ゴリラアサシン
某ハンバーガーチェーン店のハッピーミールのおまけが『瀕死のガリア人』と『ゴリラ』であった。
瀕死のガリア人とは古代ローマだかギリシャだかうろ覚えではあるが、その頃に作られた彫刻のことである。
断じて可哀想なガリア人のことではない。
私が今回来店したこのハンバーガー屋は、大型スーパーの2階フードコート内にある唯一の飲食店である。
しかもこのハンバーガー屋は全国チェーン店のくせに市内唯一の店舗がここのみである。
これだから田舎はダメなのだ。
この大型スーパーは近々取り壊されるらしい。
そのため、近くにこのハンバーガー屋は実店舗を構えるらしいと聞いた。
これでやっと『シェイク』とかいうアメリカンな飲み物を飲むことができるようになるわけだ。
このフードコート店には当然のようにそのようなハイカラな飲み物は無い。
そんな広大なフードコートの客席にはこの『瀕死のガリア人』のレプリカと思しき彫刻が所狭しと並んでいる。
まさかとは思ったが実物大の再現彫刻のようだ。
なぜこれをハッピーミールのおまけとしたのか理解に苦しむ。
さて、私が気になるのはもう一つのおまけである『ゴリラ』のほうだ。
実はこの大型スーパーに来店した際、1階から2階の吹き抜けの下には背の高い柵があり、その中にゴリラが数頭いるのを私は目撃している。
つまり、この『ゴリラ』とは正真正銘の生きたゴリラということである。
この寂れた大型スーパーはついに動物園でもやりだしたのかと心配になったが、なんのことはない。
ハンバーガー屋の景品である。
そのことに気づき、私は安堵した。
それにしてもどちらも大きなおまけである。
持ち帰るのには骨が折れそうだ。
特に瀕死のガリア人など持って帰ったところで飾る場所に難儀することは目に見えている。
だとすると選ぶべきはゴリラであろう。
ゴリラに関しては少し興味はあるが、私には飼育経験がない。
しかし、これはゴリラを飼う良い機会なのではないかとも思った。
確かこのスーパー内には書店もあったはずだ。
まずはゴリラの飼育方法を調べ、考えよう。
そう私は思った。
私がハンバーガー屋の前、吹き抜けの階下を覗きゴリラを眺めながらそう考えていると、白衣を着た若い男が横を通って行った。
「ハッピーミールを1つ持ち帰りで。おまけはゴリラで」
背後からそのように注文する声が聞こえた。
とんでもない男である。
私は耳を疑ったが、店員の若い女性は「少々お待ちください」と言った様子だ。
なんのことはない、彼らにとってはただの日常なのだろう。
どのようにゴリラを渡すのか私は興味があったので、そこに留まり、店員と白衣の男の様子を見ることにした。
しばらくすると店の横のエレベーターの扉が開き、店員の若い女性がゴリラを連れてきた。
ゴリラには赤い首輪とリードが付けられており、それを店員が握っていた。
別の店員が白衣の男に持ち帰り用の紙袋を渡し、ゴリラを連れた店員が、リードを男に渡した。
ゴリラは特に暴れる様子もなくそのまま大人しくしていた。
ハンバーガー屋の店員というのはゴリラの世話もしなくてはいけないのか。
そう思うと、世の中の仕事というものはよくわからないものである。
私はゴリラを受け取った白衣の男の動向が気になったので後をつけることにした。
*
白衣の男はその近隣にある研究所の研究員らしく、ゴリラはそこに連れて行かれてしまった。
やはりゴリラという生き物はこういった何らかの専門施設で飼育するのが一番なのだろう。
うちのような一般家庭には荷が重い。
だとすると『瀕死のガリア人』とは一般人向けのおまけなのだろう。
なるほど、考えてあるものだ。
そう私は感心した。
ちなみに、その研究所は近くに民家もコンビニすらも無く、山道を少しのぼり、開けたところに出ると在る。
そこでは何をしているのかはよく分からないが、その施設は私が幼い時にはすでに存在していた。
時折、地元のお祭りやイベントの際に子供向け科学ショーを披露していたことをよく覚えている。
ゴリラを連れ込んだということは何かバイオ系の研究所なのかもしれない。
まあ、ゴリラの行方も分かったことだし私は帰ることにした。
その研究所のあるところから少し下ると川があるのだが、ハヨだか何か分からない川魚が腹を浮かせている。
