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デカ盛りグルメむさぼり探偵 つくし ~元天才科学者は、爆食後の5分だけ覚醒する。~  作者: 団田図
第1章 謎の美女とデカ盛りと俺

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第1話 眠れる公園の美女

「いいか、見貫みぬき。我が社の社是は『箸はペンよりも強し』だ。そうだろ?」


 編集長席の革張り椅子が、ギチリと悲鳴を上げた。

 座っているのは、体重百キロ超級の巨漢、碁鵜ごう海仁かいじん編集長だ 。丸太のような腕を組み、脂ぎった顔でニヤリと笑うその姿は、編集者というより海賊の親分に近い。


「いえ、編集長。我が社の社是は『ペンは剣よりも強し』だったはずですが」

「古い! 今の時代、ペンより箸だ! カロリーこそが正義なんだよ!」


 ドン、とデスクが叩かれ、俺――見貫みぬき泰三たいぞうは直立不動のまま、こめかみの汗を拭った。

 ここは大手出版社・庶凡しょぼん書房。『月刊ジャンボ』編集部。

 俺が配属されたのは、社会の巨悪を暴く社会部でも、文芸の香りがする文芸部でもない。

 B級グルメ、それも「デカ盛り」のみを専門に扱う、社内でもキワモノ扱いされている部署だった 。


「見貫ィ。お前、入社面接で言ってたよな。『ペンの力で社会の巨悪を暴きたい』って」「はい! 父が刑事だったこともあり、事件は現場で起きていると叩き込まれました。俺は自分の足で真実を追求する記者になりたいんです」


 俺は声を張り上げた。大学までラグビー部でスクラムを組んで怒号を発していたせいで、どうにも声がデカくなる。

 碁鵜編集長は満足げに頷いた。


「そのガッツは認める。泥臭いプレースタイルも悪くない 。だがな、お前の書く文章は暑苦しすぎるんだよ」

「暑苦しい、ですか」

「ああ。正義感が空回りして、読んでるだけで胃もたれする。だがな――その『脂っこい情熱』は、食欲をそそる才能に変換するんだ」


 褒められているのかおちょくられているのか分からない。

 碁鵜はデスクから一枚の紙を放り投げた。辞令だ。


「今日からお前を『新人ライターおもり係』に任命する」

「……新人?」

「そうだ。タダ飯が食えるという理由だけで応募してきた、特殊な経歴を持つ女の子だ。名前は、平良夏たいらげつくし」


 昨今のデカ盛り大食いブームの波に乗ろうとしているわけではなく、仕事としてタダ飯が食えるという理由。

 平良夏つくし。

 特殊な経歴というのは気になるが、編集長の目に留まったということは、よほど何かあるのだろう。


「おそらく彼女は変人だ。そして、どこまで食べられるか、お前が行って確かめてこい」

 碁鵜はニヤリと笑った。

「お前のその無駄に頑丈な足腰で、彼女に付き添い、記事を書かせてみろ。それがお前の『事件現場』だ」


 俺は絶句した。

 巨悪を暴くはずが、まさか得体のしれない一般人のおもりを命じられるとは。

 だが、サラリーマンに拒否権はない。俺はラグビーで培った「不条理への耐性」を総動員して、頭を下げた 。


「……承知いたしました。行ってきます」


+++


 指定された場所は、会社から徒歩十分の公園だった。

 平日の昼下がり。のどかな日差しの中で、ハトが平和そうにポッポしている。

 だが、ベンチの一つだけが、異様なオーラを放っていた。


「……なんだ、あれ」


 ベンチの上に何かが、でろりとだれている。

 よく見ると女性だ。ミルクティー色の柔らかなショートヘアに、あどけない寝顔。陽だまりのベンチで幸せそうに見える。白衣のような上着が無造作にベンチから垂れ下がり、地面につきそうだ。

 ピクリとも動かない。

 まるで、溶解寸前のスライムそのものだった 。


 最悪の事態を考えてしまった。

 ――まさか、息がない?

