第27話 電車を降りると帰りは歩き
電車を降りると楓は用事を思い出したとかで足早に去って行った。
「今日は楽しかったです。それでは、また学校で」
(そういえば、ネオランドで橘さん何もお願いしなかったな)
楓が去るのを見ながら思い出した。
「じゃ、俺こっちだから」
「今日はありがとうな」
「いいってことよ。こっちこそ急に二人誘うの頼んだし、それに楓ちゃんとペアになれて満足だったよ」
そう言うと真悟も健一達と違う方向を歩き始めた。
「私もおもしろかったわ~」
「ありがとね~真悟さん」
彩芽が手を振ると真悟は振り返りに手を振り返し去って行った。
「兄サン、今日は遊園地ありがとね」
「私からもお礼を言うわ」
二人からの笑顔と言葉に戸惑ったけど、なんだか安心した。
「そういえば真悟さんはなにか兄サンにお願いしたの?」
「ああしたよ」
健一はペア決めのことを説明した。
「そうだったの、あの時に使ったんだ。まあ、あのかえっちだから仕方ないか。それにしてもほんと男子って仕方ないね」
鏡子は健一を見つめた。
「もしかして健一あんたもかえっちとペアになりたかった口なの?」
「まあなりたくなかったって言えば嘘になるけど、それ以前にあのイベントにはあんまり興味がなかったし」
「でも私となれて良かったでしょ。兄サン」
彩芽が嬉しそうに言った。
「いや妹となってもあんまり嬉しくないんだけど……」
「やっぱり男子って見る目がないのね。かえっちは確かに噂通り可愛くてきれいな子だったけど、他にも可愛い子はいっぱいいるのよ」
鏡子は彩芽の肩を掴んで健一の正面に持ってきた。
「例えばこの彩芽ちゃんなんてかなりのものよ。健一と同じ兄妹とは思えないぐらい可愛いし、おまけに勉強も運動もできる。本当に健一と血は繋がっているのって疑いたくなるわよ」
「悪かったな彩芽と大違いで。けど、野江も人のこと言えないじゃん」
「あらそう? 私は勉強はできないけどそれ以外はこれといった欠点はないと思うけど。スタイルも顔だってそこそこ良い方いってる思うわよ」
鏡子はその場で軽くポーズをとった。
それに健一は反論した。
「野江の場合それを打ち消すほどまず口が悪い、それにすぐ暴力を振るう。それにスタイルは彩芽に……負けてんじゃないか」
健一は二人の胸を見比べて軽く鼻で笑った。
「どこ見てんのよヘンタイ!! 私のはまだまだこれから成長するんだから。それにあんたなんかにとやかく言われたくないわよ」
野生の鏡子が襲いかかってきた。
「ぼ、暴力反対。彩芽なんとかしてくれ」
健一は彩芽に助けを求めた。
しかし、彩芽は助けに来なかった。
「鏡子ちゃん頑張って」
彩芽は裏切りのエールを送った。
鏡子のやる気が2上がった。
鏡子の会心の一撃。健一、に126のダメージ。
「や、野江少しは加減…しろ」
健一、死亡。目の前が真っ暗になった。
「ふん! 人をやらしい目で見た罰よ」
こうして戦闘は終了したのであった。チャンチャン。
三人は再び帰りの道を歩き出した。
「それにしても元気そうでよかった。てっきり二人とも欲しかった賞品が取れなくてもっとヘコんでるのかと思ったけどそうでもないみたいだな」
この時笑顔のまま二人の頬や肩がぴくぴくっとしていたが、健一は気付かずそのまま続けた。
「だいたい一位と二位の賞品はいいとして、三位はなんであれなんだ。遊園地側はなに考えてたんだか」
さらに続けた。
「それにあのトレカ、二人以外に欲しかった人なんて絶対いないって」
健一は笑いながら言った。すると二人はさっきのお礼を言った笑顔が嘘のようになんだか怒っているように見えた。いや、怒っているようにしか見えない。
健一が二人に気付いた時はもう遅かった。
「ふ、二人ともどうかした?」
二人に恐る恐る訊ねてみた。
「どうかしたじゃないわよ」
「せっかく……せっかく忘れてたのに。兄サンひどいよ」
二人は健一を睨んでいた。
彩芽は目にうっすら涙まで浮かんでいた。
