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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第4章 消えたウサギとキリンの奔走

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第20話 黄色いキリンと諸行無常

 その光景は、シュールレアリスムの絵画のようでもあり、近未来のSF映画のようでもあった。

 標高の高いホテルの最上階、雲上のラウンジ。

 全面ガラス張りの窓から差し込む陽光が、白い床とテーブルクロスを眩いほどに照らし出している。

 その光の中を、音もなく滑るように移動する物体があった。


 鮮やかなレモンイエローのボディ。

 すらりと伸びた長い首。

 そして、つぶらな瞳を模したセンサーカメラ。


「……なんだあれ」


 俺、見貫みぬき泰三たいぞうは、巨大スフレとの格闘に入っている平良夏たいらげつくしの横で、その物体を目で追っていた。

 それは、キリンの形をした配膳ロボットだった。

 一台ではない。五、六台の黄色いキリンたちが、広大なラウンジの通路を、互いにぶつかることなく複雑な軌道を描いて巡回している。背中にはケーキの乗ったトレーを載せ、優雅に、そして不気味なほど静かに。


「お気づきになられましたか」


 背後から、衣擦れの音と共に総支配人・法月のりづきが現れた。

 剃り上げられた頭が、窓からの光を受けてピカピカと輝いている。彼はうっとりとした表情で、巡回するロボットたちを見つめていた。


「あれは当ホテルの自慢、最新鋭自律走行型AI給仕ロボット、『キリン・マークⅡ』でございます」

「キリン……ですか。まあ、見たままですけど」

「ただの動物のキリンではございませんぞ」


 法月は数珠のようなネックレスをジャラリと鳴らし、厳かに人差し指を立てた。


「泰平の世に現れるとされる伝説の聖獣・麒麟きりん。彼らはそれを模しているのです。仏教において、黄色は『中央』を象徴し、最も尊いとされる色。……彼らは、甘露スイーツという幸せを運ぶ、天界の使いなのです」


