第25話 怖いものは怖い
「おもしろかったね~」
写真を見ると、写っている彩芽の顔は満面の笑みだった。
そして、今現在も同じ顔をしていた。
真にこの遊園地を彩芽は一番楽しんでいると思った。
今、写真は始めの二枚を合わせてようやく六枚になっていた。
乗った物はほぼ絶叫系のオンパレードで健一はさすがに気分が悪くなっていた。
しかし彩芽と鏡子はピンピンしていて次の乗り物の相談をしていた。
「もう絶叫系は全部乗っちゃったね」
「そうね。かといって適当に他の乗り物に乗るにも………どこも並んでるしね」
鏡子は周りを見渡しながら言った。
「そうだ! かえっちたちもそろそろ何枚か撮れてると思うから。聞いてみようか。 健一ちょっと連絡してみてよ」
健一は携帯に真悟の番号を打ち込んだ。三回目のコールで繋がった。
『健一どうかしたのか?』
真悟の声は電話越しからでも嬉しいということが分かった。
「そっちの様子はどうなったのかなと思って」
『もう最高! 楓ちゃんとデートしているみたいで』
「そうか。それで写真の方はどうなったんだ?」
『聞いて驚くなよ、もうこっちは五枚になったんだぜ。そっちはどうなったんだ?』
「こっちは六枚だけど」
『……ま、まあ一枚差ぐらいすぐに追いついてやるよ』
「あーじれったいわね」
健一がなかなか本題を切り出さなくて、まして賞品が早い者勝ちということから気持ちは少しイラついていた。
鏡子は健一から携帯をひったくった。
「そんなこといいから早く写真が撮れる乗り物を教えなさいよ」
お互いに情報を交換し終わると携帯を健一に返した。
「まったく強引なんだから」
健一はやれやれといった感じで携帯を受け取った。
「あんたが早く訊かなかったのが悪いんでしょ」
「一年の時から強引さは変わってないな。おしとやかって言葉でも覚えて、少しは女の子らしい行動を覚えたらどうだ」
「なによ、それじゃ私がまるで女の子らしい部分がないみたいじゃない」
「そこまで言ったつもりはないけどもう少し相手のことを考えろよ。そんなんじゃお前と付き合う奴は大変だぞ」
「大きなお世話よバカ! そんなこと言う奴はこうよ」
鏡子は健一の両手で頬を左右に引っ張った。
「ひたい、ひゃえ、まゃじでひたい」
健一がギブアップ宣言をしても鏡子の力は緩まなかった。
「もう二人ともそのぐらいにして、それで鏡子ちゃん。真悟さんはどの乗り物って言ってたの?」
右手は健一の頬を引っ張っていて、左手でその方向を指差した。
この時、力は少し緩んだが健一にはその違いが判らなかった。
「この先にあるお化けコースター、って言ってたわよ」
えらく無関心な言い方だった。
「なら、早く行かないと」
「そうね」
右手を力なく放すと彩芽の後をついていった。
その足取りはさっきまでとは打って変わって、まるで鉛でも付けているみたいに重そうだった。
「野江がまず覚えなきゃいけないのに加減ってことも追加だな」
健一は真っ赤に腫れ上がった頬を抑えながら言った。
お化けコースターの場所が見えて、彩芽は向う足を速めた。
しかし、鏡子は浮かない顔をして足を止めた。
「私ちょっとパス」
「え、どうしたの」
彩芽が心配そうに鏡子を見ていた。
「トイレか?」
「女の子にそういうことを言わない」
鏡子は一呼吸おいて、続けて話した。
「ちょっと、疲れたのよ」
「さっきまであんなに力いっぱい俺の頬を引っ張ってたのにか?」
健一が赤くなっている部分を指差した。
「そうよ」
「とか言って、ほんとは怖いから乗りたくなかったり」
「そんなことあるわけないでしょ!」
健一が冗談で言ったつもりだったのに、鏡子はそれを怒りながら否定した。
