する。


「……平良夏たいらげか?」


 男の声は低く、地を這うような響きを持っていた。

 懐かしさなど微塵もない。あるのは、焼け焦げた鉄のような、冷たくざらついた感情だけだ。


「……科捜研の天才が、こんなところで呑気に芋を食っているとはな。落ちたもんだ」


 男がテーブルの前に立ち、俺たちを見下ろした。

 その威圧感に、俺は思わず息を呑んだ。ただの客じゃない。この雰囲気、何者だ?


「……荒垣あらがき刑事」


 つくしが、ポテトを皿に戻した。

 その声から、先ほどまでの「食いしん坊」の甘さは完全に消え失せていた。

 彼女は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷徹な視線で男を見上げた。


「……久しぶりね。……今はただのライターよ」


 つくしの表情が、強張っていた。

 いつもの「ON」モードの理知的な顔とも、普段の「OFF」モードの眠そうな顔とも違う。

 それは、見たくない過去の亡霊と対峙した時のような、強烈な警戒と、隠しきれない緊張の色だった。

 

 俺は直感した。

 この男は、ただの知り合いじゃない。

 つくしが触れられたくない過去の扉を、こじ開けに来たのだと。


 ラウンジの甘い空気が、一瞬にして凍りついた瞬間だった。

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