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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第3章 臆病なカフェ店主と強面の影

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第18話 おしゃれなカフェと浅黒肌

 店内は、暴風雨の前触れのような静寂に包まれていた。

 唯一の出入り口であるガラスドアが、平良夏たいらげつくしの手によって開放された。

 潮の匂いを含んだ湿った風と共に、ねじり鉢巻をした強面の男たちが、せきを切ったようになだれ込んでくる。


「……よう店長。随分と待たせてくれたじゃねえか」


 先頭に立つ白髪交じりの大男が、ドスの利いた低い声で唸った。

 逆光で表情は見えないが、その巨大な体躯と、右手に握られた太い棒状の「凶器」が、俺――見貫みぬき泰三たいぞうの恐怖心を最大値まで跳ね上げる。

 後ろに続く男たちも、無言の圧力で店内を見回している。手には重そうな風呂敷包み。中身は拳銃か、それとも手りゅう弾か。


「ひ、ひぃぃぃッ!」


 店長の草壁くさかべが、カウンターの影で頭を抱え、小さく悲鳴を上げた。

 やるしかない。

 俺は覚悟を決めた。相手は五人、こちらは俺一人(と、戦力外の食いしん坊一人)。勝ち目はないが、時間を稼ぐことくらいはできるはずだ。

 俺はラガーマン時代のタックル姿勢をとり、つくしの前に割って入った。


「やめろ! 乱暴するなら俺が相手だ!」


 俺は大男の前に立ちはだかり、声を張り上げた。

 大男が足を止める。

 至近距離で見上げるその顔は、無精髭に覆われ、眉間には深い皺が刻まれていた。まさに歴戦の海の男。その鋭い眼光が、俺をギロリと睨みつける。


「ああん? なんだ兄ちゃん、邪魔だぞ」

「邪魔じゃない! これ以上、店長を怖がらせるのはやめてくれ!」

「怖がらせる? 何言ってんだ?」


 大男は怪訝そうに眉をひそめると、持っていた「凶器」を振り上げた。

 来る!

 俺が身構え、ギュッと目を瞑った、その瞬間だった。


 バサァッ!!