「そうよ。せっかくあのことを忘れようとしたのに、人の傷口を開くようなまねしてなにが楽しいのよ。しかも二人以外欲しかった人はいないってなんなのよ。あの場所にも欲しかった人は必ずいたはずよ。それにあれだってね出すとこに出せば万単位はいくのよ」
(あれにそんな価値があったなんて。だったたらあの時俺がもらっておけば)
健一は後悔した。
「どうして、どうして兄サンは私たちがトレカが欲しいって知ってて電車の中では楓さんに渡したのよ」
彩芽と鏡子が健一に詰め寄った。
「あれがそんなに高く売れるなら俺も…じゃなかった」
頭に浮かぶ金欲を振り払った。
「あれは真悟と橘さんのペアが手に入れたんだから橘さんがもらうのに何も反対なんてないよ。それに例えもし、あのまま二人のどっちかに決めるとなったらまた面倒だろ」
「面倒ってなによ! ひどいよ兄サン」
彩芽は健一に訴えた。
「もうこれはあれしかないわね彩芽ちゃん」
鏡子が彩芽の顔を見ながら言った。
彩芽も鏡子が言いたいことが分かり頷いた。
「健一、今から私たちの買い物に付き合いなさい」
「買い物ってアニ天のことだろ。もう疲れてるから嫌だ。それでなくったってあんな所行きたくないのに」
「兄サンお願い」
「健一お願い」
二人が健一の下から潤んだ目をしながら言った。
「もうお願い使っただろ。なしだ」
「そう、なら……」
二人は健一から少し距離を詰めよった。
「「力ずくで!!」」
二人は健一を捕まえようとした。
しかし、このことを察知した健一はなんとか二人の手をかわすことができた。
「残念でした二人とも」
してやったりな顔で健一は二人を見た。
悔しそうな鏡子の顔を背に帰ろうとしたが、彩芽がそうはさせてくれなかった。
「兄サン、これなーんだ」
彩芽の手には見覚えのある財布が握られていた。
まさかと思い健一は自分の財布を捜したが、あるはずの財布がなくなっていた。
「いつの間に……」
「これあまり入ってないけど、少しは使えそうだね」
健一の表情がみるみる青くなっていった。
「やめろ、それは俺の全財産なんだ」
「だったらわかるね。兄サン」
「はい」
財布を人質に捕られた健一には力なく答えることしかできなかった。
彩芽の交渉(?)により買い物に付き合うことになり、例によってアニ天の前まで来ていた。
「それにしてもなんでまたこの店なんだよ」
健一はアニメ天を見てため息ををついていた。
「もっとこう、普通の店で買い物とかはしないの?」
「これが私たちの普通の店だもん。ねー彩芽ちゃん」
「ねー」
二人は仲良し。自分アウェー。
「これが橘さんだったら普通の店なのに」
思わず愚痴る健一。
「あら、もしかしたらかえっちだって来たりするかもよ」
鏡子がそんな冗談を言いながら店のドアに手をかけようとした。だが、先に向こうから開いたので危うくぶつかりそうになった。
「ちょっと、危ないわね」
鏡子の声に反応して、ドアに向こうの人物が謝りながら顔を出してきた。
「すみませ……」
そこで一同凍りついた。
その人物が女の子だったから。
その人物が美人の部類だったから。
その人物がさっき駅で別れた橘楓だったから。
そして、その手にはさっき駅では持っていなかった袋が握られていた。なかで買い物したのが入っているのだろうと容易に想像がつく。だからだろう楓は一言も喋れずにいた。
まるでこの場だけ時間が止まったような感じだった。
「……………」
一同は沈黙のまま、その場から真っ先に動いたのは楓だった。その場に袋を落とし、三人の思考が回復した時にはもう駆け出していた。
「ほ、ほら兄サンやっぱり私が見たのは間違いじゃなかったでしょ」
「まさかかえっちが私たちと同じ趣味だったなんて」
彩芽は少し興奮したように、鏡子は驚いたように話した。
「そんなことより今は橘さんだ」
彩芽が楓の残した袋を持ち、三人は楓の後を追った。
追いかけるが、楓は速かった。みるみるうちに距離が開いていった。
休日も人通りの多いこの商店街もあって完全に姿を見失ったのであった。