 元刑事の親父譲りの正義感スイッチが入る。俺はカバンを放り出して駆け寄った。


「おいっ! 大丈夫ですか! もしもし!」


 肩を揺する。反応がない。

 華奢だ。驚くほど軽い。それに、生命力が希薄すぎる。

 顔を覗き込むと、整った顔立ちをしているが、青白を通り越して白だった。眼鏡がずり落ち、目がうつろに半開きになっている。


「脈は……ある。呼吸もしてる。だが浅い」


 救急車か? いや、その前に意識レベルの確認だ。

 俺は耳元で叫んだ。


「しっかりしてください! 名前は言えますか!」


 すると、彼女の唇が微かに震えた。

 掠れた、今にも消えそうな声。俺は耳を近づける。助けを求めているに違いない。


「……と……」

「と?」

「……とう……ぶん……」


 糖分?

 俺は一瞬、聞き間違いかと思った。だが、彼女はゾンビのように、虚空へ手を伸ばした。


「……グルコース……直結……緊急……チャージ……」

「はあ?」

「……ないなら……あなたの腕……かじる……」

「ヒッ!?」


 うわごとのように呟きながら、俺のラグビーで鍛えた筋肉質な二の腕に歯を立てようとしてくる。

 こいつ、本気だ。本能だけで動いている。

 俺は慌ててポケットを探った。取材の合間に食べようと思い、買っておいたキャラメルが一粒。


「こ、これしかねえが! 食えるか!?」


 包み紙を剥いて、彼女の口にねじ込む。

 瞬間。

 カッ! と彼女の目が完全に見開かれた。


 咀嚼。嚥下。

 その速度は、人間技ではなかった。

 先ほどまで死体同然だった彼女が、バネ仕掛けの人形のように上半身を起こす。ずり落ちた眼鏡を中指でクイッと押し上げた。


「……脳への供給を確認。初期化、三パーセント完了」


 声のトーンが変わった。冷徹で、理路整然とした響き。

 だが、すぐに彼女はガクンと首を垂れ、俺の胸ぐらを掴んだ。


「……足りない」

「は?」

「全然足りない。今のじゃ起動ログすら表示できない。私の脳を動かしたいなら、最低でも二千キロカロリー持ってきなさい」


 理不尽な要求を突きつけられ、俺は確信した。

 こいつだ。こいつが、新人ライターの平良夏たいらげつくしだ。


「あなた……平良夏たいらげさんですね? 私、庶凡しょぼん書房の見貫みぬきです」

「見貫?」


 彼女は俺の顔をジロリと見た。

 そして、ふいと視線を逸らし、ベンチに再び突っ伏した。


「……その腕、おいしそう。太い」

「だから、食べようとしないで! つーか起きてください! これから早速取材行きますよ!」

「無理。燃料切れ。……重力が強い……空気が薄い……」

「ここは標高ゼロメートルの公園です! 言い訳が理系すぎますよ!」


 俺は頭を抱えた。

 なるほど、編集長が言っていた《《変人》》の意味がわかった。こいつは自力では動かない。

 俺は覚悟を決めた。


「……あー、もう! 分かりましたよ!」


 俺は彼女に背中を向けた。


「乗ってください。お店まで運びますから。その代わり、そこでしっかり食べてくださいよ」

「……タダで?」

「ええ、もちろんそうです。経費で落としますので」


 その言葉を聞いた瞬間、背中にズシリと重みが乗った。

 早っ。

 背中から、微かな呼吸音と共に呟きが聞こえる。


「……悪くない。君の背中、実家の低反発マットレスに似てる」

「人を寝具扱いしないでください!」


 俺はぐっと足に力を入れ、彼女をおぶって立ち上がった。

 デッドウェイト・キャリー(傷病者運搬)。大学時代の引越しのバイトで冷蔵庫を担いでいた経験が、まさかこんなところで役立つとは 。

 それにしても軽い。こんなに華奢で本当に大食いなんてできるのか?


「行きますよ。最初のデカ盛り店は、ここから歩いて二十分です」


 俺、見貫泰三の、波乱と高カロリーに満ちた探偵助手生活が、こうして幕を開けたのだった。

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