「なにもそんなに怒って言わなくても」
「兄サンは鏡子ちゃんが怖いから乗らないと思ってるの」
「俺は冗談で言ったんだよ。けどまさか本当だったとは」
「そうなの。鏡子ちゃん?」
「そ、そんなことないわよ」
「だったら一緒に乗ろうよ」
彩芽がキラキラした目で鏡子に訴えた。
「わかったわよ。乗る、乗るから」
彩芽の純粋な目には敵わなかった。
三人はお化けコースタへと入って行った。
首筋にひんやりとした風が流れてきた。
どうやら怖さを増すために少し冷房を効かせていた。
「ちょっと寒いな」
「そうだね」
彩芽は腕を軽くさすっていた。
「風邪なんか引く人もいるかもな。なあ、野江」
健一の声に鏡子が体をびくっとさせた。
「ええ、そうね」
「どうしたんだ?」
「なんでもないわよ。それより今はあまり私に話しかけないで」
よく見ると鏡子の体は震えていた。
始めは冷房のせいと思ったけど、どうも違うらしい。しきりに辺りをキョロキョロと見たりしてまるで見えない何かを警戒するようだった。
(やっぱり野江、怖いんだ。ここらで、さっき抓られた仕返しでもするか)
「なあ野江、幽霊って信じるか?」
鏡子は体をびくっ、びくっとさせた。
「いっ、いきなりなによ」
声こそは普通だったけど、反応がいつもと違うのは明らかだった。
(なんかおもしろいな)
調子に乗った健一はここぞとばかり続けた。
「知ってる。こういう所って本当に幽霊が出たりするって」
「そんなの誰かがおもしろ半分で言ったただの迷信よ」
「あ、あそこになんかいる」
健一が鏡子の死角の部分を指差した。
これに鏡子は体をびくっ、びくっ、びくっととさせた。
そしてゆっくり指差す方向を見た。
そこにはなんと…………係員がいた。
「なによ係員じゃない」
「ごめん、ごめん。ここ暗いからよく見えなくって」
健一は白々しく言った。
それからというもの鏡子は挙動不審になり、なにか音がする度に体をびくっとさせていた。
始めは鏡子の反応を楽しんでいた健一も、しだいに罪悪感が湧いてきた。
「なあ野江、もうバカになんかしないからさ、だから怖いのだったら乗るの止めた方が……」
健一は心配の言葉をかけた。
しかし今の鏡子には逆効果で、よりいっそう頑固にした。
「うるさいわね。怖くないったら怖くない!」
この後も説得をしたが鏡子は最後まで怖くないと言い張って自分たちの番がきた。
座席は六人乗りだったけど、前の三列に奥から彩芽、健一、鏡子という形で座った。
「これが最後だから撮り直しになんかならないようにしっかり私と写ってね」
横で彩芽は笑顔で座っていたが、対照的に鏡子はもう焦点がどことも合ってない様だった。
そんな鏡子を見て改めて反省をしたがもう遅かった。
そして、三人を乗せたコースターは動き出した。
それなりの雰囲気があるものの、特別に怖いということはなかった。
実際横の彩芽は作り物のお化けが出てきても「きゃあー」とわざとっぽく言いながら笑っていた。
しかし、鏡子は声を出さないようにと口を手で押さえて必死に耐えていた。
『ふははははは』
不意に音声が流れてきた。それはコースターに取り付けられたスピーカーから出ていた。
『よく来たな愚かな者たちよ。今からお前たちの中から生け贄を選んでやる』
と、いかにも三流、良くて二流のセリフが流れた。
そんなセリフを鏡子は固唾を呑んで聞いていた。
『キキキ、さてと生け贄は誰にしようか。そうだな…………お前だ!』
声と同時に鏡子が座っていた側からガスが勢いよく吹きつけられた。
「っっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!」
声にならない声が響いた。