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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第3章 臆病なカフェ店主と強面の影

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第15話 交渉のゆくえ

「……ごちそうさま。初期ブート、完了」


 カチャリ、と乾いた音がした。

 平良夏たいらげつくしが、箸を置いた音だ。

 テーブルの上には、直径四十センチの巨大な有田焼の皿が、まるで洗ったかのように綺麗になって鎮座している。

 つい先ほどまでそこにそびえ立っていた、総重量3.5キロの『カツオのタタキ・ボルケーノ丼』は、文字通り跡形もなく消滅していた。


「す、すごい……本当に全部食べたんですか……」


 店長の草壁くさかべさんが、信じられないものを見る目で空の皿を見つめている。

 無理もない。成人男性でも三日はかかりそうな量を、この華奢な女性はわずか三十分で完食してしまったのだから。


 つくしは満足げに吐息を漏らし、紙ナプキンで口元を拭った。

 その顔色は、入店時のおねむな顔が嘘のように艶やかだ。死んだ魚のようだった瞳に、怜悧れいりな知性の光が戻りつつある。


「……見貫みぬきくん」


 彼女が静かに俺の名を呼んだ。


「は、はい! どうでしたか平良夏さん。記事に使えそうなコメントは――」

「謎は、解けたわ」


 俺の言葉を遮り、彼女は淡々と言い放った。


「えっ!?」


 俺と草壁の声が重なった。

 つくしは眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げ、窓の外の庭を一瞥した。


「あの焦げ跡を作った『放火犯のアプローチ』。……その物理的プロセスは、すべて解明したわ」


 その言葉を聞いた瞬間、草壁の顔からサァッと血の気が引いた。


「ほ、放火犯……ということは、やっぱり……!」

「ええ。人為的なプロセスが介在しているのは間違いないわ」


 つくしは冷ややかに肯定した。

 俺は背筋が寒くなるのを感じた。

 人為的。つまり、誰かが意図して、あそこに火をつけたということだ。


「やっぱり……! やっぱり、あの漁師さんたちの仕業なんですね!」


 草壁が頭を抱えてガタガタと震え出した。

 窓の外では、たむろしていた漁師たちが、何やら大声で言い争いながら、腕を振り上げているのが見える。


「ひぃっ! 見てください! あんなに怒ってる……! 昨日のボヤじゃ済まなかったから、次はもっと確実な方法で店を燃やす気なんだ……!」

「お、落ち着いてください店長さん!」


 俺も動揺を隠せない。

 確かに、あの漁師たちの雰囲気は尋常じゃない。何かを相談し、時折こちらを睨みつけてくる視線は、獲物を狙うハンターそのものだ。


「平良夏さん! 犯行が分かったなら教えてください! 警察に通報しないと!」


 俺が詰め寄ると、つくしはスッと手を挙げ、俺を制した。


「……待って。まだ『出力』できない」

「は?」

「答えは脳内にある。でも、それを言語化して出力するためのエネルギーが足りない」


 つくしは、俺の手元にあったメニュー表をスルスルと引き寄せた。

 そして、値段の高い「プレミアムサイドメニュー」のページを開き、俺に見せつけた。


「……この『伊勢海老の鬼殻おにがら味噌汁(千五百円)』と、『完熟文旦ぶんたんのタルト・生搾りブラッドオレンジジュースセット(千二百円)』。……これを追加オーダーしなさい」


「は、はあぁ!?」


 俺は素っ頓狂な声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってください! さっき3.5キロ食べたばかりじゃないですか! それに、合計二千七百円!? ただでさえカツオ丼で予算ギリギリなのに、そんなの会社になんて説明すれば……」