 風を切る音と共に、俺の頭上で何かが広げられた。

 殴られる痛みは来ない。


「……え?」


 俺は恐る恐る目を開けた。

 そこにあったのは、鉄パイプでも手銛てもりでもなかった。

 勇ましい波と太陽、そして巨大な鯛の絵が描かれた、とてつもなく大きな布。

 鮮やかな極彩色が俺の視界を覆い尽くした。

 そこに躍る文字は、『祝・開店 海猫テラス』。


「……大漁旗?」


 俺がポカンと呟くと、大男はニカッと白い歯を見せて笑った。


「おうよ! 漁師町での新しい門出といったら、これしかねえだろ!」


 大男は旗を振るうと、それを高々と掲げた。

 それに続くように、後ろの男たちも風呂敷包みをテーブルの上にドカドカと置いた。

 結び目が解かれる。中から現れたのは、氷漬けにされた巨大な鮮魚たち――真鯛、伊勢海老、そして朝獲れのカツオだった。


「開店祝いだ! 昨日は急用で入りそびれちまったからよ、今日こそ渡そうと思って持ってきたんだ!」

「鮮度は保証するぜ! さっき水揚げしたばかりの極上品だ!」


 男たちの顔から、先ほどまでの殺気が嘘のように消え、屈託のない笑顔が溢れ出す。

 店内は一瞬にして、襲撃現場から市場の競り会場のような活気に変わった。


「え……ええっ……?」


 カウンターの影から、草壁がおそるおそる顔を出した。

 眼鏡がずれているのも忘れて、彼は目の前の光景を呆然と見つめている。


「か、開店祝い……? 僕を、殴りに来たんじゃ……?」

「はあ? なんで俺たちが店長を殴らなきゃなんねえんだよ」


 大男――地元の漁師網元のげんさんが、心底不思議そうに首を傾げた。


「お前さん、昨日は庭から煙が出たって聞いて心配したぞ。ボヤ騒ぎがあったんだろ? 大丈夫だったか?」

「そ、それは……大丈夫でしたけど……」

「そうか、ならよかった」


 源さんはポリポリと頭をかいた。


「で、今日は改めて祝いを持ってこようって話になったんだが……いざ店の前まで来ると、とってもお洒落な作りで、ちっと入りにくくてな」

「防波堤で睨んでたのは……?」

「睨んでねえよ! 『誰が先頭切って入るか』で揉めてただけだ! 『お前行けよ』『いや船長が行ってくださいよ』ってな!」


 男たちがガハハと笑い合う。

 あの殺気立っていた視線の正体は、ただの「入店への照れ」と「押し付け合い」だったのだ。

 武器に見えた棒は大漁旗のポール。

 殴り込みに見えた行進は、ただの不器用な男たちの祝いのパレード。


 草壁はへなへなと座り込んだ。

 目から涙が溢れ出し、止まらなくなる。


「嫌われてるんじゃ……なかったんですか……? 僕、よそ者だし……カフェなんてチャラチャラしてるし……」


 彼の言葉に、源さんは目を丸くし、それから優しく鼻を鳴らした。


「バーカ。何言ってやがる」


 源さんは、窓の外――テラスの庭に飾られた、無数の「ビン玉」を顎でしゃくった。


「爺ちゃんの使い古したブイをよ、こんなに綺麗に飾ってくれる同士を、嫌うわけねえだろ!」

「えっ……」

「ありゃあ、俺の親父……先代の網元が使ってたやつだ。廃品回収に出そうと思ってたのを、お前さんが『譲ってくれ』って持っていった時は、何に使うんだと思ったが……」


 源さんは目を細めて、陽の光を受けて輝くガラス玉を見つめた。


「水を入れて、あんな風に並べるとはな。……海の上に浮かんでた頃より、ずっと綺麗じゃねえか。お前さんのおかげで、親父の道具も喜んでるよ」


 その言葉は、草壁にとって何よりのゆるしであり、賛辞だった。

 彼は顔を覆い、子供のように泣きじゃくった。


「ううっ……うわあああん!!」

「おいおい、いい歳した男が泣くんじゃねえよ! 湿っぽくなっちまうだろ!」

「す、すいません……! 僕、勘違いしてて……皆さんを通報しようとしてて……! 本当に……ごめんなさい……!」


 草壁は床に手をつき、何度も頭を下げた。

 それを見た漁師たちは、困ったように顔を見合わせ、それから豪快に笑い飛ばした。


「ガハハ! 何だかようわからんが、通報なんてされてねえんだから、ノーカウントだ!」

「それより店長、せっかくの祝い魚だ。さばいてくれよ! 一杯やろうぜ!」


 店内は一気に祝宴ムードに包まれた。

 誤解が解け、わだかまりが消えた空間には、温かい空気が満ちていた。

 俺も全身の力が抜け、大きなため息をついた。

 よかった。

 本当に、よかった。

 つくしが「通報」と「バリケード」を止めていなければ、今頃ここは修羅場になっていただろう。彼女の冷静な計算と判断が、この結末を導いたのだ。


 俺は感謝を伝えようと、横にいる相棒の方を向いた。


平良夏たいらげさん、さすがですね。あなたの言った通りでし――」


 言いかけて、俺は言葉を止めた。

 つくしは、感動的な和解のシーンなど全く見ていなかった。

 彼女はテーブルに戻り、空になった皿と、メニュー表を交互に睨みつけていたのだ。

 その表情は、不機嫌そのものだった。


「……騒がしい」


 彼女はボソリと呟いた。


「感情エネルギーの無駄な発露。……泣く暇があるなら、感謝を料理で表現しなさい」


 彼女にとっては、男たちの友情ドラマよりも、食後の余韻を邪魔されたことの方が重大事らしい。

 つくしはスッと立ち上がり、泣き腫らした目で笑っている草壁のもとへ歩み寄った。


「……店長さん」

「は、はい! つくしさん、本当にありがとうございました! あなたのおかげで、僕はこの町でやっていけます!」


 草壁が感謝感激の面持ちで手を握ろうとするが、つくしはそれをスッとかわした。

 そして、冷徹に掌を差し出した。


「感謝の言葉はカロリーにならない。……まだいけるわよ」

「えっ?」

「追加オーダー。……『自家製リコッタチーズと季節のフルーツパンケーキ(千八百円)』。」


 俺はズッコケそうになった。

 まだ食うのか。

 3.5キロの丼、巨大味噌汁、タルト。それらを平らげた直後に、パンケーキだと?