「は、はあ。聖獣……」


 俺は引きつった笑みを浮かべた。

 最新のAIロボットに、そこまで重厚な宗教的意味付けをするとは。この支配人、やはりただ者ではない。

 法月は満足げに頷くと、合掌して去っていった。


「……見貫くん」


 呆気に取られる俺を、冷ややかな声が引き戻した。

 テーブルに向き直ると、つくしがスプーンを構えたまま、不満げに眉を寄せていた。


「……集中できない。早くこの『須弥山しゅみせん』を崩さないと、自重でしぼんでしまう」

「あ、すみません。どうぞ気にせずお食べください」


 目の前には、依然として直径四十センチの巨大スフレがそびえ立っている。

 焼きたての熱気と甘い香りが、俺の顔を包み込む。

 つくしは食べ続ける。


 サクッ……シュワァ。


 心地よい音が響く。

 表面の焼き目はサクッと軽く、中は淡雪のように柔らかい。

 彼女はスプーンいっぱいにすくい取った黄色い泡の塊を、パクりと口に含んだ。


「…………」


 咀嚼はない。

 舌の上に乗せた瞬間、熱と共に溶けて消えたようだ。

 つくしは目を見開き、そして深く、どこか寂しげな吐息を漏らした。


「……はかない」

「えっ? 美味しくないんですか?」

「……味は極上よ。卵黄のコクとバニラビーンズの香りが、メレンゲの気泡一つ一つに閉じ込められている。……でも」


 彼女はスプーンで、スフレの断面を突いた。


「……物理的質量が、あまりにも希薄。口に入れた瞬間に消滅する。……これは食事というより、甘い空気を吸っているに等しいわ」

「まあ、スフレってそういうものですからね」

色即是空しきそくぜくう……。形あるものは、すなわちくうなり。……支配人の言っていたことは、あながち間違いじゃなかったわね」


 つくしは少し残念そうにしながらも、次々とスプーンを動かした。

 彼女の脳は、もっとガツンとくる質量とカロリーを求めているようだが、これはこれで「前菜」として楽しんでいるようだ。

 巨大な山が、見る見るうちに平らにならされていく。


 その時だった。


「わあ! すごーい! キリンさんだ!」


 隣のテーブルから、子供の歓声が聞こえてきた。

 見ると、五、六歳くらいの男の子と、その母親らしき女性が座っていた。

 男の子は目を輝かせ、通路を通る黄色いロボットに手を振っている。


翔太しょうたちゃん。あんまり騒いじゃダメよ」

「だってママ、キリンさんがケーキ運んでるよ!」

「ふふ、そうね。……ほら、さっきロビーでもらったウサギさんを、椅子に座らせてあげて」


 母親が指差したのは、男の子が大事そうに抱えていたバルーンアートだった。

 細長いピンク色の風船を捻って作られた、可愛らしいウサギの人形だ。入り口で大道芸人が配っていたものだろう。

 男の子は「うん!」と頷くと、自分の隣の空いている椅子の上に、そのピンクのウサギをちょこんと置いた。


「ウサギさん、待っててね。僕、ケーキ取ってくるから!」

「そうよ、ウサギさんに席を取っておいてもらって……さあ、行きましょ」


 親子は席を立ち、ビュッフェ台の方へと歩いていった。

 椅子の上には、ピンク色の風船ウサギがポツンと残されている。

 その横を、黄色いキリン型ロボットが、ウィーンという微かな駆動音を立てて通り過ぎていく。

 平和な、休日のランチ風景だった。


 俺は視線を戻し、つくしの「爆食」を見守ることにした。

 彼女はスフレの山をあらかた攻略し、周囲を取り囲む「雲海」――大量の綿あめとシュークリームに手を伸ばし始めていた。


「……綿あめ。……これもまた、砂糖の結晶を糸状にしただけの、空虚な存在」


 つくしは、ぬいぐるみの体内に綿を詰め込むように、大きな白いふわふわを口に運んでいる。


「……見貫くん。このコース、カロリー密度が低すぎる。……あとでカツ丼追加して」

「ここはスイーツビュッフェですよ! 空気読めない注文しないでください」


 そんな軽口を叩いていた、数分後。

 事態は急変した。


「えっ……?」


 ケーキの皿を持って戻ってきた隣の親子が、テーブルの前で立ち尽くしていた。

 母親が、困惑したように周囲を見回している。


「ない……?」

「ママ? ウサギさんは?」


 男の子が椅子を指差す。

 俺もつられてそちらを見た。

 さっきまで、確かにそこにあったはずのピンク色のバルーンアート。

 それが、跡形もなく消えていた。


「ウサギさんがいない! どこ!?」

「あら、そうね。椅子の下とかに落ちたんじゃない?」


 母親が慌ててテーブルの下を覗き込む。

 だが、そこには何もない。

 椅子の上にも、下にも、周りの床にも。

 忽然と、姿を消していた。


「うわぁぁぁぁん!! ウサギさぁぁぁん!!」


 男の子が火がついたように泣き出した。

 ラウンジの穏やかな空気が一変する。

 周囲の客も「何事か」と注目し始める。


「誰!? 誰か持って行ったんですか!?」

 母親が悲鳴に近い声を上げた。「ちょっと目を離した隙に! ひどい!」


 盗難?

 俺の正義感スイッチが入ってしまった。

 子供の夢を壊すなんて、許せない。


「大丈夫ですか! 僕も探します!」


 俺は席を蹴って立ち上がり、親子の元へ駆け寄った。


「落ち着いてください。風船ですよね? 椅子の下とかに落ちてないですか?」

「で、でも、どこにもないんです! さっきまでここに置いてあったのに!」


 俺は床に這いつくばり、テーブルの下、ソファの隙間、隣の席の足元まで隈なく探した。

 風船だ。軽くてふわふわしている。

 割れたのであれば、近くにいた俺は気づくはずだ。

 誰かが持ち去ったのでなければ、空調の風で飛ばされた可能性が高い。


「風船だから、どこかに飛んで行ったのかもしれません! 天井の方とか……」


 俺は天井を見上げた。高い。吹き抜けになっている。

 だが、ピンク色の物体はどこにも浮いていない。

 他の客たちにも聞いて回る。


「すいません! ピンク色の風船のウサギ、見ませんでしたか!?」

「いやぁ、見てないねぇ」

「気づきませんでした」


 誰も見ていない。

 これだけ見通しの良いガラス張りのラウンジで、目立つピンク色の風船が、誰の目にも触れずに消えた?

 まるで神隠しだ。


「これはいったい……」


 騒ぎを聞きつけた法月支配人が、眉を寄せて近づいてきた。

 彼は泣き叫ぶ子供と、必死に探す俺を見て、静かに目を閉じた。


「……これもまた、愛着という執着が生んだまぼろしなのでしょうか……。形あるものはいつか消えゆく……諸行無常……」

「支配人! 感傷に浸ってる場合じゃないですよ! お客様の荷物がなくなったんです!」


 俺は這いつくばったまま、汗だくで抗議した。

 くそっ、どこだ。どこに行ったんだ。

 誘拐事件の捜査のように、俺は必死に床を這い回る。


 その時だった。


「……見貫くん。そこ、邪魔」


 頭上から、冷淡な声が降ってきた。

 平良夏つくしだ。

 彼女は騒ぎなど我関せずといった様子で、スプーン片手に椅子に座ったまま、俺を見下ろしていた。

 その口元には、詰めそこなった綿あめの白い欠片がついていた。

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