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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第3章 臆病なカフェ店主と強面の影

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第13話 黒い焦げ跡と遠くの視線

「おい見貫みぬき。今回の取材は『海』だ。太平洋の黒潮が運ぶ、真っ赤な海のルビーの塊だ!」


 大手出版社・庶凡しょぼん書房、『月刊ジャンボ』編集部。

 編集長・碁鵜ごう海仁かいじんの怒号のような指令が、昼下がりのフロアに響き渡った。

 俺、見貫みぬき泰三たいぞうは、デスクの横で直立不動の姿勢をとっていた。


「海のルビー……ですか?」

「そうだ。カツオだ! それも、ただのタタキじゃねえ。総重量3.5キロ、燃え盛る火山のごとき『ボルケーノ丼』だ!」


 編集長はデスクに拳を叩きつけた。その振動で、山積みの書類が雪崩を起こしそうになる。

 俺の隣には、いつものようにソファで死体のように横たわる女性――平良夏たいらげつくしがいた。


「……カツオ……ヒスチジンとアンセリンの宝庫……。回遊魚の運動エネルギーを摂取できる……」


 つくしは天井を見上げたまま、うわ言のように呟いた。

 彼女は元・科捜研の研究員という異色の経歴を持つ天才だが、現在は燃費最悪のグルメライター(実質、俺が代筆)だ。

 前回の温泉旅館での事件解決から数日。彼女のエネルギーは再び底をつき、省エネモードの怠け者に戻っていた。


「というわけだ。場所は、近場の港町にある移住者が開いたカフェだ。行ってこい!」


 編集長が取材指示書を俺に投げ渡そうとした、その時だった。


「――相変わらず、暑苦しい編集部だな」


 編集部の入り口から、冷ややかな、しかしよく通る声が聞こえた。

 その場の空気が、一瞬にして凍りついたように静まる。

 編集長の豪快な熱気が、スッと引いていくのが分かった。


 現れたのは、仕立ての良いグレーのスーツを着こなした、長身の男性だった。

 銀縁の眼鏡の奥には、理知的だが、どこか他人を見下すような鋭い瞳がある。後ろには数人の取り巻きを引き連れ、王族のような足取りで入ってきた。


「ふ、筆島ふでしま専務……!」


 俺は思わず息を呑み、姿勢を正した。

 筆島ふでしま鋭一えいいち

 庶凡書房の専務取締役であり、かつては社会部で数々のスクープを飛ばした伝説の記者だ。

 科学ジャーナリズムの分野で名を馳せ、その鋭い筆致は「カミソリ筆島」と呼ばれていた。俺のような正義感に燃える記者志望にとっては、雲の上の存在だ。


「これはこれは、筆島専務。わざわざ『遠方(月刊ジャンボは会社の隅に位置する)』までご足労いただき、いかがいたしましたか?」


 いつでも無作法な編集長も、さすがに専務の前ではそうはいかない。

 筆島は鼻で笑い、ハンカチで口元を抑えた。


「用件は一つだ。来月の『創立五十周年記念パーティー』の準備は進んでいるかね? 私が監修するメインディッシュのことだ」

「ああ、『バベルの塔』のことですね。ローストビーフ十キロで作る特注品。 肉の手配は万全です!」

「頼むよ。あれは私の栄光の軌跡を象徴する、重要な演出なんだ。失敗は許されん」


 筆島は満足げに頷いた。

 バベルの塔。天に届くほどの塔。いかにも、上昇志向の強い筆島専務らしいネーミングだ。


「それから、会場の展示コーナーだが……例の『手紙』の視覚的演出は進んでいるか?」

「はい。亡くなった小田切教授の手紙ですよね? 一番目立つ場所に飾る予定です」

「うむ。教授との友情は、私の記者人生における最大の誇りだからな。彼が私の記事を絶賛してくれた最後の手紙……。あれこそが、真実の証だ」


 筆島専務は遠くを見るような目をした。

 小田切教授。三年前に他殺体で見つかった高名な科学者だ。筆島専務とは親友だったと聞いている。そして未だに犯人は捕まっていないとか。

 俺は感動で胸が熱くなった。友情と真実。なんて素晴らしい響きだろう。


 だが。

 ふと視線を感じて、俺は隣を見た。


「…………」


 ソファの上のつくしが、いつの間にか起き上がっていた。

 彼女は一言も発しない。

 ただ、その瞳だけが、異様な光を放っていた。

 いつもは眠そうな顔をしているが、そのような目ではない。

 それは、エラーを起こした検体を冷徹に観察するような視線で、底冷えするほどの軽蔑と殺意が混じった視線だった。


 つくしの視線は、真っ直ぐに筆島を射抜いていた。


「ん? なんだ、その小娘は」


 筆島が気づき、怪訝そうに眉をひそめた。


「あっあ、新人のライターです。ちょっと変人でして」

「フン、しつけのなっていない野良だ。……まあいい。期待しているよ、碁鵜君」


 筆島はつくしを虫ケラのように一瞥いちべつしただけで興味を失い、きびすを返した。

 彼が去った後も、つくしはしばらくの間、ドアの方を睨み続けていた。


「……平良夏たいらげさん?」

「……臭う」

「えっ?」

「……腐った脂と、時代遅れのポマードの臭い。……鼻が曲がりそう」


 つくしは再びソファに倒れ込み、クッションに顔を埋めた。

 その背中は、いつもの「怠け者」とは違う、ピリピリとした拒絶の波動を放っていた。


+++


「すごいオーラでしたねぇ、筆島専務!」


 取材先へ向かうレンタカーの中。

 俺はハンドルを握りながら、興奮気味に話しかけた。

 助手席のつくしは、窓枠にアゴをチョンと乗せ、死んだ魚のような目で流れる景色を眺めている。


「社会の真実を追求し続けた孤高の記者……。僕の父も刑事でしたが、職種は違えど『真実を暴く』という点では同じです。僕もいつか、あんな風に社会の闇に切り込む記事を書きたいんですよ」