「ちょ、平良夏さん! いくらなんでも食べ過ぎです! それに、もう事件は解決したじゃないですか!」

「……黙らっしゃい」


 つくしは俺を鋭く睨みつけると、口元を指差した。


「……治療費が必要なの」

「治療費? 怪我なんてしてないでしょ」

「……したわ。口内炎ができた」

「はあ?」

「あの『収れん火災』の推理をした時、庭からの強烈な反射光を至近距離で浴びた。……その熱エネルギーで、私の口腔粘膜に微細な炎症が発生したのよ。……これは労災」


 とんでもない言いがかりだ。

 ただデザートが食べたいだけの口実なのは明白だった。

 しかし、彼女の顔は大真面目だ。


「……ビタミンB群と、良質なタンパク質、そして幸福感という名のスイーツ鎮痛剤が必要不可欠。……今すぐに」


 俺がツッコミを入れようとした時、草壁が満面の笑みで叫んだ。


「はい! 喜んで!!」


 彼は涙を拭い、エプロンの紐を締め直した。


「命の恩人のためなら、パンケーキでもパフェでも、店にある材料全部使って作りますよ! 漁師さんたちも、好きな物をなんでも言ってください」

「おう! 俺ら下戸だからな! 甘いもんも歓迎だ!」


 源さんたちも手を叩いて賛成した。

 なんてことだ。この場にいる全員が、つくしの食欲の共犯者になってしまった。


 つくしはニヤリと笑い、ソファに深々と座り直した。

 その顔は、難事件を解決した名探偵の顔ではなく、これから運ばれてくる獲物を待つ、ただの食いしん坊の顔だった。


+++


 数十分後。

 カフェのテーブルには、再び山のような料理が並んでいた。

 漁師たちが持ってきた新鮮なカツオの刺身。

 そして、つくしの目の前には、三段重ねの分厚いパンケーキタワー。

 雪崩のような生クリームと、色とりどりのフルーツが添えられ、メープルシロップの甘い香りが漂っている。


「……ターゲット、ロックオン」


 つくしはフォークとナイフを構え、瞳を輝かせた。


「パンケーキの多孔質構造に浸透するシロップの浸透圧……。そしてリコッタチーズの乳脂肪分……。完璧な『治療薬』ね」


 彼女は大きく切り分けたパンケーキを、一口でパクリと頬張った。


「……ん~~~っ!」


 つくしの頬が緩み、今日一番の幸せそうな声が漏れた。

 眼鏡が湯気で曇り、口の端にクリームがついている。

 周りでは、漁師たちと草壁が、コーラとオレンジジュースで乾杯し、笑い合っている。


「よかったですねぇ、平和で」


 俺はアイスコーヒーをすすりながら、その光景に目を細めた。

 当初の予定とはだいぶ違ったが、結果オーライだ。

 誤解も解け、店も守られ、素晴らしい記事のネタもできた。


「……見貫。ぼーっとしてないで、シロップ追加」

「へいへい」


 俺はつくしの皿にメープルシロップを注ぎ足した。

 彼女の胃袋は底なしだ。

 この小さな体のどこに、これだけの質量が消えていくのか。それはもしかしたら、今日の収れん火災の謎よりも深い、人体の神秘なのかもしれない。


「……あー、美味しかった」


 しばらくして、パンケーキの皿も空になった。

 つくしは満足げに膨らんだお腹をさすり、大きなあくびをした。


「……血糖値、規定値オーバー……。スリープモードへ移行する……」

「おっと」


 ガクン、と傾いた彼女の頭を、俺は慣れた手つきで支えた。

 急速シャットダウン。

 いつものパターンだ。


「……おやすみ……次の料理が運ばれてきたら起こして…………」

「まだ食う気かよ」


 俺は苦笑し、眠りに落ちた相棒を背負い直した。

 ずしりとした重み。

 それは、3.5キロの丼とパンケーキの重さであり、同時に、この奇妙な名探偵との絆の重さでもあるような気がした。


「店長さん、ごちそうさまでした。また記事ができたら送りますね」

「はい! ぜひまた来てください! 今度はもっとデカ盛りを用意しておきますから!」


 草壁と漁師たちの見送りを受け、俺たちは店を後にした。

 外に出ると、夕日が海をオレンジ色に染めていた。

 庭のビン玉たちが、夕日を受けて優しく輝いている。

 もう、火をつけるような鋭い光ではない。温かく、人々を繋ぐ灯台のような光だった。


 俺の背中で、つくしが寝言を呟いた。


「……治療費……領収書……忘れずに……」


 俺はため息をつきつつも、どこか晴れやかな気分で歩き出した。


第3章 完




ここまでお読みいただきありがとうございました。

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