とても綺麗とは言えない川だ。
その川沿いを歩いていると私はあることに気づいた。
川の護岸壁というのだろうか、コンクリートでできた壁の上にホースのようなものが見えた。
そこから何やら汚水が川に流れ込んでいるようだ。
その辺りを起点に川には油膜のようなものができている。
私は暇だったので、そのホースがどこから来ているのか辿ってみる事にした。
歩道を外れ、獣道のようなところに来てしまったが私は構わなかった。
ホースを辿ると、例の研究所に再びたどり着いた。
そのホースは途中で地面の下へ潜り込んだり、地上へ出たりしていたものだから実を言うと真にその研究所からのものかは分からなかった。
が、多分そうだろうと私は結論を出した。
この研究所が川を汚しているのだろう、けしからん。
謎の正義感が湧いてきたので私はこの研究所が一体何をしているのか確かめる事にした。
先ほど、ゴリラを連れた白衣の男が裏口と思しき場所から入って行ったのを見ていたので、私もそこから入る事にした。
ドアは簡単に開いた。
不用心である。
薄暗い廊下を歩いていくと、金属でできた簡易的な階段を見つけた。
フィクションで忍び込みをする場合の定番といえば天井裏である。
その例に倣い、私もその階段を登ってみた。
その階段はおそらく設備点検のためのものであろう。
登ると金網のような床の通路が縦横無尽に張り巡らされていた。
ひとまず適当に歩いていると、微かに声が聞こえて来たので、音を立てないように声のする方へ歩いてみた。
「イチ、二、イチ、ニ、」
下で掛け声がするので私はそこから見下ろしてみた。
そこにはゴリラ達が規則正しく整列していた。
先ほどの白衣の男が先頭に立ち、ゴリラ達を指導しているようだ。
ゴリラはざっと10体近くはいるだろう。
それぞれハンドグリップのようなものを握り、握力を鍛えている様子だ。
先頭に立つ白衣の男の元へスーツの男が歩いていくのが見えた。おそらく上司だろう。
二人は何か話している様子だったが、よく聞き取れなかった。
「ゴリラの握力は400kgなんです!」
突然、白衣の男の方がそう叫んだ。
とんでもない握力である。
白衣の男は近くのゴリラに握力計を握らせていた。
握力計はゴリラの握力により無残にも壊れた様子だ。
「これはすごい」
上司と思われる男が感嘆の声をあげた。
私には彼らが握力計を壊したいのか、測りたいのかよく分からなかった。
「これならアサシンとして使えます」
白衣の男はそう言った。
それから二人は何か話していたが、聞こえたところだけを総合して考えてみると、ここに集められたゴリラ達は、アサシンとして教育されているらしいということが分かった。
ゴリラは人間では無いので、アサシン、つまり暗殺者として最適なのだという。
とんでもないところに来てしまった。
私はそう思った。
そして途端に不安になった。
なぜ私はこんなところに忍び込んでしまったのだと後悔した。
しかも足元は金網だ。
動けばガシャガシャと音は鳴るだろう。
どうやって音を鳴らさずにここまで来たのか不思議だ。
とにかくここからおいとまさせてもらおう。
そう思い、後退りしたが案の定、金網がガシャッと鳴ってしまった。
「誰だ」
下から声がした。
覗き込むと先ほどの白衣の男とスーツの男がこちらを見上げていた。
まずいことになってしまったと私は思った。
「聞かれたぞ」
「やれ」
白衣の男が私の方を指差し、ゴリラに何か指示を出していた。
これは大変なことになったぞと思っていると、ゴリラが向かったのはスーツの男の方だった。
ゴリラは片手でスーツの男の首元を掴み上げていた。
白衣の男は違うなどと喚き、そのゴリラを止めようとしていた。
私はそれを見てこれは幸いと思い来た道を引き返すことに成功した。
もう謎の正義感を振りかざすのは懲り懲りである。
それはそうと、ゴリラの飼育は大変そうだ。
あのような賢そうな者たちでも制御は難しいと見える。
もしハッピーミールのおまけを選ぶとしたら『瀕死のガリア人』の彫刻の方がやはり幾分かマシだろう。
次にハンバーガー屋へ行った際には瀕死のガリア人の方にしよう。
そう私は思いながら帰路についた。
このおまけの瀕死のガリア人は持ち上げたら想定より軽かったと記憶しています。