「……食べられないなら、私はここでスリープモードに入る」


 言うが早いか、つくしはテーブルに突っ伏し、だらりと力を抜いた。


「……おやすみ。店長さんが恐怖に震える夜を、夢の中から覗いておくわ……」

「卑怯だぞ!!」


 俺は叫んだ。なんてタチの悪い交渉術だ。

 だが、今の俺たちには彼女の頭脳しか頼れるものがない。

 横では草壁が、すがるような目で俺を見ている。


「見貫さん……どうしましょう……」

「ううっ……分かりましたよ! 注文すればいいんでしょう!」


 俺は泣く泣く財布を取り出した。今月の俺のランチ代が、活火山の藻屑もくずと消えていく。


「店長さん! 追加注文、お願いします!」

「は、はい! ありがとうございます!」


 草壁は厨房へ駆け込んだ。


+++


 数分後。

 テーブルの上には、再び豪快な料理が並んでいた。


 まずは、『伊勢海老の鬼殻味噌汁』。

 丼のようなお椀からはみ出す、巨大な伊勢海老の頭部。真っ赤な殻と長いひげが、湯気の中で威圧感を放っている。

 磯の香りが濃厚に立ち昇り、食欲をそそる……が、3.5キロ食べた直後の人間に出す量ではない。


「……ターゲット、捕捉」


 つくしは、むくりと起き上がった。

 その目は、獲物を狙う肉食獣のように鋭い。


「……まずはアスタキサンチン。甲殻類の殻に含まれる、鮮やかな赤色色素」


 彼女は伊勢海老の頭を両手で鷲掴みにし、バリバリと殻ごと噛み砕く勢いでミソをすすり始めた。


「……強力な抗酸化作用を持ち、活性酸素を除去する。食後の急激な血糖値スパイクによる酸化ストレスから、私の脳細胞ニューロンを保護するバリア」


 ズズズッ、と豪快な音が響く。

 高級食材への敬意もへったくれもない。ただ純粋な栄養摂取だ。


「……そして、このスープに溶け出したグルタミン酸とコハク酸の飽和水溶液。……五臓六腑ごぞうろっぷに染み渡る神経伝達物質の味ね。シナプスの結合速度が上がっていくのが分かる」


 あっという間に味噌汁を飲み干すと、彼女は間髪入れずにデザートへ移行した。


 『生搾りブラッドオレンジジュース』。

 深い紅色の液体が、氷と共にグラスの中で揺れている。

 つくしはストローを使わず、グラスをあおった。


「……酸っぱい! でも、これがいい」


 彼女の表情が引き締まる。


「……クエン酸。生命活動の根幹をなす『クエン酸回路TCAサイクル』の着火剤。摂取した糖質を、効率よくATP生体エネルギーに変換するための必須触媒」


 ゴクゴクと喉を鳴らし、一気に飲み干す。


「……充填完了。エネルギー変換効率、最大化」


 最後に、『完熟文旦のタルト』。

 黄色い果肉が宝石のように敷き詰められたタルトを、彼女は手掴みで口に運んだ。


「……文旦特有の爽やかな甘味と、皮に含まれる苦味成分ナリンギン。……この苦味が、思考のノイズを除去し、意識をクリアにしてくれる」


 サクッ、モグモグ。

 彼女が食べるたびに、その全身から立ち昇るオーラが変わっていく。

 肌には血色が戻り、背筋が伸び、まとう空気が研ぎ澄まされた刃物のように鋭くなっていく。

 さっきまでの「怠け者」は完全に消滅し、そこには「天才科学者」が降臨していた。


「……ごちそうさま。全回路、接続完了」


 つくしは指についたタルトの粉を丁寧に舐め取り、眼鏡の位置を直した。

 その動作一つ一つに、無駄がない。


「さて、見貫くん。……私の脳は今、最高出力で稼働しているわ」


 彼女はゆっくりと立ち上がり言葉を発しようとした。

 その時だった。


 窓の外の空気が、急変した。

 防波堤にいた漁師たちが、一斉に動き出したのだ。


「お、おい! なんかこっちに来るぞ!」


 俺が叫ぶと同時に、漁師たちの集団が、ドカドカと店の入り口に向かって歩いてきた。

 その手には、何やら長い棒のようなものや、大きな布のようなものが握られている。


 迫りくる漁師たち。怯える店長。

 一触即発の状況下で、つくしの科学的推理が火を噴こうとしていた。


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