 俺の熱弁に対し、つくしは大きなあくびで返した。


「……ふあぁ。……見貫みぬきくん、あんたピュアね」

「ピュアで何が悪いんですか。ジャーナリズムには情熱が必要でしょう」

「……情熱で目が曇ることもある。……特に、虚飾きょしょくで塗り固められた塔を見上げる時はね」

「はあ? 何の話ですか?」

「……なんでもない。それより、まだ着かないの? 私の胃袋が、カツオの回遊を待ちわびてねじ切られそうなんだけど」


 彼女は話題をバッサリと切り捨てた。

 どうやら筆島専務のことは気に入らないらしい。まあ、彼女のようなマイペースな人間と、権威の塊のような専務では相性が最悪なのは間違いないが。


「もうすぐですよ。ほら、海が見えてきました」


 車は峠を越え、眼下に広大な太平洋が広がった。

 今回の目的地は、古くからの漁師町だ。

 潮の香りと共に、瓦屋根の家々が密集する懐かしい風景が近づいてくる。

 だが、俺たちが目指す店は、そんな港町の高台にポツンと建っていた。


 『古民家カフェ・海猫テラス』。

 築六十年の民家をリノベーションしたというその店は、白い壁と大きなガラス窓が特徴的で、正直言ってこの渋い漁師町の中では少し浮いていた。


「……ここか。オシャレすぎて、デカ盛りがあるようには見えないな」


 駐車場に車を停めると、店の中からエプロン姿の青年が飛び出してきた。


「お、お待ちしておりました! 庶凡書房の方ですよね!?」


 店長の草壁くさかべさんだ。

 脱サラしてこの町に移住し、夢だったカフェを開いたという三十代の青年。

 だが、その顔色は真っ青だった。まるで幽霊でも見たかのように、おどおどと周囲を警戒している。


「ようこそ……遠いところまで……。ど、どうぞ中へ……早く……」

「はあ、どうも。そんなに慌ててどうしたんです?」


 俺とつくしが店に入ろうとすると、草壁は俺たちの背後――道路の方を気にして、すぐにドアを閉め、鍵までかけた。


「……何かあったんですか?」


 店内に案内されながら尋ねると、草壁は泣きそうな顔で振り返った。


「実は……昨日、ボヤ騒ぎがあったんです」

「ボヤ!?」

「はい。庭のウッドデッキから火が出て……幸い、すぐに気づいて消し止めたんですが……」


 草壁は俺たちを海側のテラス席へと案内した。

 大きな窓の向こうには、手入れされた芝生の庭と、絶景の海が広がっている。

 庭には、漁具であるガラス製のブイ(ビン玉)がいくつも飾られ、太陽の光を受けてキラキラと輝いていた。

 だが、その一角。

 ウッドデッキの端と、その周囲の枯れ草が、無惨にも黒く炭化していた。


「うわ、生々しいですね……」

「消防と警察には?」

「いえ……通報しようと思ったんですが、怖くて……」

「怖い?」

「……ここだけの話、犯人は、地元の漁師さんたちだと思うんです」


 草壁は声を潜め、震えながら言った。


「僕はよそ者ですから……。脱サラして、都会風のカフェなんか開いたのが気に入らないんだと思います。『漁師町に似合わねえ』とか『チャラチャラしやがって』とか、陰口を叩かれているのも知っていますし……」


 彼は完全に萎縮していた。

 夢を抱いて移住してきたのに、地元に受け入れられず、挙げ句の果てに放火。同情せざるを得ない。


「それに、見てください。あそこ」


 草壁が指差したのは、道路を挟んで向かい側の防波堤だった。

 そこに、数人の男たちがたむろしていた。

 ねじり鉢巻に、日焼けした浅黒い肌。太い腕組みをした漁師たちだ。

 彼らは一様に怖い顔つきで、こちらの店を指差し、何やら大声で言い合っている。


「……確かに、ガラが悪そうですね」

「きっと、昨日のボヤで店が燃えなかったから、次はどうやって襲撃しようか相談してるんじゃないんでしょうか……! ひいぃっ!」


 草壁が悲鳴を上げてしゃがみ込む。

 窓越しに見ても、漁師たちの視線は鋭く、殺気立っているようにも見えた。

 これじゃあ、客足が遠のくのも無理はない。


「……見貫くん」


 それまで黙ってメニュー表を睨んでいたつくしが、低い声を出した。


「は、はい! どうします平良夏さん。ここは一度、警察に相談して……」

「……お腹すいた」

「はい?」

「放火とか人間関係とか、どうでもいい。私の脳内は今、カツオさんのことで満席なの」


 つくしはスプーンを握りしめ、草壁の方を向いた。


「店長さん。犯人探しは警察の仕事よ。あなたの仕事は、私に『海のルビー・藁焼きカツオのタタキ・ボルケーノ丼』を食べさせること。……違う?」

「えっ、あ、はい! もちろんです! すぐに準備します!」


 草壁は慌てて厨房へと走っていった。

 俺はため息をついて、窓の外を見た。

 漁師たちの不穏な視線と、庭に残された黒い焦げ跡。

 そして、食欲魔神の相棒。

 今回の取材も、ただの食レポでは終わりそうになかった。


「……臭い」


 つくしがポツリと呟いた。

 それが、庭のボヤの焦げのことを言っているのか、東京で会った筆島専務のことを言っているのか、俺には分からなかった。


 ただ一つ確かなのは、これから出てくるデカ盛りが、俺たちの胃袋と運命を大きく揺さぶるということだけだ。

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